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動物たちの裏事情

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動物たちの裏事情

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エピローグ「幸せの形は、己が決めるもの」

「これが……例の水、か」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)は、やや緊張した面持ちで水を掬った。そして一口飲み、顔をしかめる。危険がないか確認するためだったのだが、かなりマズイ。ただの水なのに、マズイ。
 飲ませるべきか悩んだセルマの横からグリアルゼン(レッサーフォトンドラゴン)が顔を出して水を飲んでしまった。セルマが息をのむ。
『……マズイ、ですね』
 グリアルゼンの吐息が、セルマの耳に言葉として入ってきた。水の効果は本当だったらしい。
 スーハー。と、セルマは何度か深呼吸をした。今回わざわざここへやってきたのは、彼女へ伝えたいことがあるからだ。
「あの時は、クッションにしてしまってゴメン!」
 やむを得ない状況であったのと、即座に謝りはしたものの、ずっと気がかりだったことを誠心誠意謝罪する。グリアルゼンの口から再び息が吐き出される。
『ええ、あの時は本当に痛かったですね』
「う」
『他に方法はなかったのですか? いや、そもそもあなたは……で、この前も』
 どうも不満が沢山あったようで、グリアルゼンのお説教は中々止まらない。しかし不意にお説教が止まる。セルマが頭を上げると、グリアルゼンは微笑んだ、ように見えた。
『このぐらいにしておきましょう。もう怒ってはいませんよ』
「グリアルゼン、俺は」
『ただ……あまり無茶はしないでください。私が背に乗せる人間は、あなただけなのですから』
「……なるべく、気をつける」
『なるべく?』
 若干じと目になったグリアルゼンに汗をかくセルマだったが、やがてどちらともなく笑いだした。
 言葉など分からなくても伝わるものはある。でも、言葉でしか伝わらないこともある。

 水がある台座に、レキはそっとリスを下した。
 誰もが息をのんで彼らが水を飲むのを見つめる。一体なぜここを目指したのか。その理由が今明かされる。理由の内容によっては、イキモへ引き渡さないことも考えなければならない。
 ここにいる全員、リスたちの味方だ。
『え、えと……あ! みなさん、ありがとうございます。おかげで無事に来れました』
 リスがきょときょととしながら口を動かすと、そこからは可愛らしい子供の声が聞こえてきた。愛くるしいその容姿も相まって、まるで絵本の中の世界だ。
 歓声や感心の声を上げる彼らの死角に、身を潜めている集団がいた。遅れてやってきたイキモたちである。

 水を飲み、しゃべりだすのを見たイキモは、耐えかねたように逃げ出そうとしたが、ルカルカがしっかりと腕をつかんだことで逃亡は失敗した。
「今からあの子たちが何を言うのか知らないけど、あなたはそれをちゃんと聞くべきだと思う」
「ルカルカさん……でも私は、怖い。あの子たちから別れの言葉を聞くのが」
 力なくうつむいてしまったイキモに、理沙が言った。彼女はずっと動物たちの目を見ていた。だからこそ、分かる。
「あの子たちが伝えたいのは、別れの言葉じゃないわ」
 え? と顔を上げたイキモに動物たちの方を笑顔で指し示す。後は本人たちから聞くべきだ。

『僕たちイキモさんに名前、をつけてほしいんです』
「名前……」
 動物たちを探す際に、イキモは名前を言わなかった。そこが懐疑点でもあったのだが。
『故郷に帰った方が僕らは幸せだって……だから人に慣れない方がいいからって、でも、僕は……僕らはイキモさんと一緒にいたいです』
 いつの間にかリスは、イキモがいる方向をしっかりと見据えていた。気配にさとい動物たちは、とっくの昔にイキモがいることを知っていた。
『人間のみなさんのこと、まだ怖いです。でもそんな人たちばかりじゃないって分かりましたし。あっと、その……それに僕らは、イキモさんが大好きです。
 だから一緒に、いさせてください』
 イキモは突っ立っていた。脚が動かなかったのだ。
 と、唐突に地面が揺れる。なぜかミツオ蛇が暴れていた。
『うわ〜ん、ボクいい子するよ〜。もう締め付けたりしないから』
 締め付けてたのか。とはつっこんではいけない。締め付け行為は、彼にとっての最大の愛情表現だ。
『ほれほれ、少し落ち着かんか。それでイキモさんや、飯はまだかのぉ』
 のんびりした声は蛇の頭上、ニセツチノコからだ。さっき食べたよ〜と蛇から突っ込みが入る。
『イキモ殿早く出てきて我らに名前を付けてくれないか? じゃないと、そこのお嬢さんたちに挨拶ができない』
 低く渋い声で格好良いことを言っているユニコーンは、下心アリアリの目をしていなければ、本当に格好よかったのに。
『名は体を現す、という言葉があったな。ぜひとも私によく合う賢そうな名をつけてくれたまえ』
 どこか偉そうなのは白カラス。人間に例えると、眼鏡をつけてずれを直してそうな態度だ。しかしこれが、カラスなりの愛情表現なのだろう。
 中々出てきてくれないイキモに、リスは嫌われたと思ってうなだれている。そんなリスの頭をやさしく太い指で撫でたジャタゴリラは
『んも〜、イキモちゃんったらテレヤさんね。出てこないと、あちしが無理やり引きずり出してヘビちゃんに絞めてもらうわよ』
 野太い声を出しながらしなをつくった。正真正銘の女の子である。彼女は女の子である。ここ、超重要。テストには出ないけど。
 ジャタゴリラの力強い声に背中を押されたイキモは、彼らの元へと駆け出した。イキモの姿を見たリスが一目散に彼の胸へと飛び込み、ユニコーンは彼へと鼻をすりよせ、ゴリラは肩に手を置き、ニセツチノコは頭に飛び乗り、白カラスはイキモの周囲を飛び、蛇が頭をもう片方の肩に乗せる。
「本当にいいのか? 仲間のところに帰った方が幸せに」
 なれるはずだ。リスを抱きとめながらそう言おうとしたイキモに、彼らはこう言った。

『あなたのそばにいられることが、自分たちの幸せだ』

 と。



『ルカしゃん。ボク、女でしゅ』
「ががーん!ごめ……、名前シーマに変えるよ」
 水を水筒に入れようとしていたルカルカ・ルーへ、シマリスのシマ太郎が水を飲んでから事実を告げていると、そこへ白カラスがやってきて
『この水は遺跡の外では効果がないぞ?』
「ががーん」
 涼司に飲ませて楽しもう、と思っていたルカルカに二重のダメージを与えた。

『さあダーリン、決着をつけましょう。でも、あなたなら……うふ』
「いっいやっそのだな」
 ジャタゴリラに再戦を挑まれている白砂 司は、若干、いや盛大な冷や汗をかいていた。喋られるようになった今、勝負の意味を知った司は、窮地に追い込まれていた。助けを求めてサクラコ・カーディをみるが、
「まだまだな弟(分)ですが、なにとぞよろしくお願いします」
 笑いながらゴリラに挨拶している。こうなったら、とイキモを見るが
「私はこの子を幸せにしてくれる方ならどなたでもかまいません」
 などと微笑まれる。
 大ピンチ!
『さあいくわよ……あらん? あなたもいい男ねん』
「は?」
 土方 歳三は、唐突な呼びかけにきょとんとした。ゴリラは『分かってる』と自分をかき抱く。
『ああ、なんて罪深い女なのかしら。ダーリンがいるというのに他の男に目が移るなんて』
「……すまんが、これはどういう状況なのか教えてくれるか?」
「俺が聞きたい」
「ぷくくっ」
 訳のわからない状況を1人微笑んで見守っていたイキモは、ふいに首をかしげた。
「ここはやはり『貴様に娘はやれん!』とか言うべきでしょうか」
「言わなくていい!」

「なんだ。歳兄ぃも仲良くなりたかったんだ。よ〜し、僕はリスくんのところに」
 ゴリラと仲良く? 話しているパートナーを見た一ノ宮 総司は、話をしてみたかったマリモリスのところへいこうとし、視線を感じて動きを止めた。
 ユニコーンが、じっと総司を見ていた。
「……男か」
「え?」
「いや、イキモ殿をここまで連れてきてくれて助かった。礼を言う」
 小声で残念そうにつぶやいたユニコーンの言葉は、総司には幸い聞こえなかったようだ。頭を下げた後、ユニコーンは別のところへと歩いて行った。笑顔で見送っていた総司の元へ、マリモリスが自らやってきた。
『イキモさん守ってくれたんですか? ありがとうございます』
 ちょこんとお辞儀をするように丸くなったリスを見て、総司は思わず抱きしめてしまった。感触は、とてもふわふわでした。

 そのやりとりを一部始終見ていたイキモは、おやと思った。
「もしやあの方は……っと、失礼なことを」
 小さな呟きを聞いた白雪 椿(しらゆき・つばき)は、イキモに問いかける。動物たちに囲まれて幸せなのだが、ユニコーンには中々近寄れず、きっかけを探していた。
「あのやはり、ユニコーンさんは男だと近づいてくれないのでしょうか」
「いえそんなことは」
『どうかしたのか、イキモ殿』
「こちらの方が、君と話をしたいそうだ」
 間近にやってきたユニコーンに、椿は感動したようで「ほわ〜」とユニコーンを見上げた。
「馬。椿様に対して失礼な真似をしてみろ……オロスゾ」
「ちょ、ウルフさん」
 すっかりユニコーンに夢中なパートナーに、ヴィクトリア・ウルフ(う゛ぃくとりあ・うるふ)が嫉妬の炎を燃やし、ユニコーンを睨んだ。
『これは悲しい。麗しき乙女にそのような目を向けられるとは……しかしご安心ください。男に興味はない私ですが、恩人への礼はわきまえております。
 ですからどうぞお怒りを鎮めになり、私めに美しい笑みをお見せください』
 そう言われてしまえば、ウルフはそれ以上何もいえず、沈黙した。なぜウルフの機嫌がここまで悪いのかを、椿はよくわかっていないようで、
「ふふ。ユニコーンさんとお話しできるなんて…まるで絵本みたいです」
 と、ほわほわしている。
 無言でその様子を見ているウルフの服を、賢狼の銀が引っ張った。
『ご主人、狼は縄張り意識が強いのです』
 とうやら水を飲んだらしい。ウルフは一瞬驚いた後、何の話だと怪訝な顔をする。
『その意識はえてして、独占欲へとなるのですよ』
「なっべ、べつに私は」
 銀との話に熱中しだしたウルフを見て、椿は楽しそうに笑った。
「ふふ。ウルフさんも銀さんも一緒ですし、動物さんいっぱいで幸せです」

『そこのお嬢さん、よろしければ私の背に乗って草原を駆け抜けませんか?』
 ユニコーンからそう声をかけられたのは五十嵐 理沙(いがらし・りさ)だ。理沙は、しばし目を丸くしたのち
「いいのっ?」
 キラキラと目を輝かせた。彼女はユニコーンが大好きだ。そして好きだからこそ、許可なく乗ってはいけないと考えていた。仲良くなれたら頼んでみようかな、と考えていた彼女にとってまさか相手から言ってくれるとは思ってもいなかった。
 驚いたのはユニコーンもそうであった。理沙の目には純粋な喜びしかないことを読みとり、ふっと優しい息を吐き出した。
『ええ、もちろんですとも。麗しい乙女よ。イキモ殿を守ってくれたお礼もしなければなりませんし、喜んでいただけるのなら私も光栄です』
「そりゃ嬉しいよ! もっと話して仲良くなってからお願いしようかと思ってたから……君はとても足が速そうだし、風が気持ちよさそうね。楽しみだわ」
 理沙の期待あふれる顔を眺め、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)もまた微笑んでいた。イキモが愛情をこめて育てていただけはある。動物たちはみな、とても優しい。
(まあユニコーンさんは、少し下心がありそうなのが難点ですが)
 鼻の下をのばしながら理沙に撫でられているユニコーンを見て、セレスティアは苦笑いした。

『ほおほお。貴殿は様々な言語を習得しておるのか。すばらしい』
「いえいえそんなことはないのですよ」
 ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)は照れくさそうに笑いつつ、カラスと話していた。
『私も練習はしておるのだが、中々うまく音が出ない』
 話しいる2人の後ろではアニス・パラス(あにす・ぱらす)がミツオ蛇の頭に乗っていた。
『だいじょうぶ〜怖くない〜?』
「大丈夫っ楽しいよ!」
『そっか〜よかった〜』
 人見知りのアニスがおびえているのを心配した蛇が、励まそうと頭に乗せたのだ。
 楽しげなパートナーたちを見守っている佐野 和輝(さの・かずき)は、大変だったが依頼受けてよかった、と口元を緩めた。
「お菓子どうですか?」
 考え込んでいる白カラスへクッキーを差し出すリリア・ローウェ(りりあ・ろーうぇ)。白カラスは器用に足でクッキーを受け取る。
『甘味は私の好物だ』
「よかったです。あ、よかったらみなさんもどうぞ」
「わっありがとですぅ」
「い、いただきます」
『ボクもくっきたべる〜』
 ほっとしたリリアは、近くにいたルナやアニスたちにもクッキーをくばり、楽しく会話に参加した。

『さっき、まほう、ありがとうございました』
「ヒールのこと? 気にしなくていいわ」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の元へ改めて礼を言いに行ったリスは、2人を見て首をひねった。
『寒くないんですか?』
 もこもこしたリスからすると、さぞかし疑問だったんだろう。セレンはにっと笑い、リスへ抱きついた。
「あなたがいれば問題ないわよ〜」
『わわわっ』
「セレン!」
 

「リスちゃん。ボクの名前はレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)って言うんだよ。よろしくね」
 レキは改めてリスへと挨拶をする。笑顔の彼女を見上げたリスは、意図を悟って元気な声を出した。

『はい! よろしくお願いします。僕の名前は……』

担当マスターより

▼担当マスター

舞傘 真紅染

▼マスターコメント

 私たちはつい何にでも名前をつけてしまいますが、でも当人からするとどうなんだろうか。そんな疑問から今回のお話が生まれました。
 もしかしたら元から名前があるかもしれない。もしかしたら名前なんて重荷だ、いらないと思っているかもしれない。
 名前を付けてほしい、なんていうのは私の願望なんですが……みなさんはどう思われますか?

 ではみなさま、今回はご参加いただき、ありがとうございました。
 後最後に一言……ゴリラ、モテモテでよかったです。

*注:水の効果は、あくまでも人の言葉を話せるようになるだけ、です。副作用などはありませんのでご安心を。