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リアクション
第一章
――イルミンスール魔法学校大図書室。
「流石に多いなぁ……」
本棚を前にしたアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)が呟く。
彼女が探そうとしている物は、マンドレイクの資料、それとジャタの森に関する物だ。
といっても、それらに関する資料はかなりの数になる。特にマンドレイクに関する物は伝承等も含めると、膨大な数だ。
同行するウェルチ・ダムデュラック(うぇるち・だむでゅらっく)は準備がある、というので後程落ち合う予定になっているが、手伝ってもらうべきだったかと若干後悔していた。
「……さて、まずはどれから探すべきかな」
背表紙を指で追っていた時だった。
「あの、アゾートさんですか?」
背後から声をかけられ、アゾートは振り返る。
「うん……キミは?」
「ああ、ごめんなさい。私は東雲 いちる(しののめ・いちる)っていうの」
「えっと、同級生かな? ごめん、まだボク名前覚えきれてなくて」
「……こう見えても上級生です」
「……えっと、その……ごめんなさい」
「いえ、いいんです。慣れてますから」
困ったようにいちるが笑う。
「他に話すべきことがあるでしょう、我が君よ」
いちるの背後から、クー・フーリン(くー・ふーりん)が姿を見せた。
「そ、そうでした……えっと、何か手伝いましょうか?」
「え? 手伝う?」
「はい、先程から見ていたら何かお困りのようでしたので。よろしければ私達もお手伝いしますよ」
「でも……」
申し出を断ろうとした時、ふと先程の出来事をアゾートは思い出した。
「……で、ここは何処?」
アゾートが辺りを見回して言う。図書館に向かう途中だった彼女は、半ば強引に何者かに今居る部屋に連れ込まれていた。
「生徒相談室ですよ、お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん、という言葉にアゾートは若干ムッとした表情になる。
「そう……で、何故私はここに連れて来られたんですか? えっと……」
「坂上来栖(さかがみ・くるす)。自分が通う学院の教員くらい覚えておきましょうね」
「……それは失礼しました」
「まあ、私は非常勤なので知らなくても仕方ありませんがね、新入生なら」
どうぞ、と来栖に差し出されたお茶をアゾートは頭を下げつつ受け取る。
「で、用件はなんですか?」
「ああ、そうそう……何でもマンドレイクの採取に向かうそうではないですか」
「はい、そうですが」
「マンドレイクはまともに抜いたら死ぬらしいですねぇ。その辺りの対処は考えてあるんですか?」
「……いえ、そこはまだ」
言い難そうにアゾートが呟く。多少は伝承本を読み、性質は知っているが肝心の抜き方に関してはまだ調べ切れていない。
「でしょうねぇ。その辺り、調べるべきですよね」
「いえ、それをこれから調べるつもりだったんですけど……」
若干抗議するような口調でアゾートが言う。
「独りで、でしょう?」
「はい、そうです」
「そこです」
「は?」
「独りでの作業というのは限界があるのですよ。出発するまでの限られた時間、果たしていい手は見つかりますかねぇ?」
「それは……」
アゾートは口ごもった。確かに、マンドレイクに関する資料は多々ある。それ以外に森の地形なども頭に入れておかねばならない。
そんなアゾートを見て、クス、と来栖は笑った。
「図書館には先輩や同級生が居ます。彼らはきっと君の力になってくれますよ。彼らに頼りなさい。その権利が君にはあるのですから」
「……はぁ。ひょっとして、それを言う為に?」
「ええ、『優しい先生』からの君へのアドバイスです……さ、わかったらそのお茶を飲んで行きなさい。私は忙しいんですよ」
「全くその様に見えませんが」
「そう見えなくてもいそがしーんですよ……ほら、飲んだら行った行った」
来栖に追い出されるように、アゾートは部屋を出た。
「やれやれ、可愛い生徒はほっとけませんねぇ」
その呟きにアゾートが振り返ると、扉は既に閉められていた……『外出中』というプレートをぶら下げて。
「……暇だったようにしか見えないんだけどなぁ」
プレートを見て、アゾートは呟いた。
「アゾートさん?」
「あ……ご、ごめんなさい」
いちるに顔を覗かれて、アゾートははっと意識を戻した。
(確かに、限られた時間の中でボク一人ではこの膨大な資料を調べるのは無理……だよね)
「……そう、ですね。良かったら手伝ってもらえますか、先輩?」
「せん、ぱい……」
「……あの?」
「はっ!? は、はいそうですね! 私でよければ力になります! そうだ他に協力してくれる人を探してきますね!」
そう言うなり、いちるは駆け足で何処かへと行ってしまった。
「……どうしたのかな」
「『先輩』と呼ばれて嬉しいのですよ、我が君は」
走り去ったいちるの背を見て、クー・フーリンは微笑ましい笑みを浮かべた。
そのすぐ後、いちるは何人かの生徒達を連れてきて、皆で資料を漁ることになった。
基本的に調べる事はマンドレイクに関する事だ。明確な抜き方が明らかになっていない為、生態を調べて考える必要がある。
「このくらいでいいのだろうか?」
イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が大量の本を運んでくる。中身は全てマンドレイクに関する資料だ。
「はい、ご苦労様です……ではボクはこの本を調べますね」
非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)がイグナを労いつつ、運ばれてきた本から何冊か取り出した。
「あたしはこれを読みますわ」
「ではアルティアはこれを調べます」
ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)とアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)も続いて、本を取りページを読み進める。
「こちらにあるのは読み終わった物だな? 良ければ棚に戻してくるぞ」
近遠達と同じように資料を読み漁っている佐伯 梓(さえき・あずさ)に、イグナが話しかける。
「あー、お願いするよー。ごめんねー」
「気にするな。我はこれくらいしか手助けできぬのだよ」
そういうと、イグナは軽く微笑み資料を手に棚へと向かっていった。
「ふー……誰かさんにも見習って欲しいねー?」
溜息を吐きつつ、梓が呟く。彼の視線の先には、退屈そうにしているカスティーリア・ディ・ロデリーゴ(かすてぃーりあ・でぃろでりーご)がいた。
「む、何だ梓。我の顔を見て溜息を吐くなど」
「いやさ、暇なら手伝って欲しいなー?」
「断る」
「即答だよー……賢者の石に興味あるって言ってなかったっけー?」
「ある。しかし我は面倒臭いことが嫌いだ」
胸を張りつつ言うカスティーリアに、梓は困ったように苦笑を浮かべた。
その一方で、アゾートはフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)と一緒にジャタの森の地図を眺めていた。
『引き抜く事も大事だけど、他にも色々調べる事はあるわ』というフレデリカのアドバイスに従い、ジャタの森でのマンドレイク生息地と、そこに至るまでの道筋を割り出しているのだ。
「自生しているのはやっぱり中枢かしら」
フレデリカが地図の中央部を指差す。
「そうなると……このようなルートが適切かと」
地図を眺めていたルイーザが、フレデリカが指した地へと向かうルートを指でなぞった。
「そうね、そのルートなら道も開けているし、奇襲にも対応できるはずよ」
「うーん……やっぱり奥に行くのかぁ……」
ルイーザが示したルートを見て、アゾートが唸る。奥に行けば、ジャイアントやパラ実生と鉢合わせる危険性がある。只でさえ危険なマンドレイク採取に、なるべくならば交戦は避けたい所だ。
その様な意思をアゾートが伝えると、今度はフレデリカが唸る。
「確かにその意見は賛成よ、アゾートさん……けど、入り口付近に自生していたかしら……?」
「していますよ」
「本当?」
「ええ、極僅かですが目撃される場所があります」
アゾートの言葉に頷きつつ、ルイーザが森から入ってすぐの場所を指差す。
「……うん、ここなら近いね」
「そうですね。但し、目撃されると言っても本当に極僅かです。本当にあるかどうか……」
「でも行く価値はあるんじゃないかな? 最初こっちを見て、駄目だったら奥に行く……それでいいかしら、アゾートさん?」
フレデリカの言葉に、アゾートは頷いた。
「ならルートはこれでいいとして……種類の特定はできてるのかしら? そういうのを説明しないと探す方も大変よ?」
「それなら、この資料があるよ」
そう言ってアゾートが資料を見せる。それにはマンドレイクの特徴が詳しく描かれていた。
「ふむ……この資料、借りるわね。後は採取する本数ね。環境を考えると多く取るのは勧められないわ」
「本数か……そうだね……そこまで多くは必要ないけど、5本はあると助かるかな」
「5本、ね……多くてもそのくらい、ということにしましょうか」
アゾートの言葉を、フレデリカが別の紙にメモを取る。
「よし、このくらいでいいかしら。それじゃ、私はこれを他の人に教えてくるわ。採取方法はそっちに任せるわね」
「うん、わかったよ」
フレデリカはルイーザを連れ、図書館から出て行った。
「さて、後はマンドレイク採取の方法か……」
「その件について、提案があります」
近遠が手を上げる。
「提案?」
「ええ、ちょっとボクらで話し合ってみたんですよ……二人とも」
近遠が促すと、ユーリカとアルティシアが頷く。
「マンドレイクは『悲鳴を聞いた者が死ぬ』という文献がほとんどですわ。ということは悲鳴というのは、抜いた者に距離無制限でかかる呪いのようなものではなく、単純に発した悲鳴その物に効果があるんだと考えますわ」
「動き回っている時に悲鳴を上げた、という文献はありませんでした。引き抜く際に空気に触れた瞬間、悲鳴をあげるのかもしれません」
ユーリカ、アルティシアの説明に、アゾートは相槌を打ちながら聞き入る。
「悲鳴に有効距離があって、抜いた時に悲鳴を上げる……というのであれば、荷台の様な物を持っていき、土ごとマンドレイクを回収するのはどうでしょうか? 網を張っておけば土から出てきても逃げられないかと」
「土はどうやって剥がすの?」
「土に水を染み込ませて、振動する設備等で液化現象を起こせば離れた場所からでも可能かと」
「振動する設備……ここにそういう場所ってあるのかな?」
「……そこが問題なんですよねぇ」
近遠が苦笑する。
「うーん……後荷台もやめた方がいいかもしれない。もし襲われた時に不利になりかねないよ」
「あー……そういう点もありましたか。申し訳ありません」
「でも悲鳴に有効範囲がある、って考えは悪くないと思うよ。ならロープとかを使えば……でも具体的な距離がわからないと……」
ブツブツと呟き考え込むアゾートに、梓が話しかける。
「あのさー、俺もちょっと思いついたんだけど、いいかなー?」
「あ、うん。何かな?」
「俺も調べたら『角笛なんかで悲鳴が聞こえないようにする』って書いてあったんだー。だから音でかき消す、って案はどうかなー?」
「……うん、いい案かもしれない。悲鳴自体に魔力があるなら、それをかき消す音があればあるいは対抗できるかも」
「俺も子守歌とか歌えるよー」
「いや、歌でやるならディーヴァやミンストレルとかの人の方がいいと思う。それほどまでの魔力で対抗できるかわからないし」
そうかー、と梓が呟いた。
「けど、どれも確証がある案じゃないのがなぁ……できる事なら被害は出したくないし……」
「しかし、随分と執着していますな」
モルゲンロート・リッケングライフ(もるげんろーと・りっけんぐらいふ)がアゾートに言った。
「私は【賢者の石】など金の亡者が求めるようなものだと思っていましてね……ああ失礼。錬金術は金を作る為の物、というイメージなもんでね」
「間違えてはいないけど、それが錬金術の全てではないよ」
「では、何故そこまで拘るので?」
「……使命って言えばいいのかな。挑まなきゃいけない使命なんだ」
モルゲンロードへの答えではなく、自分に言い聞かすようにアゾートが言った。
「ふむ、使命ですか……」
「……もし、作る事ができたとして、その後は?」
エヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)がアゾートに問いかける。
「その後……」
アゾートは考える素振を見せた後言った。
「考えた事無かったけど、それ以上の物を創ろうとすると思うよ。賢者の石は目標ではあるけど、終わりってわけじゃないから」
「……そう」
素っ気無くエヴェレットが答えたが、その顔は何処かほっとしているようでもあった。
「けど色々考えてるんだなー。俺も見習わないとなー」
溜息をつきつつ、梓が呟いた時であった。
「退屈だぞ梓ー、構えー」
梓の背後から、カスティーリアが体重をかけてくる。梓の頭に、自身のその大きな胸を乗せて。
「重ッ!? じゃなくてカスティーリア何か乗ってるよー!?」
「乗せてんだ」
「いやいやいや! 人前! 人前ですから!」
「あはははは、慌てるお前は愉快だなぁ!」
慌てふためく梓に、カスティーリアは愉快そうに笑う。
「…………はぅ」
カスティーリアの胸に目を見開いて驚き、己の胸を見比べたいちるが落ち込む。
「わ、我が君よ、そこまで落ち込む必要はあるまい!」
「そ、そうだ主殿! 主殿はそのままでいい!」
「そうよいちる! 可愛くていいじゃない! 可愛いっていうのはそれだけで十分な魅力なのよ! いいことなのよ!」
落ち込んだいちるを、クー・フーリン、モルゲンロード、エヴェレットが慰める(何故かエヴェレットは慰めるというより力説していた)
そんな様子を見て、近遠は複雑な表情を浮かべていた。
「……大丈夫なのかな、本当に」
出発前から疲れたような表情で溜息を吐くアゾートであった。
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