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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3

リアクション公開中!

少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3
少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3 少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3

リアクション

   第三章 消失 

   1

V:怪談を1つしよう。
俺がまだ若かった頃に体験した実話だ。
俺の名は、アキュート・クリッパー。かっては神父だった男だ。
神学校を卒業して、ある教会に配属された俺は、信仰に身も心も捧げたまじめな、いまの俺からするとずいぶんと愚かしい日々をすごしていたんだ。
当時は、それなりに充実していた。
その教会の主任神父は、リチャード・ジェームスというありふれた名前の、金髪に茶色の目という、これまたありふれた容姿の男だった。
副主任の俺の役割は、彼のサポートと教会の雑用全般だ。
小教区の信者の数もそう多くもない教会だったが、とにかく毎日の来客は多かった。
客の多くは信者の子供で、リチャードは男女を問わず子供たちにすごく人気があった。
常には優しく、時には厳しく、子供たちを導く。
俺は、そんなリチャードを尊敬していたな。
ある日の夜、教会の自分に与えられた部屋で寝ていた俺は、奇妙な声を聞いた。
真夜中だ。
教会には、俺とリチャードしかいないはずだった。
それは子供の声だった。なにを言っているのかはわからない、たくさんの子供たちが、助けを求めるような悲しげ声をあげている。
部屋中に響きわたる声に驚いて、俺は、自室をでた。
しかし、部屋からでると声は消えてしまった。
わけがわからない。
気になったので、そのまま、深夜の教会内を調べてみたが、もちろん、子供はどこにもいなかった。
翌朝、俺がこの話をすると、リチャードは悲しげに表情をくもらせた。

「ええ。
私もよく聞きます。
あれは助けを求める子供たちの霊の声なのです。
親にしいたげられたり、犯罪の犠牲者になって、不幸な死を遂げた子供たちがこの教会に救いをもとめにきているのです。
あの子たちのためにも、私たちは日々、心をこめて祈らねばなりません」

俺はあっさり納得した。
リチャードの日頃の態度をみていると、さもありなんと思ったからな。
しかし、すべてはウソだった。
声を聞いた夜から少し経ったある日、俺たちの教会は火事で全焼した。
出火原因は放火。
リチャードが火をつけたんだ。
やつは、夕食に睡眠薬を混ぜて俺を眠らせてから、教会に火をつけ、姿をくらませた。
燃えさかる教会の中で、俺は、誰かに起こされて目がさめた。
ぼんやりしていると、手を引かれ、気がつくと外にいた。
あと数分遅かったら、焼け死んでいただろう。
俺を起こし、外へだしてくれたのが誰なのかはいまでもわからない。
子供だった気がするが、記憶がはっきりしないのだ。
教会の焼け跡からは、地下室に隠されていた数えきれない人骨がみつかった。
衣服の切れ端や持ち物から、人骨は、過去数十年にわたって近隣の市町村で行方不明になっていた子供たちのものだと判明した。
彼、彼女らは行方不明になった当時、全員、十歳以下だったそうだ。
俺は警察の取調べを受けたが、なにも知らないので話しようもない。
しばらくして、俺のところに差出人不明の小包が届いた。
数枚のDVDと、テープでぐるぐる巻きにされた小箱。
俺は、DVDを再生して、すぐに見るのをやめた。
これまで俺の見たことのない顔をしたリチャードが、いまはもうこの世にいないはずだろうの子供と一緒に映っていた。リチャードと子供の表情の違いが、対照的だった。
小箱の方は、開けずどこかにしまってしまった。
最近さがしてもでてこなかったので、知らないうちに捨ててしまったのかもしれない。
俺が神父をやめたのは、こんなことがあったせいかもな。
はっきりした理由なんて、忘れてしまったよ。
ただ、俺の中の神を殺した男の名前はおぼえている。
リチャード・ジェームスだ。
やつは、いま特別移動刑務所コリィベルにいるって話だ。

知り合いとの面会の名目でコリィベルに入ったアキュートは、長年、捜しもとめた相手、リチャード・ジェームスが、コリィベル内で最近、行方不明になったのを知り、不思議な感情を抱いた。

(生きていて欲しいのか、俺の前からこのまま永久に消えて欲しいのか、俺にもわからん)

贖罪。反省。懺悔。未来へのヴィジョン。
コリィベルの住人たちには、どれも縁遠い感じがするが、ともかく、瞑想室と名づけられたその部屋で、アキュートは休憩していた。
床に柔らかいマットがしかれた室内では、イスに座っても、床に座ってもどちらでもいいらしい。
低音量で、静かな優しい音楽が流れている。
コリィベル内では人気のない部屋らしく、いま、ここにいるのはアキュートだけだ。
イスのうえで、アキュートはまぶたを閉じた。

「きみは、こんなところで休んでいてリチャード神父を探さなくていいのかい(みつけたら殺すのかい)」

「きみがあんまりのんびりしているとぼくが先に見つけてしまうかも(殺してしまうかも)」

「ぼくは彼の被害者だからね(僕の中の一人がね)」

幻聴かと思った。

アキュートは目を開けた。いつの間にか、あかりの消えた室内にそいつはいた。
夜空を思わせる黒いマント、筒のような帽子をかぶり、アキュートの横に無表情で立っている。

「おまえは」

「悪魔の神父リチャード・ジェームスの追跡者アキュート・クリッパー元神父。
心を傷つけられ、大切にしていたものを壊されたきみが、リチャード神父について調べたことを思い出してくれれば、ぼくの名前はわかるはずさ(僕の中の一人の名前がね)」

言われてみればリチャードの過去の被害者の中に、東洋人の資産家の少年がいた気がする。
彼は殺害はされず、家族も訴えなかったので、事件は公にはならなかったのだ。
アキュートのリチャードに対する執着は、そんな世間には隠されている事実を探るほどまで高くなっていた時期もあった。

(かわい家。
そうだ。あの日本人の少年の名前は、たしか、かわい歩不)

「おまえは、いまも、リチャードをうらんでいるのか? 俺と同じで」

(なにが俺と同じなんだ。俺はなにを言っている)

「彼が世界の敵なら僕はいつだって彼の敵さ(世界の敵は、僕の敵さ)」

「世界の敵、か」

(やつは俺から、神のいる世界を奪った)

あかりがついた。
ほんの一瞬の間に、歩不が姿を消してしまったのに気づいて、アキュートは、歩不をさがして廊下へでた。
そんなに遠くにはいっていないはずだが、その姿はどこにもなかった。
歩不と話していた間はまるで感じなかったが、コリィベルがガタゴトと激しく揺れている。
夢がさめて現実に戻ってきた感じがした。

V:幽霊?
かわい歩不は、たしかリチャードの事件後、事件を起こし、刑に服して。
まさか、やつは、囚人としてここにいるのか。
リチャードを追ってここにきたのか。
俺と同じで。
歩不は、俺の過去からきた幻影か。

自問自答するアキュートの上着のポケットからパートナーのペトペトが顔をだした。
ペトペトは体長十センチのナガバノモウセンゴケの花妖精だ。
好奇心旺盛で、アキュートに断られても、どこにでもついてくる。

「なん? なんの? なんなのです?
わけが分わからないのですよ?
心配でこっそりくっついて来てしまったですが、なにをぶつぶつ言っているのです。
ベトさんはポケットの中で、さっきの会話を全部きいていたのです。
歩不とやらは普通にアキュートとおしゃべりしてましたのですよー。
幽霊でもなんでもないのです。
アキュートはぼんやりしていてわからなかったかもしれませんが、ペトは、歩不が部屋をでてゆく足音も、そのあと、ドアの開け閉めをする音も、二回ちゃんときいたのです。
二回。二回なのです。
つまーり歩不はさっきの部屋をでて、すぐ側の、ドアに開け閉めがペトにきこえる部屋に入ったのですよ。
わかったですか?
なら、さっさとこのへんの部屋にいる歩不を探すのです」

「ペト。ついてきたのか。今回は、俺の個人的な用なので、おまえにはきて欲しくなかったんだがな」

「じゃじゃーん。相棒のピンチに華麗に登場したのですよ。
ポケットの中で、アキュートの怪談も聞いていたのです。
いろいろ想像してこわかったのですよー。
理由はききましたから、もう、悩まずに行動した方がいいのです。
歩不にもそう言われていたのですよ」

「だな」

アキュートは、ペトペトの助言に従って付近の部屋を片っ端からたずねて、歩不を探したが、歩不はどこにもいなかっいた。物置や倉庫などの人のいない部屋ばかりだったが、丹念に探してもどこにも歩不がいた痕跡はない。
歩不の気配は完全に消えてしまっていた。
まるで泡がはじけて、別の世界へ行ってしまったように。



V:結論を先に言ってしまうと、人間消失ですね。
シャンバラ教導団の戦部小次郎です。
古森あまね殿の依頼を遂行する時は、後々の彼女の執筆活動のためにビデオの記録は必須かと思われますので、自主的に実況録画させていだきます。
まあ、すでに調査はあらかた終了してるんですがね。
私は、維新殿のメールにでてきたヨン・ウェズリー殿に焦点をあてて調査を行いました。
歩不殿が収容されている移動刑務所(兼少年院)コリィベル。
そこにいるという教導団の元教官とやらに興味を持ったのです。
維新殿の文章には、私からするとずいぶんおかしな点もありまして、そこらへんの疑問も今回の私の調査の原動力になっていると思います。
具体的には、まず、自分の部隊を生還させるために、自軍や民間人を犠牲にするぐらいまでは、まだ現実にありえるかと思うのですが、公共施設等を破壊してまでとなると、私のような軍人が普通に考えるとありえない話です。
派遣される地域には、そうそうそんな施設はないですし、前線ならそんな施設は機能していません。
また、もしも、施設があったとしても、そんなことを大っぴらにやったら、一発で逮捕、軍事法廷で裁かれます。
さすがに教官だろうと、軍人としてのタブーをそこまで堂々と犯してしまうと、アウトですね。
そんな噂がたった時点で、事情聴取、身辺調査の対象になるでしょう。
であるからして、ヨン殿の悪評の一部は、彼に悪意がある者の創作だと考察できます。
うたわれている罪状が真偽のさだかてでないものである以上、彼の収監には裏の事情がある気がします。
さらに考えると、彼自身になにか目的があって潜入したとも考えられますよね。
というわけで、調査をしたんですが。

足をとめ、小次郎は、小さなアパートメントの一階にある集合ポストを撮影する。

V:あまりはっきり名前が映るとよくないので、ピントを合わせていないのですが、ここは教導団の敷地内にある、独身男性教職員の宿舎です。独身の男性教職員の方は、ほとんどがこちらに住んでおられるようですね。
今日、調査したところですと、この宿舎には、ヨン殿が住んでいた記録はありません。
管理人の方の証言もきいてみますか。

小次郎は、一階の端の部屋へゆき、インターホンを押すとドアが開き、皺だらけの顔をした白髪の東洋系の老人がでてきた。

「すいません。管理人さん。こちらの宿舎に、ヨン・ウェズリー教官殿は住んでおられませんか」

「うん? 生徒さんか。
昼間にも一人、あんたのような人がきたが、ヨンなんとかさんは、ここにおらんよ」

「そうですか。引っ越されたのですかね。
最近、お顔を拝見しないので、ここまできてみたのですが。
借りていた本をお返ししたいのですが、転居先のご住所をご存知ではないですか」

「いやー、昼間の人にも言ったがね。ヨンなんとかなんて人は、ここに住んでおったことは一度もないぞ。
名簿をみせてやってもいいぞ。
わしはここの管理人になって依頼、一度でもここに入った人の名前はすべて名簿に書き記しておるんじゃ。
ちょっと、待っててくれるかね」

老人は部屋の奥から、大判のファイルを持ってくると、Yのページを開いてみせた。

「こうしてな。いつ入居して、何年何月にでていったか、すべて書いてるんだが、ヨンじゃろう。
Yのページをみても、イエス。イーノ。イングヴェイ。
YONはないな。YANもない。東洋人でYは、過去にも現在にも、一人もおらんよ」

「そのようですね。
失礼しました。
どうもありがとうございました」

管理人に頭をさげて、小次郎は宿舎を離れた。

V:個人情報ですので、名簿の内容は映しませんでしたが、たしかに名前はありませんでした。
管理人殿が言われていた昼間の学生とは、私のことですので、その点では、氏の記憶力には疑わしい点もありますが、寮の住人の名前をあの名簿に記さないことはないかと思います。
いまのは、ほんの一例でしてヨン・ウェズリー殿について教導団で調査をしても、すべてがこんな調子なのです。
教団の教職員名簿にも、公式の記録にも、どこにも彼の名前は存在しません。
彼について聞き込みをしようとしても、知っているものがいないのです。
私も個人としては彼の存在を知りませんでしたが、同じ学校、会社、団体に属してはいても、規模が大きくなればなるほど、自分の周囲の一部の人物しか認識、把握していないとなるのは、普通にことだと思います。
では、コリィベルで語られている彼の過去は自称もしくは、噂であって、実際は教導団所属ではなかったのでしょうか。

小次郎は、紙にカラープリントした画像をカメラの前にかざした。
教導団の軍服を着た男たち数人が夜の森の中にいる。
中腰で茂みに身を隠している格好だ。
彼らは武装はしているが軽装で、偵察目的の行動をしているようにもみえる。

V:これは、軍事マニアむけの教導団の画像投稿サイトでみつけた一枚です。
写真の中の、一番手前の人物をよくみてください。
彼が右腕につけているのは教官の腕章です。
暗くてよくみえませんがその腕章に彼の名前らしき文字が、書かれているのがわかるでしょうか。
下の方に手書きで、YOなんとかと書かれているのが読めますか?
今日、ヨン殿について調べた際に副次的に知ったのですが、ここ数年の教導団にはYOではじまる名前の教官は一人も所属していないのです。
教官が一目でそれとわかる腕章をつけていることから、これは、訓練中の画像だと思われます。
サイトの表記によれば、撮影したのは昨年で、教導団が極秘訓練をしているとの噂のある山間部で適当にシャッターを押してみたところ、あとでよく見たら、この一枚にだけに彼らの姿が映っていたのだそうです。
現場にいた時にその存在にまるで気づかなかったのは、撮影者殿にとって幸運だったのではないでしょうか。
ヨン・ウェズリー殿は実在した、かもしれない。私が一日、調査して手に入れた唯一の証拠がこれです。
彼が教導団にいたのだとして、現在、その存在が徹底して消されているのは、なぜなのでしょう。
ヨン・ウェズリー殿の件は、想像以上に根が深いかもしれませんね。
本日の調査は以上です。
戦部小次郎でした。

   3

弓月くると、古森あまねとかかわるのは、教導団大尉クレア・シュミットとしての自分の立場を危うくする行為ではないのだろうか?
今回のあまねからの依頼を受け、ヨン・ウェズリーについて調査をしている最中に、ふとそんなことを考えた。
ヨン・ウェズリーに関する記録は教導団では、すべて消されていた。
消されるどころか、はじめからなかったことにされている。
私の自身の彼に関するかすかな記憶さえ、口にしても全否定されるのだ。
そんな人物はいなかった。
なにかのカン違いだ。
誰もが彼を知らないと言い、私が以前に彼の名前きいた気がするのだがと、訴えても、まともにとりあおうとしない。
彼の存在に対して、巨大な作意が働いているとしか思えない状況だ。
知り合いからの頼みごとで、はたしてそのような人物を調査するのは、教導団大尉として正しいのだろうか。
まあ、考えたところで途中で退く気にはなれぬので、結論にいたるまで調査を続けるとしよう。
データーベースとして教導団があてにならぬとわかった私は、直接、一個人として地球にいた頃のヨンについて調べることにした。
ヨン・ウェズリー。不敗の悪魔。
地球の紛争地で活躍したのならば、なにか記録が残っているはずだ。
そして私は、彼が地球で多数の戦争犯罪の被告人となっているのを知った。
ある時、ヨンは、軍規を破り、自分の隊を敵前逃亡させた。
その時の作戦は、彼の隊にあきらかに全死を半ば強要している内容だった。

「あらゆる方面から検討して、全滅か逃亡しか選択肢がありませんでしたので、再戦の期をうかがうためにも後者を選ばせていただきました。
今回の屈辱的な撤退により、我が隊の士気はいつになくあがっております。
次の作戦では、めざましい活躍をみせてくれることでしょう」

また彼は、自国の政治家が汚職結果、建設した超富裕層むけの公共施設を、巧みに情報操作することで攻撃目標にさせ、自国軍に徹底破壊させた。

「失敗です。
偽情報をつかまされました。
売国奴による本土内の敵国用の施設だと誤解していたのです。
にしても、あの施設の維持費に年間○○もかかっていたとは。
遺憾ながら、今後その費用が必要なくなるのは、不幸中の幸いかと思います。
我が国の人口の−99・99%が使用する重要な公共施設を破壊してしまったことには、非常に責任を感じております」

本当に本人の言葉かどうかはわからぬが、問題を起こすたびに彼が残したこれらのコメントは、彼が一般市民におおいに人気があったことが納得できる内容だった。
軍人としてはどうかと思うが、ユニークな人物ではあるな。
地球でのヨンの記録は、現在は行方不明、でしめくくられている。
パラミタへ行ったとは、どこにも記されていない。
これまでの行為の結果、ヤンがダメージを与え、標的にしていたと思われる偽善者たち、特権的富裕層たちによって抹殺されたのでは、というのが彼の国での一般的な見方らしい。
そのような国の上層部の見方からすれば、彼が教導団に教官として招かれたなどとは、絶対に発表したくない事実だろう。
なんというか、普通に生きてゆくのも大変そうな御仁だ。
とにかく人物としてヨン・ウェズリーが存在しているのは確認できた。
なぜ、彼は教導団でその存在を消され、コリィベルに収監されているのか。
今度は、私はそれを知るために、空京にある彼の出身国の同郷会の事務所を訪ねた。
紛争は終結しても、いまなお貧しいヨンの祖国からは、出稼ぎの人間が多く空京にきている。
主に彼らをフォローするために開設されたのが、同郷会であり、この事務所だ。
知り合いの消息を知りたいという私のために、事務所の職員が相談にのってくれることになった。

「あなたのお知り合いというのが、我が国の人間なのですね」

「ああ。間違いなく貴国の人間だ。
ヨン・ウェズリー。
ご存知だろう。貴国の英雄だ。
私は彼の消息を調べている」

ヨンの名前をだしたとたん、職員の表情がかたくなった。

「少々、お待ちいただけますか。その人物については、私では、おこたえしかねます。
あ、それとあなたの身分証明書をお貸しいただけますか」

ロイヤルガードと教導団、どちらのものにしようかと思ったが、私はとりあえず両方の身分証明書を職員に渡した。
彼は、すぐにコピーをとってそれらを私に返すと、コピーを手に奥へと消えていく。
それから、待つこと十数分。
私は事務所内の奥の部屋へ通された。

「シャンバラ教導団大尉。そしてロイヤルガードでもあられるクレア・シュミット殿。
ようこそ、我が同郷会へ。
どうぞ、お座りください。
私は当会の代表のトム・メイフィールドです。
祖国では長く国会議員をしておりました」

握手を求めてきたメイフィールド氏に私はこたえた。
彼は、高級そうなスーツを着た、恰幅のいい紳士で、年齢は六十をこえていると思う。

「お座りください。
単刀直入に言いましょう。
私は、いや、我が国はあなたに任務をお願いしたい。
もちろん、あなたが教導団に所属しておられるのは、承知しております。
我が国は貧しいながらも、シャンバラ教導団には、できうる限度いっぱいの寄付をさせていただいておりましてな。
互いに協力関係にあるのです。
我々があなたのお力を借りたいということは、すでに教導団には連絡ずみです」

「私になにをさせたいのです」

「現在、特別移動刑務所コリィベルに逃げ込んでいる我が国の戦争犯罪者、ヨン・ウェズリーの身柄を確保してきていただきたいのです。身柄をこちらに引き渡していただければ、その生死は問いません。
やつは非常にズル賢い男です。普通のものでは太刀打ちできません。しかし、クレア殿ならば、見事をやつを我らの前に連れてきてくださるに違いありません」

思わぬ申し出に、私は、即答することができなかった。

   4

百合園女学院推理研究会メンバー、マジカルホームズこと霧島春美は、その女の言動がどこかおかしいのに気づいた。春美の隣にいるパートナーのジャッカロープ(角の生えたウサギのような生物)獣人ディオネア・マスキプラも、あやしんでいる。

「女の人も隣の男の人もタバコを吸ってるし、コリィベルは禁煙じゃないのかな。
それに、女の人があんなにしゃべってるのに、男の人の方は、ずっと黙って腕組みしてて、こんなに暗いとこなのにサングラスだよ。
春美。あの人、前がみえてると思う。ボクは思わないなぁ」

「女の人のはキセルで、男の人は葉巻。
どちらも普通でない感じがするのはたしかね」

V:独り言が多い人はまぁどこにでもいるけど、けど、刑務所で、中に誰もいない牢屋を眺めてぶつぶつ言っている女の人は、めずらしいわよね。
男の人もスーツでサングラスに葉巻。
服装からして囚人さんではなさそう。
でも、彼女、さっき、ここに住みたいとかなんとか言ってたわ。
マンションの入居希望者じゃないんだから、なんなのかしら。
コリィベルじゃ収監前に、所内を見学させて希望の部屋? に入れてあげるなんてシステムを採用してるのかな。

あまりに気になったので、春美たちは二人に近づき、簡単に自己紹介をすると、さっそく、尋ねてみた。

「あの、失礼かもしれませんが、この間取りはいまいちとか、ここなら日当たりがいい気がするとか、まるで、ここに入居するみたいなことをおっしゃられてるんですけど、あれは、その」

「聞かれちまったか。
ああ、言葉通りの意味だよ。
自分はここに住みたいんだ。頭の中で、コリィベルでの新生活のビジョンを描きながら、見学中ってとこなのさ」

「ここは刑務所ですよね。
あなたは」

「自分はノア。探偵のお前さんとは、商売敵の犯罪者さ。
目下、刑務所に収監してもらうために活動中なんだ。
隣にいんのは、ニクラス・エアデマトカ。どうせ、しゃべんないから、いないものと思ってくれていいよ」

ノア。ノア・レイユェイは、腰まである黒髪とレンズの奥の切れ長の赤い目が印象的な女だった。
年齢は二十代後半か。
春美と話しながら、銀の延べ煙管から紫煙をくゆらせる。
相棒らしいニクラス・エアデマトカは、銀髪のオールバックの体格のいい年配の男だ。

「活動中とは言っても、ここでドンパチはじめたり、めぼしいもの頂いてとんづらするつもりはないから安心してくれていいよ。
自分は犯罪者です。収監してくださいな。と、入り口でしおらしく自己申告したのだけれどねぇ。
どうやら、ここは意外と入居条件のうるさいところらしくって、自分じゃ、お気に召さないらしい。
びっくりだよ。
同じことを言って、地球の刑務所にいけば、どこでも、すぐに警察を呼んで、とりあえず、留置所にブチこんでくれるだろうにね。
過去の実績が通じない世界は、つらいねぇ。
罪を償うため…自首した罪人を拒む牢獄なんておかしいだろう? ニクラス。なんて顔してるのさ。心配してるのかい? なにを心配する必要があるのさね」

飄々としていて、実体のつかめないノアに春美はとまどっていた。

「ノアさんは、以前はなにか犯罪をされていて、いまはコリィベルへの収監を希望されている。
なのに、それがはたされないので見学者として、内部をみてまわっている。これで、いいですか」

「ホームズさんのいいようにおさめておいておくれよ。
おまえさん方は、優雅にお散歩かい。
名探偵様の過去の戦果がどんな顔して檻におさまっているのか、のぞきにきたのかい」

「いいえ。
私は、コリィベルの内部をただみてまわっているだけです。
仲間と一緒にきたんですけど、それぞれ別々に見学してるんですよ。
ここは広いですからね」

「ボクらは知り合いを探してるんだ」

「ふん。
探偵も犯罪者も同じでね。おまえさんの言葉は信じちゃいけねぇんだよ。己の信条のもとに平気でウソをつく連中だからね。
ああ、おそろしい。おそろしい」

こわがるどころか、ノアはむしろおもしろがっている感じだ。

「探偵さん。探偵さん。
他のブロックとくらべて、そう居心地は悪そうでもないのに、どうしてか入居者のまるでいないこの過疎地滞に、ただ一人お暮らしになっている、優雅で勇気あるあの人に、お話しをきいてみようじゃないか。
おまえさんらもききたいだろ」

囚人どころかスタッフの姿もなく、照明も非常灯以外は消され、打ち捨てられた雰囲気のこの区画で、唯一、中に囚人の姿のある独房へとノアは歩みよる。
春美たちもノアについてゆく。
ノアに声をかけられた囚人の男は、はじめは怯えた様子で房内のうしろへさがっていたが、やがては前まででてきて、格子ごしに、ノアの渡したタバコをくわえ一服すると、なぜ、このブロックに囚人が自分しかいないのかを語りだいした。

若くみえるだろ。
そうさ。俺はまだ三十前の小僧っ子さ。
けどな、こうみえて俺は十五人いや二十人は殺した男だ。
自分でも言うのもなんだが、俺はそんなに悪いやつじゃなかった。人より我慢もするほうだと思うぜ。
けどな、その我慢に限界ってもんがあるんだ。こっちが下手にでてるからって調子にのってくるやつ。
そんなやつには、いつかはガンとやってやらなけりゃならない。
で、気がつくと殺しちまってる。死体を隠して掃除をして逃げる。別の土地で仕事をみつけてやり直す、キレる、殺す、逃げる。その繰り返しが俺の人生だ。
あげくにしまいにゃ、ゆりかご暮らしだ。
俺の人生、短かったぜ。
意味のないつまんねぇ人生だよな。後悔なんてこれっぽっちもねぇけど。
俺がここにいるのは、そんな性格だからさ。
他人様といるといつかは必ず爆発しちまう。
俺だって、同じことの繰り返しには、もう飽き飽きしてるんだ。こうして、一人っきりで離れていたほうがよっぽど安心だぜ。
それにな、他の連中がここをイヤがるのは、ここは、でるんだ。
おいおい姉さん、笑うなよ。
ほんとにでるんだ。
いまは俺以外、誰もいねぇこのブロックに、夜中になると人の気配がしたり、別の牢から誰かの目がじっとこっちを眺めていたりするんだ。
一晩中、ずっとみられてたこともある。
朝になったら、やっぱり誰もいなかった。
俺はな、こわくねぇ。
俺が殺したやつらが、会いにきやがったか。そうですか。はあー、俺はまだ生きてますよ。あんたら死んじまって残念ですね。って、せいぜい、そう思うくらいさ。
でも、他の連中はここのそれが薄気味悪くてたまらねぇんだそうだ。
どいつもこいつも我慢が足りねぇんだよ。スタッフも腰抜けだぜ。なぁ。そう思わねぇか。

V:いまの彼の話をたしかめるためにブロック内を一通り歩いて、本当にここには彼しか囚人はいないのか、たしかめてみるわ。
もし、そうだとしても、ああ言いながら、すべては彼の罪の意識がみせている幻影かもしれないし。

「おまえさんたち、おいていかないでおくれよぅ。
自分も一緒にいかせておくれ」

相変らず、こわがっているようにはまるでみえないノアとだんまりのニクラス、それに好奇心旺盛な春美たちは、男の独房を離れて、無人の独房を外から一つ一つ、丹念に眺めながら、時間をかけてブロック内を一周した。

V:やっぱり彼以外は誰もいないわ。
スタッフまでいないのと、暗すぎるのはどうかな。
施設自体はどちらかと言えば、新しくてちゃんとしている方じゃないかしら。壁に天井も床もきれいだし、むきだしの配管もさびていない。
さっきの彼の話は作り話で、実はここは反省用の放置ブロックなのかも。
一定期間、ここに入れて、反省を促すみたいな。

「自分は、刑務所暮らしも知らなくはないんだけどね。
ここは建物自体に足があって歩いてるだけあって、激しく揺れたり、うんと静かになったり、落ち着かない刑務所だね。
ゆりかごなんて言うけれど、赤ん坊をのせたら、不安定な揺れと、このヤバイ空気に、ずっと泣いてるんじゃないかねぇ。
子供に度胸のつく、いい環境だよ」

「あんまり、赤ちゃんを連れてきたい場所ではないわね」

「ボクもそれは反対だな」

腕組みをして、ディオは頷いた。

「住人が、終身刑のやつばっかりなら、ここで産むやつもいるだろうけどね」

「こんなゆりかごじゃ、赤ちゃんがかわいそうだよ」

ディオは、本気でここで生まれる赤ん坊が心配になったらしい。
小一時間ほどかかって、四人は男の独房の前に戻ってきた、はずだった。
格子のむこうには、誰もいない。
闇しかない。

「ここで、間違いないですよね」

「春美。コワイよ〜」

「ああ。ここだねぇ。煙草のにおいが残ってるよ。吸殻はないがね」

「あのーちょっとぉ。囚人さん。いませんかー」

春美の呼びかけも、狭い独房内に反響するだけで、返事はない。

「彼、さっきはここにいましたよね」

「自分もおまえさんらとここで、あの怖くもない怪談話をきいた記憶がたしかにあるんだがねぇ」

「彼がスタッフにここから出されたとしても、長方形の四角い部屋に、独房がコの字型に配置されている、このブロックの出入り口のドアは、コの左側の切れ目に一つあるだけです。
右の縦の辺の真ん中にあるこの房から出て、出入り口へゆく間に、絶対に私たちとすれ違います」

「会わなかった気がするねぇ」

「会いませんでした。これは」

「ヤバイよ。ヤバイよ。ひええええ」

ディオが頭を抱えている。

「あの殺人鬼さんが、幽霊だったってオチかい。
ここにはでるってのを自ら証明してくれたわけだ。
そういや、煙草の煙だけどね。ネイティブアメリカンは、煙草の煙の消え方で占いをするんだ。
煙は消えてなくなるのではなく、こことは別の世界へ吸い込まれると考えて、その吸い込まれ方を預言者たちが読み解くんだよ。煙がこんな消え方をするのは、吸った人間が明日、不幸に見舞われる運命だからだ、とかさ。
こいつの煙はどんな感じで消えていたっけ。
ふふふふふふ」

春美は片手を顎にあて、あらゆる可能性を検討しはじめる。ノアは、楽しげにいつまでも低く笑い続けた。

◇◇◇◇◇

収監されたパートナーの月詠司の面会にきたウォーデン・オーディルーロキとシオン・エヴァンジェリウスは、二人揃って司の質問にはまともにこえたる気がまるでなかった。

「なぜ、私がここいるんでしょう」

「原因は、電気代の滞納じゃないかな。請求書がきたら、すぐに払わないからだよ」

とロキが適当にこたえる。

「暴れまわったらしいんですが、記憶がまるでないんですよ」

「自分に都合の悪いことは忘れたい病ね。ワタシが持ってきてあげたこれでも飲んで、改心しなさい」

シオンは特製ドリンクを入れたペットボトルを独房の差し入れ口に入れた。
それを司は中で受け取り、フタをあけて匂いをかぐ。
司が収監された原因はシオンにあり、シオンはここでもまたそのいたずらを繰り返そうとしていた。

「これはなんですか。すごいにおいなんですが」

「良薬口に苦しよ。ツカサみたいな悪い子たちを何万人も更生させてきた漢方の秘薬。
さ。ぐっと。
ほらほらほら」

シオンにすすめられるままにツカサは素直に500MLのペットボトルを一気飲みした。

「ぐぇっぷ。
効きますね。頭がくらくらしてきました。
ハァ〜…ホントどうしてこうなった」

差し入れ口を通して、空になったペットボトルを返す。

「飲んだわね。
ツカサ。ちょっと、ロキと二人で話しがあるから、ここで待っててね。
って、出られないからここにいるしかないわね」

シオンはロキを連れ、司の独房からはみえない通路の影へ。

「いま飲んだドリンクでツカサは、またアギト化するわ。
あれの中身はトマトジュースにタルタル特製・気付け薬を混ぜたものなの。
もうじき暴れだすから、そしたら、どうにかしてあそこから脱走させましょ」

「所内がパニックになるよ☆ 楽しそうだね」

パートナーたちは、いつも司をおもちゃにして遊ぶことしか考えていない。

「刑務所で大暴れなんてロマンだわ。わくわくするわね」

「殺されちゃわないかな」

「ロキ。心配してるの」

「いーや、全然。多少の犠牲がでても、盛り上げてくれた方がいいよ」

「同感よ」

二人は嬉々として悪だくみの相談をし、そろそろ司のアギト化がはじまった頃に独房の前に戻った、のだが。

「いないわ。逃げたのかしら」

「まさか。どうやって。だって牢屋、壊れてないし。消えたのは、司だけだよ」

「おもちゃにされるのに飽きて脱獄したってわけ」

「そんなに賢くないよ。でも、脱極は脱獄だよね」

四畳ほどの独房には誰もいない。さっきまで司はたしかにいたのに。

「ワタシのおもちゃよ。見つけだすわ」

「ボクも適当に探してみるよ。推理研のメンバーに手伝ってもらったりしてさ」

二人は、やる気なさそうに宣言すると、それぞれ別の方向へ歩きだす。

   5

ジャスティシアンの永井 託は、個人的に依頼を受けてコィベルに入所した。
託が受けた依頼は、犯罪者の護送である。
数ヶ月前、シャンバラを騒がせた爆弾魔の青年は、両手に手錠をはめられた状態で、おとなしく、託からコリィベルのスタッフへ引き渡された。

「ジャスティシアンさん。一つ聞いていいか。俺をここへ連れてくるように、あんたに依頼したのは誰だ。
裁判の判決なら俺は、シャンバラ刑務所で終身刑だったはずだろ。
俺だって噂くらいは聞いている。ここは、入ったら、オシマイの場所なんだろ」

「悪いけど、それは教えてあげられない。
今後、きみの全権利は、コリィベルによって管理される。
施設からの開放は基本的には、ありえない。
それじゃ」

「ああ。わかってるよ。俺はここでイカレ野郎どもに好きにされちまうんだろ。
クソッ。被害者の家族だな。どこの金持ちだ。裏で手をまわしやがって」

託は黙って青年に頭をさげた。
依頼人とはメールのやりとりをしただけで、託もどこの誰の依頼なのか、実際のところは知らない。

V:せっかく、きたわけだし。
僕は、憧れの人との面会を希望した。
彼がここにいるらしいのは、噂で聞いてたんだ。
ヨン・ウェズリー。
不敗の悪魔の通り名で知られている軍人さ。
コリィベルのスタッフによれば、彼となら、特に手続きを踏まなくても、囚人用の食堂へゆけば、終日、そこでビールを飲んでいる彼に会えるという。
終日、食堂にいるとか、ビールとか、自由すぎる気がしたんで、それでいいのか、聞いてみたら、ここでは実力があるものは、自由にやっているし、力がなければ、すぐに消えると真顔で教えられた。
ジャングルみたいなとこだね。
そして僕が、食堂に顔をだすと、こうして彼は、本当に隅のテーブルに一人でいたんだ。

「ヨン・ウェンズリーさんですね。蒼空学園のジャスティシアンの永井 託です。
あなたを尊敬しています。
お話をうかがってもよろしいですか」

「どうぞ」

ヨンは、読みかけの本から目を上げ、一瞬、託を眺めると、すぐに視線を本に戻した。
テーブルに銘柄の違う缶ビールが数本置かれている。空き缶も中身の入っているものもあった。

「永井くん。きみは不必要に堂々としすぎてるな。
ここがこわくないらしい。
飲むかい」

本を読みながら、ヨンは、ビールを差し出す。
缶を受け取り、託は、それをノン・アルコールなのを確認すると、遠慮なく飲みはじめた。

「悪いな。それには毒が入ってるんだよ。
護身用だ。
次に飲む缶が解毒剤入りのもでないと、きみはかなりハードな症状に苦しむことになる」

缶を口から離し、託はいまの飲んだ分を吐きだそうと口に指を入れかけた。
が、

「冗談さ」

「ふぅ」

一息ついて、託はそれなりの怒りをこめて、ヨンをにらんだ。

「単刀直入にきくけれど、きみは私を殺しにきたんじゃないのかな」

いまの行為の仕返しに、なにか言ってやろうか、それとも正直にこたえようか、託が迷っているうちに、ヨンが言葉を継いだ。

「返事を用意していない質問をしてしまったみたいだね。
ああ、そうだ。用を足したくなったら、飲み終えた缶を使ってどこか隅の方ですませてくれ。
コリィベルのトイレをおそろしくてね」

「それは、つまり、その最中に狙われるって意味? あなたにとってここはそんなに危険な場所なの」

「ウソだと思うのなら、私と一緒にいってみるかい」

「いいえ。結構。
ヨンさん。あなたは、狙われているんですね」

頷くヨン。まだ本を読み続けている。

「私の人生をふりかえれば、自業自得かもしれないが、無抵抗で殺されるほど、悟っちゃいないつもりだ」

他人事のようなのんきな口調だ。

「僕はあなたの人生に共感しているだ。
正直、あなたのように生きたいとさえ思う」

「刑務所もどきの場所で暗殺に怯える人生を送りたいのかい」

「あなたに他に選択肢がないとは、思えないんだけど」

「あるとも思えないな。
ここでの生活に限定して言えば、あっさり殺されるよりも、罵詈雑言を浴びながら生き続けた方が、償いになる気がするんだ。
私には私なりの生き方があるし、人にとやかく言われても、それを簡単に変えることなどできないよ。
償いのためにだけ生きている気はないけれど、そんなに憎まれているのなら、私が死んでしまったら、それこそ生きる張り合いをなくしてしまう人もいるかもしれないだろ。
生きているからこそ罪人で、死んでしまえば、善人も悪人もみんな同じ死人だしね」

へ理屈だ。だが正しい気もする。託はそう思った。

「脱獄しないんですか」

気になったのできいてみる。ヨンは本を閉じ、はじめてまともに託の顔をみた。

「私をここに送り込んだ者の心は、私への悪意に満ち満ちているんだろ。
ここなら、その悪意は私一人に惜しみなく注がれているわけだが、外にでてしまうと、私の周囲にいるものにまで影響を及ぼす」

「噂と違うな。周囲を気にかけるなんて」

「私一人を殺すために、たまたま休日に買い物に行ったデパートを爆破しかねないやつなんだ。
私は別に、無差別大量殺人を眺めるのが好きな人間じゃない」

どんな言葉もヨンは、たんたんと話す。

◇◇◇◇◇

帰れとも言われなかったので、託は、ヨンについて食堂をでた。
しばらく歩くとヨンは、あるドアの前で足をとめた。ドアを開き、中を託にみせる。
テーブルとイスが二つ。あとは、家具も窓も収納棚もない狭い部屋。

「談話室と言うんだが、誰にも邪魔されずに一対一で会話するための小さな部屋だ。
私は今日、ここで約束がある。
そこできみにしてもらいたいのは」

「僕はあなたを手伝うんですか」

「イヤならそれでもいいが、ここまできたんだし、いいだろう。
危険はないと思う」

「なにをさせる気?」

「見張りさ。
私が中で待っているから、相手がきたら通してやってくれ。
そして、私たちの話が終わるまで、外に立っていてくれるとうれしい」

少しはヨンを困らせられるかと、託は迷っているフリをしてわざと間をあけた。
ヨンはそんな託をおいて、部屋へはいってゆく。

「わかったよ。ここにいればいいんだろ。殺し屋が集団できたら、僕は逃げるからね」

ドアを閉じて、託はその前に経った。
五分。十分。
穏やかになったり、地震並みに激しくなったり、不安定な揺れを感じながら、託は立ち続けた。
しかし、ヨンの約束の相手は、あらわれない。
二十分がすぎ、さすがに、奇妙に感じだした託は、ドアをノックした。

「ヨンさん。
開けるよ。いいね」

返事を待たずにドアを開ける。
そこには、ヨンはいなかった。
まるで、乱闘でも行われたように、イスと机が床に倒れている。

「ヨンさん!」

叫んでも、誰もこたえない。

「ど、どういうこと?」

ためしに託が壁を叩き、床をがんがんと踏んでみても、そこに異常は感じられなかった。

   6

レン・オズワルドが意識を取り戻した時、自分の顔を覗き込んでいる女医が誰なのか、すぐにはわからなかった。
アップにした黒髪、ふちなしフレームの眼鏡。
どこかで、見覚えのある気がする顔だ。

「おまえは、黒崎天音、なのか」

白衣にフジ ミネコのネームプレートをつけた女医は、レンの唇にひとさし指をあてて言葉を封じると、レンズごしのウィンクを残し、ベットを離れていった。

(状況が把握できないな。
俺は維新と会って、そして、斬られた。
コリィベルの運営団体に依頼されて、内部の様子を視察にきた俺を斬ったのは、何者だ。
運営が言っていたように、制御不能な異分子がいるらしいな。
ここは、コリィベル内の医務室か。
コリィベルには大した医療設備はないはずだが、しっかりと手当してくれたようだ。
あの女医は、黒崎としか思えないが、しゃべるなと言うなら、いくらでも黙っているとしよう)

「レン・オズワルド様。お気がつかれましたか」

「かなりひでぇケガだったらしいッスけど、峠を越えてよかったッスね」

ベットに近づいてきたのは、ヒルデガルド・ゲメツェルとローザ・オ・ンブラだ。
ファタ・オルガナのパートナーである二人は、ファタの指示でレンの護衛をしていたのだった。
維新の悲鳴をききつけ、レンが襲撃された現場に駆けつけたファタは、すぐにレンを医務室に運び込むと、敵の再襲撃を警戒して、ヒルダとローザに、レンの身辺警護を命じたのである。

「心配をかけて、すまなかったな。ファタに礼を言わないと」

二人をみたレンは、すぐに事情を察知した。
ファタは、レンが創始した冒険屋ギルドのメンバーだ。
レンは身を起こして、立とうとした。が、痛みとめまいにベットから起きることができなかった。

「くっ」

「まだムリっすよ。
仇討ちなら、あたしに任せてくださいよ。
刑務所の中なら腕におぼえのあるやつがいそうじゃネェっスか。
本気で殴りあえると思うとゾクゾクしてキません?
それに、暴力が日常な刑務所なら今更、人が死んでも問題もネーし、変わんネーでしょ?」

「レン様の怒りの炎をゆりかごの混沌に投げ込んで、裁きの神をも焼きつくすような業火にかえてみたいですわ」

ヒルダもローザも彼女たちなりに、レンをいたわってくれている。
かなり荒っぽくドアを開ける音がした。

「ここに医者はおるのか。
設備の故障でケガをしたのじゃ。すべて、コリィベル側の責任じゃぞ」

ファタ・オルガナの不機嫌そうな声がした。

◇◇◇◇◇

「いってててて。わざと痛く治療してねぇか、これ」

「ボクはへいきですよ。優しいお医者さんです。けど、あまねおにいちゃん、どうして女の人になっちゃったです。
それとも、ほんとうは女の人なんですか」

「すまん。クスリを渡してくれ。自分で塗る」

「景気づけに栄養ドリンクがあれば欲しいのじゃが。なければ、贅沢は言わんぞ。
いやいや、さすがにわしでも点滴のパックを口からは飲まん。それは遠慮していくぞ」

「ケガはないよ。ヴァーナーちゃんがかばってくれたし、落ちた時も、ベスくんがクッションになってくれた」

急にシャッターが落ちてきて、その後は、廊下の床が抜けて、ふんだりけったりの目にあったぼくらは、最下層のゴミ捨て場から、どうにか這い上がって、この医務室まできたんだ。
ベスくんもヴァーナーちゃんも銀さんもファタちゃんも、みんな一緒さ。
みんな軽いスリ傷や打ち身はあちこちにしたけれど、誰のケガもそんなにひどくなかったよ。
にしても、驚いたのは、医務室のお医者さんが、女装した黒崎天音で、看護師までもが、女装したドラゴニュートだったこと。
この部屋はドレスコードがあって、男は女装しなきゃダメなのかな。

「治療がすんだら、あの連中を探しに行くぞ。これだけコケにされた以上、決着をつけんとのう。
ヒルダ。ローザ。おまえらもついてくるのじゃ」

ファタちゃんは、すごく怒ってる。ぼくの命を二度も危険にさらしたやつを許せないんだって。

「黒崎さん。なんで、そんな格好してるの。竜さんもさ。
似合ってはいるけど」

「ふふふ。ここでは私はフジ ミネコ。
この子は、リュウコ フジワラよ。
あら。ヴェッセルさん。そっちをむけてたら治療ができないでしょ?
お膝をだして」

「んぐ。たたたたた。だから、患部をいじるときにさ、必要以上に力が入ってる気が。てててて」

「気のせいですよ。愛情をこめてあげてるだけ」

黒崎さんは楽しそうだけど、竜さんはぶすっとしてて、なんかこわいなぁ。
ぼく、かわい維新としては、ぼくのメールを読んでこんなにおおぜいのみんなが応援にきてくれて、すごくうれしいよ。
と、ドアが開いた。
入ってきたのは、この人はたしか、クリスティー・モーガンさんと、あと、あまねちゃんとくるともいる。

「救急箱を貸してもらえますか。ケガ人がでて、もしあれば担架も。
え。黒崎天音さん? どうして、ここにいるの」

◇◇◇◇◇

医務室にいたのは、襟高のブラウスに黒タイトスカート、濃色のストッキング、ハイヒールという姿で女装し、白衣を着た黒崎天音さんでした。
きれいだけど、けど、白衣を羽織って、メガネをかけてるそのお姿は、かなり、マニアックですよね。
さらにピンク色のナースの制服を着たドラゴニュートのブルーズ・アッシュワースさんまで。こちらは、かわいいとしか言いようがないです。
他にも、ここには、維新ちゃん。ファタさん。ベスちゃん。ヴァーナーちゃん。それに銀髪の美形の男の人。ヒルダさんと髪、目、肌とすべて白の美人さん、上半身裸で包帯を巻かれててようやく立ってる感じのレンさんがいました。
なんだか大集合ですね。
女装した黒崎さんの魅力でみんな集まってるんでしょうか。

「みんないるけど、話は後だ。クリストファーが歩不にやられたんだ。
歩不はまだ付近にいるかもしれない。
これる人は一緒にきて」

クリスティーさんのこの言葉に、レンさんを除いた全員が医務室をでてあたしたちについてきてくれました。
レンさんは、あたしとくるとくんに、

「くると、あまね。いまはすまない。
この借りは次に返す」

「早くケガを治してくださいね」

「グットラック」

みなさんと一緒にクリストファーさんが倒れている部屋へむかったあたしたちは、途中で、アキラ・セイルーンさんと彼のポケットから顔をだしているアリス・ドロワーズさん、ルシェイメア・フローズンさんの三人と会いました。

「あまね殿たちも歩不を探しているのか。
俺たちもいまそれらしきやつをみかけてここまできたのだが」

「ワタシもみタワ。たぶん、あっちへ行ったと思ウ。まだじゅうぶん、捕まえられるワヨ」

「わしらが見たのは、黒マント、黒帽子の少年のようなやつじゃった」

三人の証言を聞くと、アリスさんがさした方向へ維新ちゃんが走りだしました。

ファタさんとパートナーさんたち、ベスさんも後を追います。
そしてヴァーナーちゃんは、くるとくんの頬にちゅーを、あたしの頬にジャンピングちゅーをしてくれ、

「今度、あったときにもっとしっかり、はぐちゅーするです。ほふちゃんを捕まえにいってくるですよ」

駆けていってしまいました。

「俺は、葦原明倫館の影月銀だ。悪いな。いまは、パートナーのミシェル・ジェレシードを探しにゆく。
また、後で合流しよう」

銀髪の美青年、銀さんは軽く頭を下げ、あたしたちから離れていきました。

この場に残ったのは、アキラさんたち三人と、黒崎さんと竜さん、それにクリスティーさんです。

「くるとの捜査を側でみたことがないんでな。付き合うぜ」

と、アキラさん。

「もう、普通に話してもいいよね。
女医として潜入してここの情報を集めていたんだ。
歩不にも興味はあるけど、クリストファーを放っておけないし。
弓月。古森。久しぶりだね。
元気にしていたかい。
いろいろあって、僕はいまは国軍にいるんだ。
ここへの潜入も金団長の許可をとってきている」

女装プラス軍人さんですか。黒崎さんは得体の知れなさがアップした感じですね。

「我のこれは、あくまでこいつとの付き合いだ。くると、男はこんなをするものではないぞ。いいな。
今日は、あまり我を眺めるな」

とか言いつつも、くるとくんを肩ぐるましてくれる竜さんは優しいなぁ。
じゅうぶんかわいいから、自信を持っていいと思いますよ。

「今日は面会にきたんだけど、収監されてるクリストファーの態度があんまりおかしかったんで、あまねさんたちともう一度、様子を見に行ったんだ。
そうしたら、あいつ、図書室へ行っていて。
後を追ってボクらも行ってみたら、クリストファーと歩不がむかいあって」

クリスティーさんの説明をあたしは、引継ぎました。

「あたしたちの目の前で二人は対峙していました。
そして、クリストファーさんはその場に倒れて、歩不さんはすごい早さで逃げてしまって。
ちょうど図書室にきた司書さんにクリストファーさんを頼んで、あたしたちは医務室へ走ったんです」

話しながら歩くうちに、図書室につきました。
中に入ると、司書さんはいるけど、クリストファーさんが、いなくなっています。

「彼なら、自分で歩けると言って医務室へむかったよ」

コリィベルのスタッフにしては、おとなしそうな司書さんが教えてくれました。
すれ違ったのかしら。

「ここから医務室までは一本道だよ。
あいつ、途中で苦しくなってどこかに部屋で倒れてるんじゃ」

クリスティーさんが顔をしかめます。

「あまねちゃん。黒崎さんがいないよ」

くるとくんに言われてみてみると、ついさっきまで一緒にいた黒崎さんもいなくなっていました。
パートナーの竜さんはくるとくんの下にいるのに。

◇◇◇◇◇

図書室に入る寸前、後を振り返って様子を黒崎は、数メートル先の角で、立ち止まってこちらをうかがっている様子の人物をみかけた。
黒マント、黒帽子。
黒崎は、黙ってみなから離れて、その人物を追った。
そして、ついに見失ってしまった時、ある部屋から口笛がきこえてくるのに気づく。

「失礼するよ。
ここは、資材置き場か」

部屋には入るとすぐに床に、それがあった。
頭部、手、足、胴部、いくつもに斬られた人体。
みおぼえのある顔が生気のない表情を浮かべ、黒崎を見上げている。
気配を感じ、振り向くと背後には、彼が立っていた。

「かわい歩不」

「黒崎天音。クリストファー・モーガンのこの姿を脳裏に刻み込め。(ボクがやったそれはたしかさ)」

歩不は後方にジャンプし、そのまま、廊下を駆け去ろうとした。
死体が気になりながらも、黒崎は、歩不を追う。
しかし、今度は歩不の姿はすぐにどこかに消えてしまい、そのまま、あらわれてはこなかった。

◇◇◇◇◇

「みんな、来てくれないかな」

あたしたちの元へ戻ってきた黒崎さんは、今度はみんなを、資材室のプレートのついた部屋へと連れていってくれました。
意外に広いその部屋には、電池や電球などの生活消耗品や修理に使うらしい鉄パイプ等が整理されて置かれていました。
特に変わったところのないこの部屋に、黒崎さんはどういう目的であたしたちを連れてきたのかな。

「戻ってみれば消えている。
だから、脳裏に刻み込めか。
なるほど」

「黒崎殿。この部屋がどうかしたのか。
怪しいところがあるのなら、ウチのアリスに調べさせよう。
よし、行け! アリス!
隅々まで調査しろ」

「アイアイサー!」

一人考え込んでいる風の黒崎をみて、アキラさんは、アリスさんに室内の調査を命令しました。
ルシェイメアさんも壁や床など、部屋のあちらこちらをみています。
竜さん。クリスティーさん。あたしは、黒崎さんの言葉を待ってる感じ。

「なにか消えたの」

くるとくんが黒崎さんに尋ねました。

「いい質問だね。弓月」

「どこかへ人を呼んできて、黙り込むのは、目的のものがそこにない場合。
消えてる場合。
ホラー映画、怪談映画だとよくあるシーン」

「ごもっとも。
僕がみんなにみせようとしたものも、消えたようだ」

「それって、もしかして、クリストファー」

よろけたクリスティさんの肩をあたしは抱えてあげました。
めずらしく黒崎さんが言いたくなさそうに、そっとささやきます。

「死体だった。細かく切断されてた」

「つまり、死体消失か」

アキラさんの言葉の後、しばらくは誰も口を開きませんでした。