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リアクション
「……ん? なにか今、男の断末魔のような悲鳴が聞こえたような?」
館の広間に置かれた高そうなソファーに座りながら、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は声のした廊下のほうを見る。しかし、それを妨害するように、彼を囲んでいた美女のメイドたちが話しかけてきた。
「はい、大洞さま。飲み物などいかがですか?」
「大洞さま。肩をお揉みいたします」
「あ、大洞さま。お口元が汚れていますわ」
必要以上に身体を密着させてくるメイドたち。身体のあちこちに、やわらかい感触が押し付けられて、剛太郎の顔は自然と、緩んでいった。
(い、いかんいかん! 俺としたことが、こんなことで気を抜いてはいけないのであります!)
何とか欲望に負けまいと、剛太郎は顔を引き締める。しかし、
「……ふぅー。申し訳ありません、大洞さま。わたくし、なんだか身体が火照ってしまって……」
そうつぶやきながら、襟元のリボンをメイドが緩めると、すぐさま真剣な顔は崩れた。
「お、おお……ごくっ!」
思わず生唾を飲む剛太郎。そんな剛太郎を誘うように、メイドは妖艶な笑みを見せて胸元をちらつかせた。
(こ、これはもしや……さ、誘われているのでありますか?)
息をのみ、剛太郎はそっとメイドに手を伸ばしていく。向こうも逃げようとしない。
(い、いやしかし、自分にはコーデリアが……。だが、ここで退くのは、相手にも失礼な気が……)
心の中で、相棒のコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)の顔が浮かび、剛太郎は葛藤する。しかし、素直な彼の右手は段々とメイドのほうへと伸びていった。
「ちょ、ちょっとでありますから、このぐらいなら……」
そう剛太郎の理性が、本能に敗れたそのときだった。
――ズドン!
「い、痛ああああああああっ」
□□□
「い、痛ああああああああっ」
「……あ、剛太郎様。やっとお目覚めに」
先ほどまでの豪勢な館から一変し、周囲は深い森へと姿を変える。
そこに剛太郎はいた。そして、そんな剛太郎を心配そうな顔でコーデリアが見ていた。
何故か、剛太郎の拳銃を握り締めながら。
「こ、コーデリア! な、何をしているでありますか!」
「え? い、いえ、これはその……ご、ごめんなさい。剛太郎様がどうやっても起きませんでしたので、これならと」
そう申し訳なさそうに告げるコーデリア。
だからと言って、パートナーの太股を撃ち抜くかと、心の中で剛太郎はツッコミを入れた。
「そ、それより、剛太郎様! 急いでください! 急がないとあの蜘蛛に」
そうコーデリアが告げ、ようやく剛太郎もその存在に気づいた。
巨大な蜘蛛が数人の生徒たちと戦っている。
「うーん、勇平ぇ〜……この紅茶も美味しいよぉ〜」
「ああもう! ウルカ! いい加減、起きてくれよ!」
勇平は片手に眠っているウルカを抱えたまま、必死に蜘蛛の攻撃を避けている。
「ロッテもですわ! 早く起きてくださいまし!」
「うにゃーん……まだ酔っ払ってないもーん、むにゃむにゃ」
同じく、ロッテを背負った状態で、くららも蜘蛛から逃げている。
「あ、アディ……それは、だめぇ」
「ふふっ、可愛いわよ、さゆみぃ」
さゆみとアデリーヌは、一向に目覚める気配なく、二人だけの世界に入っていた。
「ほら、カガチ。早く蜘蛛を倒すのだ。僕はもう疲れた」
「くそぉおおおおっ! まだ頭が痛い気がするよぉっ! 後で覚えてなよ、葵ちゃんめぇえええっ!」
戦えとせっつく葵に対し、カガチは半べそをかきながら蜘蛛を相手に戦っていた。
■■■
現実世界が乱戦となっているその頃、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は幸せの絶頂にいた。
「アキラ様、あーん」
「あーん♪」
メイドたちに囲まれ、アキラはデレデレ状態になっていた。美人のメイドたちから、あーんをしてもらっている姿は、まさにキャバクラにいるおっさんだ。
「アキラ様、こっちも」
「ずるい、今度は私ですわ」
「ぬっはっはっは! 天国、天国♪」
アキラは上機嫌に高笑いをしている。そんなパートナーの姿を見て、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)はハァーっと深いため息をついた。
「アキラ? そんな事しててイイノ? また他のパートナーにブッ飛ばされるワヨ?」
「大丈夫大丈夫。今、あいつらここに居ねーんだし、アリスが黙ってれば問題ねーって」
「マッタク……ショーがないワネ」
そう言いながら、アリスはひとり、ケーキをむさぼっていた。何気にアリスも楽しんでいる。
「……ん。ごめん、ちょっと俺、トイレ」
急に尿意を催したアキラは、席を立った。
そのまま、駆け足でトイレへ向かう。小便器の前に立ち、用を足たす。
だが、その時、妙な違和感がアキラを襲った。
「あ、あれ? おかしいな? なんか心なしか、股の間が生温かいような……?」
その瞬間、アキラはパニック状態に陥る。
めまいがして、自分がどこにいるのかもわからず、困惑する。結果、股間の生温かさだけが残った。
「え……うそ、これって、まさか……え、ええっ! お、俺、もしかしてやっちまった? この歳で、……お、お漏らし、とか?」
サーッと、アキラの頭から血の気が引いていく。次の瞬間、アキラの頭は真っ白になった。
「き、きき、きしゃあああああああああああああ!!」
館のトイレからは、断末魔に近いような、わけのわからない叫び声がしばらく響いていた。
館内の広間。豪勢な食事が並ぶ場所に、黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)はいた。
竜斗はひとり、のんびりと豪勢な食事に舌鼓を打っていた。
「……うん。美味しい」
料理は一級品。当然、竜斗も満足のいく代物だった。
だが、
(なんだろう、この違和感?)
何故か竜斗の心は満たされなかった。
(何か……何か大事なことを忘れているような? 何か、物足りないような……)
料理は美味しいし、のんびりできて気分も晴れている。だが、何か現状に物足りなさを竜斗は感じた。
(そう、何か……大事なものが欠けているような…………っ!)
そこまで考えて、竜斗の脳裏に、ひとりの少女の顔が浮かんだ。
ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)。彼のパートナーである少女だ。そして、御劒 史織(みつるぎ・しおり)、セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)、さらに今まで思い出せなかった大切な人たちのことを、次々と思い出していった。
「――何を俺は忘れてたんだ、ったく!」
そう呟くと、竜斗は駆け出した。
とにかく、パートナーたちと合流しようと、周囲を見回して、見慣れた仲間を探す。
「……あ! 竜斗さん!」
名前を呼ばれ、竜斗は声のしたほうを向く。そこには、ユリナが立っていた。
「よかったです。はぐれたから、心配しました」
「心配かけてゴメン。ところで、これはどういうことなんだ? この館は一体?」
「それは、私が説明するですぅ!」
そう言うのは史織だ。慌てた様子で竜斗に近づいてくる。
「ここは居心地のいい場所ですけど、これは罠ですぅ! 幻影を見せて、獲物を食べる毒蜘蛛がいるって、前に本で読んだことがあるんですぅ! 」
「それじゃ、これは、その蜘蛛が見せてる幻覚ってことか」
竜斗の言葉に、コクリと史織は頷く。それで事態の危険性に気づいた竜斗は、真剣な表情を浮かべた。
「なら急いで幻覚から目覚めないと……って、あれ? なぁ、セレンは?」
「そ、それが……」
申し訳なさそうに、ユリナはある方向を指差す。なんだと竜斗がそっちを向くと、バーのカウンター席で、酒の入ったグラスを傾けている者が見えた。セレンだ。
「うははっ、こーんなに美味い酒が、タダで飲み放題なんて……ここは最高だなぁ」
幸せそうな表情を浮かべ、セレンはさらに酒を飲んでいる。それが幻なんだとは、少しも疑っていない。
「ずっとあんな調子なんです。いくらこの世界が偽物だって言っても、信じてくれなくて……」
「仕方ないですぅ! ここは私が火術でセレン様の目を覚まさせて、」
「ああ! だめですよ、史織ちゃん!」
「……なんだか、頭が痛くなってきた」
ひとり竜斗はこめかみに手を当てて、唸った。
幸せな幻覚を見せるこの館において、幸福感を抱く者は少なくない。月詠 司(つくよみ・つかさ)もそんな幸福を感じるひとりだった。
「はぁー……まさか、こんな楽園がこの世にあるとは思いませんでした」
満足そうな笑みを浮かべ、司はまったりと館での歓迎を楽しんでいた。
「何せ、いつもならパシられたり、オモチャにされる私が、今日はお客様扱いされてるんですからね〜……ううっ」
感激のあまり涙を流す司。この時点で、彼が普段、どんな扱いを受けているかがわかった。
だがしかし、
「――まあでも、これも夢か何かでしょう」
そう直感的に司は気づいた。自分がこんな幸せな状況になるはずがない。
「ううっ……幸せだから現実じゃないって気づき方も、なんだか悲しいものですね」
がっくりと頭を垂れ、司は物悲しい気持ちになった。
「……もう少しだけ、この夢の中で楽園を楽しんでも、別にいいですよね?」
『いい訳がないでしょう、ツカサ?』
突然、そんな声が司の脳内に響き、司はビクンと肩を反応させた。
『まったく、ツカサの分際で、この私にスキルを使わせるなんて……万死に値するわ』
「め、メルくん……ですよね」
メルクーリオ・エクリプセ・チェイサ(めるくーりお・えくりぷせちぇいさ)の気配を感じ取り、司は顔を真っ青にした。
『さっさと目覚めなさい。さもないと、……うふふっ、わかってますよね?』
「……ハイ。スグニオキマス」
そうつぶやくと、司は強く現実を意識した。瞬間、司の姿は、パーティー会場からゆっくりと消えていった。
□□□
現実世界で目覚めた司は、まず自分の置かれている状況を確認した。
両手両足を、なにやら粘着質な糸でグルグル巻きにされた状態で、メルの右足を乗せられている。
「あら、ツカサ。ようやく起きたの? まったく世話が焼けるんだから」
そんな扱いを受けて『嗚呼、今度こそ間違いなく現実だ』と、司は確信する。
「って、あれ? メルくんだけですか? リルくんと、シオンくんは?」
「ああ、あの二人なら、ほらあそこ」
そう言って、メルの示す方向を見る。
すると、そこには、蜘蛛の糸に吊るされたままのリル・ベリヴァル・アルゴ(りる・べりう゛ぁるあるご)と、そんなリルにカメラを向けているシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)の姿があった。
「うーん、パパぁ、何やってんだよぉ……ぇ、ちょ、だめぇ……くすぐった……んんっ、ドコ触ってっ……はっ、恥かし……んあっ!」
「ハァ、ハァ……リル、いいわよ。後は蜘蛛を見たときのリアクションさえ撮れれば完璧ね!」
よだれを垂らしながら、シオンはリルの撮影に集中していた。
「本当に何をしてるんですか」
流石の司も、それには呆れた。
そんな司たちの周囲には、同じように幻覚から目覚めた生徒たちがいた。
「ううっ、ぐぅ、ひっく……」
「オー、よしよシ。誰にも言わないからネ。アキラとアリスだけの秘密にしてあげるからネ」
内股になって涙を流しているアキラを、アリスが頭をなでて慰めていた。
「あーあ。せっかく美味しいお酒がただで飲めてたのによー」
「ふふふっ! セレン様が起きてくれてよかったですぅ」
「で、でも史織ちゃん、いきなり火術で燃やすとか、心臓に悪いからやめてね?」
「まったく……ほら、急げ。毒蜘蛛が来る前に逃げるぞ!」
好き勝手なことを言っている相棒たちをやれやれと見つめながら、竜斗たちは森を後にしていった。
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