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見果てぬ翼

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見果てぬ翼

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第5章 山岳の風 3

 コビアたちがイルマンプスと戦うのを視界に収めながら――ミューレル・キャストは無造作に太刀を振り上げた。下方から伸びたその剣線を、六黒の剣が受け止める。六黒はそのままミューレルを押し込もうとした。
 刀と剣がせめぎ合う空間で、六黒の獰猛な唇が声を発した。
「ミューレル・キャスト……貴様は、あの少年に何を見るというのだ?」
「また……えらく哲学的な問いかけをするのね」
 軽く答えたミューレルは、六黒の剣の上を削ぐようにして刀を滑らせた。勢いがついて体勢が崩れそうになる六黒を、わずかな差で上から振り切ろうとする。
 だが――六黒はそれをあえて受け止めた。彼のパートナーである葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が魔鎧となって己を守っているためだ。無論……それだけではミューレルの力を全て受け止めるには叶わなかっただろう。ガントレットの装甲が、それに拍車をかけたのである。
 刀身とぶつかり合ったガントレットは火花を弾かせた。その合間に、六黒の剣は強化された彼のスピードに乗ってミューレルを捉える。
 しかし一瞬、ミューレルはにたりとした不敵な笑みを浮かべた。瞬間に、彼女はガントレットとぶつかり合っていた刀の柄を軽く下方に落としていた。六黒の剣は刀の柄とぶつかり合い、ミューレルを裂くことは出来なかった。
 そして、二人はお互いに弾けるように飛んで距離を取り合った。
 拮抗した力と力。お互いの実力は計り知れない。だが――油断すればやられる。そんな張り詰めた緊張感だけは、確かなものとして戦いの中に糸を引いていた。
「おぬしは……強い」
「あら、ありがとう」
「だが……だからこそわしは問わねばならぬのだ」
 ミューレルの表情がわずかに面倒くさそうに唇をへの字にした。どうやら、この手の手合いは苦手、といったようなところらしい。
「一人で飛べず庇護無くば飛べぬ弱者、それが寄り添い往ける高みが何処にある?」
 弱者――それは六黒にとって打破すべき存在に他ならなかった。力のみが正義であり真実だと信ずる男にとって、弱者はいかなる意味を持るものか。力なき者は滅される。六黒にとっては……それが意味なのだろうか?
 ミューレルは悩むような仕草をした。首をかしげ、うーむと呟く。そしてやがて、彼女は言った。
「さあね」
「なに……?」
「わたしにも分からないのよこれが。そもそも、弱者ってなに? ってところでね、わたしの場合。単純に殺し合いで勝てるってだけなら、きっと強者と弱者はすんごく分かれるんだろうけどさ」
 ミューレルは微苦笑した。
 六黒は黙ったまま、まるで真意を図るかのように彼女を見つめていた。その内にある――奈落人の波旬もまた、言葉にすれば黙っていたに違いなかった。己一人で力を掻き集め、遥かなる究極を目指す者と、力を次代に継承しその先にある最高を目指す者。二つは違うようで似ていると……波旬は思う。それが何を掴むものかは、分からぬが。
 ミューレルは自嘲するような笑みで続きを告げた。
「ま……もしかしたらその自分でも分からないってことを、知りたいだけなのかもしれないわね、わたしは」
 六黒は黙ったままだ。
 まるで、その代わりと言わんばかりに魔鎧が口を開いた。
「生き残りて貴様らに何が遺せるというのだ。脆弱な翼。太陽に近づき翼が灼け谷底に落ちる運命ならば……最初から安らかなる闇に食われて眠るがよい」
「黙れ、狂骨」
 なぜか……そのときの六黒にはあらゆる言葉が目障りに聞こえて仕方がなかった。
 と――その時、コビアたちがイルマンプスを倒した音が耳に入った。振り向いたミューレルたちは、地に伏したイルマンプスの姿を見る。
 すると、その瞬間――蛇のようにうねった炎の一撃が飛んできた。だが、それを、光を生み出した護国の聖域が防ぐ。
 聖域は――ノア・セイブレムが援護したものだ。尾瀬と戦っていたレン・オズワルドとともに、彼女はミューレルのもとまでやってくる。そして、ミューレルに攻撃を仕掛けた張本人と尾瀬は、その隙に六黒の側まで近づいていた。
 炎を纏ったイェガー・ローエンフランムを追って、彼女と刃を交えていた仲間の契約者たちが取り囲む。
「……悪くない闘争だった。しかし、まだ……まだ、だな。私を満足させるそのときまで、命が燃え尽きないことを願おう」
 近づこうとした契約者たちを、イェガーの炎が阻んだ。
「継承、繋がり、絆、縁、信頼。全ては儚き砂上の楼閣。簡単に千切れ途切れる物。それに縋り全て失い始めて愚かさに気付く。己が一人ではもはや羽ばたけぬ自分に。さて…………これ以上の口上は、もはや蛇足でしょう?」
 尾瀬の手が大地へとかざされる。
「あの獣と同じ手段で幕を下ろすのは、私自身残念ですが。……では」
 すると――すでに準備が整えられていた大地は、いきなり爆破を起こす。ミューレルはきょとんとしつつもそれを避けたが、レンにとっては予兆だった。
 粉塵が巻き上がったその中で、六黒の姿がかすんで消える。
「くっ……六黒!」
 追いかけようとして粉塵へと踏み込む。
 だが、すでにその姿はなく――ともに逃げたのだろうか……炎を纏っていたあの女の姿また、粉塵の中には残されていなかった。