波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

冒険者の酒場ライフ

リアクション公開中!

冒険者の酒場ライフ

リアクション

「……成程な」
と、ラルクが日本酒をまた一杯飲む。
「だが、俺も随分飲んだな……メニューも残り少なくなってき……おい!」
「あん?」
 垂がラルクに厳しい視線を送る。
「何で、上半身脱いでいるんだ?」
「ああ、暑いからだよ。そう、暑くて仕方ないんだ」
 鍛えあげられたラルクの肉体が見え、流石に垂が目を背ける。
「おいおい、垂? 何だよ、もっと俺を見て話そうぜ?」
「……服を着ろ」
「服? 馬鹿言っちゃいけねぇよ! グラップラーは、この鍛え上げた筋肉こそが正装なんだぜ? 見ろよ、この胸筋と上腕二頭筋を!!」
「見たくない」
「何だと! 畜生、まだパンプアップが足りないってか!!」
「……そっちじゃない」
 突然、黎明華が立ち上がる。
「蘇生したか……黎明華、おまえもラルクを止めて……」
「きーもーちー悪いのだぁぁ……ぅぷ」
「吐くなら飲むな! 飲むなら吐くな!」
「お手洗いに……行くのだぁぁ……」
 ラルクと垂を残してテーブルから黎明華が離れていく。
「……ったく、大丈夫かな? ……っておい、ラルク!
 垂が再び非難の声をあげる。それはラルクが自分のズボンに手をかけていたからである。
「おお! まだまだ俺の本気はこんなもんじゃねぇぜッ!!」
「ここでそんな本気を出すなぁぁーーッ!!」
「何だよ? もっとここは盛り上げるところだろう?」
「だから、違うって言ってるんだよーー!!」
 風雲急を告げる垂とラルクのテーブルから、ふらふらと千鳥足の黎明華が去っていく。


 アルコールの全メニューを制覇しようとしているのが垂であるならば、フードメニューの全てを制覇しようとしている人間は獅子神 玲(ししがみ・あきら)であった。
『食欲魔人』『食欲の化身』『バイキング料理店の天敵』『獰猛な胃袋』『厨房殺し』等々……。玲の通り名は、彼女が通り過ぎた店の数だけあるという。
「新装開店のお店に早速来ましたが……雰囲気は気に入りました。ドリンクバーがあるのもいい感じですね」
 早食いではなく、大食いの玲は、丁寧に目の前のハンバーグをナイフとフォークで切り分け口へと運ぶ。
「ただ、食べ放題バイキング、ビッフェ形式のサラダバーとか、ケーキとか、フードファイトみたいなイベントが無かったのが残念ですけど……お味はイケますね」
 余談になるが、蒼木屋ではフードファイトのイベントも計画されていたのだが、玲が来店するらしいという、とある確かな筋からの情報により、中止されていたのだった。
 玲が店に入店し、注文したメニューは彼女らしいものであった。
「とりあえず、メニュー全部で」
 対応したアリサが言葉に詰まる。
「全部? 今、全部と言ったか?」
「はい。私、全部食べます」
 アリサが玲をしげしげと見つめる。
 黒のポニーテールの美少女、そんなに大柄な体格でもない。どちらかと言えば華奢な方である。
「わかりました。そちらは何にする?」
 アリサがセミロングの黒髪の少女、山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)を見やる。
「あたしはミルクのドリンクバーで!!」
元気よく答えるミナギ。
……当店のドリンクバーにはミルクは無いぞ?
「そんなッ!? 本当に?」
「無いのだ……ちなみにあまり、ミルクと言うと怖い連中が絡んでくるぞ?」
 アリサの言葉にミナギが頭を抱える。
「なんてこと!! まだ時代がこのあたし、山本ミナギに追いついていないっていうの!!」
「(牧場に行け)……そうだな、残念ながら」
「取り敢えず一杯頼んでみたら?」
と、玲が口をはさむ。
「そうね……どうせ、お金は玲持ちなんだし……じゃあ、大ジョッキで!!」
「……わかりました」
と、アリサがオーダーを取り、去っていく。
「あり得ないわ!! ミルクの濃厚な味わい……それを嗜めてこそ、真の冒険者のハズよ! 主人公よ!! まぁ、泡麦茶如きで甘んじているのには、一生分からない味でしょうね」
 ミナギがそう言って勝ち誇った顔を向けた先には、既にテーブルに運ばれたビールを飲んでいる獅子神 ささら(ししがみ・ささら)がいる。
「ん? ミナギさんがそう思うならそうなんでしょうね」
と、眼鏡をクイと押し上げるささら。
「でしょうね!!」
「ただし、ミナギさんの中だけですけど」
「……」
「あー、早く料理来ないかなぁ」
 こうして玲達の晩餐は始まったわけである。

 店内の喧騒を横目に見ながら、食事を続ける玲。
 その前では、空になったジョッキをドンと置いたミナギが愚痴っていた。
「はぁ……ねぇ、玲。どうしたら、あたし主人公になれるのかな」
「どうして、ミルクで絡み酒?」
「うるしゃい!! 答えなさいよ!!」
「……もう、とっくになっているんじゃない?」
「駄目よ!!」
 バンッとテーブルを叩くミナギ。
「だって、まだ街や学園を歩いていても、「あ、あれがミナギさんだ!」とか「ミナギ様がいらっしゃったぞ!!」とか「ミナギになら滅茶苦茶にされてもいいぜ……」とか言われた事ないもん!!」
「……最後のはどういう意味かしら? あら?」
 玲達のテーブルの傍を黎明華が通りかかる。
「黎明華? あなたも来ていたの?」
「キミは……誰なのだ?」
「相当酩酊しているわね……ほら、パラ実で一緒の玲よ」
「おおー、黎明華と同じ学校なのだ!」
「……うん。知ってる」
「あれ? でもキミのパートナーはもう一人いなかったかなのだ?」
「ささら? あれ、本当にいないわね……ミナギ、どこ行ったか知らない?」
「うー……もう飲めないよー」
「飲まなくていいから……ねぇ、ささらはどこ? まさか、あのモヒカン達の喧嘩に巻き込まれたんじゃ……」
 玲は先程まで、「ぷくく……玲もミナギさんも本当に傍から見てて面白いですね」と言いつつ陽気に飲んでいたささらを思い出す。ささらは二人の保護者役だが、二人の様子を見て楽しんでる節があるのだ。
 ミナギがふと顔をあげる。
「そう言えば、「おや、あそこの青年……ふふっ、ワタシの好みですね……どれ、色々と教えて差し上げましょう」とか言ってどこかへ行った様な気が……」
「……また、悪い事をしに行ったんじゃ……」
「仕方ないのだ……黎明華がおトイレ行くついでに探してあげるのだー」
「大丈夫?」
 玲がかなり青い顔の黎明華を不安気に見つめる。
「心配ないのだー!! 玲もここで、喧嘩に巻き込まれたりしないよう、用心するのだぁ」
「私は心行くまで食べるだけです……が、食べ物を粗末にしたり邪魔したりしたら……許しませんけどね」
 黎明華が玲に手を振り、また去っていく。
 ふと、ミナギが立ち上がる。
「そうよ! あたしがみんなの喧嘩を止めれば主人公になれるわよね!!」
「犠牲者の間違いじゃないの?」
 玲はそう言って、テーブルの脇にうず高く積み重ねてある皿に、今まさに空にした皿を、立ち上がって置くのであった。