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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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第五章 それぞれの戦い 3

<月への港・B4F>

 そして、それより少し先では。

「やー……『窮鼠猫を噛む』ならぬ『窮犬悪魔を噛む』って感じで。わんこパワーを知らしめようかと思ったんですが」
 そう言って、綾乃は困ったような笑みを浮かべた。
 彼女とともに戦うのは、パートナーのラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)と……無数のヘルハウンドたち。
「『戦いは数だよ』って言葉もあったんですが……なかなかうまくはいきませんね」
 彼女たちに対するデヘペロ弟はわずかに一人。
 数的に見れば、綾乃たちの方が圧倒的に優位なのは明らかである。

 だが、そこには一つ大きな問題があった。
 数的優位が生きるのは、あくまで「塵が積もって山となる」ことを前提としている。
 つまり、「その塵すら積もらない状況」では、それはすでに優位にはなり得ないし、「積もるにしても少なすぎる状況」でも、それはほぼ価値を失う。
 要するに、残酷な事実ではあるが、ゼロはいくら掛けてもゼロに過ぎないし、「効果がゼロではない」ことと「有効である」ことも全く違うのである。

「志方ないですね……ムダな犠牲を出すのもどうかと思いますし、ここは二人でやりますか」
 綾乃のその言葉に、ラグナも小さく頷いた。
「ああ。その方が面白そうだ」





<月への港・B5F>

 さらに、そのまた少し先。

 進撃を続けるデヘペロ弟の前に立ったのは、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)である。

「ペロロゥ……?」
 ただ静かにその場に立ち、デヘペロ弟を軽く睨みつけるように見つめる。
 優梨子としては素直に向かってきてほしいところだったのだが、さながら空城の計のようになってしまったらしく、デヘペロ弟はどうしたものかと首を傾げてしまった。
 やむなく、優梨子は声を張り上げてみる。
「私が怖いんですの?」
 その言葉で、デヘペロ弟は彼女を排除すべき敵と認識する。
「怖いわけねェだろオォッ!!」
 身長10mのデヘペロ弟にとって、わずか161cmにすぎない優梨子など、間違いなく一撃で吹き飛ばせる相手である。
 もちろん、デヘペロ弟にそれを躊躇する理由はなく彼は一直線に優梨子へと向かっていき……。

「ぐげェッ!?」

 おかしな声をあげて、仰向けに倒れた。
 事前に優梨子が仕掛けておいたナラカの蜘蛛糸に引っかかったのである。
 鋭利な刃物の切れ味と、抜群の強靭さを誇るそれは、相手が常識外の強靭さを誇るデヘペロ弟でなければ、確実に首を切断していただろう。

 ともあれ、一撃必殺とまではいかなかったにせよ、これはチャンスである。
 デヘペロ弟に起き上がる暇を与えず、魔法で飛行能力を得て死角から首元へ迫る。
「みしるし……頂きますわ!」
 革長靴に仕込まれている刃での一撃も考えたが、あれだけ見事にナラカの蜘蛛糸に引っかかっても健在であるのなら、おそらくその程度で首は刈れそうにない。
 ならば、その前にもう少し細工をせねばなるまい。
 喉元……は危険なので、横をすり抜けるようにしながら、首筋に機晶爆弾を設置する。
 起爆は早い方がいいが、自分が巻き込まれては元も子もない。
 故に、再び最大加速で離脱し、直ちに起爆する。
 爆音が響き、黒煙が辺りを包む。
 いかに頑強なデヘペロ弟といえど、この攻撃を受けてタダでは済まないだろう。
 その読みは、ある意味では正しく、ある意味では間違っていた。

「いでェよオォ〜〜〜!!」
 確かに、一連の攻撃はデヘペロ弟に相応のダメージを与えてはいた。
 唯一問題点を挙げるなら、デヘペロ弟の手足が全て健在である、という点であり……それが、予期せぬ問題をもたらしていた。
 痛みに苦しむデヘペロ弟が、倒れたままバタバタと暴れだしたのである。
 そんな体勢からの攻撃の威力など、と思うかもしれないが、もとが尋常でない膂力と質量を誇るデヘペロ弟であるので決してバカにならず、ヘタに近づけば命に関わりかねない。
 さらにまずいことに、その勢いでデヘペロ弟が壁やら床やらを殴りまくるので……簡単にいえば、この通路そのものが崩壊する危険が生じてしまっていた。

「なんてバカ力……ひとまず足は止められたでしょうし、ここは退いた方が懸命そうですわね」
 別に、デヘペロ弟はこの一体しかいないというわけでもなく、こいつにこだわる必要性は特にない。
 そう判断すると、優梨子は速やかにその場より転進した。