波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

【2021ハロウィン】踊るカボチャとシャンデリア

リアクション公開中!

【2021ハロウィン】踊るカボチャとシャンデリア

リアクション


第四章:守れ、パーティー。騒げ、パーティー



 場面変わって、パーティー会場内では。
 東條 カガチ(とうじょう・かがち)は、来客たちに取り囲まれて握手攻めにあっていた。何しろ、主催校である蒼空学園の生徒会長なのである。パーティーにやってきた名士たちも興味を抱いて近づいてくるのは当然のことだった。
そんなこんなで、パーティーをろくに楽しむ暇もなく時間は過ぎて行く。
「愛想笑いも楽じゃねえよな……」
 とりあえず一段落ついたカガチが部屋の片隅の椅子に腰掛けてぐったりしていると、柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)が飲み物を持ってやってくる。
「お疲れさま。大人気だったね」
「まあ、これも仕事だ。パーティーが円滑に進んで皆が楽しんでくれれば問題なし」
「ところでさ、アレはどうするの? カボチャがこっち覗いてるんだけど」
 なぎこの指差す方向に視線をやって、カガチは目を丸くした。裏口の隙間から、カボチャの化け物、ジャック・ランタンが入ってこようとしている。目が合ったのでじっと見ていると、奴は踊りながらゆっくりとこちらにやってきた。
『トリックオアトリート』
 ジャック・ランタンが何か言ってきたが、とりあえずカガチは立ち上がってかぽりと捕まえてみた。そいつは、手の中でもぷるぷると震えながら何とか動こうとしている。
「なんだこれ?」
「カボチャの化け物が暴走してイタズラしてるって、外ではちょっとした騒ぎですよ」
 シャンバラ人の機工士、エヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)は、噂を聞いて愛用の工具まで持ち出してきていた。
「機晶ロボットですよ。特に暴力的な機能はついていないようですけど。表には結構たくさんいるみたいです。じきにこの部屋にもなだれ込んでくるでしょう」
「顔にラクガキされたり、服を脱がされたりした人がいるみたいだよ」
 と、これはなぎこ。彼女は虫取り網を取りに走っていった。
「よきにはからえ」
 カガチは手の中のカボチャをエヴァに渡した。
「さて。俺は俺でやることをやるとするか。楽しくなるといいな」
「協力者募ってみますわね。みんなでパーティー盛り上がりましょう」
 そうだな、とカガチは頷いて再びパーティーの輪の中へ入っていった。


(なんか、ちょっと騒がしくなってきたで)
 パーティー会場内で給仕役をこなしていた薔薇の学舎の大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、にわかに慌しく走り回り始めた人々がいるのを目ざとく見つけていた。賓客にそつなく笑顔で対応しつつも、裏口から怪しい影が忍び込んでくるのを確認すると、近くにいた男装の剣の花嫁、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)に素早く耳打ちする。
「客はまだほとんど気づいとらん。動いてんのは警備や有志の連中だけや。さっさと片付けて丸う収めるで」
「承知しています。準備はもう出来ていますので」
 レイチェルはこっそりとその場から離れると、ジャック・ランタンがうろうろしているのがよく見える辺りまで近づいた。奴らは一匹だけじゃない。後から後からおしよせてくるのがわかる。
「とりあえず、一匹確保してあるが。これはきりがないな」
 柱の影から讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が早くも捕獲したジャック・ランタンの一匹を差し出してきた。手でつかまれていても、生きているみたいに動いている。
「バラして解析した方がいい。結構侮れない動きをするぞ」
「表面は、硬さといい手触りといい普通のカボチャやな。中身が違うだけか」
 ジャック・ランタンの一つは、レイチェルから泰輔へと素早く手渡される。
「おや、給仕さん。それはなんだい?」
「新鮮なカボチャが入りましたんで、さっそく調理させてもらいますわ」
 何事もないように言う泰輔に、客から「おお、美味そうだ」との声が上がる。
 なるほど……。
 その様子を見ていた有志たちもさっそく真似し始めた。
 ジャック・ランタンが現れても、料理にするかイベントにすればいいのだ。
 カボチャは、少しずつだがどんどん室内に入ってくる。外でも奮闘しているようだが、数が多くて打ちもらしも出るのだろう。
「あちらこちらで始まってますね。なんとか壁際で食い止めているみたいですけど」
 レイチェルが心配そうに覗きにくる。
「わかっとるで。今バラすのに成功したところや。機晶石は、ほらこれ」
 厨房で、泰輔は取り出すものだけ取り出すと、後は普通に料理を作った。
「出来上がりや。お客さんたちに振舞ったって」
「珍しいタイプだな。これは破壊せずにサンプルとして皆に回したほうがいい」
 調べていた顕仁が言う。レイチェルはそれをもって出て行った。
 中身がわかれば、捕獲も撃退も容易になるだろう。その効果は表れつつあった。


「ねえねえ、今カボチャのお化けが通りかかったよ。あいつにしようよ」
 会場の片隅。丈の短いドレスを纏った少女、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)がぱたぱたと走ってきた。彼女は高尚なパーティーもそろそろ退屈になり始めていたところだった。
「何を言っているんですか? そんなものがいるわけないでしょう」
 メイドの次原 志緒(つぐはら・しお)は、接客の手伝いをしながら一笑に付した。結奈の声は大きすぎた。まる聞こえではないか。
「え、だってだって。今だって外を通って行ったよ、ほら」
「幻覚ですし幻聴です。遊ぶなら、後で、お外で遊びましょうね」
 軽くあやされるように言われて結奈はちょっとふくれた。
「いいもん。カボチャさん捕まえてもあげないもん」
「いりません。さあ、向こうに行きましょうね」
「え〜、本当なんだもん。私、嘘つきじゃないもん」
「……あまりしつこいと殴りますよ」
「わ〜、怒った! ふ〜んだ、一人で取りに行くもん」
「なにをやってるのよ、あの二人は」
 蒼空学園のクラウディア・テバルディ(くらうでぃあ・てばるでぃ)は腰に手を当てて、呆れたように仲間を見やる。ジャック・ランタンの噂を聞いて、一緒に捕まえる計画だったのに、誰もこちらにやってこない。
「大丈夫ですよ。結奈、カボチャのほうに行きましたから。もうじき連絡がきます」
 ウサミミメイドの蘭堂 卯月(らんどう・うづき)は、『超感覚』を使用して周辺の音からジャック・ランタンのある程度の位置を探っていた。携帯電話で結奈と連絡を取り合い、カボチャをこちらに誘導するつもりらしい。が。
「パーティー会場内での携帯電話の使用は禁止されています」
 志緒が半眼で近づいてきて卯月の手から携帯電話を取り上げた。
 え? と声を上げる卯月。どうしよう、これでは連絡が取れないではないか。
「どうすんのよ、もう。これじゃ、カボチャ捕まえられないじゃん」
 クラウディアがため息をつきかけたときだった。
「来ましたですよ。外に出たらジャック・ランタンたくさんいるから、すぐに見つかったみたいです」
 卯月が指差す方向から、結奈がすごい勢いで走ってくる。
「追い込んでいるというより、追いかけられてるんだけど。何やったのよ、あの子?」
 言いつつも、クラウディアはどこからともなく輪になった縄を取り出し頭の上でくるくると回し始める。えいやっ! と投げた縄は狙い過たずジャック・ランタンに絡まった。そのままずりずりと引きずられそうになる。
「ちょっと、こいつ強いわよ。手伝ってよ!」
 クラウディアの声に、帰ってきた結奈と卯月、そして志緒がロープを引っ張りようやく捕獲する。喜ぶ四人。
「やったー! 一匹ゲット!」
 これはこれで、大きなな成果であった。


「やだなぁ。物騒な感じになってきたよ、これ」
 百合園女学院のレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は予想外の展開に眉をひそめていた。パーティー会場外での戦闘は次第に激しくなってきている。手づかみで取れるかと思いきや強力な攻撃方法が効かなかったりする、強いのか弱いのかわからない状態だ。
 捕まえるためにうかつに近寄れば、他のジャック・ランタンにイタズラされてしまう。自然、飛び道具で狙撃するくらいしかいい方法はないのだが。
「透明になったらサクサク回収できるアル」
 百合園女学院のゆる族、チムチム・リー(ちむちむ・りー)は、光学迷彩で姿を隠し防衛に励んでいると。四方八方から弾が飛んでくる。
「……いたっ! 誰アルか、今撃ったの!? って、見えてないからアルか?」
「こっちこっち、一旦場所をかえるよ」
 レキはチムチムを手招きして、裏側へ回ろうとする。
「って、こっちのほうが激しかった!」
「どうしたの? 撃たないなら、下がっていた方が安全だよ」
 天御柱学院の天司 御空(あまつかさ・みそら)は音もなく射撃しておいてから振り返る。
「ちょっと、こんなに強いなんて聞いてないよ」
 レキの台詞に御空が答える。
「ボスがいるんだ。あの、真ん中のやつ。あいつが強力ですでに何人かが……」
「まさか、病院行きとか?」
「体中にラクガキされまくったり、裸踊りさせられたりして精神的にリタイアした」
「……お、恐ろしい」
 レキとともに御空も表情を曇らせる。
「うちには欠食児童がいてね。早く終わらせないと」
 チラリと御空が視線をやる先に、真っ赤なドレスの映える少女、白滝 奏音(しらたき・かのん)が恨みがましそうな目でこちらを見ている。パーティーに着たのに警備に就けられ、機嫌が悪い。その隣には寄り添うようにクラウディア・ウスキアス(くらうでぃあ・うすきあす)も睨んでいた。こちらもすこぶる機嫌が悪そうだ。
 深呼吸して、レキは言う。
「ボクがあのボスの護衛を撃つから、キミは本体狙って。同時に発射で」
「オッケー。聞いたところによると、機晶石の右上辺りを打ち抜くといいらしい」
「すごい精度のピンポイントショットじゃん? 大丈夫なの?」
「やってみる」
 普段出会わない二人なのに。今日に限っては呼吸ピッタリだった。
 無言で、二人は同時に引き金を引く。
 スローモーションで見えるような感覚が支配し、弾丸が狙い過たず急所へと突き刺さるのがわかった。
『ハッピーーーー・ハロウィーーーーーン!』
 耳障りな断末魔を残して、ボスのジャック・ランタンは砕け散る。
「やった!」
 二人は同時に手を叩いた。
 奴さえやってしまえば、後はただのカボチャ同然だった。
 援護射撃もあって、あっという間に戦闘は終わった。
「残りのお料理、食べに行きましょう……」
 奏音が立ち上がった。
「オレの援護があったことも忘れないでおいてもらおう」
 奏音を守るようにクラウディアも奥へと消えて行く。
 戦いは終わった。


「接客お疲れ様でしたぁ。何とか事なきを得てよかったですねぇ」
 イルミンスール魔法学校の神代 明日香(かみしろ・あすか)は、まだ残っているジャック・ランタンをさりげなく交わしながらダンスを楽しんでいた。
「ダンスも踊りつかれた。後は好きなように引き回してくれ」
 相手の山葉 涼司はじょじょに収まって行く喧騒を眺めながら、振り回されるようにステップを踏む。彼はパーティーが始まってからずっと名士たちの接客で忙しかったのだ。
「おかげさまで、評判は上々だったよ。みんなが心労を砕いてくれたおかげだ」
「カボチャの件もほとんど気づかれませんでしたし」
 明日香は最後に残ったジャック・ランタンをアクセサリーのように扱って、ダンスの華麗さを引き立てていた。
「またこんなパーティー開催したいと思うけど、どうだ?」
「私もやってみたいです。今度はトラブルなしで、ですけど」
「……それは難しいだろ、この蒼空学園では」
 山葉 涼司は闊達に笑う。
 明日香はジャック・ランタンを高く放り上げた。魔法で打ち抜き破裂させる。
 花火のような絵が天井に広がった。
 拍手が沸いた。