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古戦場に風の哭く

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古戦場に風の哭く

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第六章 途切れぬ、願い
「大丈夫、大丈夫だ」
 バリケードを示しながら、村人たちに繰り返す瓜生 コウ。
 彼らが、『其の時』を思い出しているのが、分かった。
 一方的な暴力に曝され、一方的に蹂躙された、最後の恐怖の記憶。
 それと共に結界が歪む。
「【森の魔女】は誓った! 今度こそ裏切らないと。だから信じよ! あんた達をもう二度と、失意に沈めたりしない!」
 黒曜石の瞳に決意を燃え上がらせて、コウはそう言い放った。
「……ねえ、お姉ちゃんと歌でも歌おっか?」
 そんな力強い声を聞き、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は震える子供達をそっと引き寄せた。
 ハツネ達の言う事は在る意味、正しいのかもしれない、けれど。
 たまたまそこにあったというだけで、ただそれだけの理由で滅ぼされ、無念のうちに生涯を終えざるを得なかった人々。
 人生の終章を穏やかなうちに過ごそうと願った老人も、将来を誓い合ったはずの恋人も、まだ見ぬ未来に幼いながらも夢と憧れを抱いていたであろう子供と、そんな子供たちを温かく見守ってきた親も……皆、理不尽に嬲られて殺された。
 それは感受性の強いさゆみの心を強く揺さぶった。
 もう死んでいるのだから、そんな風に割り切る事なんて、到底出来なかった。
「私は……私には、あなた達を生き返らせる事は出来ない、けど……せめて、その心だけは救いたいの」
 だから。
 気付いたらさゆみは歌っていた。
 怯える子供達の肩を抱き、外の喧騒から護る様に。
 それは精一杯の祈りを込めた、歌。
「……さゆみ」
 その姿に、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の瞳に知らず、涙が込み上げた。
 かつて自分のせいで愛した人を亡くしたアデリーヌにとって、理不尽な死を強いられ悲しみと憎悪に沈んだ村人の心は、痛いほど理解出来た。
 『死』がもたらす心の痛みを今も、抱えているから。
 だから、どうしたらいいのか分からなかった。
 どうしたら村人たちの子供達の心を慰める事が出来るのか、分からなかった。
 けれどさゆみが声を上げてくれた。
 その澄んだ声で歌を奏でてくれたから。
 アデリーヌはさゆみの歌声に寄り添うように、口を開いた。
(「せめてこの歌が聞こえている間だけでも、悲しみを憎悪を忘れてくれたなら……」)
 ホロリホロリと涙を零しながら、アデリーヌもまた祈りを捧げ。
(「この歌よ、どうか届いて」)
 無念の内に生涯を閉じさせられ、ともすれば悲しみと、憎悪に捉われた、この村の全ての人々に。
 届いて欲しい、どうかどうか……ただそう、願い歌を紡ぐ。
 小さな神殿に、清らかな歌があふれた。


「怖くない、怖くないからね」
 村の中心では小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)。そしてアルカネット・ソラリス(あるかねっと・そらりす)が、周囲の逃げ遅れた子供達を守っていた。
 神殿に辿りつく事さえ出来ずに、果てた子供達。
 今も、濃厚になる恐怖の記憶に、震える事しか出来ない幼い者達。
「あたしには、全ての魂の無念を晴らす事は出来ないかもしれない」
 そんな子供達を見つめ
 アルカネットは抱えたエレキギターをきゅっと握った。
「あたしに出来るのはただ、この魂を少しでも救いあげ、あるべき場所に送る事だけ」
「うん」
「ええ」
 同じ気持ちで、アルカネットと美羽とベアトリーチェは頷き合った。
 不思議と、怖くはなかった。
 さっきまでの空気と違う。
 徐々に軽くなっていっていた筈の空気は再びどんよりと、寧ろ悪化したようにを澱み。
 空が……否、村を囲う結界が、ギシギシと悲鳴を上げているのが分かって。
 それでも、少女達に怯えも不安もなかった。
 胸にあるのはただ、願い。
 この魂達を救いたい、という。
 だから。
 美羽は子供の頭を優しく撫でると、すぅっと息を吸い込んだ。
 「今、助けてあげるからね」
 アルカネットはエレキギターの弦へとそっと指を当て。
 そして奏でられる、優しい歌声。
 響く、エレキギターとミツエの二胡の旋律。
 膨れ上がった歪みを悲嘆を恐怖を、そっと慰撫するように優しく包み込むように。
 ベアトリーチェの持つミツエの二胡とエレキギターが紡ぐ穏やかな旋律に乗り、美羽とアルカネットの歌声が優しい調べが、混乱に陥りかけた村人たちへと届いていった。
「もういっぱい悲しんだんだから、これ以上悲しまなくていいんだよ」
 そんな気持ちの込められた、優しい歌が。


「落ち着け、落ち着けって。こんな時にジュディの奴、何処に行ってんのや」
 暴れ出した亡者達を何とかしようと四苦八苦していた七枷 陣(ななかせ・じん)は、姿を消したパートナージュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)を案じていた。
「これ以上此処に留まる事は出来ぬぞ。大人しくナラカへ逝くがいい」
 そのジュディは村を練り歩きながら霊に語り掛け、説き伏せていた。
「我はただ死した彼等を貪る死霊術師(ネクロマンサー)としてではなく、彼らと語り、鎮まらせる鎮魂術師(ネクロマンサー)として行動したいのじゃ……我の在り方はネクロとしては異端だとしても、の」
 一時、安定を見せた空気が突然、悪い方へと変わった。
『近寄るなっ!』
『ダメよアルト、逃げてっ!?』
『姉ちゃんを置いていけるかよっ!』
「……ん?」
 その最中、ジュディはその二人に気付いた。
 瓦礫に足を挟まれた長い髪の女性と、女性を守ろうと中空を睨みつけるぼさぼさ頭の少年。
 どちらも恐怖を感じ、それでも互いを守ろうと逃がそうと思い合う姉弟。
「彼女らは……未だ目の前の風景がかつてあった村の物としか認識しておらんようじゃ。我が力で干渉し、その幻影を解こう。心苦しくはあるが、目を覚まさせなければならん」
 そしてジュディは悟らせる……もう、この村は遙か昔に滅んでしまった事を。
『……どう、して』
 茫然とする姉弟の瞳に映るのは、朽ちた村。
 今まさに終わりを迎えようとしている、故郷。
「おぬし達をこのまま放置すれば悪霊として堕ちるであろう」
 告げ、ジュディはその上で問うた。
「まだ間に合う内に行える安寧の鎮魂か、それとも……死しても尚まだ未練を手放せぬなら、我と共に歩むか?」
 問いかけた眼差しは声は常に無く真摯だった。
「我と主従を結べば、明確に他者と語る事は恐らく出来なくなるじゃろう。茨の道になるやもしれぬ。それでも良いのならば……我はお主らに手を差し伸べよう」
『もしこのまま成仏したら、もう姉ちゃんと一緒にいられなくなるんだろ?、そんなのイヤだ』
『アルト……わたしだってアルトと離れたくない。二人きりの姉弟なんだもの』
 離れたくないと抱き合う姉弟に、そうして、ジュディは手を差し伸べた。
「今戻ったぞ〜」
「ん、ジュディの奴帰ってきたか。何処行ってたんや……ってうぉっ!?」
 いつも通りの飄々とした声に安堵しつつも、一言文句言ってやろうと思った陣は、だがジュディの背後に浮かぶ幽霊に、顔を引きつらせた。
 それはこの村の幽霊と同じで……だが、それにしてはジュディに懐いている、ていうか憑いているようで。
「……うちのちみっ娘二号が帰ってきたかと思ったら、幽霊がおまけで付いてきたでござる」
「なに、こやつ等は依頼中に拾ってきたんじゃよ」
「いや、拾ってきたて……そんな犬のこみたいな」
「悪い奴らではないから安心せよ、まぁよろしくしてやってくれ、フフフ。ほれアルト、ネーゲル。挨拶をするのじゃ」
「えっと……あ、はい。よろしく……」
 冷や汗をかく陣を尻目に、ペコリと頭を下げた幽霊の姉弟は、嬉しそうに寄り添い合うのだった。

「海里くん……? 海里くんが言ってた所で、一番近いのはここ……、だよね。……出来る限り、連れて行くよ」
 硯 爽麻(すずり・そうま)白 海里(ましろ・かいり)に確認してから、もう一人のパートナーである鑑 鏨(かがみ・たがね)に小さく頭を下げた。
「兄さん……こんな所までごめん、ね」
「……いや」
 鏨は言葉少なに、首を横に振った。
 この依頼を知ってから、爽麻の雰囲気が微かにだが変わった事に気付いていた。
 けれど、言い出せないまま一人で行こうとしていた爽麻。
 何も聞かずに付いて来たのは、鏨の意志だった。
「……痛かった、ですよね」
 爽麻は微かに口元を緩めてから、死者に向き合った。
 蘇った『あの時』の記憶に、苦しむ村人達。
 彼らに手を差し伸べ、語りかける。
 一人一人、その後悔を心残りを思いを、受け止めていく。
「邪魔はさせない」
 フラリ、殺気を纏ってそんな爽麻に近づこうとした戦士は、鏨の体術で打ち据えられた。
「無駄です。貴方の情報は全て、私の内にありますから」
 同じく海里は自らへの攻撃をスッとかわすと、相手を踵落としで沈めた。
 彼らは死者であるが故、死なない。
 それでも、時間は稼げる。
 他の者たちが浄化の準備が整うまで。
 爽麻の気が、済むまで。
「此処の事も本には書かれていました……でも、爽麻には知られたくなかった」
 海里は魔道書である。
 森羅万象……全ての事象が内包されているとされる、星海の書架。
 ならばこそ、この封じられ歪められたこの地の事も『識って』いた。
 その上で黙っていた。
 この場所を知れば、爽麻がどうするか……分かっていたから。
「戦いたかった……ううん、守りたかったんですね……」
 果たして、鏨達が吹き飛ばした亡者にさえ、爽麻は語り掛けその無念を受け止めようとしていた。
 海里と鏨の視線の先。
「貴方達の悲しみを、全部私にうつして下さい……。全部、私が引き受けるから……。貴方達はもう、何にも囚われる必要は無いんですよ……」
 死者達の痛みを苦しみを哀しみを恐怖を、それら全てを爽麻は受け入れ、抱きしめた。