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リアクション
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さて、すっかり夜の更け始めたパジャマパーティー会場内。
それぞれパジャマに身を包んだ女子達は、これからが本番と言わんばかりに目を輝かせた。
大きな一室に、幾つもの布団が隙間なく敷き詰められている。眠りたい者はいつでも眠ることが出来るように、そして眠らぬ夜を楽しむ者たちは楽しく会話に花を咲かせられるように。やや薄暗く照明の調節された空間に、女子達、それと男の娘たちは揃っていた。
男の娘、と分類される者たちの寝室は別にある。しかし、会話の間だけは他ならない女子達によって滞在が許されていた。
寝室の入り口の前には、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が静かに佇んでいる。『殺気看破』『イナンナの加護』を駆使して不審な人物や気配に目を光らせる彼は、会場の護衛をしているようだった。しんと静まり返った廊下とは対照的に、室内からは賑やかな声が漏れ聞こえてくる。
うつ伏せに布団へ横になり、円陣のように大きな丸を作り向かい合った女子達は、友美やサクラに促され次々に抱える恋の惚気や悩みを打ち明けていく。時にきゃいきゃいと騒ぎ、時に神妙な面持ちで沈黙し、恋バナに対する場の盛り上がりは既に十分だった。
「それで、あなたは?」
「私、ですか?」
突然話を振られた浴衣姿の水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は、驚いたように目を瞬かせた。あくまで聞く専門のつもりでいたらしい彼女は「そうですね」と困ったように笑ってから、口を開く。
「その、元々結構悪ぶってる人なんですけど…… 根っこはそうでもないというか、いろんなことに気を遣ってくれるんですよね」
ふんふん、と耳を傾ける女子達。次第に興が乗ってきたらしい、睡蓮は饒舌に語り始める。
「そこが頼りになったり、可愛いところだったりして。わがままを言い合えるって、多分いいことですよね」
「そうだよねー! 心を許し合ってる証明みたいだし」
誰ともなく上がる同意の声に次いで、「えー、でも……」と懸念の声。わいわいと始まる議論めいた会話を遮るように、睡蓮は「……とはいえ、いい事ばかりでもないんですけど」と切り出した。
「女癖があんまりよくないというか……ついこの間も他の女の子にちょっかい出したりして。胸を触るのが好きみたいなんですよね、私のなら触ってもいいのに。で、本人に聞いてみれば「遊びじゃない」って言うし……遊びじゃなかったら何なんでしょうね、本気ですか? なおさら問題ですよね?」
次第に怒気を孕み始めた睡蓮の言葉にぴたりと動きを止める女子達。
そんな会場の様子に気付いたのか、睡蓮は取り成すように微笑みを浮かべる。
「まあ、いいんです。最終的には私のところに戻ってきてくれますよ。……戻って来ざるを得ないようにしますから」
にこにこと、穏やかな笑みを湛えたままに発された、どこか氷点下を思わせる宣言。
尚更固まってしまった一同へ、睡蓮はそれ以上言葉を重ねる事も無く、自信を窺わせる所作で頷いて見せた。
その直後、不意に部屋の隅からギギギ……と不吉な音が響く。
一斉に生徒の視線が向いたそこには、一つの棺桶があった。薄暗い室内にぽつんと浮かび上がる、不気味な物体。僅かに開いたそこから白い手首が覗くと、生徒達の間から一斉に悲鳴が上がる。跳ね起き逃げ出そうとする姿や、武器を構える姿さえあった。
「きゃー!!」
「あ、ごめんごめん。今まで寝てたんだけど、あたしたちも恋バナが聞きたくなってさ」
悲鳴に応えるように、一気に開く棺桶の蓋。そこから悪びれた様子も無く、むしろ悪戯な笑みを浮かべて現れたのは茅野 菫(ちの・すみれ)だった。棺桶の背後からは、少し申し訳なさそうに眉を下げたパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)も顔を出す。
「だったら罪滅ぼしに何か話しなさいよー!」
入口付近まで逃げ出していた生徒の一人が、不満げに声を上げる。
「あたし? あたしは、とある弟くんに恋をしているんだけど……なかなか会えないし、あっちは家柄も高貴な上にハーレムを作る宣言とかしちゃってるし、絶望的なんだよねー……」
笑みを浮かべながらも切なげに眉を下げた菫に、女子達ははっと息を呑む。身分違いの恋、それもなかなか顔を合わせる事も出来ない。女子達が盛り上がるには充分すぎる話題だった。
「諦めちゃダメだよ」「いっそ無理やり押し掛けてみるとかさ!」「玉の腰狙っちゃえ!」「新しい恋を探した方がいいのでは」好き勝手に言い連ねる女子達を「まーまー」と手で制し、菫は更に困ったように言葉を重ねる。
「もう一人、好きって言うか憧れの人はいるんだけどね。とにかくあたしの話は終わり、次はパビェーダの番!」
話を振られたパビェーダは「そうね……」と躊躇う間を置いて、静かに口を開く。
「私は、超が付く程の朴念仁に恋をしてしまって……それに、沢山ライバルがいるの」
「出し抜いて告っちゃえ!」
茶々を入れる女子へ、バビェーダは緩く左右に首を振る。
「自分からはどうしても積極的にいけないというか、まだ好きってことを伝えることも出来なくて。このままゆっくり関係を築いていけばいいか迷っているのよ。だから、あなた達の話を参考にさせてもらいたいの」
「待ってるだけじゃダメだよ、勇気を出して自分の気持ちを伝えないと!」
早速声を上げたのは、秋月 葵(あきづき・あおい)だ。彼女の手元には、御手製のサツマイモと栗のマカロン、そしてかぼちゃのクッキーがあった。喋りながら摘まむのに丁度良いそれらへは、次々生徒の手が伸びては「美味しい!」と声が上がる。
「恋は突撃だよ♪ 積極的に行ってみよう!」
既に恋人のいる葵の言葉は、強い説得力を持っていた。「やっぱり、そうなのかしら……」と頷き掛けたバビェーダは、「私と同じような境遇の人はいる?」と問い掛ける。
如何?と首を傾げて見せるバビェーダへ、はい!と挙手する生徒の姿があった。
「先輩が私の気持ちに気付いてくれないのよ〜!」
朴念仁、という言葉に共感を覚えたらしいミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が、ばたばたと四肢をもだえさせながら訴える。
「先輩ってどんな人なの?」との問い掛けには、一転して嬉しそうに「先輩ってすごく可愛くて、かっこよくてすごいんです」と胸を張って答えた。更に、「ミーナもあんな風にかっこ可愛くなりたいなぁ」と零す。
それを聞き留めた生徒の一人が、不思議そうに「もしかして……百合?」と問い掛けた。頷くミーナへ、一斉に身を乗り出す。
「女同士なら余計に積極性が重要よ!」「セクハラなんて言われることもそうそう無いんだし、触っちゃえ触っちゃえ!」「バビェーダさんも朴念仁な男に触っちゃえ!」「そ、それは私にはまだ早いような……」と騒ぎ始めた女子の輪へ、大きな尾を揺らした立木 胡桃(たつき・くるみ)が飛び込んでくる。
「ん、んきゅ〜」
かぼちゃのパンツとシーツをパジャマ代わりに身に付けた胡桃は、両手に持ったホワイトボードを大きく掲げて見せた。
そこには、『ボクも好きな人がいるんですが、いつも子供を相手にしているようにあしらわれるんです。ボクにもアドバイスを下さい』と書かれている。アドバイスと言うよりも好き勝手言うばかりの女子達は、しかしキラリと目を輝かせる。
「大人の女性らしさを見せればいいのではないでしょうか、例えば少し大人びた格好をしてみるとか」
浴衣姿の睡蓮に言われ、胡桃は納得したようにふんふんと頷く。「胸を見せて誘惑してみるとか!」そんな薫の意見にも真面目に耳を傾け、胡桃はホワイトボードの隅へメモを取っていく。
「きゅっ!?」
そんな胡桃の尾を、不意にもふりと掴む手があった。
「あら、気持ちいい」
もふもふと尾を揉みながら、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)はミーナへ共感の視線を向けていた。
しかしその瞳はどこか眠たげな色を浮かべているどころか、時折船を漕ぐようにがくりと頭が垂れる。
「ふぁ……良いですよねぇ、女の人……」
欠伸交じりに紡がれたのは、彼女の価値観への同意。レロシャンにとって、同性愛はごく普通のことだった。
「私は今は、新しい出会いを求めているんですよ〜。やっぱり胸が大きくて、頼りがいがあって、お姉様気質で、お上品で礼儀正しいとより理想に近いです」
つらつらと連ねていくレロシャンの瞳は、理想に輝いていた。
「お姉様に「レロシャン、アホ毛が曲がっていてよ」とか言われてキャッキャウフフしたいじゃないですか。どこかにそんな人、いらっしゃらないかな〜」
もふもふと尻尾を弄られていた胡桃は、心地好さに眠ってしまったようだった。
くたりと横になった胡桃を布団で包み、レロシャンはわきわきと手を動かす。きらりと危うげな色を湛えたレロシャンの双眸は、次にバビェーダを向く。
「と言うことでお姉様、触らせて下さい〜」
「あら、可愛い子なら大歓迎よ」
「ならあたしも触るー!」
くすりと笑ったバビェーダへ向かうレロシャンへと、菫が向かう。そこへ次々と折り重なるように「私も!」と向かう女子達。
夜特有のテンションのまま、「擽ったい!」「どこ触ってるの!」と声を上げながら、生徒達の夜は更けていく。
▼▼▼
さて、次々と供給される蟹が次々と調理されていく蟹工船では、特に温かな蟹料理はすっかり取り合いとなっていた。体力勝負の漁、特に蟹を餌に誘い出された生徒達にとって、蟹料理は何より重要だった。
「ほら、取ってきたぞ」
すっかり調理に夢中になる余り蟹を食べそびれていた紫翠の前へ、おもむろに皿が差し出された。
シェイドは彼の傍らへ腰掛けると、焼き蟹や茹で蟹といった料理のそれぞれを二等分に切り分ける。
「よくあの争奪戦から取ってきましたね……頂きます」
喧騒を眺めていた紫翠は驚いたように呟くと、目元を綻ばせて蟹へ手を伸ばした。
「わざわざ来たんだ、食べないと勿体無いからな。この調子だと料理が無くなるのも早そうだ」
シェイドもまた同じ光景を眺め、苦笑交じりに呟く。
彼らから少し離れたテーブルでは、同じように蟹料理をつつく者たちがいた。
「二人にお願いがあるんだけど、聞いてくれる……かな?」
秋穂の言葉に、それぞれ蟹を手にしていたユメミとセレナイトは怪訝と眼差しを向ける。
「二人を置いていこうとした僕が言うのもなんだけど……これを機に、三人で仲良く過ごしたいなって思ってるんだ。どう、かな」
緊張した様子で面持ちを強張らせながらも言い切った秋穂の願いを受け、ユメミとセレナイトは顔を見合わせる。
先に頷いたのは、セレナイトだった。彼女自身の願いでもあったそれに安心した様子で首肯してから、傍らのユメミへ目を向ける。
「分かった、仲良くするー……」
そこまで言って、向けられた視線にはっと息を呑むユメミ。
「あ、秋穂ちゃんのために仲良くするのー! 一緒に過ごすのー!」
照れ隠しのようにぶんぶんと腕を振り始めるユメミに、秋穂は慌てた様子で「お、落ち着いて!」と声を掛ける。
セレナイトはと言えば、思わずといった様子で小さく笑っていた。一層腕の動きが激しくなるユメミに気付くと、「ごめんごめん」と謝罪を口走る。そうして穏やかな表情を浮かべ、順に二人を見回した。
「可愛かったから、つい。それはさておき……これからもよろしくね、秋穂、ユメミ」
秋穂は安心したように、ユメミは不機嫌そうに頬を膨らませながらも、二人はそれぞれセレナイトの言葉に頷いた。
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