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幼児と僕と九ツ頭

リアクション公開中!

幼児と僕と九ツ頭
幼児と僕と九ツ頭 幼児と僕と九ツ頭

リアクション

「ここ九龍郷の秘境、その奥に広がるジャングルには様々な生物が住み着いております! それも秘境の最奥にあるという湖、そこに住み着いたヒュドラの放つ瘴気が原因なのか、どの生物も非常に巨大化しており、下手をすれば我々契約者といえどあっさりと食べられてしまうでしょう! ですがそう簡単には負けません! 静かになった瞬間を狙って襲い掛かってきた巨大蜘蛛! 今にも食われるかと思いきや、超強力な叫びが炸裂! さらに乱入した男の二挺拳銃から繰り出された『魔弾の射手』がさらに粉砕! そう、契約者は巨大モンスターに負けない程の必殺技を持っているのです!」
 探索チームの中ほど、前後を他の契約者に挟まれたその位置で、身も心も幼児化してしまった小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は全力で実況していた。普段の口調と違い「ですます調」なのはご愛嬌である。
 体はともかくとして精神が幼児化したというのに、なぜこのようなテンションが高くかつ流暢な実況ができるのか。それは彼女の頭に装備された「熱狂のヘッドセット」に理由があった。ヘッドホンとマイクが同時に搭載されたこのヘッドセットは、装着者の精神に作用し、どのような些細な出来事であってもやたらと暑苦しく実況させるという魔力を持っている。その影響で話す言葉が非常に流暢になるため、たとえ子供であっても大人顔負けの実況が可能になってしまうのだ。もちろんただでさえ暑苦しく、しかも流暢に話す大人がこれを装備すれば、その話し方はさらに「すごい」ことになるだろう。
 美羽の目的は探検隊ごっこを行うことにあった。かつて放送されたテレビ番組のように実況ナレーションを行いながら探検隊の一員として行動する。カメラマン役がいればもっと良かったのだが、現時点ではそれに該当する人物がこの場にいないためそれは諦めるしかなかった。
 思考まで幼児化したために、ほとんどジャングルに「遊びに来た」形の彼女だが、骸骨のエングレーブが施されたモービッド・エンジェルを2丁、足には拳銃が仕込まれたファイアヒールを装備しているあたり、有事に際しての備えはしてある。だがいかんせん真剣に目標達成を目指しているわけではないので、これが使われるかどうかは非常に疑問だった。
 出発前に子供状態の美羽はパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に語ったものである。
「危険な生物とのバトルも探検隊の醍醐味だもんね!」
 その本人がヘッドセットを装着して実況に興じていれば意味が無いのではないのか。偶然にも瘴気の影響を受けなかったコハクは口には出さなかったが、苦笑だけは返した。
「数々の技を取り揃えた契約者の数は約50人にものぼります! この防衛線を突破できるモンスターがいるとは到底思えませんが、果たして私たちは、このジャングルを抜け、そしてその奥に待つというヒュドラとの邂逅を果たすことができ――あっ、何だあれは!?」
 コハクの隣で実況中の美羽が突然右前方を指差した。
 果たしてそこにいたのは、瘴気の影響なのかやたら体が大きくなった蛇だった。蛇は今にも美羽たちに襲い掛かろうとしていた。
 だがそれを許すような存在はいなかった。裂帛の気合と共に、隣にいたコハクが先に動いたのである。
「はあっ!」
 左右の手に構えられた飛竜の槍から繰り出される雷を纏った一撃――ライトニングランスが蛇の体を捉え、その長くうねった胴体に電気を流し込んだ。槍によって穿たれた2点の穴から流れ込んだ雷は蛇の全身を刺激し、その巨体を地面に横たえさせた。
「おおっと! ここでコハクのライトニングランスが、突然出てきた巨大蛇に炸裂ー! たった一撃で蛇は動きを止め、襲い掛かることは無くなりました!」
「……ねえ、美羽」
「はい、何でしょうかコハクさん!」
 熱狂のヘッドセットの影響が続く状態のまま、美羽はコハクの苦笑交じりの声に応える。
「いや、その……いつまで実況するの?」
「この探検が終わるまで!」
 胸を張って、小さくなった美羽は言い切った。探検が終わる前に美羽の体力が無くなる可能性の方が高いのではないかとコハクは思ったが、思うだけにとどめておいた。
(まあ、美羽の戦闘力自体は変わってないみたいだし、大丈夫だとは思うんだけど……)
 それでも不安が残るため、コハクはこの後も両手の槍で護衛を続けるのであった。もちろんその間にも美羽の実況は続いていたわけだが。

 そのようにして探索メンバーの間にも混沌が広がりつつある中、全く別の所でも似たような事態が展開されていた。
「迷った!」
「早いなオイ!?」
 独自に秘境のジャングルへと乗り込んだ水鏡和葉とヴェルリア・アルカトルを中心とした、通称【迷子探検隊】の面々である。今回の探検のリーダーを務めていた和葉だったが、森の中に入って数分すると、もう道がわからなくなったという。無理矢理連れてこられた形の柊真司とルアーク・ライアーにしてみれば案の定といったところだった。それ見たことか、だからやめろと言ったのに……。
「しかし、まさか入って数分しただけでいきなり迷子とはねぇ」
 メープル・シュガーに抱きかかえられた状態のルアークが呆れたようにため息をつく。
「一応、モンスターに襲われなかっただけマシといえばマシだけどな」
 ヴェルリアに抱きかかえられた状態の真司がこめかみを押さえる。
「まあでも、こうなった時のためにこの子がいるんだし、まだ大丈夫だと思うわ」
「あら、パラミタセントバーナードですか? それなら確かにまだ安心できますね」
 この状況に陥っても、メープルとヴェルリアの顔には余裕の表情が浮かんでいた。確かに連れているパラミタセントバーナードに頼めば、元の場所に戻ることは可能である。
 だがそこで「帰る」という選択肢を選ばないのが和葉という女だった。
「何言ってんの! まだ面白そうなものはおろか、何も見つかってないのにこのまま帰るわけないじゃない!」
「いやぁ、さすがに一旦帰った方がいいんじゃない?」
 ルアークがやんわりと帰還を促すが、和葉は断固としてこれを拒否した。
「帰らなくても大丈夫だよ! それに帰るにしたって、道はどこかで繋がってるんだからいつかは元の場所に戻れるんだよっ!」
「……そううまくいかないと思うけどな」
 真司の声を聞かず、和葉はそのまま真っ直ぐ前進する。途中で右へ左へと曲がってしまうのは、もはや「お約束」というものだった。
 そうして歩き続けることさらに数分。いつの間にか5人は大型の蟻の群れに囲まれていた。囲まれはしたが、ルアークと真司が蟻からの殺気を感知してくれたおかげで、今のところは睨み合いの状態が続いているといった具合である。
「まったく、結局こうなるのか……」
 敵の存在を知ったルアークはすぐさまメープルの腕から脱出し、近くの木の陰に隠れた。これは逃げるためではなく、敵から身を隠し、見えない場所から手にしたカーマインやエルドリッジで狙い撃つためである。
 真司の方もヴェルリアの腕から逃れて戦闘体制を整える。「呪魂道」という名がついた黄金の銃は今回は使わず――幼児化しても身体能力自体は変わらないため使おうと思えば使えるのだが、それでも小さい体ではやはり取り回しに難があるらしい――別に持っていた「ガイスト・ブレード」という名の剣を構える。この剣は柄が黒曜石でできた精神剣というものであり、持ち主の精神力を光の刃に具現化するという特殊な剣である。しかもこの剣は使用者の意思で物体を斬るか斬らないか――光条兵器とは違い、斬撃を与えるか、それとも鈍器のように殴るかを選択できるという特性を持っている。
「体が小さいからな……。あまり近づかれたくない……」
 ヴェルリアたちと並び、巨大蟻から距離を取って正対する。蟻たちの方も間合いを計っているのか、じりじりと距離を詰めてきていた。
 そうして蟻の1体が、自らの攻撃の射程距離に入ったのか飛び出そうとする、その瞬間だった。蟻たちの横合いから4機の戦闘用イコプラが飛び出してきて、その硬い体に痛烈な一撃を与えたのである。
「なっ、あれは……!」
 真司はそのイコプラに見覚えがあった。あれは紛れもなく、自分とパートナーが組み立てたもの。
 それぞれ「ブルースロート・フェイク」「イーグリット・ナハト」「コームラント・アーベント」「イーグリットアサルト・アーク」と名付けられたそのイコプラは、離れた所から操作する持ち主の命に従って蟻たちを攻撃し続ける。
 この瞬間を好機と見たか、ルアークがそれに乗じて両手の銃を連射する。怯んだ蟻の頭部を隠れながら狙い撃っていった。
「おっと、狙撃の腕は鈍ってないみたいだねぇ」
 さらに身体能力に変化が無いため、射撃の反動も大したことはなく、次々と蟻を打ち倒していく――結果的に「体がふらつく」ということがなかったため、ふらついたルアークを支えたかったメープルとしては少々不満があったが。
「おおっと、思わぬ援軍!」
 思わぬ援護攻撃に気合が入ったのか、和葉も手に持った怯懦のカーマインを撃ちまくる。蟻に命中した弾丸はその瞬間に燃え盛り、巨大な虫の体を焼いた。ヘクススリンガーの操る「朱の飛沫」である。
「まったく、勝手に変な所に足を踏み入れおって! 帰ったら説教じゃぞ、覚えておれ!」
 イコプラの操縦者であるアレーティアがそこで姿を見せた。当然、怒りの形相で。
「アレーティアさん! どうしてここに!?」
「リーラからの連絡でおぬしらを追いかけてきたに決まっとるじゃろうが!」
「リーラもいるのか!?」
 援護に合わせて魔道銃を撃つヴェルリア、刃を短く出した精神剣から真空波を放つ真司は、アレーティアの口から出た名前に驚きを隠せなかった。彼女に連絡を入れたという少女――リーラ・タイルヒュンも、今は手に持った如意棒で蟻を殴り倒している最中だった。
「あんまり心配はしてなかったけど、後をつけておいて正解だったわ」
「助かった! ありがとうな!」

 それから1分も経たない内に、この小規模の探検隊は蟻の群れを退けた。