First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
【二 巨乳が静止する日】
巨乳、といえば、林田 樹(はやしだ・いつき)の胸のふくらみも、相当なものである。
この日は黒のビキニを着用している樹だが、黒というのは最も体のラインがよく浮き出る色であり、その大きな胸元はどうしても、周囲の男どもの視線を釘付けにしてしまっている。
しかし当の樹本人はというと、全く別の思案に意識を囚われていた。
「全く……魔鎧とジーナは、どこへ行ったのだ……」
砂浜に着くや、いきなり姿を消してしまったジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)と新谷 衛(しんたに・まもる)の行方を求め、大勢の海水浴客で賑わう浜辺をのしのしと歩き回っていたのだが、一向に見つかる気配が無い。
傍らを、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が愛らしい仕草でてくてくと歩いている姿が、妙なコントラストを作り出していた。
「じにゃーも、まもたーんも、ろこにも居ないれすお。ねーたーん、ろーするれすか?」
「どうするといってもな、放っておく訳にもいかんし……折角海に来たというのに、遠泳のひとつも出来ずに帰るのも、勿体ない話……」
そこまでいいかけて、樹はふと、足を止めた。
隣を歩いていたコタローがいつの間にか立ち止まっており、海の家が立ち並ぶ方向に視線を据えていたのである。
何事かと、樹もその方角に目線を向けると、全く知らない顔が物凄い勢いでこちらに駆けてくる姿が視界に飛び込んできた。
「あ、あの、あの、あのあのあの! えっと、その、五百蔵東雲といいます!」
突然しどろもどろな調子で自己紹介してきた五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)に、樹とコタローは一瞬、互いに顔を見合わせた。
樹にしろコタローにしろ、東雲とはまるで面識が無いのである。
にも関わらず、東雲がこれ程までに興奮した様子で猛然と走り寄ってきたというのは、一体どういうことであろう。
「えーと、コタローれす。こんにちあー」
「林田樹だ……で、何か、用か?」
幾分呆れた様子で問いかけた樹だが、東雲の意識はもう完全に、コタローのつぶらな瞳に吸い寄せられてしまっている。
何となく茫漠とした顔つきだった東雲だが、突然意を決したように表情を引き締め、幾分緊張気味に樹とコタローにずずいと身を寄せてくる。
「あ、あ、あああああのあの、その、だ、だだ抱っこさせて、くれませんか? えっと、そ、それから……コ、コタちゃんって、呼んでも良いですか……?」
ここまでいい切った時点で、東雲の顔は朱塗りの達磨の如く、真っ赤に上気してしまっている。
未だに何のことかよく分からない樹とコタローだが、そこへ不意に、豊かな毛並みの猫が東雲の足元からひょいと姿を現し、若干不機嫌そうな調子で喉の奥を鳴らした。
「我がエージェントは、そちらのカエル殿を抱っこしたいと所望しておる。馬鹿がつく程の可愛いもの好きであってな」
猫は、東雲のパートナーンガイ・ウッド(んがい・うっど)であった。
よくよくンガイ(ここではどういう訳か、シロと名乗っている)の説明を聞いてみると至極単純な話で、要するに東雲は可愛いものに目が無く、コタローを一目見た瞬間に魂を奪われてしまった、というのである。
単純にそれだけの話であれば、特に断る理由も無い――ということで、コタローは東雲に抱っこされてやることにした。
ンガイが不機嫌そうにもそもそと体を震わせているのが気になるといえば気になったが、東雲はもう、それどころでは無さそうであった。
「ひゃぁぁぁぁぁ〜、や、やったぁ〜……か、可愛いなぁ! 可愛いなぁ!」
ここまで喜ぶものなのか、と内心で苦笑しつつも、しかし樹は頃合いを見て、東雲の至福のひと時に水を差さなければならなかった。
「喜んでいるところを申し訳無いが、こちらはまだ、用事の最中でな」
「ほぅ? 何かあったのか?」
応じたのは、ンガイである。東雲は未だにコタローの魅力にメロメロになってしまっており、まともな応対が出来る状態ではなかった。
「パートナーふたりが、どこかへ行ってしまってな。探しているところだったのだ」
「えっ、そ、そうだったんですか!?」
ここでようやく、東雲が理性を取り戻した。
樹がジーナと衛を探し歩いていた旨を説明すると、東雲はコタローを抱っこしたまま、今度は樹にずずいと顔を寄せてきた。
「よ、良かったら、一緒に……」
探しますよ、と東雲はいおうとしたのだが、最後までいい切れなかった。
つい今の今まで、全く気配すらなかったところから突然、どことなく見覚えのある人物がのっそりと姿を現して、眼鏡のフレームをきらりーんと輝かせながら、東雲の腕の中のコタローを間近からじっと観察していたのである。
「おぉ……お前は」
樹もさすがに、驚いた。
その人物は、小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)だったのである。
「カエルは本来、淡水生物。それが海水付近に出現するなどとは……実に興味深い限りです」
小暮の後ろには、やや困ったような表情の大岡 永谷(おおおか・とと)とクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)の姿があった。
「いや、小暮……その子はカエルじゃなくて、フツーにゆる族だと思うんだが……」
水着姿の永谷がやや控えめに突っ込んでみると、小暮ははたと気づいたように、うぅむと小さく唸った。
「ゆる族とカエルを見間違えるとは……これは不覚。ゆる族のカエル化率は、流石に計算外でした」
「そういう確率は、まず誰も考え付かないと思うぞ」
クローラが苦笑を湛えて、小暮の肩を軽く叩いた。
樹や東雲達と別れた後、永谷は幾分恥ずかしげな様子で小暮の思案深げな面を覗き込んだ。
「なぁ、小暮……折角海に来たんだし、一緒に泳がないか?」
「あ……そうか、ここはパラミタ内海でしたね。泳がないと流石に損……」
永谷に同意してそこまでいいかけた小暮だったが、今度はクローラが間に割り込む形で別の提案を投げかけてきた。
「小暮、それよりも俺が連れてきたケルベロスで遊んでみるってのはどうだ? 俺も少し、小暮とじっくり話したいことがあるしな」
いってから、クローラは妙に挑発するような眼差しを、一瞬だけ永谷の端正な面にぶつけてきた。
(くっ……そういうことか!)
この時になって初めて、永谷はクローラが小暮を巡って挑戦状を叩きつけてきているのだと悟った。
性別は違えど、ひとりの人物を奪い合うという構図には違いない。
小暮が果たして、どちらを優先するのかは、今の時点では分からない。
だがここで引き下がってしまっては、単に小暮の友人としてクローラの後塵を拝する、というだけにはとどまらず、女性としての矜持を保つことが出来ない、という危機感が、永谷の胸の奥で沸き起こってきた。
こうなったら、もう四の五のいってはいられない。
永谷は全力で己の『女』としての魅力をアピールしなければならない立場になってしまったが、しかし一方の小暮はというと、永谷でもクローラでもなく、全く別の存在に視線を奪われていた。
件の、五色の浜と呼ばれるカラフルな海域。
そこから、妙なカップル(?)がこそこそと身を隠すように、這い上がってきていたのである。
「まぁそう気ぃ落とすなよ、じなぽん。誰にだって、試練のひとつやふたつはあらぁな」
「うぅ……バカマモのくせに、ワタシを慰めるなんて十年早いんだぜクソったれめ、なんです」
一方は、妙に男っぽい風貌の、しかし胸のふくらみからして恐らくは女性であろうと思われる人物。
そしてもう一方は、首から上は普通の年若い少女なのだが、首から下がゴリマッチョとまではいかなくても、結構な量の筋肉が鎧となって全身を盛り上げてしまっているという恐ろしい外観の人物。
実はこのふたりこそが、樹やコタロー達が探していたジーナと衛の両名なのだが、小暮、永谷、クローラの三人には知る由もない。
だが、男っぽい外観なのにしっかり女性として出るところは出ている衛と、最早ネット上の悪戯で発生したマッチョアイコラとしかいえないような外観のジーナが並んで歩いている姿というのは、中々普通では見られるものではない。
この時既に小暮の頭の中では、この衛とジーナのような超異様アンバランスカップルと次に巡り合える確率計算が、始まっていたのである。
だが実は、よくよく見れば他にも大勢、ちょっと変わった組み合わせのカップルやグループが、そこかしこで見られるようになっている。
これが五色の浜の魔力か――などと呑気に構えている場合ではない。
少なくとも今、この瞬間、小暮の意識は永谷でもクローラでもなく、周囲で展開される非日常に対する確率計算のみに占められつつあったのだ。
(ま……拙い!)
(このままでは……確率天国になってしまう!)
永谷とクローラは揃って、愕然たる思いを抱いた。
と同時に、それまで全く接点の無かった両者の間に、ほとんど一瞬にして休戦協定を思わせる心の触れ合いのようなものが芽生え始めていた。
「俺達の本当の敵は……」
「……あぁ、この、五色の浜そのものだった」
かくしてふたりは、小暮の心をきょぬーとマッチョと性転換によって成る確率天国から如何にして奪い返すのかということだけを目的とする、臨時同盟を締結するに至った。
……なんて大袈裟なものではなく、ただ単に一時的な利害が一致しただけの話である。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last