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我が子と!

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我が子と!

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〜 10th phase 〜


……ふと、少女の声が聞こえた気がして少年は顔を上げた

何故か手に取るように解っていた自分に向かってくる人たちの事も
何故かぼやけたようにわからなくなって……ただただ、暗闇に潜り込むように彼は膝を抱えていた
その孤独と絶望に寄り添うように、彼の首元に蜘蛛の様な物が寄り添っている

ひとつだけ解らない事があった
親の反応を見るとおり、サンプルとずっと自分に呼びかけられていたシュミレーターの参加者が
自分のこの行為を邪魔しに来ることは予測していた、わかっていた

でも、なぜ自分と同じマテリアルと呼ばれる子ども達が一緒に行動しているのかがわからない
自分を止めてしまったら、彼らにも別れしかやってこないはずなのだ
けれども、それぞれの親に寄り添い、倒れても傷ついてもやってこようとする

 「……どうして?ボクの事なんてほっておいてくれたらいいのに……」



 「放ってなんて、おけないからだよ?」

幻ではない、耳から聞こえるハッキリした声に驚いてアダムは後ろを向いた
そこには騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に支えられて同じ存在……詩音が立っていた
ひどく傷だらけで、支えられているのは片足を捻ってしまったのだろうか?
その後ろにも一人で、そして親と寄り添って同じ存在がこちらを見ている

どれも知っている気がする
あれは林田 樹(はやしだ・いつき)緒方 章(おがた・あきら)の子の拓
その隣はヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)キリカ・キリルク(きりか・きりるく)の子だ
月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)の傍にいるのは、その娘の愛
七尾 蒼也(ななお・そうや)の傍にいるのは娘のティナ
……確か隣にいるのが母親の……ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)

皆、本当に戦いを繰り広げてきたのだろう
それぞれが傷つき、服はほつれ、破けている
それでもやってきた、自分のした事が我侭だと怒っているに違いない

 「…詩音、アダムくんとちゃんとお友達になりたい。だから来たんだよ」

……なのになんでこの少女は優しい声で語りかけるのだろう?

 「……駄目だよ、なんでそんなに平気なんだよ?仲良くしていられるんだよ!?
  元に戻ったら消えちゃうんだ。一緒にいられないから、忘れられるっ!」


アダムの言葉と共に彼の周りにスクリーンの様にヴィジョンが浮かび上がる
未だバグの影響で都市の中にいる者と精神がある程度リンクできるのだろう
そこに映る人達の声が、見つめる詩穂達の心に直接響き渡る


一つには結崎 綾耶(ゆうざき・あや)の姿があった
言葉を大切に紡ぐ様に、彼女は匿名 某(とくな・なにがし)に語りかけている

  本当はここが仮初めだってわかってました
  でも、私はそれでもよかった! 
  ……だって、現実の私には造り変えられたせいで!
  これから先…・・・轟君みたいな子供だってちゃんとできるかわからない! 
  もしかしたらこの先某さんを後悔させちゃう時が来るかもしれない!
  だったら、仮初めでもいい。
  ここでずっと変わらない日常を過ごしたかったんです
  辛い思いをするぐらいならいっそこのままの方が幸せですよ……


また一つには未だ戦い続けるアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)の娘
チセの姿が浮かび上がる……さっきは気がつかなかったが、その眼は赤く潤んでいた

  ……なんでこうなっちゃうんだろうね?
  本当にワタシはダディと一緒にこの世界で暮らしたいなと思ってるんだけどな
  でもね一番思うのは、ワタシは消えたくないの……忘れないで、欲しいの


続けて浮かぶスクリーンには泣き伏す黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)の姿があった

  …そう、であった……我が子は、この世に生を受ける前に死なせてしまった
  「千里」の名すら付けてやれぬまま。母を…母を許せ、千里、ちさとぉ…っ!


浮かび上がる映像と声を皆黙って見続けている、それを見てアダムが呼びかける

 「……ほら、こんなにも離れたくない人だっているよ。
  みんな一緒にいたいから、ここに来たんだろ……強がらないでよ
  一緒にいてよ……ずっといっしょにいようよ」



 「甘えたことぬかすんじゃないぞ!この、たわけがぁぁぁぁぁ!」

突然の怒号に全員が驚いて声がした方を向く
そこには父の六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)を支えに、娘の輪子が立っていた
ありったけの声を出したのか、ぜぇはぁと荒い息をしてアダムを睨んでいる
そして鼎の手を離れ、ゆっくりとアダムの下に歩みを進める

電撃の後遺症か、歩くたびに体がノイズにかかったようにぶれているのがわかる
鼎の傍らにいた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が声をかける

 「いいんですか?本当に」
 「……後はまぁ、子供達に任せます。
  もう少し親の元に居るも、独り立ちするも、親として成長を見届けるのは当然ですからねぇ
  ここでは皆、仮初の子供、仮初の親……結構なことじゃないですか」

のんびりと語る口調とは裏腹に、その眼差しは瞬き一つしない
そう、大人の姿はもう散々見てきたはずだ、今見た言葉を誰も言い返せないように
だからこそ、彼が動き出す為には同じ……子ども達の言葉が必要なのだと鼎は思う

 「ま、ゆっくり鑑賞しましょう。ゆっくりと……結論が出るまで」


7歳の少女の歩みは続く……ふらつく一足に全ての気持ちを込めながら
頑なな少年の心を殴りつけるように、輪子の言葉は一方的に放たれる

 「よりにもよって親を拉致しよって!……そこまでして親の脛を齧りたいか!
  甘えたかったぁ?……更にたわけが!
  大人だって、誰かに甘えたいわい!……それを我慢して、先に進むんじゃ!」

そして遂に詩音の傍らに辿りついた彼女は、深呼吸と共に最後の言葉を吐き出す
震えそうな喉でみっともなく突っかからないように、自分の弱さにつまづかない様に
 
 「お前のそれは……お前のそれはな……只の我侭!
  只のっ! 我侭じゃぁっ!わかったかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


彼女の気持ちが、ありったけの叫びが空間を塗り替える
子が想う、親への気持ちが絶望に支配された空間を反転させる

慟哭の声と映像はそのままに、周りに多くの映像が映し出される
それはこの都市で今を生きる親子の姿
灯りのように灯りながら、映像と共に多くの想いが見る人の心に呼びかける