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WahnsinnigWelt…全てを求め永遠を欲する

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第5章 貪欲は人格をも狂わす

「錬金術の知識は必要ないってことか。儀式魔法の一種みたいなもんか?」
 完全不死の作成工程を見たゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は、儀式的なものなのかと考える。
「んー・・・俺のラボの方には儀式場がないのか。材料を配合した液体を飲んだだけだしな」
 資料室から借りた黒魔術の本を開き、何かいい方法はないか探す。
「となると・・・。ナラカの水は材料に混ぜるんじゃなくって、儀式場に使っているのはどうだ?おっ、この術式なんかよさそうだな」
 意識の任意による自己再生のページに、ペタッと付箋をつける。
「それで、その中にいる者の肉体変化を促すようにさ。とりあえずこんな感じに描いておいて・・・。後で修正してもらえばいいか」
 羽ペンを手に取り、紙にさらさらと図式を描く。
「術を起動させる魔道具は用意してもらうとして、悪霊じゃなく・・・もっと強い魂が必要だな。こればっかりは、あいつに聞かなきゃな・・・」
 テーブルにイメージした図と、本を置いて金光聖母を呼びに行く。
「なぁ、ちょっとこっちのラボに来てくれないか?」
「相談事ですか?」
「まぁ・・・そんなところだ」
「いいですよ。―・・・それじゃあ少しの間離れますけど。その間・・・よろしくお願いしますね、アルカさん」
「はい・・・分かりました」
 作成工程の書かれたデータを渡されたアルカ・アグニッシュ(あるか・あぐにっしゅ)はこくりと頷く。
「ねぇ、カフカさん。そこにいるよね?」
 横倉 右天(よこくら・うてん)は彼がいる方を見ず、ゲドーに聞こえないように小声で話しかける。
「ん、何だ?」
「ボクはちょっと用事があるから、金光聖母様の傍を離れなきゃいけないんだよね」
「あの女は俺が護ってやるよ。どこへでも好きなところへ行け」
 あわよくばライバルの彼がどこかで野垂れ死にしてしまえばいいのに、と思いつつグレゴール・カフカ(ぐれごーる・かふか)はラボから出て行った。
「右天様・・・、どちらへ行かれるのですか・・・?」
「うん、ちょっと気になることがあってね。金光聖母様の傍でおどけていてもいいけど。放っておくと面倒なことになりそうだからさ」
 アルカに片手をフリフリと振り、彼も室内を出る。



 自分のラボに戻ったゲドーは中にいる魔女たちに、“2人で相談したいことがある”と言い、部屋から出て行ってもらう。
「(金光聖母に聞く前に、やらなきゃいけないことがあるし。余計な邪魔が入ると面倒だしな)」
 手近にあるナイフを掴み、金光聖母に斬りかかる。
「―・・・あなた、裏切る気ですか」
「ほらほら、どうした?避けてばかりいねぇで、かかってこいよ!」
「ちっ、あの男・・・やっぱり敵だったか!」
 光学迷彩で身を潜めていたカフカが、ナラカの蜘蛛糸をナイフに巻きつけて奪い取る。
「うわっ、しまった!?―・・・なぁんて言うとでも思ったのかよっ」
 トレイの上にあるメスを握り、十天君の片足を狙う。
「(また避けただけか)」
 斬りかかるフリをすれば、相手が何か対処しようとしてくるに違いない。
 そう思ったゲドーはわざと外しているのだ。
「あいつめ、まだ向かってくる気か」
「カフカさん・・・下がっていてください」
「いや、しかし・・・」
「(やっと仕掛けてくるか?ったく、素直に研究成果を渡してくれりゃあ、こんな手間いらねぇのに・・・。“何があなたの態度次第ですね”だっつーの!お望み通り、俺様がどれだけ本気かを態度で見せてやるよ!)」
「沈みなさい・・・」
 ぽつりと金光聖母はそう言うと、闇の気でゲドーを囲む。
 ゾワ・・・。
「くそっ、急に気分が・・・ぐぁあっ」
 アメーバーのようにぬぅっと伸び、彼の身体を覆いつくす。
「(もしも・・・効果が切れたのを知って反撃してきたなら・・・。お、俺様人生最大のピンチじゃねぇか!?)」
 彼女の闇術によって、完全不死の効果が切れたかもしれない不安感、裏切り者だと思われ始末されてしまうのかという恐怖心に襲われてしまう。
「―・・・本当に、残念です・・・ゲドーさん。貪欲なまでに、研究熱心なあなたになら・・・。完全不死の資料だけ、お渡ししてもよかったのに」
「うわぁあ、待て。やめてくれぇえーっ」
 ズシュッ。
 ゲドーの首筋に彼女の爪がめり込む。
「完全不死の解除方法を・・・私が作ったと思ったみたいですけど。残念ながら、今のところ考える気はありませんが、考える必要もあります。あなたが今後も裏切らなければ・・・、そのような余計な労力を使う必要はないんですけどね」
 彼の耳元で囁くように脅迫めいた言葉を吐く。
「今の段階の研究成果をお渡ししても、完全不死を完成することは出来ませんよ?」
「な、何だと!?」
「この条件を守るなら・・・、完成させてあげてもいいです」
「本当に完成するのか、この研究が!で、その条件っていうのは何だ?」
「えぇ・・・まずは私たち以外に、完全不死になる方法を伝えないことです。あなたのパートナーたちにも、誰にも教えないことをお約束してください。それと・・・」
「まだ何かあるのかよ。いや・・・言ってみてくれ」
 ギロリと金色の双眸で睨む彼女に対して、嫌々ながらも条件を聞く。
「いずれここへ、邪魔者どもが侵入してくるでしょう・・・。いえ、すでにいるかもしれません・・・。ですから、もし・・・私たちの命を狙うものが来たら、その者たちのお相手をしてさしあげてください」
「つまり逃亡の手助けをしろってことか」
「そうです、ここを廃棄して別の場所でまた研究を続ければいいわけですし。追っ手どもが、あなたの完全不死の解除方法を、完成させてしまうかもしれませんからね」
「んなっ!?それだけは簡便だぜ!!」
 せっかく成功した研究を台無しにさせてたまるかと、思わず大声を上げる。
「ですが、ご安心ください。知恵があっても必要な魔道具の材料がなければ、そんな方法を作ることは出来ませんから」
「えーっとつまりだ。俺様の役目は金光聖母たちを逃がして、研究成果を守ればいいんだな?」
「私たちが生きていて研究が成功さえしていれば、完全なる負けではないですからね」
「少しだけ考えさせてくれないか」
「いいですよ・・・ただし、なるべく早くお返事をください。研究の再開は、それからにしましょう」
 ズ・・・と彼の首筋から爪を抜き、アルカたちのところへ戻る。
「げっ、やっぱりそうなるのか。(完全不死のためつっても、面倒なことになってきたな。どこに行っても、俺様・・・不幸すぎるぜ!)」
 答えは1しかないものの、襲撃してくる生徒たちの対処とのリスクもあるからと、しばらく考えることにした。




「今、僕って不老不死なんだよね?嬉しいな・・・」
 城で行っていた第一段階の実験だが、天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)は大喜びしている。
「第二段階の実験が成功すれば、今まで不老不死を否定してきた人たちもきっと、僕たちの考えが正しいってことが分かってくれるかな」
「永遠を欲しがらないなんて・・・理解出来ませんね」
 アルカも彼女の考えは生きている者として、求めるのは当然のことだと静かに頷く。
「実験は進んでいますか?」
「お帰りなさいませ、金光聖母様・・・。人格操作の魔道具の準備は終えているのですけど・・・。第二段階の不老不死と、どちらを先に・・・実験なさいますか?」
「では、先に人格操作を行いましょうか」
「はい・・・かしこまりました・・・」
 葛葉を椅子に座らせ、両腕をベルトで手摺に固定する。
「これをつけてください、葛葉様」
「わぁ〜・・・キレイ。魔道具だけど、こういうオシャレをしたことって、あまりない気がするよ・・・」
 魔術文字が彫られた銀色のティアラを手にした彼女は、頭につけて手鏡に自分の姿を映す。
 お姫様にでもなったかのように目を輝かせる。
「予定外の実験ですが、これはこれで面白いデータが取れそうです」
 人格操作の実験を開始出来そうか、モニターに反映された葛葉の脳波を金光聖母がチェックする。
「非力な僕が役に立てるんなら、どんな痛い事でも我慢します!・・・でも、“もう1人の僕”が出てこないか・・・それだけが心配です」
 突然、裏の人格が出てきて検体協力を拒否したりしないか。
 不安感に襲われ、ぶるぶると震える。
「ククッ!“主人格”様は、俺が暴れるのを怖れてるみてぇだが、安心しな?」
「えっ、本当?」
「例え、主人格様が寝ちまっても、この「玉藻」様が代わりに実験に協力してやるからよ。何たって、不老不死だぜ?・・・邪魔されることなく、敵を殺し放題じゃねぇか、ククッ!」
「殺したい放題なんて・・・そんなっ。―・・・あうっ」
「つーわけで・・・永遠に寝てな、主人格様。これからは俺が葛葉だ」
 自分も他の者も傷つくのを恐れる優しい人格は、他人を傷つけることを躊躇わない凶悪な人格に、無理やり交代させられてしまった。
「ってことで、よろしくな」
「どちらの人格だろうと、進行の支障がないのなら構いません」
「(澄ましたあの態度に、冷酷そうだが落ち着いた大人の女の雰囲気・・・最高だな)」
 カフカは身を潜めながら、背丈が180cm近くありそうなスラッとした体系の金光聖母の姿をじろじろと見つめる。
「(あの金色のさらさらしたロングヘアー・・・全て私好みのいい女だ)」
 目の前に女神が舞い降りたのかと思わせる美しい彼女を、もっと近くで見ようと近寄っていく。
「その・・・金光聖母様。もし、不老不死の研究が完成した暁には・・・。データを・・・私にも、少し・・・分けてもらえますか?」
 そんな彼を見ないようにして、アルカが金光聖母にデータを分けてくれないか、遠慮がちに小さな声音で交渉をする。
「どうしてデータが欲しいのですか」
「なんというか・・・面白そうですし・・・」
「―・・・他の者に一切、口外しないとお約束出来るなら考えましょう」
「もちろん、お約束いたします」
 仮交渉をしたアルカは微笑みから表情を一変させ、不機嫌な顔をカフカへ向ける。
「ところでカフカ・・・私の前でその醜い姿を見せるな!」
 這うように屈んで忍び寄り、金糸の髪に触れようとする彼の手を、踏み潰すスレスレでガッと床を踏み鳴らす。
「危ないじゃないか!怪我でもしたらどうするんだ。だいたい、貴様の髪を触ろうとしたわけでもないのに」
 ムッとした彼がアルカを睨みつける。
「醜い姿の穢れた手で、触れられると思っているのか!?」
「くそっ、人を醜い醜いと連呼するとは・・・っ」
「それが・・・あなたの姿ですか」
 金光聖母は表情を崩さず、姿を現した全身黒タイツの蜘蛛男を見る。
「あまり・・・・・・私を見るな」
「私は他の者がどんな外見だろうと、気になりませんが・・・」
「そ、そうなのか!?どんな・・・ヤツが好みなんだ?」
「強いていえば・・・すぐに喚いたり、弱々しい人は嫌いです。聡明で野心家の、裏切らない性格の人ですね・・・」
「はははっ、そうだよな。用は中身がよければ・・・それでいいってことだろう?」
 見た目なんて飾りのようなものだと言う彼女を、ますます気に入ってしまった。
「話がだいぶ逸れてしまいましたが。葛葉さんの人格操作を始めましょう」
 何事もなかったかのように、作業へ戻ったドライな女はキーボードを打つ。
 演算処理された術式にティアラが反応する。
「うわぁあぁ、何だか妙な気分だぁあ」
 脳を揺らされているかのように、どこを見ているか分からないほど、葛葉はぎょろぎょろと目玉を動かす。
「んぎぃい、イライラしてきたぞ!―・・・うぅ、殺しが楽しいとか言って悪かった、ごめん許してくれぇえ。あっははは、ふざけんなバカヤロォオ!!」
「大丈夫でしょうか・・・葛葉様」
「今・・・、2つの人格の中間になりそうな感じを、試しているんです」
「―・・・・・・うぅ」
「金光聖母様・・・少し葛葉様を休ませてあげてはいかがでしょうか」
「では休憩を兼ねて、ひとまず今の彼女の状態を見てみましょう」
 負担をかけると人格崩壊を起こしかねないかと思い、実験を中断した彼女は、ゆっくりと葛葉の方へ歩み寄る。
「ご気分はどうですか?」
「フッ・・・フフフ・・・最高ですよ。今まで何に怯えたり、どうして無駄な殺人衝動にかられたりしていたのか。まったく分からないほどに」
 彼女は殺の欲から狂気に満ちた目に変わり、不気味に笑いを漏らす。
「もし侵入者を見つけたら、殺すよりも甚振る方が楽しそう。その方がよっぽど苦しいでしょう?あはは♪」
 主人格と玉藻の人格が合わさり、敵を玩具のように振り回して壊しそうな、凶悪な人格へと変貌してしまった。
「ご満足いただけたようなので、人格の元となるチップで魂に記憶させてください」
「了解しました」
 玉藻の魂を取り出すと、チップのデータがスゥ・・・と魂に入り込み、人格の記憶へ上書きされる。
「―・・・口調は少し、臆病だった僕に似てますけど。どっちの人格になるかなんて、恐れることもなくなりましたね」
 魂を彼女の身体へ戻したとたん、ぱっと目を覚ました白狐は上書きされた人格へと完全に変わった。