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リアクション
第二章 大地にそびえるイコン喫茶 2
まず何がまずかったかというと、もちろんストマックアサルトである。
「えっとお客様、ごめんなさい! あまり凝視されると折角のお飲み物を噴き出してしまう恐れがあります……」
ノリノリで踊るようなステップを踏みつつ接客するストマックアサルトのサブパイロット席から、ネージュがそんな注意を口にして回ってはいるのだが……ぶっちゃけた話、口に飲み物を含んでいる一瞬でさえなければ、お客様は笑っていてもいいのである。
そう考えると……最大の被害者は、当然同僚のイコンというか、そのパイロットたちであった。
まさに「笑ってはいけないイコン喫茶」。拷問である。
「……ちょっ……!!」
Eジェットさんのサブパイロット席で懸命に笑いを堪えているのは、ファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく)。
「私のサポートがあれば別にモーションデータなんていらないじゃない」と豪語していた彼女であるが、これではとてもサポートどころではなく、結果的にエヴァルトがしっかりモーションデータを組んでおいたのが見事に功を奏する結果となった。
ともあれ、これでは接客に支障を来しかねないので、エヴァルトとしてはなんとか事態の打開を図りたいところなのだが。
「えーっと……フロゥさん、アリステルさん! その……つまり……!」
紳士のエヴァルトに、レディーである舞衣奈とネージュに対して「なるべく視界に入らないでくれ」なんて失礼な頼み事ができるわけもなく。
「えー? 呼んだのですかー?」
中途半端に声をかけたせいで、「あのステップを踏みながら」ストマックアサルトが歩み寄ってくる事態になってしまった。
「こ、こっち来る! もうダメ限界……っ!!」
「だーっ! ちょ、ちょっと厨房の様子見てくるんで、あと任せましたっ!!」
ファニが大爆笑する前に、慌てて回れ右して奥へ下がっていくEジェットさん。
中の人がえらく慌てまくっていても、その表情はかけらほども動くことはない。クールである。
あ、いや、失礼。シュールである。
「ピー! ピピィ♪」
一方、こちらは見た目に反して、というと失礼だが、無難に接客をこなしているジャイアントピヨ。
体型的にコミュニケーションしたりオーダーとったりするところまでが限界かとも思われたが、実は見た目に反して意外と器用であり、ケーキを切ったり紅茶を淹れたりといった作業もできているのだから侮れない。
とはいえ、ピヨにも全く弱点がないかというと、実はそうではなくて。
「ピピィ……!?」
主なお客さんである巨大ゆる族にはいろんな着ぐるみの人(?)がいるのだが、中にはピヨにとって、というか鳥にとっては今ひとつ相性の悪いような種族の着ぐるみを来たゆる族も来店しているのだ。
「ピィ……」
もちろんそれでもお客様はお客様、なるべく平静を装って接客してはいるのだが、苦手なものは苦手である。
「どうした、代わろうか?」
ピヨが戻ってきたタイミングを見計らってハーティオンがそう声をかけると、ピヨに代わってアキラがこう答えた。
「悪い、頼めるかー? やっぱ蛇は苦手みたいだ」
「了解した。あとは私に任せておけ」
そう言って接客に戻るハーティオン。
こちらも最初はどうなることかと思われたが、彼の接客技術は見事であった。
もともとの真面目で素直な性格に、バトラーとしての経験が上乗せされた彼は、見た目以上に完璧な執事だったのである。
そのハーティオンもさることながら、接客面で主力となっていたのはグラキエスのシュヴァルツ、そして裏方で大車輪の活躍を見せていたのがエクスの絶影である。
「やれやれ、グラキエス様の物好きには本当に困ったものです」
そう言いながらも的確に補助をしているエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の力もあって、シュヴァルツは一機で三機分くらいの活躍をしていた。
なんといっても、とにかく動きが迅速、というか高速である。
ちょっと慌ただしい感じもするが、ムダな移動時間を大幅にカットできるメリットの方が遥かに大きいことはいうまでもない。
「お待たせいたしました、ご主人様」
この「ご主人様」という呼び名で統一するのも、グラキエスの優れたアイディアの一つである。
相手が人間でさえ外見では性別のわかりにくい人物が多数いるというのに、ゆる族の性別など外見からはっきり判断できるものではない。
第一、ゆる族どころか巨大生物まで想定顧客の範疇に含むとなると、雌雄同体の何かが来店しないとも限らないではないか。
となれば、「旦那様」や「お嬢様」のように性別を限定した呼び方よりも、汎用的に使える「ご主人様」で全て統一した方が角が立たず、手間もかからない。
そして、それは確かにいいアイディアではあった……のだが。
「落ち着けアウレウス、これはアルバイトだ。主はアルバイトをしているだけなのだ。落ち着け、とにかく落ち着け」
自分で落ち着けと口に出している場合、絶対に落ち着いていない。
それを地で行ってしまっているのはグラキエスに忠誠を誓う魔鎧、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)である。
「主が『ご主人様』と言うのはアルバイトで言っているのだ。決して従属の意味で言っているわけではない……」
主至上主義が忠義の域を軽く数光年ほど飛び越えているアウレウスは、当然今回もグラキエスに同行、というか着用された状態でいるのだが。
「かしこまりました、ご主人様。少々お待ちくださいませ」
グラキエスが「ご主人様」という言葉を使うたびに、何を連想しているのか、いちいち派手に動揺するのである。
「コクピット内で聞くと俺が言われているような気分になるのは錯覚だ。ただの錯覚に動揺するなど情けない。落ち着くのだ」
「……本当に、少しは落ち着いてもらえませんか」
落ち着け落ち着けとぶつぶつ言うだけでいっこうに落ち着く様子のないアウレウスに、エルデネストはやれやれとばかりに大きなため息をついたのだった。
「イコンが使えるバイトなんて珍しいですし、技術訓練にもなるから一石二鳥だと思ったんですが」
絶影のサブパイロット席で、唯斗はぽつりとそう呟いた。
本来であれば、彼がサブパイロット席から細かい動作の補助をするはずであったのだが……。
「ハンバーグ二つ仕上がったぞ! 次はオムライスにスパゲッティじゃな!?」
さすがは食堂のおば……いや、お姉様というべきか。
どれだけ料理の動作を正確に覚え込んでいるのか、イコンに乗っていてもほとんど生身で調理しているのと動きが変わらないのである。
素早く、華麗で、一切のムダがなく、そして当然フォローする隙もない。
「エクスの訓練には……なってるんでしょうかねぇ」
忙しすぎるバイトもイヤだが、退屈すぎるバイトも微妙だなぁと思う唯斗であった。
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