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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第7章(2)
 
 
「全く……買い物くらい一人で行けるだろう?」
 ツァンダの別の場所では、玉藻 前(たまもの・まえ)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の二人が買い物袋を手に歩いていた。といっても大した量はなく、元々一人でも十分な物だった。玉藻はこの妹的な存在に頼まれてついて来ただけだ。
「だって一人じゃつまらないんだもん。刀真もどっか行っちゃったし」
(全く、これで普段は我らの『姉』を自称するのだからな)
 扇で口元を隠す事で思わず苦笑してしまったのを誤魔化す。月夜は玉藻と、二人のパートナーである樹月 刀真(きづき・とうま)からは妹として扱われる事が多かった。だが、当の月夜は逆に自分がお姉さんとして頼られる事に憧れているのだった。その為時たま『お姉さんっぽい行動』をするのだが、いかにも背伸びをしているその仕草と今のような普段の態度が互いの姉妹関係を如実に表していた。
「ねぇねぇ玉ちゃん。せっかくだから喫茶店でお茶して帰らない?」
「ん、そのくらいなら構わないが」
「決まりっ。それじゃあどこに入ろうかなぁ」
 視線を奥にやり、適当な店を探す。その時、友人であるレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)が歩いているのをみつけた。向こうも気付いたらしく、こちらへと近づいてくる。
「こんにちは、月夜さん。お買い物の帰り?」
「うん、これからお茶して行くつもり。そっちは買い物じゃなさそうね?」
「それが……周君が珍しく朝からいないと思ったら、こんな物を見つけちゃって……」
 レミが一冊の手帳を開いて二人に見せる。そこには多くの人の名前と特徴、そして一部の人には連絡先などの情報が記載されていた。ページをめくって行くうち、玉藻がある事に気付く。
「……女の名前ばかり書いてあるな」
 そう、その手帳には『美女美少女リスト』というタイトルが付けられていた。つまりこれは周が見かけた好みの女の子の情報を記したナンパ予定者・実行者リストとも言える物だった。
「放っておくとまた他人様に迷惑をかける事になるからね。先手を打っておこうと思って。それで、この人なんだけど、聞いた事は無い?」
 レミが最新のページを見せる。そこには一人だけナンパ済みを示すチェックマークのついていない名前があった。
「えっと、何々……? 『篁 花梨』……篁?」
「花梨って、確かあの『月夜ちゃん』のお姉さんだよね?」
「二人共、知ってるの?」
「本人に会った事は無いがな。だが、以前篁という苗字の者と話をした際に、花梨という名の姉がいると聞いた事はある」
 玉藻と月夜の二人はこれまでに篁家の何人かと出会っていた。特に四女の篁 月夜(たかむら・つくよ)とは名前が同じという事もあり、色々と話をした事があった。
 余談だが漆髪 月夜が玉藻達相手にお姉さんぶる事があるのは、篁 月夜が妹から『月夜姉さん』と呼ばれていた為、それに憧れた事が切っ掛けだったりする。
「それよ! その話、もっと詳しく聞かせて貰っていい?」
「あ、じゃあ一緒に喫茶店でお話しない? せっかくだから私がおごっちゃうよ。もちろん玉ちゃんの分もね」
「良いのか? 月夜。この前色々と買っていたからそんな余裕は無いと思うのだが」
「任せて! 軍資金はちゃんとあるから!」
 そう言って財布をかざす。それは月夜が刀真から――勝手に――借りてきた物だった。
 財布の外見から出所を理解したのだろう。玉藻がため息をつきながら月夜を見る。
(また刀真に甘えて……まぁあの刀真が財布を抜き取られるという事は、それだけ月夜を受け入れてるという事か)
「えっと……本当にいいの? 何か玉藻さんの表情を見ると、そのお金に手を付けるのが凄く不安なんだけど……」
「大丈夫大丈夫。さ、早く行こ行こ」
 先頭に立ち、喫茶店へと歩いて行く月夜。ちょっと躊躇しながらも、レミは彼女を追いかけていくのだった。
 
 
「確か、この先にあるという話なのですが……」
 ツァンダの更にまた別の場所。ここでは午前中に家事を終えた常闇 夜月(とこやみ・よづき)医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)を連れて遊びに来ていた。
「ふむ……まぁ今日はしなければいけない事はもう無いから、のんびり探すのもいいじゃろうて」
 二人の目的地は甘党の間で噂になっているケーキ屋だった。最近その話を聞き、この機会に自分達も行ってみようという事になったのである。
「せっかくですから貴仁様達も一緒に楽しめたら良かったのですけどね。やはり二人だけよりは――あら?」
 夜月がどこかで聞き覚えのある声を耳にする。その声が聞こえる方向にはとある店のオープンテラスがあり、そこで二人の少女が話をしているのが目に入った。その片方、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は夜月達のパートナー、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)の知り合いだ。
「こんにちは。イコナ様ですよね?」
「あら、貴方がたは貴仁さんの所の」
「はい、常闇 夜月と申します」
「わらわは医心方 房内じゃ。主が世話になっているようじゃの」
 お互いが挨拶し、イコナが同席していた朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)に二人を紹介する。昼食を一緒に食べているうちに、イコナとリッチェンスはすっかり打ち解けていた。
「こちらは朝倉 リッチェンスさんですわ。わたくしも先ほど出逢ったばかりですけど、すぐに意気投合しましたの」
「はい、イコナさんとは仲良しさんなのです。お二人も、よろしくお願いしますです」
「まぁ仲が良いというのは素晴らしい事ですね。どのような形で仲良くなられたのですか?」
「『お留守番反対同盟』ですわ!」
「『お留守番反対同盟』なのです!」
 イコナとリッチェンスがしっかりと手を握る。その雰囲気と良く分からない同盟に、夜月はただ圧倒されるしかなかった。
「そ、そうですか……」
「それより、夜月さん達は今日はどうされましたの?」
「あ、わたくし達はこの近くにあるケーキ屋に行く所ですわ」
「夜月がたっぷりと白いモノを味わいたいと言うでのぅ。人としての三大欲求の一つを満たしに行くのじゃよ」
 ちなみに当然だが生クリームと食欲の事だ。
「……房内様、そのような言い方をするから白羽様にエロ本よばわりされるのですよ」
「おや、わらわは事実を述べているだけじゃがの」
 そんな二人のやり取りを見ながら、イコナとリッチェンスは顔を見合わせていた。
「ケーキですか。食後のデザートに丁度良さそうですの」
「そうですねぇ、美味しいと評判なら、是非とも食べてみたいのです」
「という訳で、宜しければわたくし達もご一緒させて欲しいですの」
「二人だけでは少し寂しいと思っていましたから大歓迎ですわ。ですが……大丈夫なのですか?」
 夜月がテーブルを見る。そこには既に空になった皿や器が積み重なっていた。ざっと見て三人前くらいはあるだろう。
「心配ありませんの。昔から『甘い物は別腹』と申しますわ」
「はい、まだまだ行けるのです」
 二人が事も無げに言う。実際にケーキなどなら軽く平らげそうな勢いだ。
「分かりました。それでは一緒に参りましょうか」
「んふ、若い女子達に囲まれる休日。悪くないのぅ」
 外見上は最年少にしか見えない房内がそんな事を言いながら妖しく微笑む。そして四人は連れ添って、評判のケーキ屋へと向かうのだった。
 
 
 ツァンダの更に更に別の場所。ここでは軽く昼食をとったキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)が買い物をしていた。
 目的は自分の鞄の新調。今使っている鞄が大分くたびれてきているので、そろそろ買い替え時だと判断したのだ。が――
「そろそろ皆のハブラシを交換しておきましょうかねぇ〜」
 と衛生用品売り場に行ったかと思えば。
「ああそうだ! ラサーシャの靴下に穴が開きそうな物がありましたから買い足しておきましょう」
 と衣料コーナーへと移動する。
「おや、この洋服素敵ですね〜。セラータは美人だから何でも似合いそうですが……せっかくですから今度連れてきて試着してもらいましょう♪」
 とはいえ、普段からパートナー達の買い物も担っていた身。ちゃんと自分の買い物も忘れずに――
「ああっ、これはメーデルワードが欲しいと言っていたメーカーの新作Tシャツ! 今を逃す訳にはいきませんね。すみません、このTシャツ1枚下さいな〜」
 ――忘れているらしい。
 
 
「まだ帰って来て無いか……どっか遠出でもしちまってるのかな」
 ヒラニプラのナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)宅前。近くの店で昼食を済ませた久多 隆光(くた・たかみつ)が再びやって来ていた。彼女が今空京に出掛けている事を知らない隆光は、呼び鈴を押しても反応の無い家を見て、午前中と同じようにため息をついた。
「仕方ない、ここで待つ事にするか。すぐに帰ってくるといいんだけどな」
 壁に背中を預け、ナナの帰りを待つ。こうして会えない事で、隆光はナナが自分にとって大切な人である事を再認識するのであった――