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ザナドゥの方から来ました

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第10章


 暗い。
 カメリアは、暗い意識の闇の中を漂っていた。
 はて、今自分は何をしていたのだろうかと考えても思い出せず、周囲を見渡しても誰もいない。

「誰か!! 誰かおらぬか!!」
 闇の中に語りかけても、その声は何にも、誰にも受け入れられずにただ飛んでいった。

「……」
 誰かの名を呼ぼうと思ったが、思い出せない。
 ただ、ぱくぱくと金魚のように口が動くだけで、大切なはずの誰かの名前が出てこない。

 いつも自分の名を呼んでくれたひとは誰だっただろうか。
 何か起こったときに、守ってくれたひとは誰だっただろうか。
 いつもケンカしては仲直りしてくれたひとは誰だったろうか。
 くだらないことで互いに笑い合い、自分を楽しませてくれたひとは誰だっただろうか。
 兄よ姉よと慕って茶を飲み、退屈な日常を過ごしてくれたひとは誰だっただろうか。
 事あるごとに競い合いながらも結局決着はつかない、そんな関係を望んでいたひとは誰だっただろうか。
 まるで相棒のように協力し合い、助け合ってくれたひとは誰だっただろうか。

 はやく、会いたいと思った。
 だから、はやく夢から醒めなくては。
 この暗い夢から醒めなくては。
 目が覚めれば、きっと誰かがそこにいるはず。
 だって、言ったんだ。言ってくれたんだ。


 もう――ひとりになることなんか、できやしないって。


                    ☆


「――大丈夫か?」
 カメリアが目を覚ますと、そこはブラックタワーの前だった。
「……」
 目が覚めると、自分が誰かに抱きかかえられていることに気付く。
 知らない男だった。
「俺はクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)。君はこのあたりの地祇だろう?」
 まだ頭がはっきりとしない。カメリアはとりあえず立ち上がって、答えた。
「ああ……カメリアじゃ。……そういえば、儂はDトゥルーの術に呑まれて……お主が助けてくれたのか?」
 だが、クローラは首を横に振った。
「いや、俺の任務は突然発生したこの塔の調査……カメリアを助けたのは……きっと」

 カメリアが、クローラの視線を追うと、そこに答えがあった。

「たああぁぁぁっ!!!」
 魔鎧、那須 朱美(なす・あけみ)を纏った宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がDトゥルーに果敢に攻撃を仕掛けている。
 山の周囲にいたモンスターたちの妨害を受けていた祥子は、交渉のためにブラックタワーを訪れていたノア・セイブレムや緋桜 ケイ、ソア・ウェンボリス達よりも遅れることになってしまったが、それがかえって幸運だった。
 レン・オズワルド、ケイやソア、そしてカメリアを捉えていたDトゥルーの闇術を外部から妨害し、その隙をついて先制攻撃を加えることができたからである。

「くっくっく!!不意打ちとは上等だ!! せいぜい我を楽しませるがいい!!」
 Dトゥルーは、頭部から緑色の血を流しながらも不敵に笑った。
 祥子が最初に切りつけたときにDトゥルーのダメージを与えることができたのだろう、ぱっくりと頭から血を流しながらも、Dトゥルーはまるでダメージがないかのように剣を振るった。

「……はぁっ!!」
 剣と盾を装備しているDトゥルーと違って、祥子の武器は大剣『レプリカ・ビックディッパー』。どうしても大振りの攻撃は単調になりがちだ。
「――大丈夫……集中力を切らさなければ、負けることはないわ……」
 と、魔鎧の朱美は祥子に語りかける。

「……どうした、威勢がいいのは最初だけか?」
 動きを止めたDトゥルーは、あえて両手を広げて祥子を誘った。
「……判ってる……あんな挑発に乗るほどバカじゃない……」
 歴戦の防御術や歴戦の立ち回りを駆使して戦う祥子の戦法は、自分のダメージを最小限に抑えることを優先しているため、相手にダメージを与えることは難しい。
 それが実力差のある相手ならばなおさらだ。
 だが、それでも祥子は冷静さを失わずにヒット&アウェイを繰り返した。
 時折、光学迷彩による奇襲や光術の目くらましなどを交えて、単調な攻撃にならないように工夫する。

「――ふん、小細工ばかりか――つまらんな」

 しかし、Dトゥルーはそんな祥子の必死の戦術を鼻で笑った。

 祥子は、それでも挑発には乗らない。
「……笑うなら、笑うがいいわ。そちらもそれなりに目的や願望があって侵略して来たことでしょう。
 私達も同じ。どうしても守りたいものがあるからこそ、実力を持って排除するのみよ」
 そして、今祥子にできる戦法としてはこれが最上のものだと判っていた。
 すでに交渉の場に臨んでいたケイやソア、レンはまだDトゥルーの闇術の影響で倒れたままだ。
 他に戦えるメンバーが到着するか、地下通路に侵入したコントラクター達が鍵水晶を持ってブラックタワーを内部から開放するまで、この場で持ちこたえなければならないのだ。

「――!?」
 だが、その願いもむなしく。

「……あらあら、勇ましいことですね……せっかくですから、私のお相手もお願いしようかしら……」
 秋葉 つかさだった。Dトゥルーの闇術は祥子の干渉で破れたものの、ここがザナドゥ時空であることに変わりはない。Dトゥルーがつかさに与えた力は、まだ生きているのだ。
 つかさの着物の裾から這い出したおぞましい触手が、祥子に迫る。

「――どういうこと!?」
 意外に早いスピードで迫る触手を、大剣で薙ぎ払う祥子。
 くすくすと笑いながら、つかさは答えた。
「……どうもこうもありません……私は私が楽しい事をするだけです……さあ、いい子だから、素敵な声で啼いてくださいな……」
 人間の協力者がいたのは確かに想定外だった。
 だが、この場においては魔族に与する者は敵であることに違いはない。
「そうか……ザナドゥ時空に捉われて……おかしくなっているのね……!!」
 理由の如何に関わらず、強敵が増えたことに変わりはない。
 こちらにも、味方が必要だった。

 そこに。


「タコラっ!! タコラじゃないのっ!!」


 女性の声が響き渡った。
「……はい?」
「……え?」
「……何?」
「……タコ、ですか?」
 祥子と朱美、そしてつかさと、さすがのDトゥルーも動きが止まった。

 タワー前に現れたのは、伏見 明子(ふしみ・めいこ)
 彼女は祥子とつかさの戦闘に割り込んで、Dトゥルーへと声をかけた。


「あなたはタコラ、DDタコラ十三世でしょう!?」


「……人違いだ」
 と、Dトゥルーは辛うじて返答をした。


 しいて言えばタコ違い。


「いいえ、私には分かる!! あなたは昔とーさんの転勤で泣く泣く公園の池に放してきたペットのDDタコラ十三世よ!!
 まさかザナドゥ時空で生き延びていたなんて、しかもこんなに立派になって……!! でも、いけないわタコラ!!
 ツァンダの皆さんも迷惑してるんだからね!!」

 言うまでもあるまいが伏見 明子がタコをペットとして飼っていた、という事実はない。
 当然のごとくザナドゥ時空の影響でちょっとばかり記憶回路にノイズが入ってしまっただけなのだ。
 だが、あくまでも目の前の魔神を自らのペットと言い張る明子は、モヒカンも泣いて逃げ出すほどの鋭い眼光をその眼に宿らせ、鬼眼で威圧しつつも、怒鳴った。

「いい加減にしなさいタコラ!!あんまりワガママ言ってるとぶっとばすわよ!!!」

 そして、そこにもう一人ザナドゥ時空に飲み込まれた人間が登場した。
 神皇 魅華星(しんおう・みかほ)だ。

「ほーっほっほっほ!! 我が僕、Dトゥルーよ!! ご苦労でしたわ!!」
 地獄の天使で魔影の翼を生やした彼女は、上空からDトゥルーに向かって声をかける。
「……さらに魔族の上役がいたということ?」
 と、律儀に反応する祥子。
「……知らん」
 これもまた、律儀に返すDトゥルーだった。

 そもそも魅華星は闇の皇族『赤銀の女王』の転生体である、と思い込んでいる少女である。
 その前世の真の力を取り戻すべく、日々研鑽を重ねる彼女である。
 自らが転生してしまったことで、元来の部下であるところのDトゥルーが制御を失い、地上に侵攻を始めたと聞いてやって来たのだ。
 もちろん、彼女がザナドゥ時空の影響化にあるのはもちろんだが、彼女の恐ろしいところは闇の眷属の転生体である、という思い込みはザナドゥ時空の影響と関係なく、自前のものだというところであろう。

 だが、いずれにせよDトゥルーにしてみれば自分を部下呼ばわりしたり、ペット呼ばわりしたりする相手を放ってはおけない。

「――ふん!!」
 Dトゥルーは、突然天のいかづちを放って、魅華星にヒットさせた。
「きゃあああぁぁぁーっ!!!」
 いかづちの効果で空から叩き落された魅華星は、しかし赤銀の女王の威厳を失わず、言った。
「この主たる赤銀の女王に歯向かうとは!! おしおきですわよ!!」

 そして、そこに明子も加わった。

「タコラ!! さあ、お家に帰るわよ!! きっちりしつけ直してあげるから!!!」
 明子はフラワシを放ち、ミラージュと併用してDトゥルーの動きに干渉していく。
「――ぬぅ?」
 Dトゥルーが戸惑いを見せた瞬間に、魅華星の攻撃が炸裂した。

「銀雪嵐!!」
 という名の『ブリザード』!!
「黒死斬!!」
 という名の『罪と死』!!
「神皇ビィィィム!!!」
 という名の『ビームレンズ』攻撃!!

 魅華星の攻撃が次々にDトゥルーにヒットする。
 それらの攻撃を、なぜか棒立ちになって全てその身で受けるDトゥルー。
「……か」
 ぼそりと、口が動いた。


「いい加減にするのはそっちだーーーっ!!! 人をペットだの僕だの、何様のつもりかーーーっ!!!」


 いい加減、堪忍袋の緒が切れたDトゥルーだったという。


                              ☆