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とりかえばや男の娘 三回

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とりかえばや男の娘 三回
とりかえばや男の娘 三回 とりかえばや男の娘 三回

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1 劫 

 境内から鐘の鳴る音が聞こえる。日は南中にあり、正午を知らす鐘のようだ。

 静穏寺。

 日下部領の南端にあるこの小さな寺に、日下部刹那はいる。自分が犯して来た罪を償い、生涯を仏の道に捧げるべく、彼は俗世を捨てこの寺に来た。今は劫順(こうじゅん)と名乗り、祈りと修行の日々を送っている。

「それで、私に何の用でしょうか?」

 劫順は、目の前の二人に向かい尋ねた。

「はい、実は」

 二人のうちの一人、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が口を開いた。

「劫順……いや、刹那様に日下部領まで来てもらいたいのです」
「なぜですか?」
 劫順が首をかしげる。
 すると、もう一人の若者片倉 蒼(かたくら・そう)が口を開いた。
「知ってのとおり、藤麻様はご自分の体の中に邪鬼を封印しました。封印がある限り藤麻様の身は安全なはずでした。しかし、藤麻様の身に巣食う病魔が邪鬼に力を与えたために、封印が破れかけ、邪鬼は藤麻様を刹那様のように乗っ取ろうとしているのです。しかし、竜胆様が夢のお告げで邪鬼を滅ぼす方法を聞かれました。その鍵は日下部領の珠姫の祠にあるようです。そんなわけで、今はお二人ともども日下部領のお屋敷に来ておられます」
「それで、私に藤麻に会って励ましてやれというわけですね」
 劫順が言う。
「そのとおりです」と、エメ。
「しかし、それだけではありません。君は、ヤーヴェに憑かれていた為、藤麻を思いやれるし、悪巧みをする者がどんな言動を取るかもある意味学習している。その裏の知識は家を継ぐ竜胆の役にも立つと思う。藤麻は君の事を思いやっているし、今まで家を継ぐために学んできたと思う。その表の知識で竜胆の支えになると思う。竜胆は勿論優しい人柄で、兄達二人の癒しになると思う。藩の重鎮として軍さえ指揮する立場の家を継ぐ事は容易な事ではないと思う。真に信用できる味方である兄達と共に互いに支えとなって欲しいのです」
 エメの言葉に劫順はしばらく考え込んだ。そして、答えた。
「あなたのおっしゃる事はもっともです。しかし、私はこの寺から出る事はできません」
「どうしてですか?」
 蒼が問う。劫順は答えた。
「ご存知のとおり、邪鬼に操られていたとはいえ、私は罪も恨みもない人達を何人も手にかけてきました。その方達への贖罪のためにこの寺に来たのです。なんの罪滅ぼしもせぬまま俗世に戻る事はできません」
「でも……」
 何か言おうとする蒼をとどめて劫順は言う。
「誤解しないで下さい。私とて日下部家や弟達の事は思っています。いつか、罪滅ぼしができたと自身で思えたその時には、弟の元に戻る事もあるでしょう」

「分かりました」
 エメはうなずいた。
「そこまで、決意が固いなら何もいいません。でも、罪の償いができた時には、きっと竜胆を助けて欲しい。……物語は『めでたし、めでたし』で終わるのが一番だと思いませんか?」
「……そうですね。きっと……」
 劫順はそう言ってうなずいた。