波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

ヘッドマッシャー

リアクション公開中!

ヘッドマッシャー

リアクション


【五 予想外の奇襲】

 デーモンガスを相手に廻しての個別交渉は、尚も続いていた。
 しかし、東 朱鷺(あずま・とき)は一風変わった対応を見せていた。彼女は交渉の提示条件として、不死鳥ブリーフを持ち出してきていたのである。
 デーモンガスが胴部に身につけている布地といえば、革製のブーメランパンツ一丁であるところから、朱鷺は大胆にも、デーモンガスをパンツコレクターと認定していたのだ。
 そしてその読みの結果は、というと――。
「おぉ、これは不死鳥ブリーフ。巷の噂では、中々手に入らないというではないか」
 妙に興奮した様子で、デーモンガスは朱鷺が差し出した不死鳥ブリーフを手に取ろうとしたのだが、朱鷺は意地悪そうな笑みを湛えて、デーモンガスの大きな手がもう少しで不死鳥ブリーフに触れようかというタイミングでさっと手を引いた。
 哀れ、デーモンガスの掌は宙を彷徨い、朱鷺の目の前で空しく漂うのみである。
 デーモンガスは、がっくりと肩を落とした。
「アヤトラ・ロックンロールとしては、何の価値も無い品だが……うむむ、これは実に悩ましい」
 鋼鉄製のマスクの内側で、呼吸がだんだん荒くなってきているのが、朱鷺の感覚でもよく分かった。
 間違いない。デーモンガスは、この不死鳥ブリーフに半端ない程の魅力を感じているだろう。
「さぁ、如何しますか? 今なら更にダブルチャンス! 特別にメンバー全員分の不死鳥ブリーフを準備することを、この朱鷺がお約束致しましょう」
「……いや、結構です」
 デーモンガスの隣でぼそっと囁いたのは、白衣姿のジェニファーであった。
 尤も、この女性がジェニファーであるということは、現時点では誰にも公開していない為、朱鷺は単純に、アヤトラ・ロックンロールが雇った女医という程度の認識しかなかった。
 それはともかく、デーモンガスは大きな両掌で、鋼鉄製マスクに覆われた頭を抱え込むような仕草を見せながら、大いに悩んでいる。
「迷っていらっしゃいますね。ですが、こんなお買い得な機会は、そうそうございませんよ?」
 某テレビショッピングの名物司会者がお茶の間の購買層の心を甘く刺激するかの如く、朱鷺の魅惑的な声はデーモンガスを更に苦しめる。
(……こ、こんなやり方もあったんですね……)
 同じくデーモンガスとの交渉の為に同席していた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、朱鷺の眼力に心底、感心していた。
 まさか漢の勝負パンツが交渉の切り札になり得るなどと、朱鷺以外に一体誰が予測し得たであろう。
 いや、悩んでいるのはデーモンガスだけで、白衣姿の美女は寧ろ、物凄く迷惑そうな顔を見せているのが却って印象的ではあったのだが。
 もうあとひと押しか――アリーセが固唾を飲んで、不死鳥ブリーフを巡る熱い攻防にじっと耳目を注いでいると、不意にどこかから、激しい爆音が響いた。
「な、何ですか!?」
 アリーセは慌てて、木椅子を蹴って立ち上がった。
 朱鷺とデーモンガスもほとんど反射的に腰を浮かして、次々に鳴り響く爆音や銃撃音に対処すべく、交渉の場となっていた遺跡建造物の外へと走り出していた。
「何事だ!?」
 野太い声でデーモンガスが問いかけると、すぐ外で対ヘッドマッシャー戦に備えて警護に当たっていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、手にしていた無線機を切り、困惑気味の表情を向けてきた。
 正式交渉終了の際、対ヘッドマッシャー戦に備えて迎撃部隊を古代遺跡群内に配置する打診を教導団側から受けたデーモンガスは、断る理由は無いとして、彼らの配置を黙認していた。
 そして詩穂は、デーモンガスが居室に使用している建造物の脇を警備位置として与えられていたのだが、その詩穂も、にわかに巻き起こり始めた爆音や銃撃音に対しては全く思い当る節が無く、ただただ困惑するばかりであった。
「えっと、それがその……正体不明の集団から攻撃されてる、って話なんだけど」
「警戒網には、何もかかってなかったということですか!?」
 アリーセがデーモンガスの巨体の陰から、険しい表情で問いかけてきた。だが詩穂は単に警備位置を与えられてこの場に居るだけであり、部隊の状況を把握している訳ではない。
 この場で詩穂を責めるのは、酷に過ぎるというものであろう。
「ここじゃ状況把握は無理か……一度、本隊に戻ります」
 それだけいい残すと、アリーセは朱鷺と詩穂を連れて、古代遺跡群の外側に展開している交渉部隊の本隊へと奔った。

 古代遺跡群外部でも、この突然の爆音と銃撃音の連続に、多くの者が戸惑っていた。
 ようやく内部の意識統一が図れたということで、正式交渉の再開の目処が立ったばかりの交渉部隊の側では、襲撃者の正体と位置を探るべく、にわかに動きが慌ただしくなり始めていた。
「もう……一体どうなってるのよ。ヘッドマッシャーって、こんな多方面から一斉に爆撃やら銃撃なんかを仕掛けてくるって話だったっけ?」
 割り当てられているハンヴィーの傍らで迎撃準備を急ぎながらも、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は隣で同じく戦闘準備を整えているコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に、いささか不満げな表情を見せた。
 しかしコハクとて、事態をよく把握していないのは美羽と同じである。愚痴をぶつけられたところで、答えられる筈もない。
「まぁ、何ていうかな……敵はヘッドマッシャーだけ、と勝手に決めつけていたこちらにも、落ち度はあるってことじゃないかな」
 コハクの中では既に、この襲撃者はヘッドマッシャーではないという結論が出ている。
 事前に聞いていた話から推測すると、この襲撃はヘッドマッシャーのそれとはあまりにも質が違い過ぎるからだ。
 そこへ古代遺跡群から飛び出してきた詩穂が、ハンヴィーの際にまで走り込んできた。彼女の装備も、美羽達が乗ってきたハンヴィー内に一部、残してあったのである。
「あらま、装備変更!?」
「ヘッドマッシャー戦に特化した武器しかつけてなかったから、教導団支給の武器をね!」
 爆音と銃撃音が次第に激しくなりつつある為、普通に会話していたのでは、この近距離でも声が届かない。
「やれやれ……やっとまともな交渉が出来そうだという時に、これですもんね……やりたいことが、どんどん遠のいていってしまいますよ」
 同じハンヴィーに同乗していた最後のひとり、御凪 真人(みなぎ・まこと)も困惑気味の苦笑を浮かべながら、戦闘準備には余念が無い。
 真人は交渉部隊の一員として参加していた為、これだけの規模の戦闘に巻き込まれようなどとは予想だにしていなかったのだが、しかしここで指を咥えて見ている訳にはいかない。
 どのみち、この戦闘が終結しないことには交渉再開などあり得ないのだから。
 ところがここで、思わぬ事態が起きた。
 アヤトラ・ロックンロールの構成員達も古代遺跡群の外へ飛び出してきて、教導団の交渉部隊やヘッドマッシャー迎撃部隊の面々と同じ防衛ラインを構築し、共に肩を並べて迎撃態勢に入ろうとしているのである。
 恐らくこれはデーモンガスの指示であろうと思われるが、何とも思い切ったものである。
 だがこの瞬間、交渉部隊に参加していた者達の大半は、アヤトラ・ロックンロールが外敵に対しては共闘姿勢を柔軟に取り得る存在であることが、十分に理解出来た。
 少なくとも共通の敵を前にして、変にいがみ合ったり縄張り意識を剥き出しにするようなことは、無さそうであった。
「これはどうも……俺の交渉の場での出番は、ほとんどなくなったも同然ですね」
 真人は嬉しいと同時に、やや残念な気分でもあった。
 彼の目的はアヤトラ・ロックンロールとの間に不戦協定を結ぶことだったのだが、この不意な戦闘勃発によって、その交渉そのものが既に不要であることが明確になったのである。
「結果オーライ、ってところで良いんじゃない? ところで、敵はどこから、どれだけの規模で来てるのか、まだ分からないのかな?」
 装備一式を整え終えた美羽が、頭を屈めて銃撃方向に対してハンヴィーを遮蔽物としながら、コハクと詩穂に問いかけた。
 と、そこへ丁度良いタイミングで、詩穂の持つ無線機にレオンから同報連絡が入った。
『各員、連絡が遅れて済まん! 分析に手間取った! 敵は北方基点として二時、五時、十時の方向からそれぞれ攻撃を加えてきている! 最も近い敵に対し、迎撃開始! 繰り返す、迎撃開始!』
 非常に大雑把な指示と連絡であったが、それよりも美羽と詩穂が驚いたのは、敵の位置であった。
「これって……ほとんど包囲されているのと同じじゃない!」
「一体いつの間に……っていうか、敵は何者かってのも分かってないのが、辛いよね」
 だがそれでも、即座に行動を起こさねばならない。
 この位置から最も近い敵は、五時の方角。一同は互いに頷き合うと、飛び交う銃弾を頭上にかすめながら、一斉にハンヴィーの陰から飛び出していった。

 これから十時方向の敵に突撃を仕掛けようと、ハンヴィーの陰で掃射が途切れるタイミングを計っていた綺雲 菜織(あやくも・なおり)は、隣で魔鎧ベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)の装着を完了したばかりの天貴 彩羽(あまむち・あやは)に、銃声にかき消されまいと大声で問いかけた。
「彩羽殿! 向こうからのPキャンセラー反応は!?」
 菜織からの問いかけに、彩羽は渋い表情を浮かべた。
 自身もPキャンセラーを装備している上、元天学生としてPキャンセラーについては他の面々よりも造詣が深い彩羽がこのような反応を見せるということは、敵はヘッドマッシャーではない、と見て良かった。
「とんだ水入りってやつね。こっちはヘッドマッシャーとの戦いに備えて、あれこれ用意してきてたっていうのに……」
 ぶつぶつ文句をいいながらも、彩羽は機晶スナイパーライフルをハンヴィーの陰から肩付けに構え、スコープ内に襲撃者の位置と距離を測ろうと試みた。
 どうやら、この襲撃者達は警戒範囲のギリギリ外側から一斉に進撃してきたらしい。直前まで警戒網に引っかからなかったのは、恐らくその為であろう。
「ただの交渉部隊だからって、上空機動警戒もして貰えなかったみたいね。ほんと、大した身分だわ」
 こんなことで本当に、対ヘッドマッシャー戦がまともに機能するのかと小首を傾げた彩羽だが、しかし今は、目の前の敵に集中しなければならない。
「それで、敵は何者なのだ? そのスコープで、何か見えるか?」
「……少なくとも装備は、一般の軍用装備と大差無いように見えるわね……あ、ちょっと待って」
 彩羽は一旦スコープから目を離し、籠手型HC弐式のコンソール画面に視線を落とすと、手早い操作で何かの情報を引き出していた。
「まさかとは思うけど……敵の装備は、教導団のものに酷似しているわ」
 彩なの分析に、菜織は仰天した。
「何と……それでは敵は、レオン殿と同じ教導団ということなのか!?」
「それは分からない……似ているのは間違い無いけど、同一かどうかまでは、この距離からじゃ判断出来ないわ……」
 相変わらず渋い表情のままの彩羽に対し、菜織はハンヴィーの陰から、銃撃が発せられていると思われる岩場を一瞥し、そして再び彩羽へと視線を戻す。
「分からないのであれば、確かめるしかない。彩羽殿、援護を頼む。私が直接、この目で見てくる」
 いうが早いか、菜織は彩羽の機晶スナイパーライフルの援護射撃が火を噴く前に、ハンヴィーの陰から飛び出していった。
 それから一瞬遅れて、菜織がトリガーを引き絞ったらしく、菜織の後方から二発、三発と特徴的な銃撃音が鳴り響き始めた。
 しかし、矢張り数で向こうが優っている為か、菜織はすぐ別の岩陰に飛び込まざるを得なかった。敵側の掃射は絶え間が無く、近づくのは容易ではない。
 と、そこへ。
「やぁ! ちょっと手間取ってるようだね!」
 思わぬ方角から、声がかかった。呼びかけてきたのは、月見里 九十九(やまなし・つくも)であった。
 九十九は、つい先程まで大荒野での気ままなウィンドサーフィンを楽しんでいたのだが、不意に巻き起こった大規模な銃撃戦に驚き、慌てて近づいてきたのである。
「一体、何事なんだい!?」
「それが、こちらにもよく分からんのだ!」
 激しい銃撃音に負けまいと、互いに声を嗄らして怒鳴り合うふたり。これでやっと会話が成立するという程だから、加えられている攻撃の熾烈さがよく分かるというものである。
「何か手伝えることは!?」
「では、援護を頼む! 向こうの懐に飛び込みたい!」
「合点承知!」
 応じると同時に、九十九は岩陰から飛び出していった。わざと目立つように、大振りな動作で、別の岩陰目指して駆けてゆく。
 菜織から敵の意識を逸れさせる為の囮を、買って出てくれたのだ。
(よし……行ける!)
 九十九の囮は、効果的に作用している。菜織に対しては、銃撃はほとんど止まっていた。
 この機を逃す手は無い――菜織は一気に、敵の布陣位置へと駆け込んでいった。