校長室
【空京万博】海の家ライフ
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その頃、海の家の別の一角では……。 「私、確かに言ったわ。死んでてもいいけど原型はとどめてねって……けど、こんな一杯取ってくるのは想定していなかった」 掃除屋として一仕事終えてきた雅羅とみすみを前に、溜息をついたのは宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)である。 「だって……一杯浜に落ちてたんです」 みすみが申し訳なさそうに言う。 「そうよ、無いよりはある方がいいじゃない、祥子?」 竜巻に巻き込まれたイコンのコクピットで頭にタンコブを作った雅羅が言う。 「わかったわよ……ありがとう。確かに、これは腕がなるわね!」 祥子が腕まくりする前には、ハーティオンによって起こされた竜巻によって浜に降り注いだ鮫が数体山積みになっていた。 「伝統的な海の家もいいけど、ご当地的なモノもあっていいと思うのよね」 厨房に場所を移して調理を始めた祥子が呟く。 「伝統的?」 みすみが調理を覗きながら尋ねる。 「ほら、海水スープの塩ラーメンって…まあ伝統的な浜茶屋にありがちなアレでしょ? 他にも粉っぽいカレー、不味いラーメン、溶けたかき氷……。それを踏襲してるんだからある意味正統派であり伝統的ってことよ」 手際よく切った鮫の肉に衣を付け、油の中に放り込んでいく祥子。 ジューッと音が上がり、「油が絶対跳ねてくるわ」と言った雅羅が早急に避難していく。 「……とはいえパラミタに来てまで日本の浜茶屋の伝統だけってのもアレだし……パラミタの人に変な誤解も持たれたくないじゃない? だから、少し変わったメニューの開発でもしようって思ったわけよ」 「なるほどー」 みすみが頷く。 「あとは……セルシウスのGOサインが出たら、直ぐ様販売出来るわね」 箸で鮫の肉の揚がり具合を確認している祥子が、チラリと客席を見やる。 「あら……丁度いいところに、当の本人が居るじゃない?」 祥子が揚げる鮫の肉の良き匂いは、翡翠の作ったイチゴのかき氷の美味さに涙する男の鼻孔を的確にくすぐっていた。 「この匂い……何だ?」 「これこそが、海の家の新メニュー候補。ワニワニバーガーよ! 別にサンドイッチにしてもいいんだけど、海で泳いでお腹空かせた人にはハンバーガーの方が響きがいいでしょ?」 いつの間にか男の前に現れた祥子が、皿に乗ったハンバーガーの様なものを置く。 「ワニ? ワニの肉か! だが、ここは海なはず……」 「ワニは鮫の古語名なのよ。ワニバーガーは実際にある商品だけど、鮮度を売りにしたらいけるはずよ」 祥子が作ったのは、鮫の肉をフライにし、カツサンドの要領でハンバーガーに挟んだものである。フライには、カツソースでも良いのだが、今回のはタルタルソースがかかっている。 「サメ肉ってね、日本では海辺よりもむしろ内陸で食べられることが多いのよ。多分、比較的日持ちするからそうなんだけど、産地直送ならより高い鮮度で利用できるわ」 祥子の説明に男が頷き、やや不思議そうな顔をする。 「ところで、この店の者達は皆、私が何者であるか知っているようだな」 「は? ……どういうこと?」 「まぁ良い、頂こうか……」 「……良いの? あんた、もう少し色々気にした方がいいわよ?」 祥子の作ったワニワニバーガーの試食には、みすみ、雅羅たちも招待されていた。 男が口を開け、一気にハンバーガーの半分程にかぶりつき、食いちぎる。 ムシャムシャ……。 まず、声を挙げたのはみすみであった。 「おいしい! これ、美味しいです!!」 雅羅も続く。 「本当!! アメリカで色々なハンバーガーを食べてきた私も大満足な出来よ!!」 「でしょう?」 笑った祥子が得意げに長い黒髪を掻き上げる。 その中、ただ静かに目を閉じて咀嚼する男。 「……どう?」 長い沈黙に祥子が男の顔を覗き込む。 「海産物の調理……いや、料理とはこうあるべきだな……」 スゥーと男の瞼から涙が溢れる。 「ま、こういう完璧さを求めるものいいけど伝統も大切にしないとね。ていうか、セルシウス。貴方一度、日本に行ってみたら?」 「!! ……貴公! 今、何と言った?」 カッと目を見開いた男が祥子に急に叫ぶ。 「え……日本に一度行ってみたらって……」 「違う!! その前だ!!」 「痛ッ……ぐぅぅ!!」 「ん?」 祥子が見ると、雅羅が苦しんでいる。 「ど、どうしたの?」 「た、大変です! 祥子さん、雅羅さんの喉に小骨が……!!」 「完璧に骨は取ったと思ったけど。雅羅……どこまでも不幸な子ね」 「貴公!! さっき何と言っ……!?」 男が雅羅の介抱する祥子に再び問いかけようとすると、その前に湯気を立てる器がドンッと置かれる。 「丁度良かった! あたしのラーメンも試食してくれよ!! 自信作なんだ!!」 男が顔を上げると、弁天屋 菊(べんてんや・きく)と親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が立っていた。 「貴公は……?」 「ああ、遅れて済まないね。この海水浴場、刺青禁止だとか言って足止め食らってたんだよ。結局、上着たら文句はないだろう、って押し通してきたけど」 褌の上に上質な執事服のジャケットを羽織った菊が苦笑する。