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第五章 『忘れじ』の卒業式

「卒業って、なんでこんなに寂しいんでしょうね……」
 窓の外を眺めながら、火村 加夜(ひむら・かや)は独り言のように言った。
 卒業式を終えた彼女は今、蒼空学園の校長室にいた。恋人の山葉 涼司(やまは・りょうじ)に会うためである。
「卒業っていっても、別に会えなくなるわけじゃないぜ?」
 涼司が、優しく加夜の肩に手を置く。
「そうなんですけど……不思議ですね……。あっ、そうだ!私、涼司くんにお願いがあるんです。聞いてくれませんか?」
 振り返って、涼司をじっと見つめる加夜。
「お、お願いって……?」
「聞いてくれますか?」
「あ、あぁ……」
「それじゃ、ちょっとの間だけ、目をつむってください」
 加夜の顔がすぐ側にある状況に内心ドキドキしながら、言われた通りに目を閉じる涼司。
 涼司の耳に、ゴソゴソという音が聞こえる。
「イヤじゃなかったら……」
 涼司の手に、何か小さくて、少し冷たいモノが触れた。
 目を開けると、そこにあったのは小さいボタン。
「第二ボタン、交換してもらってもいいですか?」
 頬をちょっと赤くしながら、キラキラした目で、加夜は涼司に囁いた。

 学園からの帰り道、加夜は、涼司との間に新しく出来た『ちっちゃな秘密』に、思わず笑みを漏らした。



「うわ……!こんなにいると、ちょっと緊張するね……」
「ナニ言うてんねん!こないな大勢の人にオレらの歌聞かせられるなんて、こんなチャンス滅多にないんやで!気張らなアカン、オリバー!!」
 日下部が「バァン!」と勢い良く終夏の背中を叩く。
「ね、ねぇ……?やっぱりこのカッコ、オカシクない?」
 日下部たちと揃いの衣装に身を包んだノーンが自分の姿を見ながら言う。
 今三人は、“黒の学ランにハチマキ”という、古式ゆかしい応援団の出で立ちをしている。
「ナニゆうてんねんや、オレらこれから、卒業生の皆さんにエールを贈るんやで!エールっちゅうたら応援団やろうが!」
「で、でも、エールっていっても歌だよ?それに、応援団みたい太鼓に合わせてダミ声で歌うわけでもないでしょ?ねぇ、黙ってないで、終夏ちゃんも、なんか言ってよ!」
「え?アタシ、このカッコ結構気に入ってるけど?」
 何気に、ノリノリな終夏。
「皆さん、出番ですよ!」
 卒業式にひき続いて司会を務めているにゃん子が、三人を呼びに来る。
「す、スンマセン!今いきますから!ほら、ゴチャゴチャ言っとらんと早く行くで!!」
 日下部に追いやられるようにして、舞台に上がる二人。

「卒業生の皆さん、お集まり戴きホンマありがとうございます!」
 会場からの拍手と歓声に、若干緊張気味に話す日下部。
 バックには、終夏の奏でる『旅立ちの日に』が、静かに流れている。ソツのない演出だ。
「わざわざ皆さんに集まってもらったんは、理由があります。それは、今までの学校生活には、センパイたちの存在が、欠かせないものだったと思うたからです。お世話になったセンパイたちに、どうしても感謝の言葉を伝えたかったんです!今まで、本当にありがとうございました!」
 その言葉共に、日下部は、ガバッと頭を下げた。
「卒業生の皆さんに、ワタシたちから、エールを送ります!」
 応援団ヨロシク腰の後ろに手を当てて、ノーンが大きな声を出す。舞台に上がって、腹を決めたらしい。
「お耳汚しですが、聞いて下さい」
 終夏のピアノが、ゆっくりと流れ始める。
『おにーちゃん、おにーちゃんの分まで、みんなに歌を届けるからね……』
 ノーンは、遠いナラカに居るはずの影野 陽太(かげの・ようた)を思い、歌った。


 追いコンの『お土産』として、終夏と社が用意した紅白饅頭を手に、三々五々会場を後にする卒業生たち。あれほど人のいた会場からも少しずつ人気が消えていき、今では、後片付けの生徒たちが残るのみである。
 その閑散とした会場の片隅で、葛葉 翔(くずのは・しょう)が、がっくりと肩を落としていた。

「あらら〜、結局誰からも、声をかけられませんでしたね」
 アリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)が、哀れみの籠もった声で言う。
「『ロイヤルガードだから大丈夫!』って豪語してたのに、これはさすがに可哀想な展開ジャン」
 イーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)も、同情を禁じえない。
「これは……。さすがに可哀想過ぎて、からかえんわ」
 クタート・アクアディンゲン(くたーと・あくあでぃんげん)も、『どうしたものか』という顔をしている。
 翔は今日の卒業式に、『ロイヤルガードである自分には、きっとボタンをもらいに来る女生徒が殺到するに違いない』と、絶対的な自信を持って臨んでいた。
 その確信は、彼方がテティスにボタンをあげた辺りで、『彼方に来るんなら、絶対に俺のトコロにも来る!』と最高潮に達したのだが、その確信はモノの見事に外れた。
 目の前で、幾多の同輩が次々と女生徒にボタンを手渡していく中、ついに翔のボタンは一つも損なわれることなく、彼の制服の上で鈍い輝きを放っていた。
「おかしい……。こんなハズじゃ……、こんなハズじゃなかったのに……」
 足元の草をむしりながら、ブチブチと呟き続ける翔。

 そんな翔の視界の隅を、見知った顔が通り過ぎた。高根沢理子だ。
「理子!」
 翔は、突然弾かれたようにガバッと起き上がると、理子目がけてダッシュした。
 すると、理子も翔に気づいたのか、翔に手を振って駆けてくる。
「あ、いたいた!葛葉く〜ん!」
『理子が、俺のコトを探してる!も、もしかしてコレは!?』
 翔の心が期待に高鳴る。
「葛葉君!」
「理子!」
 ありったけの力と期待を込めて、理子の名を呼ぶ翔。
「葛葉君。先生が探してたわよ。進路のコトで、確認したいことがあるって。すぐに言ったほうがいいわよ」
「え……?」
 それだけ言うと、理子は走り去っていった。声をかける暇もなく、理子は、翔の視界から消え去った。
「り、理子……」
 がっくりと、膝から崩れ落ちる翔。その手から、制服の第二ボタンが転がった。

「こ、コレは……」
「『トドメの一撃』じゃん」
「知らずにやったこととは言え、高根沢さんも酷じゃのう……」
 かけるべき言葉も見つけられず、ただ翔を見つめ続ける三人。
 
 その三人の前を、誰かが小走りで通り過ぎると、翔の手からまろび出たボタンを拾い上げた。
「あの、コレ……」
 ノロノロと顔を上げた翔の前に、金色の髪と目の少女が立っていた。ミーナ・リンドバーグだ。
 気遣わしげな顔で、翔を見つめている。
「ん、あぁ……。もういいんだ、それは」
 力なく頭を振る翔。
「『いいんだ』って……。大切なモノじゃないの?」
「いや、ちっとも大切なんかじゃないさ。そんなボタン」
 もう、『見るのも嫌だ』というようにボタンから顔を背けたまま、翔は立ち上がった。
「で、でも……」
 翔に、ボタンを差し出すミーナ。
「もういらないよ、そんなの。なんなら、捨てちゃってもいいから」
 翔は、ミーナの方を見ようともせず、そのままノロノロと歩いて行く。
「そう……。いらないんなら、このボタン、ミーナがもらってもいい?」

 ピタッ。
 翔の歩みが、止まった。
 ゆっくりと顔を上げる翔。その目は、驚きに満ちている。
「い、今、なんて……?」
「このボタン、ミーナがもらってもいい?」
 ミーナは、もう一度噛み締めるように言った。

「ほ……、ホントか!ホントにもらってくれるのか!?」
「うん。先輩の思い出の詰まったボタンだもの。捨てるなんて、そんなヒドイこと出来ないもの」
 そのミーナの言葉に、翔の両目から見る見る涙が溢れてくる。
「あ、アリガト−−!」
 喜びのあまり、ミーナをがっしりと抱きしめる翔。
「俺、葛葉翔!俺、絶対に忘れない!今日のコト、君のコト、絶対に、死んでも忘れないから!!」
「み、ミーナ・リンドバーグです……って、ちょ、ちょっと先輩……!?」
 ミーナを抱きかかえたまま、クルクルと回りだす翔。


 こうして今回の卒業式も、多くの卒業生にとって、一生忘れられない素敵な卒業式となったのだった。

担当マスターより

▼担当マスター

神明寺一総

▼マスターコメント

 みなさん、こん〇〇わ。神明寺です。また今回も、完成が遅れてしまいました。いつもいつも、申し訳ありません。

 ボタンをあげたりとか、もらったりとか……。中高六年間を通して男子校だった(泣)神明寺にとっては、まるで夢のような話ですが(男同士、というのも、ソレはソレで悪夢)「こうだったらいいのにな〜」などと考えながら(笑)書きました。

 「震災の中、自分に出来るコトは何か」を考えた結果、「とにかく何か書こう」と始めたシナリオです。被災された方もそうでない方も、少しでも楽しんでいただけたら、それに勝る喜びはありません。
 まだまだ余震も続き、原発も深刻な状況が続いていますが、そんな中だからこそ、とにかく書き続けたいと思います。

 最後までお読みいただき、有難うございました。 



 平成辛卯 春卯月

  神明寺 一総