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〜セイレーンとの戦い3〜


 ホールから走り駆けあがった階段の先で、ジゼルは顔を青ざめさせた。
「あれは……一と大地、それにヴァーナー?
 あんな……小さな子まで?」
 ジゼルは壁の影から身を乗り出して三人の様子を見た。彼等の前には少し離れた位置からセイレーンの軍団が対峙している。
「うぅ、見た事ない種類のモンスターさんです」
「調べてみますね……」
 大地はハイドシーカーを通してセイレーン達を見てみる。画面には分析結果が表示された。
「……? 実体ではないですね。
 数は七体。強さは刀村さんと同じくらい……でしょうか」
 刀村は間合いを測りながら、セイレーン達の様子を伺っている。
「どうやらこちらを狙っているのに間違いはなさそうだ、随分と目がギラギラしていますし」
「ヴァーナーさんは後衛に。俺の得物は剣ですから前に出ます」
「はいです!」
「ヴァーナーちゃんはおじさんが守ってあげるからね、安心してここに居てね!」
「は……はいです……」
「刀村さん、敵はそこそこの強さですから迂闊に出過ぎずにって聞いてない!?」
 大地が言い終わる前に、一は既にセイレーンの軍団へと突っ込んで行った。
 正面から思い切り、正攻法で。
 上段に構えた木刀で相手の頭を叩くべく、足を前へ勢いよく踏み込む。
「メーーーーーーーン!!」 
 正攻法の一撃は、横に頭をずらした程度でかわされてしまった。
「え? あれ?」
 渾身の一撃がかわされて、一は前につんのめっている。
 幸いセイレーンの方も予想外の攻撃だったのか、あちらからの反撃は出て居ないがそうモタモタしてもいられない。
「ふぅ……。
 全く、世話が焼けますね!!」
 大地はよく磨かれた大理石のような床を蹴り走り出した。
 一に向かって伸びてくる鋭い爪を左手に持った剣で受け止めると、そのまま右手の黒耀に輝く剣で胸を突きさし貫通させる。
「大地さんありがとう、助かった!!」
「刀村さん、さっきも言いましたけど敵はそこそこ強い。
 俺はここで戦うから零した分をヴァーナーさんの所へ行かないように」
「メーーーーーーン!!」
「って聞いて無い!? そしてまたスカした?」
 焦る大地をしり目に、一の唇は怪しく歪んでいる。これは
「と、見せかけて」
 フェイクだ。
「胴おおおおおお!!」
 一の木刀に腹部を思い切り振りぬかれたセイレーンは壁に吹っ飛びながら消えて行く。
「よっし! 一本!!」
 一はガッツポーズをすると、見事に騙された大地の方をみて「どやぁ?」とばかりにニヤリと笑う。
「あのね刀村さん。ドヤ顔してるところ悪いんですけど」
 大地は言いながら一の後ろへと回ると、彼の服の襟に――つまり首根っこに手を伸ばして
「あなたの姫君が


 ピンチですよ!!」
 振りかぶって投げた。

「う、おおおおおおおおおおおおおおヴァーーーーナーーーちゃああああああん」
 刀村一が、幼女の味方のオッサンが、木刀を握りしめたまま一文字にヴァーナーの元へ向かって飛んで行く。
「きゃああああこないでくださぃい」
 思わず守られる側のヴァーナーが身の危険を感じて手をぶんぶん振っている。
 名前の表す通りに一本の刀と化した一は、ヴァーナーの目の前に迫っていたセイレーンに突き刺さった。
 衝撃の後、突き刺さった対象が消えて一は地面にドスンと叩きつけられた。
「だ、大丈夫ですか〜?」
 心配そうに近寄ってきたヴァーナーの足元が目に入ると、一は突然むくりと起き上がりピースサインをしてみせる。
「ヴァーナーちゃんの歌があれば百人力だよ!」
「そ、そうですか〜……」
 若干引き気味の幼女と輝いているオッサンの姿を見ながら、大地は安堵のため息を吐くと
 ――彼等の余りの破天荒ぶりに動きの止まっていた――セイレーン達に向き直る。
「さて、と……」
 大地は眼鏡の弦(つる)に指をかけ、外す。
 それは彼の戦いのスイッチだった。
「道を開けて、貰いますよ」
 言い終わるが早いか、凄まじい速さで一匹のセイレーンの懐に飛び込み、右の剣で腹部から真っ二つに斬り裂く。
 セイレーンの上半身と下半身が左右別の方向に動き消えて行く間に、大地は後ろから手を伸ばしてきたセイレーンを左の剣で弾き右の剣で斬り上げる。
 さながら竜巻のような彼の動きに、近寄るのは危険と判断したのだろう。
 やや離れた位置に居たセイレーンは爪で襲わずに彼を惑わそうと口を開く。
 歌が聞こえる、と思った時だった
「させませんよ!!」
 セイレーンの口からは歌が、音が出なかった。
 大地の投げた剣が喉笛に突き刺さっていたのだ。
『ア……ア……』
 左の剣で残っていたセイレーンを切り裂きながら、大地がこちらへ走ってくる。
 喉から剣が抜けた、と思った瞬間には腹に剣が突き刺ささり、それが抜かれる間にセイレーンは霧消した。
「これで七体か……おっと」
 一とヴァーナーの方へ向き直ろうとして、大地は慌てて外していた眼鏡を掛け直す。
 目つきの悪い自分の顔を見たら、ヴァーナーが泣いてしまうかもしれないと思ったのだ。
「なんか刀村さんに影響されたかな、俺」
 頭をかきながら振り返って、大地は思い切り大理石の床ですっ転んだ。
「この紅茶、おいしいです〜」
「ヴァーナーちゃんはマカロン・ムーはヴァニラとローズどっちが好きかな?」
 一がどこからともなく取り出した紅茶セットで、美味しく和やかなティータイムをヴァーナーに提供していたのだ。
「人が戦っている時に何やってるんですか!!」
「あ、大地さんもどうです?
 このピスタチオ味なんて特に人気なんですよー」
 一が満面の笑顔で大地の方を向いた時だった。
「きゃあああ」
「ヴァーナーちゃ――」
 ヴァーナーの後ろから二匹のセイレーンが現れ、一匹はヴァーナーを後ろから抱え上げ、
もう一匹は一の顔面を掴むと壁に後頭部からめり込ませる。
「刀村さん! ヴァーナーさん!!」
 大地がこちらへ走ってくる間、ヴァーナーはセイレーンの腕を振りほどき逃れたが、一の腹部にはセイレーンのもう片方の手が伸びて居た。
「ヴァ、ァナ、ちゃ……」
 一は一刻も早く彼女を助けようと必死だが、頭蓋骨を割るような握力と腹部に刺さった爪がそれを許さない。
 一刻の猶予の無い一の元へ大地が走り、二本の刃と共に辿り着いた時だった。
「やああ!!」
 ヴァーナーの目の前に先程振りほどいたセイレーンの爪が迫っていた。
「まずいッ!」
 
 しかしセイレーンの爪はヴァーナーを切り裂く事無く、散散に砕け散っていた。
 ヴァーナーの前に青い光の壁のようなものが現れ、彼女を護っていたのだ。
 それを生みだしているのは歌だった。
「この声……ジゼルおねえちゃん!!」
 ジゼルはヴァーナーの手を掴むと、一と大地の居る方向とは反対側へ走り消えてしまった。