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リアクション
薄曇りの下だけれど
盛夏祭の宣伝を知ってすぐに連絡したかいあって、無事にレストランを予約できた健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は、天鐘 咲夜(あまがね・さきや)とセレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)を連れて時間通りに店に入ることができた。
年齢的にお酒は飲めないので、ソフトドリンクで乾杯をする。
トロピカルジュースを一口飲んだセレアが上品に微笑む。
「よいレストランですわ。雰囲気も素敵ですし」
「今日はありがとうございます」
続いた咲夜もアイスミルクティーのグラスを手に笑顔が絶えない。
花もほころぶようなとはこのことか、と見ている勇刃も幸せな気持ちになった。
とはいえ。
「まだ前菜も来てないんだ。満足するのは早いんじゃないか?」
そう言った直後、その前菜が運ばれてきた。
ベーコンと野菜のオムレツだ。
素朴な味わいが不思議な懐かしさを覚えさせた。
続くスープにサラダ、メインからデザートまで三人はじっくり味わいながら、今日までの冒険で体験したことや学校生活、いまだに解けない謎、行ったことのない土地への期待と想像を次から次へと話し合い、笑い合った。
食後のコーヒーの時間を充分にとった後、勇刃達は庭園の散歩に出かけることにした。
外は薄曇りだが、かえってそれが夕日の色を美しく見せている。
中央の大きな噴水の水飛沫が何とも言えない色に染まっていた。
「広々として綺麗な庭ですね。この時間帯というのもノスタルジックな感じで。それに、健闘くんと一緒にこうして歩けるのも……嬉しいです」
話しているうちに咲夜の胸の鼓動が再び早くなる。
最初は、今日のデートの誘いを受けた時だった。
その時も静まるまでかなりの時間がかかったが、今度はどうだろう。もしかしたら、家に帰っても治まらないかもしれない。
咲夜は繋いだ手のぬくもりを愛しいと思った。
勇刃も咲夜の幸せそうな顔に心があたたかくなるのを感じている。
こうして喜んだ顔を見たかったために今日のイベントに招待したのだ。
と、勇刃はすれ違ったカップルが何かを落としたことに気づいた。
カップルのほうはおしゃべりに夢中で気づいていない。
「ちょっとごめん」
勇刃は咲夜とセレアに断りを入れて手を離すと、落し物を拾いに戻った。
それはキーホルダーだった。
「あの。これ落としましたよ」
そう声をかければ先に振り向いたのは男性のほうで、彼は不思議そうな目をしてキーホルダーを見つめたが、女性のほうは「あっ」と小さく声を上げると、早口に礼を言って勇刃からそれを受け取った。
ひょっとして女性にとっては見られたくないものだったのかと思った勇刃だったが、二人のやり取りを聞いているうちに、そうではないことが判明した。
「付き合う前にあなたがお土産にくれたんじゃないの。忘れたの?」
「そうだっけ? そう言われてみればそんな気が……」
「なによぅ、何か私ばっかり大事にしてるみたい」
「そんなことない。どうしてそういう意地悪言うかな」
これ以上聞いていても仕方ないのと、この二人の仲がこじれることはなさそうだ、と彼らの甘い表情から察して、勇刃はその場を離れた。
その頃、待っている咲夜とセレアは……。
落し物を届けに行った勇刃から充分見える場所に移動していた。その場にいては、通行の邪魔になりそうだったからだ。
二人で今日のことや勇刃のことで盛り上がっていると、ふとあまり良くない気配を感じた。
「おおっ、近くで見るとすげェかわいい!」
「バカ、遠くからでも充分輝いていただろ」
「なあ、二人だけ? 俺らと遊ばない?」
誰かに言われなくてもナンパだとわかる。
彼らの脳内ではこんな図式が出来上がっていた。
・友達同士っぽいかわいい女の子が二人いる。
・近くに男はいないようだ。
・この場にいるということは、出会いを求めているに違いない。自分らのように。
・ぜひ声をかけよう。
・仮に男がいてもぶちのめしてやれ。
会場側も訪問客にはそれなりに目を光らせているが、大規模なイベントということもあり、こうしたあまり好ましくない者も入ってきてしまったのだろう。
「お誘いいただいたことは嬉しいのですが、わたくしには健闘様がおりますので、あなた様方とご一緒はできませんわ」
「そうかい。じゃあ、あんたは?」
「わ、私も、健闘くんがいるから……」
二人の断りの理由である『健闘』なる人物に、ナンパ三人組は不愉快そうに顔をしかめる。
「美少女二人を独占かァ?」
「何者だそいつは」
「どうせメガネのひ弱そうなそうな奴だろ」
口々に言われた悪口に咲夜とセレアが反発しかけた時、その表情が一変して笑顔になった。
「健闘くん!」
「健闘様!」
「健闘だと!?」
弾む声の後に苛立ちの声で呼ばれた勇刃だが、腹立たしいのは彼も同じだ。
「何だお前ら。俺の彼女に何の用だ」
メガネの奥の瞳の迫力にたじろぎながらも、三人組は相手は一人だと気を取り直して凄む。
「この子達に遊んでもらおうと思ってな。ちゃんと返してやるから、それまでここで大人しくしてな、メガネ君」
「しかし、本当にメガネだったとはなぁ」
「メガネでもコンタクトでもどうでもいいだろ。早く遊ぼうぜ」
身勝手な三人の言いように健闘の表情が険しくなる。
彼の手が木刀のフロンティアに伸びた時、咲夜が止めた。
「健闘くん、いけません。こんなところで喧嘩なんてダメです。契約者の健闘くんの力で喧嘩したら、この人達死んじゃいますっ」
契約者と聞き、三人組は慌てたように唸った。
彼らは契約者ではない。
よって。
「お前らなんか喧嘩別れしちまえー!」
悔しさいっぱいに情けない捨て台詞を残して去っていったのだった。
荒事にならなかったことに勇刃はホッとした。
この綺麗な場所には醜すぎるものとなっただろうから。
「逢魔が刻とはよく言ったもんだ……」
やれやれ、と勇刃は息をつく。
今日一日、大切な二人を喜ばせようと、表にこそ出さなかったがいっぱいいっぱいだった。
それも、あの不届き者達を追い払ったことで肩の力が抜けたようだ。
『大切な人を守れるように』
短冊にそう書いたが、さっそく果たせたように思えた。
「ところで咲夜はどうしてあいつらが契約者じゃないってわかったんだ?」
「わかったわけではありません。ただ、ここはたくさんの人が来てますから」
「なるほどな」
「誰にも怪我がなくて何よりですわ。さあ、散歩の続きをいたしましょう」
セレアの言葉に頷き、勇刃は二人に手を差し伸べる。
「もう不愉快な思いはさせないよ」
彼がいるかぎり、そんなことあるわけがない、と咲夜とセレアは微笑んで勇刃の手に自らの手を重ねた。
『これからも健闘くんと一緒にいられますように』
『健闘様と幸せになりますように』
咲夜とセレアの願いを叶えてくれるのは、本当は織姫や彦星ではなく、目の前のこの人かもしれない。
大聖堂前の広場。
大小さまざまな笹がずらりと並びライトアップされ、幻想的な雰囲気をかもし出している。
この笹のどれかにアルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)の短冊がある。
何を書いたかは隣の飛鳥 桜(あすか・さくら)は知らない。そもそも短冊を掛けたことさえ知らないだろう。
「そろそろ時間だ。行こう」
「どこへ?」
「レストラン予約したって言っただろ!」
「ああ!」
そうだった、とポンと手を打つ桜に、アルフは心が折れそうになったがどうにか持ちこたえた。
今日はあの短冊に誓ったのだ。
初っ端のここでくじけている場合ではない。
行くぞ、と言い置いてさっさと歩き出す。
本当はここで手でも繋ぎたいのだが、照れが先に立ってしまいその手はポケットの中。
アルフが予約を入れたのは、オランダのレストランだった。
オランダの食べ物と言えば、主食のジャガイモに肉料理、豊富な種類を揃えるチーズにコーヒー、ココア、ビール、植民地時代に輸入したインドネシア料理が挙げられるだろうか。
総じて『あまりおいしくない』などと評されるが、さすがこういった場のレストランだけあり、メニューは数多く桜を迷わせた。
しばらくして運ばれた前菜に目を輝かせ、さっそく堪能し始めた桜の様子をアルフはぼんやり見つめていた。
正確には、彼女があまりにおいしそうに食べるので見惚れていた。
そんな視線に気づいた桜は食べる手を止め、不思議そうに首を傾げる。
「どうした? もしかしてお腹痛いとか?」
「いや、腹は何でもない」
「じゃあ、どこか具合でも?」
心配そうな顔をする桜に、アルフは自分の失態に内心で舌打ちをする。
何とかして話しをそらさなくては……と、急いで考えた結果、出てきたのはいつかにあった出来事。
「具合も悪くない。食った後、どこに行こうか考えてただけだ。──複雑なとこに行くと誰かさんは迷子になるしな、いつかみたく」
「そっか。そうだな、迷子になるのは……って、人の失敗を掘り返さないでくれよ!?」
「……迷子ヒーロー」
「ボソッと言うなー! ……あ、でもハッキリ言うのもダメだ! そーゆうのは心の中で……あ、やっぱり何も思うな!」
何度も言い直す桜がかわいくて、アルフの口元が勝手に緩んでいく。
意識してこういう流れに持ってきたわけではないが、たまには桜に意地悪を言ってみたい。
勉強面も戦闘面も桜のほうが上で、自分が役に立つことはいったい何だろうと、いつも考えている。
桜の身に何かあれば全力で守る覚悟はできているが、現実は……。
ため息を飲み込み、今日は後ろ向きなことは考えない、と三回ほど頭の中で唱えて食事を続けた。
食事の後はゆっくりと庭園を散歩した。
広々とした洋風の庭だ。
相変わらずの曇り空なのが少し残念。
陽も落ちてしまい、洒落たつくりの明かりが道を照らしている。
ここでもやはり手を繋げないアルフだったが、桜が気にしている様子は見られない。
「日本の七夕は初めて経験したよ。笹、凄かったね! いろんな飾りと願い事の短冊と。ずっとアメリカに住んでたから、全然知らなかったよ」
「そりゃ良かったな」
「アルフは短冊か何かつるしたの?」
「ん? あ、いや──おい、どこ行くんだ?」
突然、桜は小道から外れて綺麗に刈られた芝生のほうへ行ってしまった。
そして、適当なところでポスンと座り込む。
アルフはその隣にしゃがんだ。
「いきなりどうした……ぅおいっ、こんなところで寝っ転がるなよ。子供か、お前は」
「ンー、星が見えたら最高なんだけど」
「まあ、この天気じゃな……」
桜につられるようにアルフが空を見上げた時、不意の力で引っ張られ、盛大に倒れこんでしまった。
芝生でこすったこめかみの辺りがヒリヒリと痛む。
アルフは痛みを訴える箇所を押さえて呻き声をあげた。
「いってぇぇ……。てめ、何しやがる!」
思わず桜に怒鳴れば、彼女は淡く微笑んで空を指差していた。
「曇りだけどさ、こうして寝っ転がってみるのも気持ちいいかな。風は心地良いしね」
「──空だと? ああ……そういや、こんなふうに空を見るの、久しぶりな気が……」
怒りも忘れて促されるままに仰向けになった時、アルフの頬にぽつりと水滴がはねた。
ついに降り始めてしまったようだ。
「おい、戻るぞ」
起き上がったアルフに倣い桜も身を起こしたが、しかしその口は反対意見を言い出した。
「ほんの小雨だし、平気だよ」
「いいから立つ。好きな奴と一緒にいて風邪引かすとか格好悪いだろ」
早口に言い捨て、アルフは桜の手を引いて立たせると、足早に近くの会場を目指す。
桜は引っ張られるまま、アルフの台詞を心の中で繰り返していた。
「ねぇ、アルフ。今、僕のこと好きって言った?」
「……」
「聞こえないふりするなって。絶対言ったよな? な!?」
しつこい桜についにアルフは観念した。
逆ギレ気味に。
「言ったから何だってんだ!」
こんな具合に。
ふだんならここで口論になるのだが、何故だろう、桜は言い返そうという気になれなかった。
それよりも、こんなふうじゃなく、もっとちゃんと聞きたいと思った。
「アルフ、もう一度。ちゃんと言って」
真剣な表情でその言葉を待つ桜に、アルフも心を静めて向き直った。
アルフの鼓動は激しく胸を打ち、ぱらつく程度の雨ではあと一歩桜に近づけば聞こえてしまうに違いない。
それでも、今を逃したらもうこんな機会は来ないような気がしてならない。
「いつになったら気づくかと思ってたけど。お前がどこに行こうと、絶対に一人にはさせねぇから。だから、迷子になっても泣くなよ」
「最後の一言だけ余計だよ」
霧のような雨にしっとりと髪をぬらした桜が、泣きそうな表情で微笑んだ。
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