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炭鉱のビッグベア

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炭鉱のビッグベア

リアクション


第4章 答えと応え 3

「久しぶりにだらーっと自室でネトゲにinしてたら、突然、壁に矢がぶっ刺さるわ、コーラ吹くわ、矢にある手紙にお嬢の字で仕事手伝ってよ! な、一言が書いてあるわ。もう散々や思ってたのに、あげくにはこんな集団リンチかっ! しまいには泣くぞコラッ」
 周囲を囲むビッグベアたちの相手を引き受けたのはリーズを筆頭にした仲間たちだった。その中でもひときわ文句を口にするのは、歳のわりに童顔だが、端整な顔立ちをした黒髪の青年である。
 関西弁と標準語が混じったユーモラスな口調の若者が吐き出す台詞に、パートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が呆れながら注意した。
「バカなこと言ってないで、ちゃんと戦ってよ陣くん。ほら、お鍋が一人前減っちゃうよ?」
「よし、ならオレは○ケモ○マスター的な立ち位置でひとつよろしく! いったれ、リーズ!」
「なんでアンタがわたしに偉そうに命令してんのよ!」
 くしくも、前方で短剣を振るいながら戦うリーズ・ディライドは獣人娘と同じ名を冠している。
 ビシッとビッグベアたちを指さしながら告げた七枷 陣(ななかせ・じん)の頭部を、横にいた赤髪の獣人娘が長剣の鞘で思い切りどついた。
「いや、お嬢じゃなくてうちのほうの……ぬああ、ややこしい!」
 自分でもめんどくさいと思ったのか、感情表現の激しい青年はがしがしと頭をかいた。
 だが、それどころではないと直後に知る。ビッグベアたちが叩きこんできた一撃を避けて、彼は獣人娘と一緒に距離を取った。
「だいたい、お嬢さ……オレの家の窓、開いてたから良かったけど。閉まってたらガラス割れるし……場合によっちゃオレの額にテーレッテーってやるやろ。なんでそんなやり方なんだよ」
「まあ、なんとなく……気分的に?」
「……なにそれこわい」
 今後は携帯で頼むと言っておくが、携帯について詳しくない獣人娘の頭にははてなマークが浮かんでいるようだった。
 だが、そのはてなマークを解いている暇はない。
 リーズは仲間たちと散り散りになってビッグベアの意識を拡散した。
「静麻! 魅音! バックアップはお願いね!」
「ああ、任された」
「お、お兄ちゃん! 置いてかないでよぉ!」
 リーズの呼びかけに応じた閃崎静麻の後ろで、彼のパートナーである閃崎 魅音(せんざき・みおん)はあわてて追いすがる。最近、体が大きくなったばかりという剣の花嫁は、どうにもまだ大人の女性の体というのもに慣れていないようだった。
「マスター、最後尾のバックアタック警戒開始します。射撃準備を」
 静麻たちの最も後ろで、淡々とした機械的な声音を発したのは機晶姫のクリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)である。ガシャンと冷たい音とともに、カイトシールドがかまえられ、背後の敵を捕捉する。
「了解。前へ出ろ、刹那!」
「へへ、わあった! 猛獣退治といこうか!」
 対し、がさつながらも軽快な台詞を放った獅子神 刹那(ししがみ・せつな)は特攻をかけた。まるで戦略もなにもない真っ向からのぶった切り戦法だが、わざわざ静麻は彼女のそれを咎める事などしない。斬り込む刹那を守るのは、支援の自分たちの役目だ!
 特攻に加わったリーズとともに、刹那は同時に一撃を叩きこんだ。
「お、お兄ちゃん、サンダーブラストいくよ〜!」
「撃て!」
 タイミングを計った静麻とともに、なんとかついてこれた魅音は雷撃を放つ。銃弾と雷撃の二重攻撃が、ビッグベアたちを吹き飛ばした。
 と、その間に、仲間たちはそれぞれのビッグベアを相手にするようになっていた。
「連中も上に従ってるだけだろうからな……ちっとばっか心は痛むが……勘弁してくれよ!」
 ともに戦う一人――ルカのパートナーであるカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、劫火を撒き散らすほどの雷光を放つ。
「たまには前に出るか」
 背後で後方支援として控えていたダリルが独り言のようにぼそりとつぶやいたのは、そのときだった。
「え、風邪でも引いたの?」
「いつも後ろでふんぞり返ってるもんだとばかり」
「……お前らがいつも俺をどういう目で見てるか、よく分かった」
 ルカとカルキノスが同時に発した見解に、苦労人の若者はくたびれた溜息をつく。レーザーマインゴーシュ――二刀流のために作られたレーザーブレードを両手にかまえながら、付け加えた。
「前に出ないと前に出れないは別だ」
 直後、敵に向けて突撃するダリル。
 ライトニングランスと轟雷閃の雷撃が巨熊の体躯を突き刺すように、二刀流の刃が次々とビッグベアたちに斬り込まれていった。
「ダリル、それぐらいで十分だって。あとはいつもどおり、後ろから俺達に指示を飛ばしてくれ」
 いったん体勢を整えるために引いたダリルに、夏侯 淵(かこう・えん)がそう呼びかける。代わりに前に出た彼は、かまえる弓矢で敵を射貫いた。
「……分かった」
 おとなしく、ダリルが引いたのは淵の言葉に含まれるなにかに気づいたからか。柔らかなその響きを噛み締めつつ、ダリルの手は雷術の光を撃ち込んだ。


「なぜ……私たちの前に立ちはだかる」
 対峙する獣人の若者が問うたのはそんな言葉。
「まあ、情が湧いてしまってのォ……こ奴等を殺すと言うのならば……相手をしなくてはなるまい、魔狼の青年」
 ゆらりと佇む狐の獣人は、細めた鋭い瞳で狼獣人の若者を見つめた。
 白銀に彩られるその姿は、姿こそ獣人に見えるが、真実は違う。かつてはジャタの森にあったとされる狐獣人の里の地祇――天神山 保名(てんじんやま・やすな)はそんな奇妙な存在だった。狐の獣人の里を見守りし地祇だったがゆえに、その姿は狐獣人のそれである。
 どこか飄然とした雰囲気すら漂わせる妖艶な地祇は、唇の端を持ち上げると声を張り上げた。
「呵々、我が名は天神山保名! こ奴等の護り手よ。さあ、死合おうぞ!」
「…………」
 刹那、二人の獣人がぶつかりあった。
 魔の瘴気をその拳に宿した金髪獣人の若者が叩きこんでくる無数の攻撃を、保名はたくみに避けながら接近する。皮肉にも、相手の使い手も拳だ。中国の八卦掌を元にした一見、舞踏にも見える華麗な武術は、若者の額に汗を滲ませるに十分だった。
 途端、横合いから飛び込んでくる影。
「クスクス……狼さん、ハツネとも遊んでなの」
 殺人少女は笑いながら、黒銀火憐――暗殺者の愛用品である鞭の暗器を魔科学により強化した不吉な武器で、その表面に禍々しい黒炎を具現化させた。
「ヒャッハー! ディテクトエビルで警戒して、サンダーブラストやらしてあげるっスから、殺っちゃいなっス!」
「……うるさいの」
「あいてっ! 叩かないでッス〜」
 魔鎧の鮑 春華(ほう・しゅんか)がやかましく喋るのを軽く叱責して、ハツネはガウルの懐に子どもとは思えない驚異的なスピードで突っ込んでくる。黒銀火憐の炎がガウルの身を焼こうとするが、しかし、彼もスピードでは負けていなかった。
 保名とハツネという二つの敵を前にして、なんとか逃げるように戦いを繰り広げる。
「!」
 と、その視界に、赤髪獣人の娘が戦う姿が飛び込んだのはそのときだった。
「許さない……許さない……この子たちを傷つけるなんて、絶対に許さない……これ以上この地を侵すなら……実力行使です!」
 どこかヒステリックにも思える喚きを散らしたのはハツネのパートナーである天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)だ。かつて山の中で戦った記憶がガウルにはあるが、少なくともそのときからすれば狂気の沙汰がまるで違う。そんな狐獣人の娘が放ったその身を蝕む妄執がリーズを捕らえたのは間もなくだった。
「いやああああああぁぁぁ!!」
 それは単なるその身を蝕む妄執ではない。
 ガウルの拳に宿る力にも似た魔の魔力――白狐の里の住人達の死骸に宿る怨嗟の瘴気が、葛葉の身に纏われて、力を増幅しているのだ。
 そのとき、リーズの脳を支配したのは、彼女自身が自分の村を襲う姿である。そのあまりにも悲惨で残酷な光景に、思わずリーズは死への圧迫感を感じていた。
「リーズ!!」
 とっさに駆けたガウルが、その体を抱いて瘴気の力から彼女を救う。
 それでも意識はまだ昏倒し、頭は混乱していて、彼女は気を失いかけた状態で虚ろな目を泳がせていた。
 やがてそれが、正常を取り戻してきたとき、リーズははじめて獣人の青年の顔をはっきりと見る。
 もしかして、あなたは……
 自分を救ってくれた獣人の青年は、彼女を地に降ろすと、声をかける間もなく立ち上がった。
「お主は何の為に拳を振るう? 善悪など関係ない、護りたいモノを護り通す覚悟……主は持ってるのか? ……なければ、主の拳はただの『力』だけの空しい拳じゃ。骸に帰すだけの、哀しき拳じゃ。お主は、それを払いのけるだけの答えを持っているのか!」
 まるで自分自身が何かを求めるように、訴えかけてくる保名。
 金髪獣人の若者は、静かにつぶやくよう答えた。
「……分からないさ。きっと、一生な。だが……私は私を思う人のために戦いたい。この拳を振りたい。自分のために涙を流す人がいるなら、それに報いたい。そう思って……そんな人のために自分も涙したくて……戦ってるんだ!」
「あなた……やっぱり――」
 そのとき、リーズは多くのものを悟った。
 自分の目の前にいるこの人物が何者なのか。どうしてここにいるのか。そして彼が、必死に抗い続けているということさえも……
「あいつは……ずっと探し求めるんだ。答えを」
 穏やかな声を添えたのは、サングラスの奥でガウルを見つめる冒険者の男だった。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)――ずっとガウルが歩む姿を見てきたその男の言葉に、リーズはつぶやいた。
「答え……」
「あの日あいつを救ったのはリーズ……お前だが、そのお前の生き方を変えたのも、他でもないあいつ自身だ」
 レンは、戦いへと踏み出す獣人の背中を追って歩み出しながら、付け加えた。
「あいつの戦いを……見ていてくれ」
「……ま、待って」
 その背中を呼び止めたのは、自分ではない誰かの声のせいである気がした。
「これを……使って」
 獣人の娘は、背中に背負っていた大剣を引き抜く。
 投げられたそれを受け取ったレンは、しばらく戸惑いにも顔つきでその場に立ち尽くした。だが、その剣に宿る意思にも、リーズの目にも応じるようにも、彼はうなずき――地を蹴った。
 それは、もしかしたらあったかもしれない光景だった。英雄を目指した二人の獣人は、運命を別った。ひとりは力を求め、魔獣に。ひとりは輝かしき英雄に。だがいま、その剣――英雄の剣は、かつては他人を苦しめた魔獣の背中で、鼓動を輝かせている。
 ハツネたちとぶつかりあう剣戟の音の中で、
「シアード!」
 ガウルの耳に、懐かしい名前を呼ぶ声が届いた。
「俺たちは一人じゃない……俺たちは、誰かのために生きられる! この想いがある限り、お前は、もう誰にも負けはしない!」
 ブン――と、英雄の鼓動は敵を斬り裂く。
「それじゃあ、やろうか――政敏」
「――了解」
 二人の背中合わせの戦いの側でビッグベアたちの相手をしていた緋山 政敏(ひやま・まさとし)綺雲 菜織。二人が同時に刀の鞘を当てたのは、集団の長を護ろうと、迫り来るビッグベアの腕が振るわれたそのときだった。
 刹那、それまで不敵な笑みを浮かべていた二人の影はない。戸惑うビッグベアは、次の瞬間にはきらめく刀身に斬り込まれていた。
「このまま――」
「――往く!」
 二人の突貫に連なって、もう一つの影たちが動く。
「撹乱しますから重いのを一発お願いします」
 飛び込む直前、ガウルにそっと耳打ちしたのは有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)だった。
 同時に、彼女は政敏のパートナーであるカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)とアイコンタクトを取っている。軽身功で壁づらいに敵へ駆け抜けていた美幸は、視線でカチェアとタイミングを見計らった。
 ハツネの注意はどちらに向いていいものか分からない。だが、反射神経は良いからこそ、鮮烈なスピードで接近する美幸に意識が運ばれた。
「美幸さん!」
 それがあだとなったと気づいたのは、カチェアの放った光術の眩い光に視界を奪われたときだった。うなる悲鳴も間もなく、美幸が叩きこんだ則天去私の一撃で苦悶の声に変わる。
 瞬間――
「菜織さん! 眉間!」
 タイミングを見計らったリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)の叫びが菜織の耳に届いた。戦況を見守っていたリーンにとっては、それまでがこのタイミングへの布石に過ぎなかった。すなわち、敵をひるます一撃。
 魔術と剣術のアンサンブル――敵を喰らえ!
 刹那、魔力全開の雷撃が激しくハツネの体に叩きつけられた。間髪入れず、ロケットシューズで弾丸のように突っ込んだ菜織の振るう刃が、彼女の助言どおり眉間に疾風突きを突き込む。
 むろん、このまま易々とハツネを捉えさせる保名と葛葉ではない。彼女たちはハツネを守ろうと足を踏み入れたが、それを防いだのは政敏の轟雷閃の一撃だった。ほんの一瞬。されど一瞬。踏み外されたタイミングはそのとき、二人の獣人に攻撃を託すに十分だった。
「後はやってみせたまえ! ガウル君」
「リーズ! 後はやってみせろよ!」
 二人の獣人は、お互いにうなずき合うと並走して駆け抜けた。
 その姿は風に身をはがすよう、変貌を遂げる。獣人の本来の姿――黄金と赤銅色の狼へと。二匹の獣が、敵へ突っ込んでいく。
 二つのエネルギーが光を生んだとき、二人の瞳は、お互いの過去を見つめていた。