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うそ~

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    ★    ★    ★
 
「あっ、お金払うの忘れた。なんで勝手に持って来ちゃったんだ。だいたい、鷽だけでよかったのに……」
 先ほどの訳の分からない衝動を振り返って、テディ・アルタヴィスタが首をかしげた。とりあえず、いらない同人誌をゴミ箱にポイする。
「まあいいや。そんなことなんてどうでもいいのさ、だって、僕は皆川 陽(みなかわ・よう)なんだから……って、なんなんだよー。何が起こったんだもん!?」
 ニヤリとほくそ笑みながらしゃべっていたテディ・アルタヴィスタの様子が一変する。
「さっきまで、図書室にいたはずじゃ……。ここはどこ? あれっ、メガネもなくなってるよお……。でも、よく見えるよね。なんでだろ?」
 そう言うと、皆川陽は、握りしめていた変な鳥をしげしげと見つめた。いったいいつの間に、こんな物を持っていたのだろう。
 とりあえず歩いて行くと、鏡があったのでなんとなくのぞいてみる。
「ああああ、テディになってるよ!」
 さっき大図書室に一緒にいたテディ・アルタヴィスタは、突然走りだしたかと思うとどこかへ行ってしまったはずだ。いったい、何がどうなっているのだろう。
「確かなことは、ボクがテディになっちゃっているってことなんだもん」
 そういえば、パートナーは鷽という鳥を探すと言っていたが、今握りしめている鳥がその鷽なのかもしれない。
「もしかして、これが、テディが言っていた面白いことだったのかも。これは、もの凄いチャンスなんだもん……」
 鏡をのぞき込みながら、皆川陽がちょっと頬を紅潮させた。
 なにしろ、皆川陽は典型的な平々凡々の日本男子である。はっきり言って、見た目はぱっとしなくて影が薄いと本人は思い込んでいる。それに対して、テディ・アルタヴィスタの方は西洋系のちょっとした美少年だ。
 実は、先日彼からプロポーズされたのだが、求められていたのが皆川陽という個人ではなく、家族としての自分だということを知ってしまい、断ったばかりだ。テディ・アルタヴィスタにとっては、家族になれるのであればジャワ・ディンブラ(じゃわ・でぃんぶら)が恋人でもいいのだろう。
 だいたい、もともと自分とは違って容姿がいいのであるのだから、そんなに寂しい思いはしないだろうに。
「はっ、もしかして、ボクは今、色白の端整な顔と、無意味に長い足を手に入れたのかな。もしかして、ラッキー!?」
 あらためて、自分の姿を見て、皆川陽がにんまりと笑った。
「今ならできるよね、ナンパが! よし、やるんだもん」
 気合いを入れると、皆川陽は女の子を求めて通路を歩きだした。
 身長もわずかではあるがテディ・アルタヴィスタの方が高いので、なんだか天井が近くなったような気がする。いや、気のせいじゃない、いつの間にか頭が天井にぶつかりそうだ。
「いったい何が……。うわあ!!」
 何気なく足許に視線を落とした皆川陽が悲鳴をあげた。いつの間にか両足がひょろひょろと無駄に長くなっている。これでは、足長の化け物だ。
「ちょ、ちょっと、いったいどうなって……」
 あわてたので、長くなってとぐろを巻きかけていた足がもつれた。
 思いっきり転ぶ。
 なまじ背が高くなっていたため、床にビターンと音をたてて手をついて倒れた。その勢いのままに床に叩きつけられた鷽が潰れて消滅する。
 その瞬間、皆川陽は元の自分の身体に戻っていた。
「ここはどこ!?」
 なぜか、地下の大浴場の脱衣場だ。しかも、パンツに手をかけて、今まさに脱がんとしている。
「あ、危なかったあ……」
 皆川陽は、パンツ半脱ぎのまま、へなへなとその場に座り込んだ。
 
    ★    ★    ★
 
「うわああああ、早く、早くパラミタ内海かジャタの森へ避難するのよ!」
 思いっきり顔を引きつらせながら、水橋 エリス(みずばし・えりす)が叫んだ。
「でもでも、マスター、もうなんか変になってますぜ。ああ、こんな惇姐さん、惇姐さんじゃねえ」
 頭の髪の毛をかきむしってから、リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)がもたもたしている夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)の背中を押した。
「あら、どうしてそんなこと言うの。いやだわ。ほほほほほほ」
 フリフリのエプロンドレスを着た夏候惇・元譲が、軽やかなステップで前に進みながら言った。
「まさか、こっちに転ぶとは、誤算だったわ」
 やられたとばかりに、水橋エリスが呻いた。それにしても、鷽はどこに隠れているのだろう。まったく姿が見えない。まったく、敵ながらやっかいだ。
「猪突猛進な惇姐さんも困りますけど、こ、これは気持ち悪い……うっぷ」
 思わず口走ってしまってから、リッシュ・アークがえづく。
「おのれ、鷽め、私たちを完全に弄んでるわね。でも、あなたの力のおよぶ範囲なんてたかがしれているのよ。離れてしまえば、一撃で仕留めてあげるわ!」
 水橋エリスが挑発するが、いっこうに鷽は姿を現そうとはしなかった。
「マスター、本当にちゃんと逃げてるんでしょうねえ。まさか、逆に奴らの巣に近づいちゃってるなんてことは……」
「だから、不用意にそういうことは言わないの!」
 水橋エリスが、リッシュ・アークをたしなめた。
「あーら、かわいい小鳥がたくさんいる巣に行くのかしら。ステキだわあ。うふふふふふふ」
 もはや乙女モード全開の夏候惇・元譲は、ほとんど別人のようである。
 元凶は、水橋エリスが、うっかり夏候惇・元譲の性格がむきだしになったら困ると口走ってしまったからなのだが、英霊として本来の夏候惇の性格になると思っていただけに、この破壊力は凄い。なまじ、最近料理などに精を出して、少し女の子らしくしていたことが完全に裏目に出てしまっていた。
「まったく、マスターが言っていた症状とまったく逆じゃねえですか!」
 責めるようにリッシュ・アークが言う。
「さすがに、こんなの予想できるわけないでしょ。私は、もっとこう、夏候惇・元譲ならねっけーつ! みたいな感じに……はっ!?」
 水橋エリスが言い返したとき、ピタリと夏候惇・元譲が立ち止まった。
「はうあ」
 ピューとこめかみから、沸騰した血を吹き出す。
「うおおお、惇姐さん、しっかりしてくれー、死ぬなー!!」
 悲劇のヒロインよろしく崩れるようにして倒れる夏候惇・元譲を、リッシュ・アークがなんとかだきかかえた。
「大丈夫、二人共」
 あわてて戻ってきた水橋エリスが、夏候惇・元譲のエプロンドレスのポケットに小鳥のちっちゃな頭を見つけた。
「見つけた!」
 素早くポケットに手を突っ込むと、中で眠っていた鷽を引きずり出す。
「ふふふふ、よくも今まで好き勝手してくれたわね。これからたっぷり適者生存を叩き込んでやろうじゃないの」
「うそ〜!!」
 水橋エリスが鷽に制裁を加えると、やっと鷽空間が解除された。
 リッシュ・アークの腕の中で夏候惇・元譲が意識を取り戻す。幸いなことに、大量の出血も嘘だったようだ。だが、寮ですでに着替えていたエプロンドレスはそのままである。
「なんで私は、こんな格好を……。ところで、リッシュ、貴様さっきからどこをつかんでいる」
 すでにおっとこまえの性格に戻った夏候惇・元譲が、さっきから自分のたっゆんに手を添えているリッシュ・アークを睨みつけた。
「えっ……ひえええええ!」
 イルミンスールの森の端に、リッシュ・アークの盛大な悲鳴が響きわたった。