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枕投げ大会【4】


 猫のようなもののせいで混戦になった海の家、廊下。
 現在。男子と女子は一定の距離を開けて交戦している。人数の多い男子はその差を埋めようとするが、女子の必死の抵抗と変則的軌道の枕がそれを許さない。
 扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)はそれを見て、真剣にこの状況を打破できる方法を考えていた。

(……見出せ。この天秤をこちらに傾ける方法を)

 一条はまず距離を目測で計った。
 約五メートル。その幅が勝利と敗北を隔てる境界線。違えなければ、今のまま停滞が続く。

「……動き出す方法を。男子が有利に立てる最善の方法を。なにか、ねぇか」
「そんな一条のお悩みを解決する、いいお話があります」

 不意にかけられた声に一条はびくっと身体を震わせ、振り返った。
 そこに立っていたのは、パートナーの裕輝だった。

「な……なにしにきたんだよ」
「さっきも言ったやろ。悩みを解決しに来たって。そのためにいい話を持ってきてやな」

 そう口にした裕輝は、最高にうさんくさい爽やかな笑顔を浮かべていた。

(あ、やべぇ、これは悪いこと考えている顔だ)

 一条はそう思って逃げようとしたが、時すでに遅し。先にガシッと裕輝に腕を掴まれた。

「おまえ、枕になれ」
「強要!?」

 ――――――――――

「はぁ、はぁ。反則でしょ、あれは」

 テラーの枕攻撃から逃れた雅羅は荒い息を吐き、女子チームの後方まで撤退していた。

「進めーーっ! 倒せーーっ! 潰せーーっ!」
「やらせないわよぉ! 逆境に負けるもんですかぁ!!」

 海とアスカの大声が廊下に響きわたる。
 雅羅の前方で男子と女子による近距離での激しさを増した枕投げが展開していた。
 攻める男子と守る女子。その戦いは互角で、一向に進展を見せていなかった。が。

「やぁぁめぇぇろぉぉよぉぉ!!」
「だが断る」

 その場所に、裕輝が一条を両手で振りかぶりながら走ってくる。
 裕輝はそのまま勢いを殺さず、一条を思いきり投擲。枕の数十倍もの質量の人間砲弾が飛翔。

「おぉぉぼぉぉえぇぇてぇぇろぉぉよぉぉ!!」

 一条は絶叫しながら、もの凄い速度で前方の女子たちの間を抜け、後方の雅羅目掛けて飛んでいく。

「……え?」

 予想外の事態に反応が遅れた雅羅は、迫り来る一条を避けきれるはずなく。
 ――しかし彼女に当たる直前で、ハーモ二クスが一条の顔面に枕を押し当て、張り手の勢いで廊下に叩きつけた。

「ふぅ、大丈夫ですか。雅羅・サンダース三世」
「え、ええ。あ、ありがとう」

 雅羅は廊下に衝突し、ぴくぴくと痙攣している一条を見て、ハーモニクスに慄きながら礼を言う。
 ハーモニクスはその返答を聞いて雅羅から視線を外すと、男子たちのほうに目をやって顔を歪めた。

「まずいですね……」
「え? まずい? なんで?」
「見てください」

 ハーモニクスは男子たちを指で指す。
 その先では、地面で痙攣している一条を見て、男子たちが身体を震わせていた。

「い、一条のやつ。自分の身を犠牲にしてまで」
「クソっ。なんて俺たちはふがいないんだ。あいつの想いを無駄にしないためにも」
「言葉はいらない。行くぞ、犠牲を厭うなーぁぁ!!」

 男子たちは奮い立ち、足並みを揃えて前進を開始した。
 一歩、一歩。女子との距離が縮まっていく。

「このままでは押されてしまいます。
 ……仕方ありません。あの手を使いましょう。――オルベール・ルシフェリア! 歌ってください!」

 ハーモニクスにいきなり声をかけられたオルベールは、自分を指差し首をかしげた。

「え? 歌えばいいの??」
「はい。では、皆さん。お手に持った耳栓の準備を!」

 ハーモニクスがそう叫ぶと、彼女も含めて次々と女子たちが耳栓をつけ始めた。

「いいけど……何で女性陣は耳栓するのよ、引っ掛かるわね……。
 まあいいわ、このベルの魅惑の歌を聞きながらナラカに落ちるがいいわ!!」

 オルベールはそう言うと、歌を口ずさみ始めた。
 ――刹那。

「「がぁ!? ぐぅ、げぇ……!」」

 オルベールの歌を耳にした男子たちから、悲鳴が洩れた。
 それは彼女の歌が超絶音痴だからだ。その破壊力は凄まじく、一言目で耳に不調をもたらし、二言目で平衡感覚が狂わせる。
 男子たちは立っていられず、呻き声をあげてその場にへたり込んだ。

「さぁ、今です。男子たちへ猛攻撃を!」

 ハーモニクスの号令と共に、女子たちによる駆逐が始まった。
 先頭の男子から順に吹き飛ばされ、志半ばで倒れていく。何人も、そう何人も。

「がぁ……げぇ……どう、すれ、ば」

 海はその惨状を後ろで見ながら打開する術を考える。
 だが、痛みにより頭が回らない。

「ぐっ……ま、かせ、ろ……」

 傍のレギオンはそう言うと、<サイコキネシス>を発動した。
 落ちている枕の一つを操作し、誰にもばれないよう細心の注意を払って、オルベールに肉迫させた。

「行け……ッ!」

 レギオンは操作する枕を加速させる。
 背後からのその攻撃に気づかなかったオルベールは、首元に直撃してその場に倒れこんだ。
 歌が止む。それと共に海はゆっくりと立ち上がり、他の男子たちに声をかけた。

「はぁ、はぁ……! 立ち上がれ!! まだ勝負は終わっていない!!」
「「お、おう……」」
「諦めるな! オレたちはなんのために戦ってきた!?
 思い出せ! それは負けるに足る理由じゃないはずだろう!! 勝つための理由だろ!!!」
「「おうっ!!」」

 不死鳥のごとく、男子たちは立ち上がる。
 その姿に、女子たちは恐怖した。鬼気迫るその気迫に、女子たちは戦慄を覚えたのだ。

「……くっ、このままじゃ、まずい」

 女装した夢悠は今の状況を見て、思う。
 優勢に立っているはず。だって、男子たちは聴覚を狂わせられ、満身創痍なのだから。
 けれど、どうしても不安は拭いきれなかった。それどころか、自らが劣勢に立っているように感じてしまっていた。

(今のままでは負けてしまう)

 そう直感した夢悠の足は、自然と前へ踏み出していた。それは恐らく最後のチャンスである今、海を倒すためだ。
 一歩、一歩進む度に、どくん、と一際高く心臓が跳ね上がる。手負いの獣ほど怖いものはいない。はっきり言って怖い。けれど。

(このままじゃ、雅羅さんに勝利をプレゼントできない)

 そう思うと、自然と腹をくくれた。
 夢悠は途中でパートナーの瑠兎子に目で合図し、自分の前を走らせる。
 そして、瑠兎子が飛んでくる枕から夢悠を守り、海まで突き進もうとしたが。

「させないよ。そう簡単に海を取らせはしない」

 海まであと少しといったところで、匿名 某(とくな・なにがし)が二人の前に立ち塞がった。
 けれど、それは二人の計算のうちだ。すかさず瑠兎子が枕を某に投げる。
 その枕を某が身体をそらして回避。
 その隙に、瑠兎子は<ミラージュ>を発動した。枕を持った自分の幻を作り、某を翻弄する。

「幻か。面倒くさい。けど、全てを倒せばいいだけのことだ」

 が、某は枕を剣代わりにして、<勇士の剣技>を発動。
 三回、繰り出された枕カバーの白色の一閃が、瑠兎子の幻を全て消し去った。

「くっ……!」
「だから言っただろ。そう簡単に海を取らせはしない、って」
「っ……まだぁ!!」

 瑠兎子がもう一度、<ミラージュ>を使って某に突撃する。
 しかし、その二回目の突撃を某は<勇士の剣技>で同じように迎撃して、幻を切り裂く。
 そして、最後に本体の瑠兎子の動きを読みきり、卓越した剣技で瑠兎子と夢悠を吹き飛ばした。

「……悪いけど、後輩がここまでやる気を出してるんだ。
 なら、先輩である俺は手助けしなくちゃいけないからね」

 廊下に倒れた夢悠を見て、某はそう言い放ち、踵を返そうとした。
 その時。<殺気看破>で殺気を感じた。某は慌てて、もう一度振り返る。

「……負けられない。負けられないんだ……っ」

 そこに夢悠は立っていた。
 <スペランカー魂>で、もう一度立ち上がったのだった。
 夢悠は手に持つ【加速薬】を一気に服用して、身体を強化。枕を手に、希望を込めて地を蹴った。

「オレは雅羅さんのために、絶対に勝つんだ――!」

 何のスキルも使わないシンプルな突撃。
 しかし、想像以上の速度とどこまでも強い想いに気圧されて、某は僅かに反応が鈍る。
 それは一瞬。しかし、その一瞬は致命的なものだった。

「くそっ、避けきれない。なら――」

 某はそう判断すると、奥の手を使おうと手を伸ばす。

「うぉぉおおお!!」

 夢悠が某に肉迫。そして、枕を思い切り振るう。
 と、同時。某は奥の手を掴んで、前へと押し出し、叫んだ。

「海 ガ − ド !」

 ※海ガード。某の奥の手。海を盾にして必殺技を回避する技。海は犠牲になる。

「「――はぁ!!??」」

 某以外の全員の声が一致した瞬間だった。
 夢悠が振るった枕は、そのまま海の頭部に命中すし、彼の意識を刈り取った。

「えっ、えっ、えっ」

 目の前の事態に、夢悠は処理速度が追いつかずに困惑する。
 某はどこか悲しげに目を伏せ、廊下に倒れた海に向け、声を掠らせて言い放つ。

「……近くにいた、お前が悪い」
「「てめぇぇぇふざけんなぁぁぁぁぁ!!」」

 某ライダーそっくりなその物言いを聞いた瞬間、全員が激怒したのだった。