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想いを取り戻せ!

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想いを取り戻せ!

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 あるのは溶岩が固まり、長い年月をかけて出来上がった赤く、薄茶けた岩肌。
 周囲に草木なぞは望むべくもなく、すっかり砂漠と化してしまった荒野はパラミタでも一、二を争う殺風景ぶりだ。
 一説によれば、この火山から流れる溶岩はこの浮遊大陸を支える巨人アトラスが流した血だという。
 ごつごつした岩肌を流れる赤い奔流の跡を人はアトラスの傷跡と呼ぶ。
 その麓。岩肌にぽっかりと口をあけた洞窟がある。
 そこに、いつからか。ならず者の集団が住み着いた。
 それが先頃からツァンダ界隈を騒がす野盗の一団――レッドアームズであった。
 人二人並んで通れる横穴をくぐれば、天井の高い空間が広がる。
 そこに並ぶのはスパイクバイクと小型飛空艇ヴォルケーノの群れだ。
 物言わぬ鋼の馬たちは、どれも揃ったように赤い色で派手な装飾が施されている。
 高い位置には棚のように突き出した箇所があり、そこではガーゴイルが羽根を休めていた。
 その先にはいくつかの通路がぽっかりと口を開く。
 と、一つの穴から微かな光と怒声が漏れた。
 
   * * * 
 
「この馬鹿野郎どもがぁ!! 何から足がつくか知れたもんじゃないんだぜぇ。わかってんのかなぁ??」
 声の主は三十がらみの男だ。
 中肉中背。巻き舌気味に聞こえる声と眠そうに眇められた目がいかにも胡散臭い。
 名前はペリド。この盗賊団では古株になる――いわゆる副頭目だ。
「あのルートはこれからどぉんどぉん稼ぎなるはずだったてぇのにさぁ……この馬鹿ぁ」
「もうお止しナ。ペリド。今更どうにもならない話サ」
 そうだろう? と艶を含んだ声が気怠そうにペリドの叱責を咎めた。
 一人掛けの白いソファ。そこには美しいがどこか毒々しい真っ赤な宝石が埋もれていた。
 豊満な肢体を赤いドレスに包んだ女が、両脇に針金のようにひょろ長い男と木樽のようにずんぐりとした小男を侍らせている。
「そうは言うがお咎めなしぃってわけにもいかねぇだろう。えぇ? 違うかぁ、ミランダ」
「だからサ。咎めのあるなしを決めるのは、あンたじゃない。ガレスの旦那の仕事だヨ」
 言下に出しゃばるなと言いつけて、女――ミランダは紫煙を燻らせた。
 ならお前はなんだと言いかけてペリドは止めた。
 この女との口論での勝率の悪さと曲がりになりにも頭領の客分であることを思い出したからだ。
 そう。彼女は元々、この野盗団の中ではない。針金と木樽――フラッパーとドミノという忠実な下僕を従えた女賊だ。
 のだが、今は頭領の客分――当人曰く“頭領の女房”としてレッドアームズに居座っている。
 話せば大変長い話になるので詳細はざっくり省く。
 早い話が“押し掛け女房”というヤツである。
 最初こそ難色を示していた同僚たちだったが、気が付けばすっかり馴染んでいた。
 無理もない。男所帯に多少の難はあれ華が咲いたのだ。多少のけばさや年齢などはご愛嬌である。
「なンだい? アタシの顔になンかついてるかい?」
「――何でもねぇよぉ……じゃあ、ボスに聞いてみようじゃねぇかぁ」
 苦虫を噛み潰したようにペリドはミランダの後ろ――我関せずと成り行きを眺めている頭目を見やった。
「ボス――いや、ガレスよぉ。お前、今回のことどうする気だぁ?」
「どうもこうねぇ。どうもしねぇさ」
 低い声が応じた。
 がっしりとした巨漢を木造の椅子に預けて、にぃと口角を吊り上げて笑う。
 頬杖をつくその左腕と膝の上でエールの入ったジョッキを弄ぶ右腕は肘の辺りから赤く染まっている。
 赤いそれは穿たれた場所から滴る血のようにも、腕に巻きつく茨――いや蛇か竜のようにも見えた。
 この巨漢の男がガレス。
 “赤腕”の異名を取る、野盗団レッドアームズの頭目。その人だ。
「どうもって――あんたなぁ……」
「いいじゃねぇか。相手がどう出ようが、誰だろうが、関係ねぇ。欲しけりゃ、襲って奪い取る。それだけだ」
 ガレスは事も無げに告げた。
 そのまま、ペリドの前に並んだ配下に初めて目を止めた。
 視線は見知らぬ二人組の男とこの場には不似合いな少女に向けられる。
「――見ねぇ面だ。誰だ?」
 二人組のうちの背も年も高い方がのんびりと応じてきた。
「あぁ。先の襲撃からお手伝いさせてもらってましてねぇ。いやはや。この手の仕事は慣れてるつもりなんですが、
 まさか御者を逃がすとは――別のことで穴埋めさせてもらいますんでね」
 その後を継いだのは少女。
「わらわは雇われたから来ただけじゃ。腕の立つ用心棒を求むとあったゆえな――ふふ」
長い袖で隠した口元から鈴を転がすような幼い声がさらりと空恐ろしいことを吐く。
「新入りか。そうか。まぁ、うちには特に決まりはねぇ。好きにやってくれや」
 と、そこに若い伝令の男が駆け込んできた。
「お頭!! 情報だ。 今日、ツァンダから荷馬車が出るそうですぜ!!」
「何だぁ? ツァンダからぁ? ついこないだ襲ったばかりじゃねぇかぁ。――匂うなぁ。匂うぜぇ」
「ガレスの旦那――連中、山ほど護衛を連れてるはずだヨ。どうするンだい?」
 場の視線が頭目の決断を求めて集中する。
「ハハハハハ! 行くに決まってるぜ。20人ばかりついてきな。仕事だぜ」
 豪快な笑いが空気を震わせた。
「ペリド」
「まぁ、俺ぁ、今回は留守番だなぁ。前回の仕分けも済んでねぇ」
「ミランダ」
「何言ってンだい。ついてくに決まってるじゃないか」
「野郎ども!! 支度だ!! 」
「フラッパー、ドミノ。支度をおし!!」
 ガレスとミランダの檄が飛ぶ。
「おうとも」
「腕がなるぜ!!」
「「イエッサー!! 姐さん」」
 声に急かされ、俄かに洞窟内は慌ただしくなった。
 出る者。残る者。動きはバラバラだが各人が己のすべきことを手際よくこなしていく。
 そんな中、ぽつんと取り残されるのは新顔の三人。
「おい。お前らはどうする? 出るか?」
 そばを通りかかった年配の男が武器を片手に問えば三人は首を横に振った。
 
   * * * 
 
 ツァンダの街角。
 通り抜けていく風が街路樹を揺らす。
 つと、その風に逆らうように影が動いた。
 それは――なびく木々の影から飛び出すとどこかへと向かう。
 ゆらり、ふらり。
 風を受けるそれは確かに人の形をしているのに、どこか不確かで。
 何かに呼ばれるようにそれは動き出したそれは誰に気付かれることなく、何処かへと消え去った。