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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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第10章


 リカイン・フェルマータのパートナー、空京稲荷 狐樹廊は崩れ去った百々の亡骸を、パイロキネシスで焼き始めた。
「人形を浄化するのに業火とは皮肉なものですが、このような事態を招いた人形には似合いかもしれませんね」
 雨の中、百々の着物とボディがくすぶった煙を上げていた。
「本来はきっちりと焚き上げて差し上げたいところですが……略式で勘弁していただきましょう」
 狐樹廊が上げた煙を、エヴァルトと刹貴たちは見上げている。

 まだ事件が終わっていないことを皆、感じていた。

 その煙と共に空に漂う闇の塊。それは百々が溜め込んだ数百年分の災厄の塊だ。
 見上げたスプリング・スプリングは呟いた。
「今はとりあえずここまででピョン。もう少ししたらあの闇が実体を持つはず。そうなったら少しの間、時間稼ぎをしないといけないでピョン」
 その言葉に、エヴァルトが尋ねた。
「今の内にどうにかすることはできないのか?」
 その問いに首を振るスプリング。
「力づくで片付けてもダメなのでピョン。人形が本来持っている役割どおり、きちんと祓ってあげなくては……」
 そのあと、少しだけ不安そうな声を漏らした。
「……あとは最後の仕上げでピョン……ウィンターが上手くやってくれるといいでピョンが……」


 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、雛人形イベントで得意の料理の腕を振るっていたので、防具はエプロンで武器はお玉であった。
 兄である佐々木 八雲(ささき・やくも)と精神感応で連絡を取り合った彼は、殿人形と対峙していた。
「兄さん……どうするの?」
 八雲は、殿人形から視線を外さずに、弥十郎に告げた。
「ちょっとあいつと話してくるわ。あいつ……本当は手錬のくせに、どうして沈黙を守っているのか知りたい」
「兄さん……」
 こちらも何かを探るように空京の街を歩き、雛人形イベントがあった最初の会場へと向かっていた殿人形へと話しかけた。
「……お前はどうして、何もせずにいるんだ」
 殿人形は答えた。
「……何もできぬからだ」
 だが、八雲は首を振った。
「嘘だな。お前、本当は姫よりも強い――いや、姫人形とは別の力を持っているんじゃないのか」
 その言葉に、殿人形の表情が凍った。
「……やはりな。作られたものは何かしらの役割を持っている。百々が人間を襲い、お前が人間を襲わないのはお前が百々とは別の役割を持っている人形だからだ……違うか?」
「……その通り……だが、今は力が足りぬ」
 と、殿人形は答えた。
「その役割とは何だ?」
「……ふむ。素直に答える義理はないな……確かに人間を襲う気はないが、それは我が人間の生死に興味がないだけのこと。百々を守ることも、自らの役割を果たすこともできぬ今、足掻いても詮無きことよ」
 八雲は真っ直ぐに殿人形を睨んだ。
「そうか……ならば、俺と立ち合え」
「……ほう」
「俺が勝ったなら、お前に百々を止めてもらう。力が足りなかろうが、敵わなくとも足掻いてもらう。どうせこのままいけばお前も百々も破壊されるだけだ」
 その言葉に、殿人形の眉が動いた。

「……良かろう」

 じり、と八雲が腰を落とす。
 腰に差した灼骨のカーマイン、それが八雲の得物だった。
「――!!」
 八雲の手が動いた。
 目にも止まらぬ速さでカーマインを抜き、スプレーショットを放つ!!
「おお!!」
 近距離からのスプレーショットでは、殿人形も全てを避けることはできない。致命傷には至らないがバランスを崩すには充分。
 そこに、八雲の勝機があった。
「もらった――!!!」
 八雲が素早く殿人形の懐に入り込み、必殺の一撃を放つ。

 だが。

「――残念であったな」
 殿人形は呟く。
 ずるりと、八雲の身体が滑り落ちた。
「兄さん!!」
 八雲のみぞおちに殿人形の刀の柄が食い込み、八雲は気を失っていた。
 殿人形の懐に入り込んだ八雲が放った技は『ヒプノシス』だったのだ。
「――人形は眠らぬ。わざわざ説得に来て、百々を止めるために差し向けようとし、さらに敵を傷つけずに戦おうとは、どこまでも優しい男よ……」
 だが、今回ばかりはその優しさが裏目に出た形だった。
 弥十郎は八雲を介抱し、命に別状がないことを確認する。
「……次は、お主の番か?」
 殿人形は弥十郎に向かってそう告げたが、弥十郎は首を横に振った。
「いいや……兄さんの選択は正しかったと思っている……やめておくよ」

 そこに、声をかけた男がいた。

「ならば、今度は俺と一騎打ちをしてもらおうか」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)だった。その傍らには冬の精霊、ウィンター・ウィンターの姿。
 そして、中願寺 綾瀬とそのパートナーである魔鎧漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)

 漆黒のドレスは殿人形に向かって、言った。
「あのさ……私は難しいことは分からないんだけど。雛人形に災いの身代わりをしてもらうのって、それはあなたたちお人形を神様の一種みたいに考えていたからじゃないの?」
 殿人形は、頷いた。
「……そうかも知れぬな」
 なら、とドレスは続けた。
「なら、それに対する誇りはないの? 確かに多くの災厄を背負わされたことは辛かったかもしれないよ? でも、あなたの持ち主だってずっと大切に扱ってきたからこそ、長い間存在できたわけでしょ? それは喜ばしいことじゃないの? 厄を背負ってもらうことはしたかもしれないけど、あなた達は粗末には扱われていなかったはず。そうでしょ!!」
 殿人形は、ふ、と目を伏せた。
「……それも、正しく使われればの話。人間には分からぬであろうよ。それに、今それを語らっても仕方のないこと」
 そう言うと、殿人形はそのドレスを纏った綾瀬に声をかけた。
「……お主は、どう思っておる?」
 突然質問を向けられて、綾瀬は戸惑った。
「……私はただの傍観者ですわ。でも、お雛様が私のような女子でも憧れを抱く存在なことも事実ですわ……やはり、ここは夫であるあなたに妻である百々様を止めていただきたいと思いますの」

 その言葉を噛み締めるように頷く殿人形。そこに、ヴァルが割って入った。
「さて、おしゃべりはそのくらいにして貰おうか」
 綾瀬とドレスに害が及ばないように、殿人形を睨みながらも位置を変えるヴァル。だが、その声はあくまで落ち着いている。


「――お前はいったい、何をしているんだ」
「――」
 質問の意図を汲みかねている殿人形に、ヴァルは続ける。
「確かに、雛祭りは女性の祭りだ。男性の影が薄いのももっともだろう。だけどな、仮にも殿と呼ばれるものがそんな性根でどうする」
 ふ、と殿は薄く笑い、答えない。ヴァルは、さらに言葉を重ねた。
「確かに女性は強い。だがな、最後の最後は男であるお前が守ってやらなくてどうする。敵からじゃない……彼女の苦しみから、彼女を守ってやれるのはお前しかいないんだ。そのお前が、力がないからと諦めるなど……哀しすぎるじゃないか」
「ならば……どうする」
「さっきも言った、俺と一騎打ちだ。彼はいい事を言っていたじゃないか。力が足りなかろうが、敵わなかろうが足掻いてもらうと。俺も同意見だ」
 と言いつつも、ヴァルは少し腰を落とした姿勢を取った。腰に差した『栄光の刀』による抜刀の構え。

「勝負だ……俺が勝ったら、お前が果たすべき役割とやら、果たして貰う」
「……良かろう」
 殿も、同じく腰の刀に手を掛けた。


「――ッ!!」


 勝負は一瞬だった。
 ヴァルはハイパーガントレットを使っての抜刀術。にも関わらず殿人形はヴァルと同等のスピードで刀を合わせた。
 しかし、ヴァルの気合は殿人形の刀を一撃で叩き折るまでの威力を持っていた。
 大きく飛んだ殿人形の刀の破片が、地面に刺さる。

「ほう……これは」
 殿人形は目を丸くした。
「俺の勝ちだな……約束を、守って貰うぞ」
 ヴァルはもう一方の腰から、絶望の剣を抜いた。
「お前の刀の代わりに、これを」

「……感謝する。お主のような力強き者の剣なら、あるいは」
 殿人形は、ヴァルの手から絶望の剣を受け取ると、自らを光の塊と化して剣に融合した。
「――さらばだ」
 剣は宙に浮き、真っ直ぐに飛んで行く。


 それを見届けたヴァルは、呟いた。
「あとはお前次第……その剣で、お前たちの絶望を断ち切るんだ」


                              ☆