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シャンバラの宅配ピザ事情

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シャンバラの宅配ピザ事情

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「サイドメニューがそろそろ出来そうです」
 そう、フライヤー担当から声が掛かったのはいいのだが、偲と星姫は十枚ものピザを焼くのに忙しく返事すらできない状態だった。
だが、焼き担当の星姫は長年勤めているだけあって、ピザの焼き具合を見極めながら手早くピザを焼いて行く。
「最後の一枚焼き上がります」
 星姫が高温になっている焼き窯を覗きこみながら偲へと合図をすると、偲はすかさず専用のケースを対面の机へ置く。
星姫は湯気が出て、具材がぐつぐつと音を立てて焼き上がったピザを食べたくなるのを我慢し、ケースの蓋を閉じた。
「浦安様ご注文分、完成しましたので宅配お願いします」
 はいはい。と言いながら、バックヤードから出て来たのは瀬山 裕輝(せやま・ひろき)と、大岡 永谷(おおおか・とと)だ。
 裕輝と永谷は、大荷物の二つ分のバッグを見ると少しだけたじろいだ。
「ほら、バカ。時間が無いんだからさっさと運んでよね。地図プリントアウトしといたからお客様の所に行けるでしょ」
「出会い頭にバカとはなんだよ」
「二人とも、口論はやめてください。今は配達が優先です。行きましょう」 
今にも偲と裕輝が口喧嘩になりそうなのを永谷は時間が惜しいとの理由で間に入る。しぶしぶ従った裕輝は、無言でバッグの一つ持つとそっぽを向いて店を出て行ってしまった。永谷は偲に軽く一礼すると残ったバッグを肩に掛けて裕輝の後を追った。

「……ったく、偲にはつき合ってられんわー」
「けど、彼女をパートナーに選んだのは瀬山さんでしょう」
 何を言っているんだと言いたそうに、永谷は店から借りたバイクの無線機に向かって喋る。
 裕輝は自前の駆逐破砕艇に乗り永谷は店のバイクを借りて配達をしている、遠距離担当のチームだ。
 裕輝は、それ以上言わずに偲がプリントアウトしてくれた地図を眺め見やった。地図には下宿の道筋と西区の治安について軽くメモが書き込まれていた。
「にしても、瀬山さん早すぎますよ。バイクがエンストを起こしそうなんですが……って前方に人影が見えますね」
「人影?」
 裕輝が前方の人影を確認しようと船のスピードを減速させようとしたが、船は惰性で前へ前へと進んでしまう。結果、宅配ピザを襲撃しようと待ち構えていたモヒカン頭のパラ実生徒を一人轢きそうになったのだ。
「おい、こら! 人が道路を渡ろうとした時に突っ込んで来るとは良い度胸だな。カツアゲの金代わりにその良い匂いの元凶のピザを置いてとっとと店に戻り――」 
大きなブレーキ音と砂煙を上げて、船はドリフト走行をして口上を喋っていたモヒカンの一人に体当たりをする。
 体当たりされたモヒカンは、衝撃で斜め前へと飛ばされ荒野の地面に衝突し、気絶してしまった。
「あああぁ……相棒!? てめぇ、俺達になんて事してくれたんじゃ!! ピザだけじゃなく、金も置いて行きやがれ」
 裕輝の乗る船に向かって罵っていたもう一人のモヒカンは、後ろから来ていた永谷には気が付いて居ないようだ。
「そうはさせませんよ」
 どこからか、カッ! っと鳴るカットインと共に、声に振り向いたモヒカンに向かって永谷は千眼睨みを発動させた。全身に浮かび上がった眼の一つと目があったモヒカンは、「ひぃ」と短くうめき声を上げるとその場に固まってしまう。
 固まったモヒカンの横を悠々と走り抜けた永谷は、無線機に向けてこう告げた。
「一人は気絶。一人は戦闘放棄。邪魔者は排除したので、船のスピードを上げていいよ。早くしないと、俺達のお給料が減るからね」

 ピンポーン。と、下宿の玄関のチャイムが鳴った。
 浦安 三鬼(うらやす・みつき)は、どたどたと足音を響かせながら廊下を走り、玄関のドアを開ける。
「シャンバラ・ピザ、キマク店――」
「そんな事は判ってるんだよ。早くピザを渡してくれー」
 腹が減りすぎているのだろうか。三鬼は裕輝の手に持っていた領収書をひったくると、そこに書かれていた金額とぴったりのお金を渡してきた。
 すぐさま領収書の金額と合っているかどうか裕輝は目視すると、三鬼の手にピザの箱十枚を乗せる。
 玄関先でピザの箱十枚と格闘している三鬼を見ようと、魔威破魔 三二一(まいはま・みにい)が玄関へとやってくる。
「何悲鳴上げているのよ。早くテーブルに持って行きなさいよ」
「良い所に来たな。すまないけど、サイドメニューを持って来てくれ」
 三二一は、三鬼の現状を頭からスリッパの穿いているつま先まで見ると、
「嫌よ。あたしは箸より重い物は持たない事にしているんだから。それにちょっと中まで入ってもらって、テーブルにちょちょいと置いてもらうほうがいいじゃない」
 良いアイディアを思いついたと言わんばかりの三二一だったが、プライバシーの侵害と言う事で永谷に却下されてしまった。

「で、いつまでふてくされてるんだよ。お前の好きなカルボナーラをちょっと多めに取ってあげただろうが」
 下宿の一階にある共有スペースのソファーの隅で、ふてくされている三二一を慰めようと三鬼は呆れながら三二一の隣へと座る。
「だって、良いアイディアだと思ったんだもん……」
 そう言うと三二一はカルボナーラを食べようとフォークを持ち上げるが、ピコン! と頭上に電球が瞬き違うアイディアが頭の中に閃いたようだ。
「そうだ。三鬼。お詫びにチョコクランチ買ってきたら許してあげるわ」
 ビシッ! っと、SEが付きそうなくらいの速さでフォークの先を三鬼に突き付ける。
「なんでそうなるんだよ。……それに、お金払ったの俺じゃなくて下宿の大家さんのお金じゃん。請求するなら大家さんにしてくれよ」
「えー! やだー。今食べたいの。買ってきてよ」
 ごねはじめたパートナーに、三鬼はため息をついたのであった。