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悪意の仮面・完結編

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悪意の仮面・完結編

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第3章

 これもまた、別の路地裏。とある廃ビルの暗闇の中で震えている少女が居た。しかしあろうことか、その顔には黒い仮面が取り付けられていた。
「人間なんて……人間なんてみんな、私を傷つけるに決まってるんです。誰も……誰も近づかないでください!」
 乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)の悲痛な叫びが、きんとビルの中に響いた。


「……と、いうわけなんだ」
 そのビルのすぐ外で、白泉 条一(しらいずみ・じょういち)が、いかにも沈痛な表情で頭を下げた。
「元はと言えば俺のせいとはいえ、このまま放っておくわけにもいかない。頼む。手伝ってくれ!」
「まっ、あの仮面にはいろいろ因縁もあるし。手伝ってやるよ」
 ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)が肩をすくめて、拳をばきばき鳴らしながらビルの中に踏み込んでいく。
 と。
 真っ暗なビルの床に異様な雰囲気を感じた。
 がちん!
 踏み出しかけた足のすぐ隣にあった虎ばさみが、跳ね上がりながら勢いよく閉じた。
「なんだこりゃ……う、うおおっ!?」
 がちん! がちん! がちん! がちん!
 ロアに向けて次々に虎ばさみが跳ねる。閉じる。跳ねる。閉じる。
 かわすために左にかわして、右にかわして、しゃがんでかわして、跳んでかわす。そして着地地点では、閉じるのではなく開いたのだった。
 落とし穴が。
「ちくしょおおおお!」
 すぽーん、とビルの裏手に放り出されるロアの絶叫が、またビルを揺らした。
「これで通りやすくなったな」
 アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)が、ロアによって場所を示された罠をかわし、一気に階段を駆け上った。最上階に踏み込む瞬間。
 ひゅっ!
 鋭い風きり音。アキュートが手を振り上げると、握り込まれた鱗が飛来する矢を両断した。
「来ないで!」
 七ッ音だ。弓を構えて、部屋の入り口を威嚇している。その前には石造りのゴーレムが立ちはだかっている。
「もうやめろ、七ッ音!」
 条一が声をかけるが、仮面の奥の七ッ音は表情を変えない。
「もう、二度と傷つけられるぐらいなら……!」
 二本の矢を同時につがえ、弦を引き絞る。
「七ッ音!」
 ひゅひゅっ! 飛び来る矢を、アキュートが軌道を反らすが、一方が条一の頬を、一方がアキュートの脇腹をかすめた。
「っ……!」
「やはり、仮面を着けている以上は話が通用しそうにないね」
 物陰から見守っていた神条 和麻(しんじょう・かずま)が、髪をくしゃくしゃやりながら呟いた。
「近づくのも簡単じゃないな」
 踏み込んだ瞬間に矢で狙われるのだ。さて、どうしたものか、とアキュートはあごに手をやった。和麻もむうと唸ってから、
「そのうち、チャンスが来るはずだ」
 と言った。


 一方……同じように、立てこもりを企てたものがもう一人。
「天禰! お前が不安がる必要はないんだぞ。出て来い!」
 熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)の目の前には、一枚の扉。その向こうには、天禰 薫(あまね・かおる)が膝を抱えているはずだ。
「来ないで! ずっと胸が痛いんだ、この仮面を着けて、誰かに我の居場所が奪われるかもと思ったら……!」
「それは仮面のせいです。あなた自身の悪意が増幅されて苦しめているんです」
 竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)が声をかけるが、むろん話を聞いてくれる様子はない。
「やっぱり、殴って黙らせる?」
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が腰の刀に手をやりながら聞いた。
「待て、わたげうさぎを踏むんじゃない」
 孝高が手を横に出してソランを止め、扉を守るように並ぶわたげうさぎたちをかき分け、ドアノブに手をかけた。
「……来ないで!」
 扉が開くと同時、ごうと熱風が噴き出す。一行が左右に分かれて、炎をかわす。
「……石榴か。まったく、お前まで天禰の味方をしているのか!?」
 暗い部屋にうずくまる薫のすぐ隣。炎に包まれた鳥、朱雀の姿が確かにあった。途端、
「ぴきゅう!」
 部屋の中にも大量にいたわたげウサギたちが一斉に飛びかかってきた。
「うわっ!?」
 小さくて温かいわたげうさぎに手こずるわけもないが、大事なペットだ。顔に張り付かれてまとわりつかれ、手で払って傷つけるわけにも行かない。
「お、おい、どうするんだ!?」
 ソランが慌てた声をあげる。もふもふもふもふと張り付かれて、気持ちは良いが身動きがろくにとれないのだ。
「やあ、これは大変そうだなあ」
 ふと、熊楠 孝明(くまぐす・よしあき)が声を漏らす。
「親父! 暢気に言っている場合か!」
「ぴきゅう!」
 呆れたように言う孝高の横で、声を上げるものがいた。わたげうさぎ……の、姿をした天禰 ピカ(あまね・ぴか)だ。
「ぴきゅう!」
「ぴきゅう!」
「ぴきゅう!」
 ピカが高く鳴くと、周りのわたげうさぎが一斉に鳴き返す。
「……な、何を言ってるんですか?」
「主人のためには、邪魔をしないで欲しいと説得しているのですわ」
 唖然とするハイコドに、ウサギ……の姿をした白銀 風花(しろがね・ふうか)が答える。
「ぴきゅう!」
「ぴきゅう!」
「え、そんな!」
「ぴきゅう!」
「分かりました!」
 ピカとわたげうさぎたちの会話に、時々風花が言葉を挟む。呆然とする周囲に、耳を揺らして風花が報告。
「話がつきました。私が彼らを安全な場所まで避難させますので、そのうちに! さあ、こちらですわ」
 とにかく、そういうことらしい。風花に連れられてわさわさと走っていくわたげうさぎを見送って、一斉に部屋の中に踏み込む。
「来ないで!」
 矢をつがえる薫。同時に、朱雀の石榴も炎を噴き上げる。
「さて、ここからがまた一苦労だな」
 孝明がそう唸った。