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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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 Episode2 〜Mother〜

 第1章 帰還
 
  
「メンテナンスは終わったけど……、機体自体に問題は無いよ」
「そうか。やっぱり、内面的な問題なのかもしれませんね」
 ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)のメンテナンスが終わり、本人から少し離れた所で早川 呼雪(はやかわ・こゆき)はモーナから話を聞いていた。ユニコルノのメンテナンスは普段、今日は留守番しているパートナーが行っている。だが、最近不調が見られるので専門の技師のところで診て貰おうという事になったのだ。呼雪とヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は付き添いである。
「ユノは最近悩んでいるようだったから、それが原因じゃないかとライナスに相談しに来たんです。俺にはよくわからないから」
「助かったって連絡は受けたから、そろそろ戻ってくる筈だけど……」
「……戻ってきましたわ」
 外の様子を伺っていたエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)がそう報告し、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が皆を迎えに出て行く。
「ファーシーちゃん、おかえりなさい!」
「ただいま! ノーンちゃん!」
 ファーシーはとびきりの笑顔で、ノーンをぎゅっと抱きしめた。

「これを……環菜さんに?」
 工房の外で、ルミーナは樹月 刀真(きづき・とうま)から智恵の実を受け取った。明らかに戸惑っている彼女に、刀真は言う。
「御神楽さんはもう1人じゃ無いから……、智恵の実なんて使わずに周りの人達と力を合わせて事を成し遂げるでしょう。だから、これは記念品程度の認識で邪魔なら捨てて下さい」
「そんな、せっかく取っていらしたものを、捨てるなんて……」
「不要だと分かっているのに、俺が彼女の為に取ってきたかった……。ただの自己満足ですよ、滑稽ですよね」
 ルミーナの応えは、彼に届いていなかった。彼に見えているのは、世界の一部。本当に小さな、世界の一部。多分、今の刀真にはどんな言葉も届かない。
 ――届かせられるのは、きっと、たった1人。
 自嘲気味に小さく笑い、刀真はルミーナに背を向ける。
「待ってください! 今、環菜さんを……」
 急ぎ、ルミーナは工房に戻る。環菜に事の次第を話すと、彼女はやや慌てて席を立った。しかし、外に刀真の姿はどこにも無い。
「樹月さん……最近は環菜さんと居ることもあって、笑顔も見られるようになってきていましたのに……」
「……あの、バカ」
 智恵の実を持って、環菜は苦々しく呟く。転校の理由は、涼司から聞いた。パルメーラを殺そうとした自分が蒼空学園に居るのは学園にとって都合が悪いだろう、と。だが。
 涼司は語らなかったが、それだけが理由ではないだろう。
「私があなたに求めている事……、まだ、分かっていないようね」
「環菜さん……、その智恵の実、どうなさいますか? 召し上がるのなら、お切りしますわ」
 智恵の実に興味は無い。環菜はそう言っていたが、ルミーナは一応聞いてみる。智恵の実に効果がある、という事は既に報告が上がっていて――この実を食せば、環菜は以前の能力を取り戻すかもしれない。
「……刀真の言う通りよ。こんな実、私には必要無いわ」
「では……」
「ルミーナ、この実、ドライフルーツにしなさい。劣化しない保証があるのなら冷凍保存でもいいわ。誰が捨てるものですか」
「…………」
 ルミーナは環菜の横顔を暫く見詰め――
「はい、分かりました」
 嬉しそうに、微笑んだ。

              ◇◇◇◇◇◇

「ふーん、色々と面白そうな物があるじゃない」
 工房の2階で、ヘルは物珍しげに機晶関連の道具やパーツの在庫品などを眺めていた。その彼に、呼雪は念のためと注意しておく。
「勝手にあれこれ触って壊さないようにな」
「分かってるって。大人しくしてますよ、はい」
 肩を竦め、ヘルも椅子に落ち着いた。
「携帯とかパソコンなら弄れるけど、機械にはあんまり自信ないしね」
「それで……、相談というのは?」
 今、2階には彼等とライナス、ユニコルノしか居ない。話の内容がデリケートなものだった為、他の人には聞かれないようにと呼雪が希望したのだ。
「はい、実は最近ユノの調子が……」
 呼雪が事情を説明し、ユニコルノも自らの悩みについて話し始める。
「私は、元々戦闘型として作られました。この姿も、ただ暴走を抑え機晶石のエネルギーを安定して運用する為」
 この姿――薔薇の学舎に身を置いているから男装をしているが、ユニコルノは少女型だった。
「私は姉妹機と同様、戦場で多くの敵兵や兵器を殺し、壊す為の存在でした。何故か私だけが前線ではなく神官の護衛に就く事になりましたが。……以前の主も呼雪も、私に人として生きる事を望みました。
 ですが今、ある方の言葉で揺らいでいます……。親しくさせて頂いていると思っていたのですが、その方にとって私は必要のない存在でした。そして……、私も一切の感情を捨て、ただ『呼雪の剣』として働いた方が良いのでは、と」
「…………」
 黙って話を聞いていたライナスは、ややあって彼女に確認する。
「その友人は……君の事を要らないと断じた後にそう言ったのか?」
「……はい」
 小さく頷き、ユニコルノは続ける。
「何故私に感情があるのでしょう……、心を持つばかりに、大事な時に役に立てないのは……嫌です」
「私は君とその友人の関係を直に見ていない。だから、その友人がどういう意図を持ち、どういった背景でそう言ったのかは分からないが……」
「ユノが悩む切欠になった友人はパートナーへの依存が強く、無意識だとは思いますがパートナー以外の人達の存在や今までの交流を否定するような事を言ったんです」
 呼雪がその背景について補足する。その話をしている間にも、ユニコルノの表情は曇っていく。
「自分を否定されると同時に、主の命令で戦う戦闘型本来の役割に従事した方が良いのではないかと言われ、『こんな事で傷つくような心など』とユニは自分に対して疑問を持つようになってしまいました」
「ふむ……、君は、彼女を随分と理解しているようだ」
 それならば、わざわざ相談に連れてくる必要は無いように思うが――彼は、機晶姫を専門とした人間から彼女に話をしてもらいたいのだろう。機晶姫というものが、どういった存在なのか。機晶姫に宿る心とは何なのか。
「それにしても、ユノちゃんもそういう悩みを持つお年頃なのかー。いつも落ち着いてるから、なりは小さくてもお姉さんって感じだったんだけど……」
 呑気に、しかししみじみとした調子でヘルが感想を述べ、ライナスはゆっくりとユニコルノに話して聞かせる。
「……機晶姫といっても、本当に千差万別だ。パートナーとの付き合い方も、その機能も性質も。中には、最後まで心を持たない者もいる。それが心を持ったということは、君にとっては心が必要だったということだ」
「ですが……」
「君が傷ついたのは、友人の言葉を『こんな事』と捉えなかったからだ。心というものは、傷つくものだ。その上で、学んでいく。君が悩んだのも『傷』も不具合ではないし、必要な事だ。排除する事も可能だろうが、その必要は無い。自分なりの答えが出せれば、不調も回復するだろう」
「…………」
「ユノ」
 黙って俯く彼女に、呼雪は落ち着いた声で呼びかける。
「役に立つとか立たないとか、俺はそんな風にユノを見てはいない。時に悩み苦しむのは、人そのものだ。俺はユノに人として生きて、成長して貰いたい」
「…………。人として、ですか?」
 自分は、機晶姫なのに。
「辛い時に調子が悪くても構わないし、必要な時は手を差し伸べて支える。ユノは俺のパートナーで、妹のようなものなのだから」
「呼雪……」

「……さて、私はこれから機晶姫に子を宿す為の支度に入るが、君達はどうする? 立ち会って行くか?」
「……いえ」
 ユニコルノと顔を見合わせ、それから呼雪は首を振った。
「今日はこれで失礼します」
「それにしても……機晶姫が子供産めるって不思議。なら、普通子供が出来ないケースでも色々研究とか工夫したら出来たりするのかな?」
 2人に続いて席を立ちながら言うヘルをチラ見し、呼雪は言う。
「……うちは、子供なら間に合ってるぞ」
「ちょっ、それって僕が子供って事ー?」
 口をとがらせるポーズで不服を示しながら、ヘルも階下へ降りていく。最後は何か、ほのぼのとした空気が流れていた。

 だが――
 やがて下から聞こえてきたのは、ピリピリとした空気満載な話し声だった。