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リアクション
第三章
「お手製『SR弁当』。お一ついかがですかー?」
「冷たい飲み物もご用意しております」
乗務員として働いている小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)。ベアトリーチェお手製のSR弁当をカートに乗せ、三号車の通路で販売していた。
「すいません」
「はい! お買い上げですか?」
笑顔で対応する美羽。
「ドリンクもセットならお得ですよ?」
ベアトリーチェもそちらに向き直る。声を掛けてきた相手は知り合い、どころか同じパートナーだった。
「コハクさんではありませんか。いらしてたんですね」
「旅行でたまたま乗り合わせていたんだ」
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は説明すると、向かいの席を示す。
「他にも顔見知りがいたよ」
「久しぶりね」
「会長さんだ!」
「『元』会長よ」
紹介されたのは御神楽 環菜(みかぐら・かんな)。蒼空学園元生徒会長で、今は鉄道王を目指し日夜奮闘。何を隠そう、この鉄道路線『シャンバラ・レールウェイズ』も彼女が設立し経営している。
「また手伝っているのね」
「うん! この鉄道、好きだもん!」
「でも、どうして一般車両に?」
確かに、創始者ならば貴賓室など、もっと豪華な個室であってもおかしくない。
「鉄道サービスの研究ためよ」
王を目指すなら臣民の声を聞くことも重要。それはどの世界でも変わらない。見る目、聞く耳の無い王など、衰退するだけだ。
「現状、どれだけのサービスが提供できているか、その実地調査が目的よ」
「それを一人でですか?」
「もちろん、俺も一緒です」
環菜の隣に座る御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が、「お久しぶりです」と挨拶を交わす。
硬いことを言う環菜だが、
「用は、夫婦旅行を兼ねてってことみたい」
コハクの言葉がすべてを物語っていた。
「ホント、仲良いよね」
「やっぱりそう見えますか? 嬉しいです」
いつでもどこでも環菜と一緒に行動する陽太。美羽の茶化しなど柳に風。むしろ、のろけさせるだけではないだろうか。
「はいはーい、ご馳走様。……ご馳走様? そうだっ!」
そこでポンッと手を叩く。
「会長達にもSR弁当を食べてもらおうよ!」
「いいですね」
ベアトリーチェはカートから三人分の弁当を手渡す。
「これって、ベアトリーチェが作ったの?」
コハクの質問に頷く二人。
「いただきます」
陽太は蓋を開け、もぐもぐと口に含む。
「うん、おいしいです!」
「これなら満足できるわね」
「ありがとうございます」
「まあ、当たり前だよね」
環菜からもお褒めの言葉を頂け、照れ笑いを浮かべるベアトリーチェ。なぜか美羽も鼻が高そうだ。
そこに話しかける女性。
「御神楽環菜さんですよね? シャンバラ・レイルウェイズの」
「ええ、そうよ」
「一枚いいですか?」
「食事中だから、後にしてくれると助かるのだけど……」
写真に写るなら、恥ずかしい姿よりも凛々しく。オーナとしてそう思うのだが、
「皆で食事している風景も旅の醍醐味です。それを撮ってくれるのなら、いいじゃないですか?」
「……そうね、わかったわ。撮ってもらっても構わないわ」
「ありがとうございます!」
陽太の見解に動かされ、パシャリと収まる。
「あ、吉井さん。ご無沙汰しております」
その撮影者は吉井さんだった。
「いつもお父さんがお世話になっています」ベアトリーチェは頭を下げると、「これ、私が作ったお弁当です。よろしかったら食べませんか?」
「いいの?」
「はい」
早速、口にする。
「おいしー!」
喜色満面の吉井さんに、ベアトリーチェも笑顔になる。
「ねえ、吉井さんたちも座りなよ」
コハクの誘いに顔を見合わせる吉井さん、美羽、ベアトリーチェの三人。
「立って食べるのは行儀が悪いよ?」
その通りである。
「私たちは仕事が」
「いいわよ、少しくらいなら。あなたたちなら、最高のサービスを提供してくれると思うわ」
環菜から許しが降りる美羽とベアトリーチェ。
「お言葉に甘えますね」
「おっ邪魔しまーす!」
お弁当を広げる二人。
「ほら、あなたも座って」
「私もいいの?」
「ええ。この鉄道についての意見も聞きたいしね」
「それじゃ、同席させてもらおうかな」
大所帯の和やかな雰囲気。
「環菜、ほらっ、あーん」
「ちょっと、人前では止めなさいよね」
「二人っきりならやってるのね……」
環菜の意外な一面が見えた吉井さん。
ほのぼのとした空間とお弁当で膨れたお腹。出発からテンションを上げ過ぎたのかもしれない。瞼が少し重い。
「眠くなってきたわね」
欠伸をかみ殺す。
そんな時だった。環菜が突然叫びだしたのは。
「伏せて! テロよ!」
その直後、列車は急ブレーキをかけて止まった。
――――
突然聞こえた叫び声。悲鳴を上げ、前方へと押し出される乗客。慣性の法則に逆らうことなど出来るはずも無い。
ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)たちも同様だ。
先程からルファンに猛烈なアタックを仕掛けているが、苦笑しか返ってこないイリア・ヘラー(いりあ・へらー)。彼女はこの状況を利用した。
「きゃー! ダーリン、怖いよ!」
倒れる勢いのまま、思い切りしがみつく。
懐に収まるイリアを、ルファンは支える。姿勢制御の利かない今、下手に動くのは危険である。
「……何事じゃ?」
列車の勢いも納まり、ルファンは体勢を整えようと首を巡らす。次いで体を起こそうとして、動けないことに気付いた。
理由はすぐに分かる。
腰のあたりに抱きついているイリア。怖かったのか、顔を押し付け、表情を見ることができない。ひとまず落ち着かせようと、頭を撫でる。
「大丈夫、心配ないのじゃ」
イリアは「にへへっ」と嬉しそうな声を漏らし、
「もうダーリン! 大好き!」
強く抱きしめてくる。更にべったりのイリアに苦笑いするルファン。
「あ、あのさ……」
どこからか、呻きに似た声が聞こえる。左右を見るが、それらしき人物は居ない。
「と、とりあえず、早く退いてくんねぇか? おもっ」
それもそのはず、二人の下敷きになっていたウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)が発したものだった。
「レオ! 女の子に失礼だよ!」
「いいから、早く退いてくれよ……」
「すまないのじゃ」
ウォーレンの切実な願いに、ルファンはイリアを抱えて退く。
「大丈夫じゃったか?」
「いててっ……まあ、何とかな」腰をさすって立ち上がり、「にしても、どうしたんだ?」
「見ろ。面白いことをやっているぞ」
窓の外を見るよう促す長尾 顕景(ながお・あきかげ)。右手にはティーカップを持ち、優雅にお茶を飲んでいる。
「おまえ、この状況でよく平気だったな」
「造作もないことであろう?」
「いや、普通できねぇよ……」
ツッコミを入れるが、それよりも重要な声が聞こえてきた。
「あの集団はなんじゃ?」
「線路にも一杯石が置かれているよ?」
集団と石。それは、列車の運行を妨げる、無数の機晶姫と機晶石だった。
「ちっ、あいつら何だよ? 線路に石を投げやがって。これじゃいつ出発できるかわからねぇぜ」
「どうしたものか……」
「あれだけ多くちゃ、何もできないもんね」
所用で乗り込んだ列車が停車。立ちふさがる機晶姫と機晶石。
頭を捻るが、ルファンたちに対処の手立てはみつからない。
「おまえは何もしねぇのか?」
ウォーレンの問いに笑う顕景。
「私は戦わない、ただ見るだけさ。そ、見るだけ」
傍観を決め込み、コーヒーをもう一杯。
「コーヒーはやはり、カフェオレが一番なのだよ」
『だめだこいつ、早く何とかしないと……』
――――
「わっ、何事!?」
途切れそうになる意識から現実へ引き戻された吉井さん。
環菜は無言で外を示す。
「機晶姫? それに、線路にあるのは機晶石?」
進行方向に群がる機晶姫と機晶石。その膨大さで離れていても何なのか分かる。
それ故に、すぐに旅の再開とならないのも自明の理。
「これじゃ、楽しい旅が台無しじゃない……」
『うーん……』
対処方法を模索しだす面々。最初に動いたのは美羽たちだった。
「ねえ、向こうで集まっている機晶姫たちにこのお弁当をあげたらどうかな?」
コハクの提案に、美羽もベアトリーチェも賛同する。
「そうですね。美味しいものを食べて落ち着いてもらいましょう」
「美味しいものを食べたら、みんな笑顔になるもんね!」
「僕もそう思うんだ」
「よしっ、私が連れてくるよ!」
「どうやって?」
「これだよ!」
美羽が手に持っているのは弁当の空箱。
「これで叩いて連れてきて、食べてもらった空箱でまた叩いて連れてくるの! 綺麗な循環だよね!」
本当にそれで大丈夫なのか、心配するベアトリーチェとコハク。
「が、頑張ってね」
「それじゃ、お客様の安全と楽しい旅を守りに、いざ出陣だよ!」
穏やかな対応を取る美羽たち。
しかし、そうも言ってられないのは御神楽夫妻。
「環菜、テロってアレのことか?」
「私の鉄道を止めるなんて、テロ以外の何物でもないわ」
断言する。
会社の存亡にも関る大事件。早期対策を講じなければならない。
「環菜のため、俺も動きます。終わったら旅行の続きをしましょう」
「今後の対応を話しあわなければならないわ」
「もちろん、それもです。でも、少しくらいは俺の隣でゆっくりしてくれませんか?」
朗らかな表情の陽太に、少しだけ赤面する環菜。
「……だから、そういうことは人前で言わないでよ」
恥ずかしいのか、そっぽを向く。
「そうですね、後に取って置きます。エリシア、ノーン、聞いてますか?」
『聞いてますわ』
『聞いてるよー』
「緊急事態です。俺は環菜の護衛のため傍を離れられません。今すぐオクスペタルム号で駆けつけてください」
――――
緊急連絡を受け取ったノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)とエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)。
陽太からの連絡はテロらしきものの収拾要請。
「惚気は聞こえたけれど、具体的に何をするのか聞いてませんわね」
「そうだよね。どんな事態かもわからないし、何をしたらいんだろ?」
考え迷う二人。導き出した結論は、
『とりあえず、武力鎮圧ですわね(だよね)』
だった。
出発準備を開始。
「人数は多い方がいいですわね。【召喚獣:不滅集団】を連れて行きますわ」
「わたしも武器をたくさん積んでいくね」
オクスペタルム号に【ガトリングガン】【ミサイルポッド】【デッキガン】を装着させる。さらに、船首に【ドリル】まで。
「わたしの【ドリル】は天を突く! よーしっ、いっくよー!」
発進するオクスペルタム号。
目指すは機晶姫の群れ。
――――
先頭車両より出でるはサングラスの男メンテナンス・オーバーホール(めんてなんす・おーばーほーる)。
フードを被っているせいで顔が見えず、怪しい格好になっているが、内実は金の旅行の幹事。
「急停車とは、何が起きたんだ?」
「ほらあそこ、機晶姫たちが集まってるわよ」
ミアリー・アマービレ(みありー・あまーびれ)の指差す先で群がる機晶姫。
「ここからだと戦局は把握できないな。おまえはセントリーで状況の確認を」
「わかったわ」
ミアリーは【ナノマシン拡散】を利用し、待機させていたペガサスまでたどり着くと、すぐさま乗り込んで飛翔。上空から集まった機晶姫を見て回る。
「見てきたわ」
「どうだった?」
「システムに異常があるのは確かね。そのせいかしら、統率は取れていないみたい」
「直せるか?」
「直すと言うか……」
歯切れの悪いミアリー。自身は自称発明家。機晶姫の修理などお手の物なはずなのだが、
「何か問題でもあるのか?」
「休み明けの気だるさみたいな感じなのよ。機晶石を投げるもの、寝ているもの、座って話しているもの。こんな状態の機晶姫は見たことがないわね。これは人で言うところの『五月病』ってやつじゃないかしら」
「五月病?」
「機晶石を置くことで、列車を運休させて休みを貰いたい。そんな感じを受けたわ」
「つまりは、単純なストライキか」
「そうなるわね」
サングラスを手で覆い、思案するメンテナンス。
「とりあえず、金団長に報告しておくか。しかし謀反や暴走でないのなら、動かないでもらっておこう。慰安旅行中に手を煩わせるわけにはいかないからな」
車内に戻り、金へと知らせる。
未だ開け放たれた扉からその声は漏れ聞こえ、神凪 深月(かんなぎ・みづき)の耳へと届いた。
「ふむ、そういうことじゃったか……」
あてがわれた部屋へ引き返す。
駅弁やお茶、トランプなどが散乱している中で、リタリエイター・アルヴァス(りたりえいたー・あるばす)は主の帰りを待っていた。
「原因がわかったのじゃ」
先刻小耳に挟んだ内容を説明すると、リタリエイターは問う。
「……どうするの?」
「どうするもこうするも、わらわたちは原因の排除に向かうのじゃ」
「……それならリタも戦いましょう。リタは神凪深月を守る鎧……なのですから」
宣言するとリタリエイターの姿が変わる。
漆黒のフード付きサーコートと銀のガントレットとグリーブ。言葉通りの鎧と化す。
深月は変化した魔鎧、リタリエイターを身に纏った。
(……何か策はあるの?)
「心配するでない。動くのはわらわたちだけではないじゃろう」
これだけ事が大きくなったのなら、静観する者の方が少ないだろう。それに、先ほどのやつらも手を打つと言っていた。
(……希望的観測)
「そうでもないのじゃ」
窓の外、多数のイコンが機晶姫がいる方向へと向かっている。
「言ったじゃろ? わらわたちは彼らのサポートに徹すればよいのじゃ」
車外へ躍り出る。
「それにじゃ」
踏みしめる大地。
「リタには外の世界を見せてやりたいのじゃ」
(……………)
「旅の楽しさはわらわが一番良く知っておる。それを教えてやりたいのじゃよ」
放浪を続けていた過去を持つ深月。その時感じた悦びを彼女にも。
「このような問題などさっさと片付けて――」
手に持つ二丁の魔銃を機晶姫へと向ける。
「わらわたちの旅を成功させるのじゃ!」
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