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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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SPB2021シーズン 『オーナー、事件です』

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【七 裏の裏】

 直後、ダリルと山葉オーナーが連れ立って足を運んだのは、ナベツネこと田辺恒世・共同オーナーのオフィスであった。
 同行者には、加夜と美羽も加わっている。最初ダリルは、山葉オーナーとふたりだけの方が良いと主張したのだが、山葉オーナーは証言者が必要だとの考えで、加夜と美羽も呼んだのだ。
 とにかくも、山葉オーナー以下四名がオフィスに踏み込んでくると、恒世はいささか驚いた様子で四人を出迎えた。
「あらあら、急にどうしたのかしら? いつもは先に連絡をくれるのに、今日は珍しいのね」
 恒世は目を丸くしながらも、オフィスを訪れた四人にソファーを勧める。ところが、誰ひとりとして腰を下ろそうとする者はおらず、全員硬い表情のまま、恒世のデスクの前に詰め寄ってきた。
「田辺オーナー、この件について説明して頂きたい」
 口火を切ったのは、ダリルであった。
 先程、山葉オーナーに見せた例の文書を、ダリルは恒世の前のデスクに差し出す。そこには、SPB事務局内でリーグ再編を進める、とある事務局員の名前が記されていた。
 この事務局員と恒世が頻繁に連絡を取っていることを示す通話記録が、そこに添えられている。
 そして最大の決定打となったのは、この事務局員と恒世が、一年前までウィンザー・エレクトロニクスという大手メーカーに勤め、同じ部署で仕事をしていた仲であるという事実であった。
 ウィンザー・エレクトロニクスとは脳波データを扱う最新のロボット事業で有名な企業であり、美羽や加夜とは何かと因縁深い、あのマーヴェラス・デベロップメント社の最大の顧客であるという情報も記されているのだが、ここでは割愛する。
 ともあれ、これだけの証拠を突きつけられた恒世は、一瞬だけ、端整な面に厳しい色を浮かべたのだが、その美貌はすぐに柔和な表情へと落ち着いた。
 そして小さく肩を竦め、悪戯っぽく笑う。
「あらま……ばれちゃったのね」
 そのひとことに、訪れた四人全員が、色をなした。山葉オーナーが、低く唸る。
「あんた、最初から……二球団をひとつにまとめる算段だったのか」
「ま、ばれちゃったんだから、これ以上隠しても、意味無いわね……その通りよ」
 その瞬間、加夜が息を呑む気配が伝わってきたのだが、一方美羽は加夜のようにおとなしくはない。山葉オーナーとダリルの間に割り込む格好で、猛然と身を乗り出してきた。
「ちょっと、それって一体どういうこと!? あなた、オーナーさんなんでしょ!? 選手や職員の皆が、気の毒だとは思わないの!?」
「気の毒だとは思うけど、ビジネスに於いては、感情と判断は切り離さないとね」
 恒世曰く、彼女は合同トライアウト実施の時点で、既にワルキューレとワイヴァーンズの合併を企図していたというのである。
 何故なら、この二球団がブルトレインズやネイチャーボーイズと比べ、戦力で圧倒的に劣るのは、火を見るより明らかだったからだ。
 MLBやNPB出身者が大半を占めるブルトレインズやネイチャーボーイズとは異なり、ワルキューレとワイヴァーンズはどうであろう。
 ごく一部を除いては、そのほとんどがアマチュアか素人であり、キャンプとオープン戦を経て、何とかチームとしての形が出来上がった程度である。そんな実力で、今後上位2チームと渡り合っていけるのか。
 恒世の考えでは、NOであった。

「……だから、初年度のシーズンを通して、使える選手とそうでない選手をふるいにかけ、二年目以降にひとつのチームにまとめ、上位2球団と互角に渡り合う……そういうことですか」
 加夜が幾分、据わった目つきで恒世を睨みつけながら、低くいい放った。恒世は軽く肩を竦め、肯定の意を示す。
 重苦しい空気が、オーナー室内に充満した。
「で、どうするの? 解任動議でも出すつもりかしら?」
 さばさばとした調子で問いかける恒世に対し、しかし山葉オーナーは、不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりとかぶりを振った。
「いいや、あんたには、自チームの底力ってもんを、その目に焼きつけてもらおう。自分のやろうとしていたことが如何に馬鹿げているか、思い知ってもらう為にな」
 それだけいい放つと、山葉オーナーは他の面々を引き連れて、恒世のオーナー室を出た。
 ところが、扉を開けて廊下に出たところで、甲高い悲鳴が短く響き、次いで、尻餅をつく美女の姿が視界に飛び込んできた。
「おめぇは……」
「あ、ど、どうも〜」
 エレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)であった。
 丁度彼女は、HC内に収めた他チームのデータを球団事務所内の端末で分析しようと考えて廊下を歩いたところ、思わぬ展開に遭遇したので、ついつい聞き耳を立ててしまっていたのである。
「確か、葉月んとこの個人スコアラーだったな……全部、聞いてのか?」
「え、えぇ、まぁ」
 エレナは観念しているのか、幾分言葉を濁しながらも、素直に頷いた。
 しかし意外にも、山葉オーナーは決してエレナを責めようとはせず、寧ろ都合が良いとばかりに、にやりと口元を笑みの形に歪めた。
「よし、それなら今聞いた話のうち、再編と合併についてだけ話を広めてくれ。但し、ナベツネさんのことだけは伏せてな」
 驚いたのは、ダリル、加夜、美羽達であった。
 三人とも、山葉オーナーの意図が、よく分からない。いや、エレナ自身も呑み込めていない様子だった。
 だが、その直後に山葉オーナーが放ったひとことで、全員その意図を理解した。
「ちったぁ、あいつらの尻を叩かないとな」
「あ、なるほど……そういうことね」
 思わず美羽が上向けた左掌に右の拳をぽんと置いて、納得した表情を浮かべる。
 つまり山葉オーナーは、リーグ再編と球団合併の噂が事実である旨を正式に認めることで、選手達に危機感を持たせ、残りの6試合を死に物狂いで戦わせようという腹積もりなのである。
「もう涼司くんったら……性格悪いんだから」
 加夜が苦笑して小首を傾げると、山葉オーナーは悪びれた様子も無く、寧ろ自信たっぷりに笑う。
 ようやく自身に課せられたミッションの意味を理解したエレナも、釣られて苦笑しながら、ダリルの手を借りてゆっくりと立ち上がった。

     * * *

 ところ変わって、ワイヴァーンズ球団事務所のオーナー室では、山葉オーナーからの携帯連絡を受けたスタインブレナー氏が、ブルドッグそっくりな下膨れの面に、驚きの色をありありと浮かべて何度も頷いていた。
 やがて彼は通話を終えて、携帯電話をデスクに放り投げると、丁度マスコミ対応に関する報告書を持参していたフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)に、いささか疲れたような表情を向けて、静かに笑ってみせた。
「どうか、なさったのですか?」
 ここ数日、リーグ再編や球団消滅の噂話に内心では戸惑いつつも、毅然とした態度で自身の業務をこなし続けてきていたフィリシアだったが、流石にスタインブレナー氏のこの様子を見ると、日頃隠している不安げな表情が、つい面に出てしまっていた。
 ところが、スタインブレナー氏は目の前に広報担当であるフィリシアが居ることが、却って都合が良いと小さく呟き、続けて、たった今、山葉オーナーから仕入れた情報を須らく開示した。
 最初のうちは緊張の面持ちで静かに聴いていたフィリシアだったが、事が事だけに、次第のその美貌には戦慄の色が強く浮き出るようになってきた。
「そ、そのような裏が……」
「山葉オーナーも律儀な方だ。田辺女史と共同オーナーを組む間柄でありながら、女史の企図を見抜けなかったといって、わざわざ詫びてこられたよ。しかしこれは、ある意味、良いチャンスでもある」
 曰く、選手達に再編話とチーム消滅の危機が事実であることを告げ、彼らの発奮を導くという方向に話を持っていけば、災い転じて福と為すことが出来る。
 そこでスタインブレナー氏は、フィリシアにひとつの指示を与えた。
「マスコミに、球団消滅の可能性が事実であることを、紙上に打たせたまえ。同時に、選手達にも公式発表として伝えて欲しい。その他の広報事案に関しては、私から円君に詳細を言い渡す」
「かしこまりました」
 フィリシアは一礼して、オーナー室を辞した。
 それまで漠然と抱えていた不安感が、現実のものになろうとしている。しかし、フィリシアは寧ろ逆に、すっきりとした気分に浸っていた。
 危機が事実であるならば、これを逆手にとって逆襲に転じれば良い。
 これから忙しくなるわね――思わずそうひとりごちて、フィリシアはマスコミ各社が待つプレス会場へと足を急がせた。