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夏の終わりのフェスティバル

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夏の終わりのフェスティバル
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第一章 二人寄れば料理の地獄!?


 ここはロシアンカフェのカウンター奥。今日はマスターの姿が見えないが、いつもよりどことなく賑やかに感じられる。
 なぜなら、明日から始まるイーストエリアフェスティバルに向けて集まった臨時スタッフたちが、たった今それぞれ仕込みを始めたところだからだ。

「……え、メイド服は二日目だけですか? ずっと着てたら、ダメですか!?」
 スタッフ控え室にある椅子に腰掛けた高務 野々(たかつかさ・のの)は、テーブルをひっくり返しそうな勢いで立ち上がった。
「うーん、メイドデーは明日なのよね。今日はカフェの制服を着てほしいんだけれど……」
 野々の向かいに座ったセラ・ナイチンゲール(せら・ないちんげーる)は、困ったように小さく首をかしげる。
 野々にとってはメイド服が普段着のようなものだが、一般的にはコスプレと見なされてもおかしくはない。
「……致し方ありません。致し方ありませんので、スタッフのメイドになりましょう!」
「えーっと、スタッフのメイド?」
 セラが困惑したように問い直した。
「はい! 手の足りないところを手伝ったり、雑用をしたり、とにかくメイドをするのですよ!」
 野々はぐっ、と拳を握って高らかに宣言する。あくまでもカフェの制服に着替えるつもりはなさそうである。
 ちょうどその時、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が大きめな段ボールを重そうに抱えて控え室に入ってきた。
「早速、お手伝いしますよ!」
 言うがはやいか、野々はジーナの元に駆け寄り、持っている段ボールをさっと抱えた。
「ありがとうなのでございます! その隅に置いて頂けると、更にありがたいのです!」
「ここですね! ……ところでこれ、何が入ってるんですか?」
「イーストエリアフェスティバルに向けて作らせて頂いた、新作メイド服なのでございやがります!」
 ジーナは誇らしげに言うと、段ボールを止めるテープを剥がし、開封した。中にはぎっしりとメイド服が詰まっている。
「妖精サイズから長身の男性用サイズまで取り揃えてあるのです!」
「すごいですね……!」
 野々の隣に立ったセラも、嬉しそうにメイド服を覗き込む。
「ありがとう! これでメイドデーも大丈夫そうね!」
 そんな三人の後ろから緒方 太壱(おがた・たいち)が段ボールを担いで控え室に入ってきた。
「ジナママ! ここに置けばいいっスか?」
「太壱さんもありがとうなのです!」
 太壱が運んできた段ボールも開くと、こちらにはやや大きめのメイド服が詰め込まれていた。
「ジナママ、相変わらずすっげー裁縫の腕してるっスね」
 太壱が心底感心したようにメイド服を眺めていると、

 突如、控え室の外から誰かの悲鳴が聞こえた。

「今、変な声が聞こえてきませんでしたか?」
「叫び声、かな? ……厨房?」
「確認しに行きましょう!」
 四人は頷き合うと、急いで控え室を後にした。


 * * *


 時は、数十分前に遡る。

「大丈夫そう?」
 鉄板の前に立つセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)は少し不安げな表情で、隣の六連 すばる(むづら・すばる)に訊ねた。
「頂いた、レシピがあります。これで、ワタクシも調理ができると思うんです……!」
 すばるはそう言って、両腕に抱えたレシピを調理台の上にどさりと置いた。
 その表情はにこやかで明るかったが、すばるの目には本気さ、必死さが滲み出ている。
 すばるとセシリアは、パートナーであるアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)に内緒でこのロシアンカフェのアルバイトに参加した。
 この話を持ちかけたのは、すばるだった。
 アルバイトを通じて料理上手になり、アルテッツァに手料理を振る舞いたい。その一心から望んだことだった。
「分からないことがあったら聞くのよ?」
 セシリアも、できる限りすばるのサポートをしたいと思っていた。
「はい、がんばります! がんばって料理上手になるのです!」
 そんなセシリアに対して、すばるは力強く頷いた。
「ワタクシの担当はパンケーキですね! ええと、ホットケーキミックスはこれだけでしょうか?」
「あら、少ないわね。そうしたらちょっと貯蔵庫を見てくるわ」
 そう言うと、セシリアは調理台を離れた。一人残されたすばるは、じっとレシピを眺める。
「ここにある分だけでも、今のうちにパンケーキの生地をできるところまで作ってしまいましょう!
 ええと、まずは卵と牛乳と葡萄ジュースと……」


 そんなすばるの様子を見ていた一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)は、負けじと腕まくりをして調理台に向き合った。
「私も負けてられません! 頑張りますよ!」
 そんな瑞樹の手元を、神崎 輝(かんざき・ひかる)が不安げに覗き込む。
「えー、大丈夫なの? 瑞樹の料理マジで怖い……」
「今度こそ、ですよ! 今度こそ美味しい料理を作り上げてみせるんですから!」
 そう意気込む瑞樹を、レナ・メタファンタジア(れな・めたふぁんたじあ)もやや不安そうな表情で見つめる。
「ちょっと心配だなぁ……」
「レナさんまで……! 大丈夫です、頑張りますから! まぁ、何とかなりますよねっ」
 瑞樹は心配する二人ににっこりと微笑みかけて、調理台の上に並ぶ固形の麺に手を伸ばした。
「私たちの担当は焼きそばですね! 祭りらしくてワクワクします」
「焦がしたりしないでよ? ええとレシピは――」
「輝さん瑞樹さん、こちらをどうぞ!」
 近くでパンケーキの生地を練っていたすばるが、素早く手元のレシピを差し出した。
「ありがとうございます! ええと、これが焼きそばのレシピみたいですね」
 輝はすばるから受け取ったレシピを眺める。
「ボクはまず人参を切りますね。……あれ、あんまりないみたいです」
 引き出しになっている冷蔵庫を覗き込む輝。その後ろから、レナも同じように覗き込んだ。
「ほんとだ。通常営業の方で使ってる分と混ざってちゃったのかなぁ?」
「バタバタしてたからね。そしたらボクは貯蔵庫を見てきますけど……。瑞樹、変なことしないでよ?」
「変なことって何ですか!」
「ボクが帰って来るまで、お湯で麺を茹でるくらいにしておいて」
 輝は心配しながらも、瑞樹のことをレナに任せてその場を離れた。
「仕方ないです。麺を茹でましょうか」
「まかないとかは出るのかなぁ。……あ、美味しそうな匂い」
 瑞樹を任されたレナだったが、すぐ近くですばるが焼き始めたパンケーキの匂いに意識が向いてしまった。
 監視者のいなくなった瑞樹は、一人鍋と向き合う。
「絶対に見返してみせるんですから! まずは、この千切り紫キャベツを鍋にあけて……」