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リアクション
第6章 お客さん、この指令、随分と凝ってますね
私の名はローザ。最近までスパイだったの
「ローザ、君はクビだ。任務は中止!」
クビになったスパイは最悪だわ。
金もカードも職歴も奪われてハイ、それまでよ。
食う為にはショボイ仕事でも喰らい付くしかないわ。
仲間も頼りないのよ。
喧嘩っ早いパートナー。
「成敗!」
「魂だけでも救済してやる」
「宜しい、ならば戦争だ!」
「叔父様譲りの剣捌きは如何です?」
「深淵の力を知れ」
「魔砲は戦場の女神様なのですよー」
「今こそ、格好を付ける時ぞ!」
アッサリ敵に寝返る相棒。
「今日は誰の身体にしましょうカ……?」
「ぅゅ……ここどこ?」
「ぎゃー!助けろなのですぅ!」
「プロのスーツアクトレスになってみない?」
「うぉぉぉぉぉ! 何も見えねぇーぞ!」
そして学校。
「そのような愚劣な提案、我が校では検討する意味もない」
でもって、合計30人もいるパートナー、パートナー、パートナー。
「気軽に御呼び下さいね」
「最早、鋼鉄の装甲艦に対抗できないのですよ?」
「うーん、頬白鮫、海象、北極熊、海牛、かな」
「これでよしっ、だねー♪」
「かつて“羽撃鬼豊麗”と呼ばれていたのじゃ」
「菊媛大姉と号しています」
「我が身を賭して御仕え致す所存ですじゃ」
「私は、私に出来る事を――」
「なんてこった! 女の姿になっちまった」
「Ще не вмерла Укра?ни ? слава……」
「この顔貌が、そんなに珍しいのですか?」
「とんだ厄介事に巻き込まれたもんだ」
「I have not yet begun to fight!」
「とても異質ですよ?」
「これで駿河も安泰どすなぁ」
「実は水竜ですの♪」
出てきてないのもいるし、とにかく最悪ね。
けれど――私をクビにしたヤツを、絶対に突き止めてやるわ……!
そして、私はスパイに復帰するまで、絶対に諦めない!
「なんて格好つけてみたのはいいけど、スパイのやることって諜報活動、機密工作、その他諸々の違法行為ばかり……。何と呼ぼうと結局のところ、国の為に働く犯罪者に違いないじゃない……」
などと、自宅のベッドに寝転がりながらのたまう彼女の名はローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。シャンバラ教導団所属のハンガリー系アメリカ人で、14歳の頃から特殊部隊の訓練を受けていたというものすごい経歴の持ち主である。
先ほど【新星】の面子がゲームで遊んでいたように、同じく教導団に属する彼女もまた、平和に伴う暇を持て余していた。特殊部隊だった過去と、軍隊所属の現在を考えても、彼女の性格上どうしても生真面目にはなれず、こうしてのんびりベッドの上で全身を伸ばしているしかないのだった。
「……そういえば朝刊がまだだったわね」
ローザマリアは毎朝日課にしていることがある。配達される朝刊を読むことだ。
「戦争がひとまず終わって、すぐにザナドゥ絡みの騒動、それと同時に空京万博……。ちょっと忙しすぎるような気もするけど……ん?」
ふと自身が読む紙束の間に何かが挟まれているのに気づいた。
どうやらメモらしきそれには「空京駅の公衆電話」の場所と、待ち合わせの時間だけが記されていた。
「で、呼び出されて来たけども……」
場所と時間だけしか記されていないメモ用紙など無視してしまっても問題は無かったのだが、ローザマリアはこの呼び出しに応じることにした。このような回りくどい方法で自分を呼び出そうとする者の正体に興味があったからである。
仮にもそれが何かしらの「敵」に相当する存在であれば、とりあえず持ってきておいた無光剣と曙光銃エルドリッジて叩きのめせばいい。多少は罠にかかったとしても慌てることはないのだ。
そんなことを考えていたローザマリアの耳に、携帯電話とはまた違う着信音が飛び込んできた。
「……公衆電話に着信? まさかこれが待ち合わせってこと?」
時計を確認すれば、確かに待ち合わせの時間である。つまりあのメモは、「指定された時間に公衆電話を取れ」ということだったらしい。
「……もしもし」
どうしてこんな回りくどいことをしてくるんだ。苦虫を噛み潰したような顔で、ローザマリアは受話器を取る。
『ローザ、君に指令を与えよう』
受話器から聞こえてくる声は、彼女のパートナー、世界三大提督の1人が英霊として復活したホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)のものだった。
「ホレーショ、あんたね、あの変なメモは」
『仕方がないではないか。こういうゲームなのだから』
「ゲーム?」
『なんだ知らないのかね? 最近、契約者の間で流行っているゲームがあるだろう。「ミッション・ポッシブルゲーム」だとか「スパイ小作戦ごっこ」だとか』
「……ああ、そういえば聞いたことがあるわね」
『要するに、この電話は俺からの「指令」ということなのだよ』
「……道理で朝からテンションがおかしかったわけね」
『は?』
「こっちの話よ」
『……まあいい、本題に入ろう。実は私は空京駅内のクリニックでマッサージのアルバイトをしているのだが、今日は理由を付けて欠勤している。代わりの者を派遣するという条件付きで、な』
戦場においては非常に冷酷なくせに、平時においては渋い中年紳士といった風貌の英霊がそんなアルバイトをしていたとは。ローザマリアは声も無く呆れかえった。
『指令だ。君に2時間その代役をして貰おう。但し、マッサージの利用客は何故か皆、女性恐怖症の気がある。ローザ、女の君では利用客と接見すら出来まい。さぁ、どうする?』
ローザマリアがそれに返答するよりも早く、受話器からは不通を知らせる音が流れてくる。会話は質問形だったというのにホレーショは一方的に通話を打ち切ってしまったのだった。
「女性恐怖症の客ばかり集まるマッサージクリニックって、どんなところよ……」
公衆電話に受話器を戻し、ローザマリアはこめかみが痛むのを実感していた。
「相手が女性恐怖症なら、当然取るべき手は『男装』よね」
公衆電話から離れ、ローザマリアは空京駅のロッカー室に身を潜めた。変装をするならまずは誰にも見られないような場所を確保する必要があるからだ。
ローザマリアの場合、単に男物の服を着るだけでは男装にはならない。自信の胸元にあるふくらみが人よりも大きめであるため、その部分を見られたらすぐに女性であると気づかれてしまう。そのため、まずは長めのバスタオルを購入し、それを胸元に巻きつけることで風船を潰しておく。いわゆる晒の代わりだ。
続いて自前のロングヘアーを纏め上げて男っぽくみせる。まあ世の中にはロングヘアーの男も存在したりするのでその辺りは気にする必要は無いだろうが、「女性は髪が長いもの」という先入観を世の中から拭い去ることはできないのか、長髪の人間をいきなり男だと断定したがる男はあまりいなかったりするため、彼女としてはこうして髪形を変えざるを得ないのだ。
また客と話すことも想定して、低い声が出せるように軽く練習しておく。基本的に男性の声帯域は低めであることが多く、そうでない場合は男の娘か、あるいは「秀吉」とかいう第3の性別か、とにかく「普通の男」ではないだろう。
「後は、極力喋らないようにするだけね」
基本的な準備を済ませ、ローザマリアはいざ外へと飛び出す。
それから数分歩いたところで奇妙なことが起きた。葦原明倫館の生徒らしき女性から突然依頼をされたのである。
「あの……、もしよろしければ、この服に着替えて一緒に写真撮ってもらえないですか……?」
「……は?」
聞けばその女生徒は、現在のローザマリアと同じく「ミッション・ポッシブルゲーム」の遂行者であるらしく、その指令内容とは「外見性別が男性の人間を女装させろ」というものだった。先ほどはここからいくらか離れたヒラニプラに行ってみたのだがうまくいかず、空京で頼めそうな人を探しているところにローザマリアが現れたのだ。
そこで少女はローザマリアに、手に持った百合園女学院の新制服を着てもらった上で、証明写真を撮られてもらおうと声をかけたのである。
「ただ単に女装させたというだけだと指令達成の証明にならないので、私とのツーショット写真も撮ってもらわないといけないんです。ですから――」
「ごめん、多分それは無理」
少女の言葉を遮り、ローザマリアは協力できない旨を伝えた。
「えっ、それはどうして……」
「要するに男を女装させろってことでしょ? だったら私じゃ無理よ」
「……?」
「だって、今はこんななりだけど、私、女だし」
「ええっ!?」
今度は少女が驚く番だった。目の前にいるこの「女装しても問題無さそうな男」がまさか本当に女だとは!?
「訳あって今は男装してる最中なのよ。さすがに見た目が男でも、中身が女を女装させるのは無理があるんじゃない?」
「あうう……」
それはその通りだった。見た目は男でも中身が女であればそれは女装とは呼べない。
明らかに落胆したように肩を落とし、少女はとぼとぼとその場を後にした。
「これは無理ね。こんなチャチな男装だと間違いなく失敗するわ……」
クリニックに行く前にローザマリアは再びロッカー室へと入り込んだ。
クリニックでマッサージのアルバイトをするというだけなら、別に今の格好のままでも構わない。だが例えば今のように、クリニックに行く途中で何かしらのトラブルに巻き込まれたり、あるいはマッサージの最中にアクシデントでも発生して、自分が女であると知られてしまうとどんなことになるやらわかったものではない。
これらの要素を完全に排除するためには、何らかの方法で完全に「男」になる必要があった。
「しょうがないわね……。アレでも使いますか」
そしてローザマリアにはそれ相応の用意があった。
彼女が鞄の中から取り出したのは、なんと成人男性型の着ぐるみ――通称スパイスーツαと呼ばれる変装用スーツだった。
特殊メイクの技術と素材が使われた、慎重195cmで筋骨隆々褐色肌の男性の姿をしたそれは、ローザマリアが薔薇の学舎に転学する際に「男装への限界」を感じたことから生み出されたという代物である。
「長時間は使えないけど、この際しょうがないわ。2時間プラス移動時間。我慢しましょ」
そしてそれを着込んだローザマリアは一路マッサージクリニックへと足を進めた。
マッサージクリニックでの仕事は非常に単調なものだった。
何しろやってきた客を相手に、指定された手順に従って体を揉んでいくだけなのである。もちろん本格的に行おうというのであればそれなりの技術が必要なのだが、ローザマリアにしても、本来この場にいるべきであるはずのホレーショにしても、そのような高等技術は求められなかったのだ。
客とのコミュニケーションもそれほど多いわけではなく、こちらからは適当に相槌を打って、適当に短い話をしていればそれでよかった。無口であると思われない程度に口を開かなければならないというのは、意識して低音を出そうとする彼女にとっては少々厳しいことではあったが。
そして何のトラブルも発生しないまま、約束の2時間が過ぎた。ローザマリアは店員の礼を聞くのもそこそこに、必要最低限の会話だけを行って、すぐさま店を抜け出した。向かった先はもちろん、着替えたロッカー室。
暑苦しい特殊メイクの塊を脱ぎ去ったローザマリアはしばらくの間、外の新鮮な空気を杯に溜め込むのに夢中になっていた。
「ご苦労! 見事に指令を達成してくれたな。礼を言うぞ」
「まったく、無茶苦茶な指令を送りつけてくれたものね」
家に帰り着くと、パートナーのホレーショが彼女を出迎えてくれた。
「確かに私は変装が得意だけれども、いくらなんでも無茶振りしすぎよ」
「何を言うのかね、そのためのスパイスーツαであろう? むしろいい経験になったと俺は思うがね」
苦笑する【第四師団水軍指揮官】にしてシャンバラ教導団中尉の彼女に、ホレーショは渋い笑みを見せた。
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