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アイドル×ゼロサム

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アイドル×ゼロサム

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《8・頑張る。なぜなら、》

 花京院秋羽。
 彼は家柄上、よく女形を演じることがあった。
 だからこそこのオーディション内でも、それを生かしてみてはどうだろうということで。すこし化粧をして、女装してダンス審査に挑んでいた。
(案外、身体の動かし方が変わってくるものよね)
 心中でそんなことを考えながら、秋羽は基本的なダンスステップやターンなどを女性らしくやってみせるというアピールを続けている。
 得意な日本舞踊はあとで披露する予定なので、このダンス審査では『女性らしい』踊りを試してみていた。女性の動きには慣れているものの、日本舞踊以外の、それこそ激しいダンスなどを女性としてやってみたことはあまりなかった。
(日本舞踊は、そんなせわしない動きはほとんどしないから当然か)
 それでも、初めてにしては腰のひねりや足運びなどがスムーズにできるのは、やはり長年培ってきたものが生きているのだろう。
 なにより演じているこの場所は沼地地帯で、足場も悪いというのに秋羽は泥のひとしずくすら服に跳ねさせていない。
 ひとつの経験としても、審査上のポイントとしても、得るものは大きいように思われた。
「はい。そこまで、ご苦労様でしたね」
「ありがとうございました。それでは、失礼いたします」
 審査後も女性らしい仕草を忘れぬままに、秋羽は次の審査へとたおやかな動きで向かっていくのだった。
「なんや、いまの子。けっこうな美人さんやったなあ」
 次に並んでいた蚕サナギはしみじみ言いながら、
「ダンスいうたらあれやで。こないだタンスの角に小指ぶつけて、ひーいうて飛び回ったがな。ふははは、ちゃうのんわかっとるわボケ」
 などとひとりで笑ってひとりでツッコんでいたが、審査員はずっと無表情。
 どうにもこういう相手は張り合いがないので、サナギも早々にはじめることにした。
「幼稚園の時にタケノコ族からスカウトきたことあんねんでわし? 見とけよ切れのええマンボみせたるでー☆ うぅぅーっ☆」
 はっ! と勢いよさげにはじまったマンボ。
 踊りとしてはジルバのそれに近く、かなり激しく明るくテンポも速い。ハイテンションな彼の個性が生きているダンスといえたが、最中もひゃーとかはーとか言っていてかなりうるさいのが玉に瑕だった。
 まあ、評価されるのはダンスなので、さして影響はないのだが。
 そんな強烈なマンボが終わるころ、瑠夏とシェリーの乗る空飛ぶ箒スパロウが着陸していた。
「ここ……ダンス審査か。丁度いいな」
「うんっ! 瑠夏くん、私しっかり踊っちゃうね!」
 シェリーはそう言うと、今度は先に審査をはじめていく。
 彼女が舞うその動きは爪先立ちになる独特の足運びや、くるくると身体を回転させるさまなどがバレエのそれに似ていたが。ところどころ、変則的に飛び上がったりもしており。
 踊りのなかに物語が存在する舞台舞踊とは別種の、物語の枠にとらわれない自由さを持ちながら、なおかつ踊りのセオリーは保つ独特の動きだった。
 瑠夏はそうして華麗に踊るシェリーに負けまいと、自分を奮い立たせ。
 自分の番が回ってきたときには、開始からおもむろに杖に雷術で雷を纏わせて、両手棍の様に振るっていく。
 ファイヤーダンスならぬ、サンダーダンスのパフォーマンスに審査員も「おぉ」と声を出していた。
 それなりに危険さはあるものの、それが瑠夏をより真剣に取り組ませる。雷バトンと化した杖をくるくると右へ左へと回していき、時折自分自身もターンしたりポーズをとったりしての演舞をみせつけていった。

◇◇◇

 秋月葵は、歌唱力の審査員を探すのにだいぶ手間取ったものの。
 森林地帯でようやくそのお目当ての相手と遭遇し。
「いっくよぉ〜! あたしの歌をを聞けぇ☆」
 堂々と指さしながら、以前歌ったことのある歌を披露していた。

 タイトル『夏空のシューティングスター☆彡』

蒼い空に煌く
シューティングスター☆彡
夢に向かって真っ直ぐ往くよ
たとえどんなに辛くても
諦めなければ、きっと乗り越えられるよ
真っ直ぐな君の夢に向かって
蒼い空に煌く
シューティングスター☆彡
夢に向かって
シューティングスター☆彡


 リリカルソング♪や幸せの歌を活用してのノリノリの歌唱。どうやらよっぽど歌いたかったらしい。
 たしかにこのオーディションでは、どれかひとつ審査を受けられない仕様になっている。事前にどうするかの予定を組んでいれば、当然ながら自分が得意とする審査はキープしておきたいと考えるのが自然だ。
 仏滅サンダー明彦としてもそれは当然のようで、
「特別衣装は準備OK、歌唱力審査の前に着替えて! 着替えて!」
 相方の清景がこの場所をようやく探し当ててから、準備に余念がなく。
 化粧もしっかり行い、入念に発声練習も済ませた。
 そして、やがて葵の審査が終わり。
「いよいよ本番!」
 気合を入れて出てきた明彦は、悪魔メイクを施していた。
 それだけなら彼の個性としてまだ許されたが。衣装がピンクのフリフリ超ミニスカートにハイヒール、という異様なまでに彼に合わないいでたちだった。しかもすこしブリーフが見えている。
 審査員や、周囲の参加者たちが唖然とするなか、

『乙女のハートは壊れやすいの〜っ♪』

 と、小指を立てながらマイクを握り、腰をふりふりと乙女チックな歌をはじめる明彦。彼の得意なロックでなく、ギターも弾いていない。
 さきほどの彼の演奏を目撃していたら確実に、もったいない、と思うことだろう。
 本人としても「あれ、嫌悪の歌の効果がでてる?」と思うほどに空気が微妙なものになっている。
 清景としても傍から見ていて「……あ〜ぁ」と言いたげになっていて。
「だから、その衣装では駄目だと言ったでござろう……やっぱりレースのパンティにしないと」
 なんか見当違いな言葉をつぶやいていた。
「なんだか、とんでもないものを見てしまった気がするです」
「ああ。かなり衝撃的だったな」
 歌声をたよりに森林地帯に戻ってきていたあんずと蒼也は、もうすこし遅れて来ればよかったと思った。
 しかし。ふたりはこのあと、もっと遅れて来ればよかったと思うことになる。

 次の順番は葛葉杏。
「耳をふさぐんだよ、杏リサイタルが始まるんだよ!」
 そういってきぐるみの耳部分を折りたたんでいる、うさぎのプーチン。
 もうひとりの相方である橘早苗もまた「……なければよかった……来なければよかった……」と端のほうでぶつぶつつぶやきつづけている。
 そうした様子を見ながらも、少なくとも審査員だけは拝聴しなければいけないのでそのままでいるしかなく。杏がエレキギターを手に取り、
「それじゃあ、聞いてください。 葛葉杏デビューシングルから『私がアイドル』」
 マイクを通して歌い始める。

「私は(おまえは)、アイドル!(アイドル!)」

「私が(おまえが)、アイドル!(アイドル!)」


 サビ部分の()は、ファンの集いによってこの場に招きよせた、杏の全国に20人いたかもしれないファンたちによる合いの手である。
 ……という事実を確認する余裕は、ほとんどの観客にはなかった。
「ギャーー! 中身に、きぐるみの中身に直で歌声が響くんだよ」
 杏の超絶音痴の歌声により、もだえ始めるプーチン。
「な、なんていう酷い歌声、本人は上手いと思っているからなおさらたちが悪いですぅ……」
 早苗もまた耳をふさいで、超人的精神まで使って耐えようとしている。
 たいていの人間には、不快な音を理解する能力が備わっている。耳元で飛ぶ蚊の羽音とか、黒板をひっかく音とか。なぜそれが不快かと問われれば、具体的に論じるのは難しいが。生理的に受け付けないものというのは、存在するのだ。
 つまりは。
 杏の歌声がその音程に該当するということである。

「私は(おまえは)、アイドル!(アイドル!)」

「私が(おまえが)、アイドル!(アイドル!)」


 合いの手を入れるファンを見てプーチンは、
「あいつら何なんだよ、ファンてレベルじゃないんだよ、訓練されたファンなんだよ!」
 そんなことを叫ばずにはいられない。
「あ、鳥が落ちた!」
 早苗がそれを確認するころには、歌声を聴いていたはずの審査員や、あんず、蒼也ほか、近くを通りかかった人々が気絶し始めていた。
「まさに地獄絵図、これが杏リサイタルの真の実力なのね」
 もはや驚くしかない早苗をよそに、既定の3分たっぷり歌い上げた杏は、
「ロック!」
 といって最後にエレキギターを地面にたたきつけてぶっ壊していた。
「ふぅ。どうでしたか――あれ?」
 とても満足そうな顔で周囲を見回すと、自分のファン以外は息も絶え絶えになっていた。
 審査員やあんずたちが意識を取り戻すまでに、それから五分かかった。