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アフター・バレンタイン

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第4章 チョコレートコンテスト

 会場では、チョコレートコンテストが始まろうとしていた。
 既にジーナ・フロイラインのチョコレートファウンテンは会場の真ん中に置かれ、参加者から好評価を得ている。
「……どうなることかと思ったが、好評なようで良かった」
 様子を見ていた林田 樹が安心したように呟く。
「樹ちゃん樹ちゃん」
「ん?」
 会場の隅に立っていた樹を、緒方 章が笑顔で手招きする。
「お疲れ様。はい、これ」
「う……」
 章が差し出したのはチョコレートソースのかかったバナナ。
 チョコが苦手な樹は思わず後ずさる。
「……私が甘いもの苦手だと知ってるんだよな?」
 樹の言葉にも章の笑顔は崩れない。
 むしろいっそう輝いている。
「え? 婚約者の僕が作ったものが食べられないっていうの?」
「え、いや、そういうわけではないぞ! しかし……」
「はい、あーん」
「う……これはこれで、また別の意味で躊躇われるんだが……」
「あーん」
「……あ、あーん」
 ぱくり。

「む、やるですね」
 アーモンドにチョコレートをかけていたジーナが樹たちを見て呟く。
 新谷 衛の方をちらりと見る。
 相変わらず隅っこで膝を抱えていじけている。
 そんな衛に近づくと、ジーナは頭をすぱこーん。
「いってー!」
「バカマモはこれでも大人しく喰っていやがれなのです!」
 差し出したのはチョコレートがけアーモンド。
 衛の好物なのだが……
「これ、アマンドショコラっつって、花嫁が招待客の幸せを願って作る菓子なんだぜ」
「え?」
 ジト目でジーナとチョコを見る衛。
「そ、そんなの知らなかったです……」
「え、あ、おい?」
 何か言い返すかと思いきや、肩を落としその場を離れるジーナ。
 慌てて衛が追いかけるが、振り向こうとしなかった。


   ※※※


「さあ、チョコレート活用コンテストの始まりよー。準備の段階からすっごく盛り上がってたみたいだから、楽しみね」
 太陽のような笑顔でサニーが告げる。
 嬉しそうなのはパーティーが盛況なだけでなく、店の在庫チョコの減り具合も関係しているのだろう。
 会場の一角には舞台のように少し開けた空間が作られ、その隅に机と椅子が置かれ、審査員席になっている。
「オレも楽しみだよ。美影は……一番か! がんばりなよ!」
 審査員席で、テテ・マリクルは少し緊張気味に呟く。

 やがて、審査員の前に鶉の卵大のチョコレートがたくさん置かれた。
 水玉だったりしましまだったり、何かの卵のようだ。
「『爆卵(ばくたま)チョコ』です。まずは食べてみてください」
 眠 美影の言葉に、審査員はそれぞれ気になったチョコを口に運ぶ。
「わ、中はマシュマロね。おいしい!」
「しゅわっとした! ボクのは炭酸?」
「えへへ、オレのはナッツ」
「それぞれ中身が違うんです。その数、全部で100種類」
「……俺の糸引いてるんだけど」
「それは納豆ね」
 審査員たちは楽しそうにそれぞれのチョコを口に運んでいる。
(なかなか好評だよ、よかったね美影!)
 テテは心の中でガッツポーズを送る。

 しかし次に運ばれてきたチョコレート料理に審査員は騒然となった。
「チョコを使ったフルコースを作ってみました」
 秋月 桃花が説明する。
「まずは前菜です」
 チョコレートでコーティングされたオレンジピールやレモンピールがカナッペに乗ったり、生ハムで巻かれている。
 見た目も美しく、味もシンプルながら鮮烈だ。
「このスープもチョコなの?」
「はい、チョコポタージュです」
 サニーの言葉に桃花は頷く。
「続いて魚料理、あんこうのポワレです」
 ソースの中にホワイトチョコが入っている。
「第一の肉料理は牛肉ほうば焼き」
 ソースはチョコレートと八丁味噌、パッションフルーツが絶妙に配合されている。
「肉自体もうまいけど、チョコレートソースが合うんだな」
 レインが感心したように呟く。
「ここで口休め、冷菓にアイスチョコミントをどうぞ」
 舌の感覚が新たになった所で、次の料理が運ばれてくる。
「第二の肉料理は鴨肉のチョコ煮込みです」
「わ、甘いけどぴりっとする」
「隠し味に唐辛子が入ってます」
「デザートはチョコのチーズケーキ。フルーツも添えてあります」
「……美味しかったあ〜」
 オレンジフレーバーの効いたホットチョコを飲みながら、サニーは満足そうに呟く。
「これだけの料理をチョコを活用して作るなんてな」
「うう、ほんと開催して良かったぁ。こんな素敵な物食べることができるなんて」
 審査員からは大絶賛の声。
「大好評だね、桃花。にしてもホントすごいね〜。プロの料理人みたいだったよ」
 舞台を降りた桃花に、芦原 郁乃が抱き着いた。
「それほどでは……桃花は郁乃様に喜んでいただければ、それで十分です」
 桃花は頬を赤らめた。

「むう、チョコ料理が被ったみたいね。でもあたしの料理も負けてないわ! セレアナ、試食してみて!」
(え!?)
 セレンフィリティ・シャーレットの差し出した料理に、セレアナ・ミアキスはふたつの意味で硬直した。
 ひとつは、負けてないという自信に。
 もうひとつは、これを試食しないといけないという現実に。
 インスタントラーメンでさえ人外魔境料理に化学変化させるセレンフィリティ。
 彼女の腕前にかかればチョコレートなんてあっとゆう間に危険物質。
「どうしたの、ほら」
 ぐぐいと口の中に料理を押し込まれる。
「はぅうっ!」
 一瞬にしてセレアナの意識は彼岸の向こうへと飛んで行った。

「ええと、これはなななちゃん型のチョコレートだよ」
 舞台上に、ノーン・クリスタリアの作った金元ななな型のチョコレートが置かれた。
 頑張って作ったものの、所々歪んでしまった部分もある。
 しかし、メインのアホ毛は元気に反っている。
「これで、仕上げ!」
 ノーンの吹雪のエレメンタルオーラでアイスチョコが完成する。
「かわいい仕様ね」
「他の形のも作れるの?」
 審査員の反応も好評だ。

「ふふふ、俺様も負けるか! 俺様型のチョコレートだ!」
 変熊仮面が作ったチョコに、その会場にいた全員がどんびきする。
 等身大の変熊仮面チョコ。
 もちろん全裸。
「切ったら中からチョコがとろりと垂れてくるホットチョコケーキ仕様なのだよ☆」
 変熊が説明しながら指差すのは、何故かチョコの股間。
「ほうら、審査員の皆さんよーくご覧ください!」
 審査員の方にチョコレートを押し出す変熊。
 ちょうど股間が顔先にくる。
「ちょ……いやぁっ!」
 サニーが思わず手で払う。
 と、その手が変熊チョコの股間に当たり、股間の一部がぽろり。
「……ぐっ」
 僅かに痛そうな顔をする変熊。
 しかし次の瞬間。
 どっ……とぴゅぅうう。
 折れた股間の先から熱いモノが噴出する!(注:チョコレートの方です)
 それは勢いよく、サニーの顔へ。
「や、きゃああああっ!?」
「おいお前なんてことしやがる!」
 混乱するサニーと激高するレインを余所に、変熊は慌ててしゃがみこむ。
「あーっ、馬鹿! 勿体ないだろ、最高級チョコだぞ!」
 そのまま股間に顔を埋め、熱くほとばしるモノを口にする。(注:チョコレートです)
「ん……むっ。甘いな……」
 周囲のどんびきを余所に、ひとり自分の世界に入る変熊だった。
「あ……顔にかかったのが固まってきた……」

 しばらくの休憩の後、コンテストは仕切り直しされた。
 審査員席には、げそりとした表情で座るサニー。
 服が変わっているのはシャワーを浴びたかららしい。
「お疲れ様だねぇ。よかったらこれを使って」
 佐々木 弥十郎がサニーに何かを渡す。
「これは?」
「後で説明するよ」

 舞台上に、ウェディング・ベルが流れた。
 舞台に立つのはタキシード姿のクラウド。
 僅かに緊張しているようだ。
 ブーケを持ったオルベール・ルシフェリアが静かに歩いてきて、クラウドと並ぶ。
「うん、キレイだねぇ」
 その様子を見た師王 アスカが満足そうに呟く。
 オルベールが身に纏っているのはウエディングドレス。
 チョコレートのラッピングのように白とピンクの包装紙がひらひらと揺れる。
 銀色のチョコがトッピングされきらきらと輝く。
 胸元には薔薇型の苺チョコ。
 ブーケの花も、ミルクにビターにホワイトにストロベリーと、色とりどりのチョコレート。
「わあ、綺麗!」
「ほんと……」
 サニーとアゾートがうっとりと見とれる。
 レインやテテも、造形の細かさに感心したように見入っている。
 オルベールがクラウドの胸元に薔薇キャンディを刺す。
 そして、BGMに合わせてふわっとターン。
 持っているブーケを観客席に投げた。
 おぉ……とどよめく観客。
 その歓声に、オルベールは満足そうに微笑んだ。

 ぽすり。
 俯いていたジーナの頭に、何かが当たった。
「ん?」
 オルベールが投げたチョコのブーケだった。
「綺麗、です」
 僅かに微笑み、ブーケに顔を近づける。
「に、似合ってるな、それ」
 ジーナの耳に衛の呟きが聞こえた。
「……バカマモ、今なんて言ったです?」
「な、何でもねーよ! 何も言ってねーよ!」
 真っ赤になって首を振る衛。
「……ま、いいかです」
 ジーナは微笑むと、ぽすりとブーケに顔を埋めた。

「次は佐々木さん?」
「あぁ、悪いねぇ。まだちょっと準備中だから次の人にお願いできるかな?」
 弥十郎はチョコレート色の液体を小瓶に詰めている。
「そしたら、僕の番だね」
 少し緊張気味のユーリ・ユリンが舞台に立つ。
「僕は、自分が考えたチョコレート活用法を発表するよ」
 ユーリはたくさんのチョコを指差す。
「みんなで手作りチョコを作って、もらえなかった人にあげるっていうのはどうかな? みんなで作れば楽しいし、もらえなかった人も幸せになって一石二鳥……」
「余計なお世話ダ!」
「ほへ?」
 ユーリの言葉は、突然遮られた。
 通常の人間の倍ほどもある、灰色な人間が5人、パーティー会場に乱入してきた。
 がしゃん。
 弥十郎の小瓶が灰色人間に倒され、茶色い液体が広がった。