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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第3章 角ある少年の見る街 4

「これなんてどうかしら? 着物って言うんだけど」
「はぁ〜、『キモノ』ねぇ。また、えらく面白い形をした衣服だな。姉ちゃん、職人さんか何かかい?」
「あはは……別にそういうわけじゃないんだけどね」
 着物を感心して見ていた主人が、今度は値踏みするように自分を見てきたので、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は苦笑するしかなかった。
 異世界、しかも芸術の街ということで、興味を引くであろう『着物』を持ってきたのだが、思いのほか彼らの関心を引いたようだ。衣服店の主人はその作りを入念に観察している。
 衣服店の窓から見えるのは、アムドゥスキアスの塔だった。まるでオブジェが連なっているかのような不思議な形状のこの街において、塔はひときわ異彩を放つ建造物だ。
 そんなアムドゥスキアスの塔を眺めていた千歳に、隣のイルマ・レスト(いるま・れすと)がこそっと耳打ちする。
(やはり……エンヘドゥさんはあそこに囚われてるんでしょうか?)
(さあ、どうだろう……ああ、いや、どうかしら?)
 男性口調から女性口調に改めて、千歳は眉をひそめた。まったく、早いところ慣れないといけないわね。まだまだ精進が必要そうだ。
「ねえ、店長。アムドゥスキアス様の塔に、誰か地上の人間が連れられてきた……っていう噂、聞いたことない?」
「ああ……なんでも地上のカナンとかいうところのお嬢様らしいな。えらいベッピンで、アムドゥスキアス様もその美貌に惚れたっていう話だ」
 ようやく千歳の『着物』から目と距離を離して、主人は仕事に戻った。手元にあったメモでG(ゴルダ)の金額を提示する主人。もとより売るつもりはないため、千歳は苦笑いでそれを断った。
 が、彼女の視線がそのGの金額に止まる。
「アムドゥスキアス様にとって、そのカナンのお嬢様はどれだけの価値なんでしょうね?」
「さあなぁ。あの人が他人に物を売るなんてところは見たことがないしな。……まあもとより、魔神様から物を買おうなんて奴がいるとは思えねえが」
 肩をすくめる主人。
「……それによ。どうせ今回のはバルバトス様やパイモン様の命令なんじゃないのか? こないだだって、仕方なく戦いに赴いてたみたいだしよ。どーせ、また、アムドゥスキアス様が仕事から抜け出さないように、人質で接点を作らせてるんだろ」
 主人はよっこらせっと声を出して在庫の荷物を下ろした。
 どこかその顔には、アムドゥスキアスを気づかうような色が浮かんでいるように思える。
(進んで戦っているわけではない……のでしょうか?)
(どうかしら? でも少なくとも、会ってみるだけの価値はあるかもね)
 イルマに軽く瞼を閉じてみせて、千歳は言った。
「ねえ」
「んー?」
「この着物で、アムドゥスキアス様と面会なんて出来ないかしら?」
「へ?」
 主人は目を丸くした。
 千歳の顔に浮かぶのは、やってやると言わんばかりの不敵な微笑だった。



 まるで虹が空から降って来たかのような印象を受ける、幻想的な色合い。そんな色合いに包まれて、オブジェのような建物が連なり、螺旋状に天へと昇ってゆく。
 円錐のような形を作ったその街の中心にあるのは、湖の色合いを模したような蒼き塔だった。なんでも、そこにはこの街を治める魔神がいるらしい。魔神の名はアムドゥスキアス。芸術の魔神は、この街を創った張本人だ。
「うわー……きれいな街。……魔族の人たちってこんな素敵なところに住んでるんですね」
 稲場 繭(いなば・まゆ)は街に流れる運河のほとりに立って、螺旋の街を見上げていた。
「そうだな。意外と言えば意外だ」
「ふん。綺麗な街なんて……見かけだけのもんでしょ」
 繭の傍にいたパートナーの二人が彼女の呟きに応じた。ルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)は軽く頷いていたが、エミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)はどこか不機嫌そうである。
「そ……そうだね」
 エミリアの機嫌を損ねないように気を使い、苦笑する繭。
 思えば彼女が不機嫌なのは、ここ最近のことだった。ザナドゥの魔族たちが地上へと侵略してきた頃合いである。それ以来、むすっとした態度が崩れず、なにかと魔族のことになれば苛立ってそっけない返事しか返さない。
「エミリア、どうかしたの……?」
「なんでもない……なんでもないわよ」
 エミリアはツカツカと先に歩いていった。
 なんでもないようには思えないが、繭にはどうすべきかが分からなかった。彼女が何かを抱え込んでいることは確かだが、それが全て分かるわけではない。誰だってそんなものだ。他人の気持ちを全て理解できるわけではない。繭も、それはよく分かっていた。
 だがだからこそ――はがゆい。
 いつもは色ぼけで、脳天気で、子供っぽくて、悪戯で、好き勝手に動き回るエミリア。そんな彼女の心が分からなくて、繭は胸をぎゅっとつかんだ。
「心配するな繭。どうせ一時的なものだ。あいつが自分のことに忙しいなら、お前のことは私が守ろう」
「う……うん」
 ルインもまたエミリアを見て、厄介そうに頭をかいた。きっと、いつものエミリアと違うことで調子が狂っているのだろう。
 エミリアが見えなくなる前に、繭たちも彼女を追いかけた。
 と――その途中で、繭は一人の少年を見つけた。
「あの…………」
「?」
 運河のほとりのベンチに座って、紙で作った船を浮かべていた少年は振り返った。
「こ、こんにちは」
 思わず話しかけてしまった繭。
「こんにちはー」
 魔族の証とも言える異貌の一角を頭から生やしたその少年は、立ち上がって優しげにほほ笑んだ。繭は一瞬、顔が赤くなる。
「えっと……ここはいいですね……きれいで、素敵な街」
「そうかな? でも……そう言ってもらえると嬉しいよ」
「ちょっと……あんたなにワタシたちの繭に手を出してんのよ」
 少年との会話に割り込んできたのは、腕を組んで相手を睨みつけているエミリアだった。
「なにって……お話、してただけだけど……」
「お話ってなに? そんな言い訳通じると思ってんの?」
「エミリア、落ち着け」
 前に進み出ようとしたエミリアを、ルインが片手で抑えた。吸血鬼の目は顔は次第に険しくなり、ギリ……と歯軋りの音が聞こえた。
「言い訳ってわけじゃ、ないんだけど……」
 苦笑してぽりぽりと頬をかく少年。その姿が癇に触ったのか、エミリアの目じりが際立った。
「あんたねぇ……吸血鬼なめてんじゃないわよ!?」
「押さえろエミリア、一時の感情で繭を危険にさらす気か……!」
 気づけば、周りの魔族たちが繭たちに注目していた。怪訝そうな目は、仮にエミリアたちが人間だとバレたならばすぐにでも兵隊を呼ばれそうな雰囲気だ。
「繭のためなら貴様も斬るぞ。私にはその覚悟がある」
「…………ふん」
 ルインの瞳を見て、エミリアはようやく気を落ち着けた。それでも、視線が少年を睨み続けることは変わらなかったが。
「え、えと、えと……」
 繭はおどおどと立ち尽くす。
 が、少年はこれ以上ここにいてもエミリアの機嫌をそこねるだけだと気づいていた。
「それじゃあ、ボクはこの辺でお邪魔するねー」
「あ……あの……!」
「うん?」
「また……会えますか?」
「……この街は芸術の街。そして奇跡を呼びたいと思ってる街なんだー。……うん、だから、会えると思うよ」
 少年は笑って、ひらひらと手を振るとその場を立ち去った。
 帰り際、少年――アムドゥスキアスは思う。
(奇跡の街か…………馬鹿なこと言っちゃったなー)
 自分の失態を恥じるように頭をかいて、彼は頭上の塔を見上げた。塔の向こうにある闇の空は、自分の心の色のような気がした。