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リアクション
【四 嵐の地下闘技場】
地下闘技場での次なる試合は、再びシングルマッチである。
対戦カードは、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)対次百 姫星(つぐもも・きらら)。
見るからに両者とも、プロレスとは縁遠い華奢な体格であり、本当にこれで試合が成立するのかと、誰もが疑問に思うような組み合わせであった。
「良いか。くれぐれも、怪我のないようにな」
レフェリーの正子をして、態々注意をいわせる程の不安が会場内を包んでいた。
するとその時、これから試合を行うみことや姫星などよりも、余程プロレスラーらしい体格を誇る鬼道 真姫(きどう・まき)がリングへと駆け上がり、マイク片手に観客席へと語りかけ始めた。
「あ〜、あ〜、大変申し訳ないが、ここでひとつ、残念なお知らせがある! この試合、本当はあたしが出る筈だったんだがね、大人の都合により、棄権する運びとなった! だが安心しな! ちゃんと代わりの奴を用意しているさね!」
いってから、真姫は姫星の右腕を取って高々と挙げさせ、四方の観客に向けて引き回した。
「コイツなら皆を楽しませてくれること、間違いなしさ! それじゃあ紹介しよう! 乙女チック合成獣、次百姫星だぁ!」
観客の側も心得ており、真姫のマイクパフォーマンスに応えて大音量の歓声で場内を大いに沸かせた。
リングサイドの選手用特設観覧席では、相変わらずラルクが大柄な体躯を座らせて、この試合も観戦しようという構えを見せているのだが、その隣には何故か、魔法少女ろざりぃぬの姿もあった。
「おや、魔女っ子ヒートさんじゃねぇか。この試合、何か特別な思い入れでもあんのかい?」
「思い入れっていうか、あのみことって子は一応、私が連れてきたからね。ちゃんと見てやらないといけないかなぁ、なんて」
ふぅんと軽い相槌で流すラルクに対し、ジェライザ・ローズの表情には不安の色が拭えない。どうやら、何か懸念すべき注意点が存在するようであった。
やがて、真姫がエプロン下のセコンド位置に降りると、ゴングが乾いた音色を響かせた。
「やるからには、負けませんよ! 真姫さんの練習と称して特訓させられた技、見せてやりましょう!」
パラ実水着に身を包み、幾分場慣れしない様子で吼える姫星。
対するみことは、プロレスとはまるで異なる古武術の構えを見せた。
「姫星! どうやら相手は、ストロングスタイルで仕掛けてくるみたいだ! 下手に付き合うと、痛い目に遭うぞ!」
真姫のアドバイスに、姫星は真剣な面持ちで頷く。ところが、その声はジェライザ・ローズの耳にも届いていた。この真姫の台詞を聞いて、ジェライザ・ローズがますます渋い顔になってゆくのを、隣のラルクが不思議そうな面持ちで眺めている。
ともあれ、試合は始まった。
みことが古武術特有の歩法で、素早く間合いを詰めて来た。掌底による連打に、背後を衝いての裸絞めなど、理に適った戦術で姫星の体力を奪ってゆくみことだが、優勢なのも序盤までであった。
僅かにバウンドするマットや、ロープを巧みに利用した姫星のインサイドワークに、みことは主導権を徐々に奪われてゆく。
基本的に古武術は、手の届く範囲が間合いであり、プロレスのようにマット全体を走り回ったり、或いはコーナーからダイブしての大技などとは無縁である為、姫星が繰り出すフライングラリアット程度の技でも、みことの目にはトリッキーな動きに映ってしまい、反応が遅れるということが何度もあった。
姫星のカベルナリアで絞め上げられた時など、みことは自ら反り返してダメージを軽減させるという基本的な受け方も分からず、必要以上に体力を削られてしまう有様であった。
途中、力車や飛び蹴りなどで見せ場を作ったみことだが、反撃もそこまで。
最後は鬼神力を応用した姫星のキララ☆ボムが炸裂し、3カウントに沈んでしまった。
しかし、当初心配された『プロレスにはならないのでは?』という疑問は、全くの杞憂であったことも付記せねばならない。
みことも姫星も、立派に見せ場を作ってのプロレスを展開してみせた。そういう意味では、リングサイドで観戦していたジェライザ・ローズの懸念も見事に払拭されたといって良い。
試合後リングサイドに降りてきたみことは、選手用特設観覧席まで足を運び、申し訳無さそうに頭を垂れて、詫びの言葉を口にした。
「ご、御免なさい……ボク、全然駄目でした」
これに対し、ジェライザ・ローズのみならず、ラルクも賞賛の声を贈る。
「そんなことはないよ。十分楽しませて貰える内容だったしね」
「俺も、色々参考にさせて貰うところがあったしな」
ふたりの感想を、みことは素直に喜んだ。
そして次なる試合に向けて問題点を洗い出し、初勝利を目指そうと気合を入れ直すみことに、場内からは盛大な拍手が贈られた。
次のカードは、今日二試合目となるタッグマッチである。
対戦するのは典ノジタッグとして名を馳せているレイラ・ソフィヤ・ノジッツァ(れいらそふぃや・のじっつぁ)と典韋 オ來(てんい・おらい)のペアと、芦原 郁乃(あはら・いくの)とラルフ モートン(らるふ・もーとん)が組むペアである。
実のところ、郁乃は本来、このリングに上がるべき人物ではなかった。
元々はアンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)がラルフと組み、郁乃がセコンドに就く、という段取りだった筈だが、いつの間にやら郁乃が赤いチューブトップと、前が大きく開いた緑色ホルターネックのレオタードタイプコスチュームに身を包んでおり、あれよあれよという間にマットに上がっていた、という按配であった。
一方、典ノジタッグの側にはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がマネージャーという立場でセコンドに就いているのだが、このローザマリアがどうにもいかがわしい笑みを湛えてエプロン下に佇んでおり、その不気味な笑顔が郁乃とラルフの警戒心を買っていた。
「オェッ! プロレス界タッグ道のど真ん中を走る、典ノジのお通りや! おのれらイテもうたるから、覚悟せぇや!」
典韋の獰猛な挑発に、郁乃とラルフはまだゴングが鳴る前だというのに、早くも身構えて警戒心をあらわにしている。
何より気になるのは、エプロン下で悠然と佇むローザマリアの存在であった。何か仕掛けてくるのではないか――あからさまに挑発的な笑みを浮かべるローザマリアに、郁乃やラルフのみならず、アンタルでさえもそんな思いに駆られるという有様である。
「……まぁ、警戒はしておいた方が良いな。何か仕掛けてくるようなら、俺も手を貸すよ」
「うん、お願い」
アンタルがいつになく真剣な表情で、エプロン下から低い声を投げかけてきた。対する郁乃も、神妙な面持ちで小さく頷き返してから、先発としてリングインする。
典ノジ側は、典韋が郁乃の相手として、コーナーポスト前で仁王立ちになっていた。
そしていよいよ、試合開始。
ほぼリング中央に位置を取った典韋に対し、郁乃はマットを縦横無尽に駆け巡って、四方八方から蹴り技を次々に繰り出してゆく。
体格の問題から、捕まったら負けだという意識を強く持っている郁乃は、とにかく自身の動きを止めずに、ひたすら走り回って典韋に蹴りの嵐を叩き込もうという戦法に出た。
これに対し典韋は、何と郁乃の蹴りを真正面から受け続け、それでいて尚、リング中央で踏ん張り続けるというパフォーマンスを発揮してみせた。
「おらぁ! なんぼのもんじゃぁ!」
典韋の咆哮に、場内がどっと沸く。
このままでは雰囲気に呑まれてしまう――警戒を強めた郁乃が更に別方向へと走り、ロープの反動を利用してハイキックを叩き込もうとした時、突然ロープ際で足がもつれ、その場に転倒してしまった。
「あっ、くそっ! やりやがったな!」
思わずアンタルが、悔しげに叫びながらその位置に駆け込んできたが、既に手遅れであった。
実はローザマリアが自身の装備と技術を駆使して一時的に姿を消し、エプロン下で待ち伏せしておいて、郁乃の足を取って転倒させたのである。
本来であればこれは反則であったが、しかしレフェリーの正子は見ていない。いや、どちらかといえば気付いてはいたが、見て見ぬ振りをしたといった方が正しいであろうか。
ローザマリアのような悪徳マネージャーというギミックが取る行動に対しては、レフェリーは即座に反応してはならないというセオリーがある。正子は単に、レフェリーとしての作法に従ったまでなのだ。
動きを止められ、強烈なモンゴリアンチョップを食らった郁乃は堪らず自コーナーへと逃れて、ラルフにタッチした。一方の典ノジも、典韋に替わってレイラが飛び込んできた。
ラルフとレイラの両者は、実をいうと互いにエルボーを得意としている。
ルチャドールとして全身のバネを応用するラルフのエルボーに対し、レイラは回転とパワーを軸にしたエルボーで反撃してくる。
序盤のエルボー合戦は、両者とも互角であった。
勝負の流れを決めたのは、チームとしての熟練度であった。
元々セコンドに就く予定だった郁乃は、身体能力の高さは誰もが認めるところではあったが、しかしお世辞にも、ラルフとのコンビネーションが抜群であるとはいえない。
対する典ノジは、チームとしての活動が長く、息はぴったり合っている。
更に、悪徳マネージャーであるローザマリアの老獪なインサイドワークも光り、郁乃・ラルフ組は次第に劣勢へと立たされていった。
そして、試合終盤。
郁乃がレイラにコーナーへと振られ、そこへレイラが串刺し式のエルボーを叩き込んできた。
本来の郁乃の身体能力であれば咄嗟のところでかわせた筈であったが、ここでもローザマリアが介入し、郁乃の両脚をコーナーポスト下から掴んで一瞬固定し、レイラのエルボーの餌食とせしめたのである。
これで郁乃が、半KO状態となった。レイラのいっちゃうぞエルボーを叩き込むまでもなくなった。更にこの後はアンタルがローザマリアをリングサイドで追い回し、最早セコンドどころではなくなる。
そうしてリング上では、ラルフが孤立した。
「レイラ〜! テーブルじゃ〜!」
ラルフを担ぎ上げ、コーナー最上段から雪崩式のマウンテンボムの態勢に入っている典韋が要求すると、レイラは素早くリング下に走り、マット下に保管してある予備の会議用長卓を引っ張り出してきて、随分と手馴れた様子でリング中央に設置した。
こうなるともう、完全に典ノジの独壇場である。
典韋がラルフをマウンテンボムの要領で放り上げてから足を掴み、レイラがラルフの頭部を空中でキャッチしてダイヤモンドカッターの構えに取りながら、リング中央に設置した会議用長卓上へと叩きつける。
必殺の合体技、典ノジカッターである。
直後、派手な破壊音が鳴り響いて、長卓が真っ二つに割れた。その上で、典ノジカッターをまともに食らったラルフが大の字になり、試合権を持つ典韋が片エビ固めに取る。
正子の大きな掌がマットを三度叩き、勝負をついた。
「うぅ……ちょっと、無理だったわ……」
ようやくダメージから回復した郁乃がコーナー付近から這いずってきて、真っ二つに割れた長卓の真ん中でダウンしているラルフの脇へと辿り着く。
ラルフは意識はあるようだが、すぐには動けそうにもない。
リングサイドを逃げ回っていたローザマリアがマット上に飛び上がってきて、勝ち名乗りを受ける典韋とレイラの腕を掴み、高々と掲げた。
場内は、歓声とブーイングがない交ぜになって渦巻いている。
郁乃がアンタルの手を借りて、ラルフをリングから降ろそうとした時、一瞬だけではあったが、ローザマリアと目が合った。
この時、ローザマリアが幾分申し訳無さそうな表情で、他の者には気付かれぬよう、小さく拝む仕草を見せていた。悪徳マネージャーというのはあくまでもプロレス上のギミックであり、試合が終われば、相手選手に怪我をさせていないかどうかなど、最低限の心は配る。
そういった心遣いを見せるだけの礼儀は、ローザマリアにも当然、具わっていた。
「大丈夫だ、心配には及ばん。あのラルフも正真正銘のルチャドール。あれぐらいでは怪我はせん」
「うーん……まぁ、それなら良いんだけど」
慣れない相手に典ノジカッターは少しやり過ぎたかと、幾分反省気味のローザマリアでは合ったが、正子の言葉添えを受けて、それ以上は気にすまいと自らにいい聞かせることにした。
「じゃ、ふたりとも行くよ。後はモニタールームで、のんびりしましょ」
ローザマリアの先導に、典韋とレイラは、
「あいよぉ」
「あ〜、喉渇いたぁ」
などと呑気な様子で、後に続く。試合中に見せていた激しい表情や言動は、欠片もなかった。
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