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開催! 九校合同イコン大会

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【一回戦第一試合】ランダムAvs愚連隊


  5

「ひゃっはっはー!」
 開始の合図と同時。
 雄叫びを上げ、ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)は人工島を駆け抜ける。駆る機体はキング・王・ゲブー喪悲漢だ。
「さっすが兄貴! 相手もびびってるよ!」
 そう囃すのは同乗しているパートナー、バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)である。
 彼の言う通り、相手の機体は開始地点に留まったまま、なにやら戸惑う素振りを見せている。
 開始地点は正方形の人工島の対角線上、その端と端。近接戦をするにも遠距離から射撃戦に持ち込むにも判断に迷う、微妙な距離だ。
 いきなり突っ込まれて、きっとびびっているに違いない。
 それにしても異様に戸惑っているような、とゲブーは一瞬思わないでもなかったが、彼自身に迷いはない。戸惑っているならつけこませてもらうだけだ。
「よっしゃ喰らえッ!」
『ゲブー様サイキョー!』
 気合一閃。機体から破壊的な大音声が放たれる。ソニックブラスターによる音波攻撃だ。
 相手が怯んだ隙を突き、一気に距離を詰める。
 互いに肉眼で全容が視認できる距離まで近づくと、相手の機体も反撃に出た。ビームサーベル片手に近づいてくる。だが。
「させるか! 必殺ッ!」
 すかさずゲブーは足を止め、喪悲漢ブーメランを投げつける。カウンター気味に相手の機体の肩を掠めたところへ、
「なめんじゃねぇぜ! オラオラ必殺ゲブー様パンチ!」
 機神掌の一撃。この追い打ちに、相手はたまらずバランスを崩す。
「効いてるよ兄貴!」
「おっしゃあとどめだ! 必殺ゲブー様キィィックッ!」
 駄目押しの旋風回し蹴り。
 バランスを崩し宙に浮いたところへクリーンヒットし、敵機は人工島の地面を削りながら派手に背後へと吹き飛んだ。
「はっ! なにが天御柱学院だぜ、そんなほそっちょろいメカなんかつまんねーぜ! 俺様のがサイキョウー! がはは!」
「さすがだね兄貴!」
 だがまだ勝負はついていない。
 相手は機体を立て直し、すかさずバックステップで距離を取る。ゲブーはそれを、余裕の面持ちで見逃してやった。
「おーし、そうこなくっちゃ面白くねぇってもん――あぶねっ!?」
 ゲブーが言い終わる前に、敵はアサルトライフルで苛烈な連続射撃を浴びせてくる。
「っやろ、調子乗りやが――おおっ!?」
 鉄の守り、大地の力で身を守り、反撃に出ようとするが、その出鼻をくじくような力押しの射撃。
「な、なかなかやるじゃねぇ――うおおおお!?」
 さらに射撃。
 重ねて射撃。
 弾切れ。
 素早くマガジン交換。
 まだまだ射撃。
 加えて射撃。
 ひたすら射撃。
 あまりに一方的かつ暴力的な弾幕を気合で凌ぎながら、ゲブーはようやく、相手方のただならぬ殺気に気がついた。
「な、なんだ? なんであんなに殺気立ってやがんだ!?」
「おっかしいなー」
「ん? どうした?」
 しきりに首を傾げる気配を感じ、ゲブーはバーバーモヒカンへ声をかける。
「相手の女の子の写真をとって、『エッチな巨大同人誌』に貼り付けてコラージュしておいたんだよ。兄貴も相手も喜ぶと思ったんだけど」
 エッチな巨大同人誌とは、文字通りイコンサイズの巨大な同人誌である。戦闘では盾としても使える。
 現に今も――。
「こいつが原因か!」
 みしり、と手の内にある盾(同人誌)が敵の射撃を前に軋む。
 そういえば今の相手は女の子。ゲブーはちらりとコラージュを一瞥してみるが、
「――お怒りは、ごもっともです」
 思わず敬語で謝ってしまう。
 とはいえ時すでに遅し。
『セクハラ、反対!』
 外部スピーカーから相手――端守 秋穂(はなもり・あいお)ユメミ・ブラッドストーン(ゆめみ・ぶらっどすとーん)の糾弾の声。
 と、そこで敵機体のライフルは弾切れを起こす。
 だが怯んだ様子はまったくなく、敵はビームサーベルを抜くや轟然と斬りかかってくる。
 咄嗟に盾――同人誌で受け止めるものの、敵はむしろその盾をこそ破壊するために斬りかかかっている。勢いはむしろ増した。
「ち、ちくしょおおおおおおお!」
 ゲブーの断末魔も虚しく、ゲブー喪悲漢は同人誌もろとも、なます切りにされた。


  6

「撃ってこないな……相手も狙撃機だったか?」
 試合開始から間もなく三分。
 人工島にランダムに配置された貨物コンテナ、そのひとつにフレスヴェルグの背を預け、斎賀 昌毅(さいが・まさき)は訝しげに呟いた。
「可能性はありますね。……まさか、さっきのが本来の戦い方というわけでもないでしょうし」
 心なしか頬を赤らめ、パートナーのマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)はそう応じた。流石にあの巨大同人誌は、彼女にも刺激が強かったらしい。
 昌毅たち愚連隊の斬込み隊長として先鋒を務めたゲブーだが、結果は敗北。敗北よりも、まずかったのはあの巨大同人誌である。運営からの厳重注意は免れまい。チームごと失格にならなかっただけ僥倖だ。
「ま。観客は喜んだみたいだし、あとは俺らで取り返すか」
「ですね」
「……しかし、あっちにまったく動きがないのが気になるな」
「もしかして、さっき消耗しすぎたんじゃないですか?」
「ありうるな……」
 弾薬の補給は対戦ごとに受けられるものの、機晶石がエネルギーを再び万全な状態まで生成するのは難しい。加えてイコンの操縦は精神力も多大に要する。あれだけの勢いで動けば、短時間とはいえ疲労もするはずだ。
「なら、そこを突かない手はないな」
「ええ。このまま判定にもつれ込んで引き分けると、こちらの損が大きいですし」
 決勝までは勝ち抜きの個人戦だ。すでに一敗している愚連隊としては、引き分けでもチーム全体での敗北まで一歩近づくことになってしまう。
 決断から行動までは迅速だ。
 貨物コンテナから飛び出すと同時、目測で相手のいる方向へ発砲。ビームアサルトライフルによる、牽制の制圧射撃だ。
 相手も負けじと応射してくる。
 こちらはサイドブースターを点火。相手の予測を上回る高速機動で右へスライド、弾幕から逃れる。
「いました! 二時の方向、距離八〇〇!」
 すかさずマイアが敵の射撃位置を特定。データが昌毅の視界へ転送される。
 昌毅は太陽の位置を確認するや、
「そこか!」
 跳躍。持ち替えたバスターライフルを空中で構える。
 だが、敵も然る者。頭上からの奇襲に対し、冷静に応射の構えを見せている。
 空中と、すぐ傍にバリケードのある地上とでは本来、分が悪い。
 無論、昌毅もその程度のことは弁えている。跳躍の到達点に選んだのは、ちょうど太陽と敵機を結ぶ直線上である。
 敵パイロットの目が光になれるまでの一瞬を突き、発砲。バスターライフルの一撃が敵機に着弾した。
 高火力の直撃を受け、しかし敵機は健在だった。着弾箇所は脚部。咄嗟に空中へ身を躍らせたのだ。
「やるな……!」
 その状況判断力に舌を巻きながら、回避機動。敵の弾幕をかわし、応射する。
「!?」
 彼我の銃が弾切れを起こした瞬間、敵は予想外の行動に出た。
 空中を一直線にこちらへと突き進んで来たのである。
 その手にはビームサーベル。フレスヴェルグが中・遠距離用の仕様であると見ての判断だろう。
「しまっ……!」
 ビームアサルトライフルに持ち替え、銃剣で迎え撃つほどの猶予はない。
 ビームサーベルの切っ先は慈悲もなくフレスヴェルグの胸部を捉える――
「昌毅、なんですかその演技?」
 ――寸前に、阻まれた。
「一回言ってみたかったんだよ!」
 昌毅はマイアの一言にそう応じる。
 敵のビームサーベル、その柄を掴んで斬撃を阻んだのは、巨大な機械の爪だった。
 クローアーム。フレスヴェルグの足に配した、地上での射撃安定性向上用の爪である。
 無論、地上のみに留まらず、空中ではこのように、近接戦闘用の武器にも転用可能だ。
 左右のクローアームはそのまま相手の動きを封じ、昌毅は銃口を敵機にひたりと据える。
「別に、空中戦でも足は飾りじゃねぇんだぜ!?」
 零距離でバスターライフルの直撃を受け、敵機は今度こそ沈黙した。


  7

 海面が水柱を上げる。
 一本では留まらない。二本、三本。水柱は次々に海面から吹き出し、視界を塞いだ。
 林立する水柱の隙間を縫うように、海面を飛翔する機影がひとつ。高機動パックを装備したイコン、サルーキである。
 と、水柱を吹き上げる原因――敵が放つレーザーバルカンの一発がサルーキの肩部を掠め、機体が揺すぶられる。
「凄いです。今の、本当ならやられていたかも」
「感心してる場合か」
 パートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)に一言発し、源 鉄心(みなもと・てっしん)は改めて眼前のデータに向き直った。操縦はティーに任せてある。鉄心の仕事はシステム面のサポートと、敵の分析だ。
「流石に手強いな……」
 対戦相手、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)はここまで二人抜き、これで連続三戦目だ。
 にも関わらず、対戦が始まって五分が経過する今も、消耗らしい消耗は見せていない。
 ここまでの戦いぶりを見るに、戦術は相手に応じて変化させ、手堅い。エネルギーの消費は最低限に抑え、ここぞという時、的確に相手を叩く。奇策や乾坤一擲とはほど遠いその姿勢は、なるほど教導団の生徒らしい堅実さだ。
「力任せや奇策頼みの相手なら、まだつけ込みようもあるんだが……」
 鉄心の思案をよそに、サルーキを駆るティーは敵の攻撃を防ぎざま、ビームアサルトライフルで応射。相手の攻撃の隙を狙う。
 しかしクレア機も深追いはしてこず、こちらの攻撃を確実に回避、姿勢を立て直すや、改めて射撃をしかけてきた。やはり堅実だ。それだけに隙がない。
 相手の戦いぶりはその実、鉄心と通ずる部分があった。
 鉄心の選択した戦術も、セオリー通り『防御に始まり攻撃に終わる』だ。
 常に自分の間合いを保ち、押されれば引き、引かれれば押す。相手のミスを誘い、チャンスがあれば確実にそれを掴み取る。
 ただしこの戦術は、同じく相手のミスを見逃さぬ心構えの敵と対するなら、我慢比べの様相を呈してしまう。
 時間内に決着がつかなければ当然、
「このままじゃ、判定ですね」
「ああ。だがそれはまずい」
 現状、互いに被弾回数もダメージもほぼ同等。判定では引き分けになる公算が高い。
 鉄心は愚連隊の副将。対するクレアはランダムAチームの中堅だ。無傷の機体を相手にする二戦と、チームの勝敗を決める重圧をまとめて大将に押しつけるわけにもいくまい。
「イコナも豪華海鮮待ってるみたいだしな」
 応援要員としてドッグに待機している、もうひとりのパートナー、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)との試合前のやり取りを思い出す。
『あ、鉄心! ティー!』
 鉄心とティーがサルーキに乗り込む直前、イコナは二人を呼び止めた。
『どうした?』
『あ……ええと……その』
『?』
 鉄心が振り返ると、イコナはなぜかもじもじと、頬を染めて俯いていた。
『が、』
『が?』
『がん…………おすし』
『……え?』
『おすしが食べたいですしおすし!』
「し」が多い。
『つまり、お寿司が食べたいから頑張って勝ってね、ってことよね? イコナちゃん』
『そ、そうとも言いますの』
『ああ、なんだ。心配せずともそのつもりだ。食い意地張ってるなぁイコナ』
「あの時、なんで俺、イコナにジト目で睨まれたんだ……?」
「……その理由がわからない辺りが原因かと」
「?」
「それよりどうします? 残り時間、あと二分を切りましたよ」
「そうだな……」
 再び、鉄心は手元のデータに視線を落とす。その間も休みなく、敵機との射撃戦は継続している。
 脳裏に再び、イコナとのやり取りが蘇った。
『まずは鉄心とティーがビューンって飛んでいきますの』
『ふむ……先手を打つのか、神妙だな。それで?』
『敵をやっつけますの!』
『……』
 作戦とも呼べないような作戦だったが、学ぶ点はある。
「――よし」
 意を決し、鉄心はティーに作戦を伝える。
 堅実とは呼べないが、実戦ではリスクを冒さなければならない局面もある。いや、今回のリスクは模擬戦だからこそ冒せるものだ。
「……わかりました。やってみましょう」
 応じると、ティーは機体を反転させた。MVブレードを構え一直線に、敵機へと肉薄する。
 もちろん、そんな強引な戦術の通用する敵ではない。敵機は得物を構え、発砲。
「……っ」
 着弾の衝撃が機体内部を貫いていく。仮想損耗率もみるみる危険域に近づいていく。
 半ば以上、これは特攻だ。実戦ではありえない選択。否。模擬戦、かつ訓練ではなく試合だからこそ取り得る戦術だった。
『――!』
 敵方の驚愕が伝わってくる。
 当然だろう。実戦ならサルーキはとっくに失速し、高度を下げてもおかしくないような被弾数である。訓練だとしても、少しでも被弾数を減らすため、機体を左右に振って減速に至る局面のはずだった。
 だが互いに使用している武器は非殺傷。衝撃はあっても、実際に機体を壊され性能が低下する恐れは実戦より格段に低い。
 結局は、こちらの減速を見越していた敵機は照準を誤った。
「よし……っ」
 ブレードが敵機の胸部に接触し、決着。
 この戦いを実戦でも訓練でもなく、「ルールのある実戦」と捉えた鉄心の勝利だった。


  8

「まずいな……」
 愛機不知火・弐型の操縦席で、綺雲 菜織(あやくも・なおり)は低く呟いた。
「まずいですね……」
 パートナーの有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)も同調する。
 ひとつ前の対戦で菜織は、鉄心を破った敵の副将機との戦いには辛くも勝利した。それは良い。
 問題は、試合の中身が超近接戦に終始してしまったことだ。
 敵の戦術は単純明快。こちらに近づいて殴る。菜織も高機動を武器に迎え撃った。
 結果、互いに死力を尽くすこととなり、終盤は互いに矢尽き刀折れての殴り合い。観客も大満足の死闘となった。
 ……のだが、武器が非殺傷設定でも、肉弾戦では当然、機体へのダメージは甚大。ドクターストップ寸前となった。
 対戦のインターバルでは修繕が間に合うはずもなく、不安を抱えたまま大将戦を迎えることに。
「加えて、大将戦の相手がよりによってこういった機体とは、な!」
「来ます。四時方向」
 美幸の声に応じ、菜織は不知火を操作。左足を軸に反転。回避機動を取る。
 直後、寸前まで不知火が立っていた大地を弾丸が抉った。
 敵イコン――ライオルド・ディオン(らいおるど・でぃおん)頂武による狙撃である。
 地面を蹴り、横っ跳びの姿勢でアサルトライフルによる応射を試みるが、すでに敵の姿は掻き消えていた。
 敵機の移動タイプはワープ。狙撃という技能と組み合わせると、これほど凶悪な移動手段もそうそうあるまい。
 こちらも同じ位置にいたのでは良い的だ。菜織は人工島上のコンテナの隙間を縫うように、不知火を駆る。
「美幸、頼んだ」
「了解」
 すでに美幸は猛然とセンサー類に目を走らせている。
「出ました。六時方向」
 今度は真後ろ。背筋を悪寒が走り、菜織は正面のコンテナの向こう側へと飛び込んだ。わずかに腰部を衝撃が掠める。
 背を預けたコンテナ越しに、けたたましい衝撃が突き抜けてくる。敵機はこちらの位置割り出しの早さに気づくや、狙撃から弾幕による制圧に戦術を切り替えたらしい。
「くっ、良い判断だ」
 射撃が止むや否や武器を構えて振り返るが、やはり姿を消している。敵のあの重装甲の機体が神出鬼没に現れては消える姿は、対戦相手としてはぞっとしないものがある。
「もう一度、割り出します」
「……待て美幸。キリがない」
 このままではジリ貧だ。腰部にも被弾してしまった。まだ決定的な差ではないが、判定になれば、後手に回っている印象も手伝い、敗北の可能性も十分にある。
「ならいっそのこと――いや、迷っている時間も惜しいな」
 腹を括り、菜織は跳躍。空中へと身を躍らせる。狙撃手にとっては良い的だろう。
「菜織様、なにを……?」
「センサーから目を離すな。死角だ。死角からやって来る」
 先ほどから、敵はこちらの死角にばかり現れる。狙撃によるワンショットワンキルを目論むなら当然の判断だが、当然の判断であるがゆえに、そこに意外性はない。
 加えてこちらは空中。空中にいる敵の死角を突くなら当然――、
「来ました。頭上です」
「読み通り」
 スラスターの噴射で一気に上昇。
 降り注ぐ銃撃に構わず、上体を捻りながらビームサーベルでカウンターを狙う。
 だが敵も判断が速い。すぐさま武器を捨て、重装甲の拳を固めてこちらへ向かってくる。
『美幸』
『了解』
 精神感応で瞬時に美幸と意思を疎通。機体のコントロールを任せ、追加行動。旋風回し蹴りに繋げた。
 二つの機体が空中で衝突し、弾けた。


  9

『ただいまの試合、ランダムAチーム大将機の勝利です。これに従い、ランダムAチームは準決勝へ進出となります!』
「惜しかったですね、愚連隊の大将機。あと一歩のように見えましたけど」
「肯定(イエス)。副将機との戦いでのダメージがなければわからなかった」
 整備ドッグ内に設けられた休憩室。
 樹月 刀真(きづき・とうま)の言葉に、雪姫は端的にそう頷いた。
 特に最後の一撃は見事な読みだった。惜しむらくは相手が重装甲に加え重力を味方につけていたこと、そして雪姫が言う通り、先の戦いで機体が受けたダメージが大きすぎたことだろう。残り時間は明らかに動作に支障をきたしていた。
「コーヒーいれたよー」
 と、給湯室から戻ってきた刀真のパートナー、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がカップをテーブルに並べた。
 雪姫は差し出されたカップの中身を、まるで観察するような無機質な瞳でまじまじと見つめている。
「あれ? コーヒー苦手だった?」
「否定(ノー)。問題ない。これは私が飲んでも?」
「もちろん」
 月夜が笑顔で頷くと、雪姫は神妙な面持ちのままカップを手にする。淀みのない、しかしどこか慎重な所作で、口元へ運んだ。
 なぜだか見ている刀真の方が緊張してしまう。
「どう?」
「……おいしい」
「よかった。私はいつもは珈琲を飲みながら本を読んでるんだ、ブラックコーヒーとチョコレートの組み合わせが好き……雪姫は?」
「取り立てて好き嫌いはない」
「へー。普段ってなにしてるの?」
「研究」
「他には?」
「なにも」
「研究一筋って感じなんだね」
 刀真からは正直、お世辞にも弾んでいるようには見えない会話だ。だが、本人たちはそれなりに楽しいのかもしれない。少なくとも月夜は、気を許した相手以外にここまで饒舌になることはないのだ。
 事実、手の中でおしゃべりティーカップパンダをもてあそぶ彼女の表情は笑顔だった。雪姫も取り立てて楽しそうな様子こそないが、特に会話をわずらう素振りもない。
「そういえば」
 雪姫が刀真の方を振り返る。彼女の方から話しかけてくれたのは、対面から数えて初めてだ。
「刀真は私に大会の解説を頼みたい、とのことだったが」
「ええ」
「なぜだ? 私は取り立てて戦術に詳しいわけではない。今日は他にも、私の話を聞きたいという来客が多い。イコン研究において、私の存在が異質であることは自覚しているが――」
 そこで雪姫は、珍しく逡巡するような、戸惑うような表情を見せた。
「――どうも、今日の来客は今まで私が接してきた人々と違う。政治的利用といった意図が見受けられない」
 歯に衣着せない人だ。刀真は思わず苦笑してしまう。
「なぜ笑う?」
「いえ、失礼。そうですね、他の人がどうかはわかりませんが――」
 刀真はちらりと月夜に視線を移し、咳払いをひとつ。それから改めて、雪姫に向き直る。
「俺は俺の護りたい物を傷付け、俺の成したい事を邪魔するのであれば誰であれ、何であれそれを殺す……それが神であろうとイ
コンであろうとも、それを成すために力を知識を求めます。イコンについて詳しいあなたから話を聞きたいと思った理由の、それがひとつ」
「他にも?」
「俺にとってイコンとは『兵器』です。しかしジール博士は、共にいた『罪の調律者』はセラという少女との、『一緒に空を飛
ぶ』という約束を果たすためにイコンを生み出しました。……それを兵器とみていた俺達は彼女を随分傷つけたと思います。だから――」
 そこで一拍。コーヒーを一口含む。
「だから俺は、あなたに確認しておきたい。あなたの理想を、叶えたい夢を、その為に何をしようとして、そして雪姫にとってのイコンとは何かを」
 少し、長い沈黙があった。
「……すまない」
「え?」
 沈黙を破り、雪姫の口から出たのは謝罪だった。
「私には……わからない。理想はない。ただ、研究は続ける。他にすべきことはない。……少なくとも、今は」
「話は聞かせてもらったよ!」
 その時、騒々しく休憩室の扉が開け放たれた。
 刀真と月夜が面食らっていると、乱入者――小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はすたすたと雪姫の方へ歩み寄った。
「落ち込まなくていいんだよ! 理想や夢なんて、そのうち見つかるもん!」
「……あなたは?」
 流石の雪姫もこれには驚いた様子で、呆然と美雨を見上げている。
「シャンバラ王国イコン製造プラント管理者の小鳥遊 美羽だよ。よろしくね、雪姫」
「ちょ、ちょっと美羽さん!」
 と、慌てて入室したのは美羽のパートナー、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)である。
「すみません! 美羽さんがご迷惑をおかけしてしまって……。あ、申し遅れました。パートナーのベアトリーチェ・アイブリンガーです。よ、よろしくお願いします」
「よろしく」
 申し訳なさそうに頭を下げるベアトリーチェに、雪姫は気分を害した様子もなくあっさりと応じた。流石というべきか、事態への順応が速い。
「さっき小耳に挟んだけど、雪姫って司城先生の遠い親戚なんだよね?」
「肯定」
「よかったら今度、プラヴァー生産の現場を見に来てよ。私、先生と一緒に働いてるし」
「……なぜ?」
「そりゃもちろん、なにごとも経験っていうか、色々なこと経験してる内に雪姫の夢とか見つかるかもしれないし!」
「ろ、論理が強引だよ、美羽ちゃん……」
「なるほど……興味深い意見」
「って、雪姫さんもそれで説得されちゃうんですか!?」
「それで、あなたはプラヴァー生産に携わっているそうだが」
「あ、そうそう。プラヴァーと追加装備パックについて意見聞かせてもらいたかったんだよね。時間ある?」
「肯定」
「あ、美羽ちゃん。データはこっちに――」
 やはり専門分野のこととなると饒舌になるらしく、雪姫は美羽とベアトリーチェと話し込み始める。
 おかげで、先ほどのどこか沈んだ空気はさっぱり消え去っていた。人柄の強みというところだろうか。刀真は月夜と視線を合わせ、苦笑を交わす。
 テーブル上のモニターでは、間もなく第二試合が始まろうとしていた。