校長室
悪魔の鏡
リアクション公開中!
と言うわけで。 祭りは終わりに差しかかろうとしていた。 「ぐぎぎぎぎぎ……。おのれリア充め……」 どこからともなく怨嗟のうなり声が聞こえてくる。空京の町を暗躍する怒りのフリーテロリスト、葛城吹雪はまだ健在だ。大勢の非リアを率いて、恋愛ブルジョアジーと戦う貧民達のカリスマ。その勢力はすでに革命軍だった。 「リア充爆発しろ!」 悪魔の鏡の効力でニセモノを作り出し混乱を巻き起こす。 だが、彼女は一つミスを犯した。鏡を他の仲間達にも渡したため、コピーたちがどの鏡から作り出されたのかを把握できていなかったのだ。 「……!」 吹雪は驚愕する。狙っていた美羽とコハクのコピーが作り出せなかったのだ。一度複製を作り出された対象からは複製を作り出すことが出来ない。そんな鏡の法則のためだった。あの二人のドッペルゲンガーは、他の鏡が作り出したもの……。 「……」 仲良くデートをしていた美羽とコハクは草むらの陰で光る鏡を半眼で眺めた。まさか、いきなり目の前に犯人が現れるとは思わなかったのだ。 「蹴る!」 美羽は、一瞬で間合いを詰めていた。いつもの美脚を披露しながら強烈な蹴りを繰り出していた。 「くっ……!」 一テンポ呼吸が遅れた吹雪は防御で精一杯だった。抜群の反射神経が、彼女自身の身を守るために鏡を盾として使わせていた。 バリン! と派手な亀裂音を残して鏡は砕け散る。 「あっ、しまっ……!」 「まだまだぁ!」 美羽は、連打を繰り出してきた。もとより鏡の持ち主など蹴り壊すつもりだ。そのまま病院のベッドへ直行してもらおう。 「ほどほどにしておこうよ……!」 そういいつつもコハクも参戦してくる。楽しいデートをぶち壊しにされてちょっとイラッとしていたところだ。 「無念、もはやこれまで……!」 そう判断したのは、隠れて様子を見ていた葛城吹雪のパートナーのイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)だった。 彼は、予め用意してあった大量の爆発物を一気に破裂させる。 「危ない!」 本能的に危機を察知したコハクが美羽を押し倒して覆いかぶさる。 ドオオオオオオオオオン! イングラハムのシルエットを模した宇宙人型のキノコ雲を立ち上らせながら、辺り一面が大爆発する。 周囲はクレーターが出来るほどにえぐれ全てを吹き飛ばしていた。テロ仲間や通りがかりの街の人々まで巻き込んだ大惨事だった。 「……なんてことをするんだ」 衝撃が一通り収まり、コハクは顔を上げる。 「美羽……、大丈夫だった?」 「うん、ありがとう。でも……」 コハクの真下から美羽が見つめてくる。 自分の体勢に気づいてコハクは真っ赤になる。美羽を守るための不可抗力とはいえ押し倒しているではないか。身体は完全に密着している。 「ご、ごめん……!」 慌てて飛びのくコハクに美羽はクスリと微笑んだ。 「ううん、二人とも無事だったから許す。……あんまりイヤじゃなかったし……」 起き上がった美羽は衣服の埃を払ってからコハクの手を取った。ご機嫌で歩き始める。二人のデートはこれからだった。 ○ 鏡を持っていた吹雪が消滅したことにより、事件は解決したかに思えた。 「さらば、自分のドッペルゲンガー。その雄姿は忘れないであります!」 ニセモノ吹雪の笑顔が浮かび上がる空へと敬礼した本物の葛城吹雪は、背後からパートナーが近づいてくる気配ににやりと笑った。 「お疲れ様。まあ多分ちょうど今頃やられている頃だろうと思って持ってきたのよ」 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は、隠し持っていた最後の一枚の鏡を吹雪に差し出す。コルセアは、【亜空のフラワシ】に悪魔の鏡の最後の一枚を忍ばせていた。バビッチ・佐野から鏡を買い取った時にもう一枚盗んで持っていたのだ。 「そろそろ、引き上げる潮時かと思うであります。最後に一仕事をして、帰るとするでありますよ」 そう、まだ終わっていない。鏡を受け取った吹雪は、コルセアと別れもう一勝負挑むことにした。 一緒に吹き飛んだイングラハムの心配はしていなかった。ナノマシン拡散があるので多分死んでいないだろう。後で残骸を回収しに行くとしよう。 フリーテロリストとして、非リア充たちの女神として、トラウマを抱える軍人として。最後まで戦い続けよう。 後は、全部ニセモノの仕業に仕立て上げるだけだ。彼女は偶然空京の町へと遊びに来ただけの善良な女の子。気がついたら、自分のニセモノがとんでもない騒動を起こしていてまあ大変。よよよ……、とおろおろしながら泣き崩れるであります! ニンマリとほくそ笑んだ吹雪は荷物もまとめて立ち去りかけて……。 ダダダン! 不意に銃声が響き、正確無比な狙撃が彼女と鏡を撃ち抜いていた。 「過酷な戦争の体験も、ごくまれに役に立つことがある。それがいいことなのか悪いことなのかは俺には謎だが」 ずっと鏡を探していたスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)が、狙撃を終えて物陰から姿を現す。 倒れて動かない吹雪と弾丸が貫通して壊れた鏡に交互に視線をやってから、彼は街並みを見渡し物音に耳を済ませる。大半のコピーを作り出していた悪魔の鏡が破壊されたことで、ドッペルゲンガーたちも消滅していくのがわかった。 「もう一枚あったよ」 吹雪の持ち物を探っていたユウキ・ブルーウォーター(ゆうき・ぶるーうぉーたー)が、鏡を取り出していた。 ダン! スプリングロンドは躊躇なく鏡を打ち抜く。鏡は割れて砕け散った。 「……みんな消えていくね。コピーとはいえ、生きていたんだと思うよ。きっと……」 複雑な表情をするユウキに、スプリングロンドは自嘲気味に笑った。 「戦火で歪んだ最低野郎は、鏡にはどう写るんだろうな」 「わかんないけどボクにはグランパはかっこよく見えるよ」 ユウキは笑顔で言って、振り返った。 向こうからリアトリスたちが駆けつけてくるのが見えた。事後処理は彼らに任せよう。事件は解決し、空京は程なく平穏に戻るだろう。 「あばよ……」 スプリングロンドは夕焼けの空を見上げる。多くの魂が昇っていくような気がした。 「きっと天国へ行けるであろう。オレと違ってな……」 「こんなこともあろうかと、防弾チョッキを着せて置いてよかったわ」 吹雪のパートナーのコルセアは、音と衝撃に驚いて目を回しているマスターを引っ張って帰っていく。 案の定、テロは失敗し多くの人たちが後始末に追われている。こっそりと姿を消すなら今だった。このときのためにずっとスタンバっていたのだから、万一にも抜かりはない。 「……それにまあ、いつでも続けられるしね」 散々な目に遭った人も多いだろうけど、彼女らに後悔も反省もない。生き様を貫いたらこうなっただけ。きっと……コルセアは思った。 あの錬金術師もそうだったのだろう。良い悪いではなく、自分に素直だったのだ。 「またやろう……!」 そう誓いつつ、彼女らは静かに空京を去っていった。 騒ぎは徐々に収まり、ざわめきは平常へと変わっていく。 かくして、彼らの長くて短い一日は終わったのであった。 街中からニセモノはいなくなり、空京に再び静かな日常が訪れるだろう。 果たして鏡は全て破壊されたのだろうか? まだ残っている鏡はなかったのだろうか。そんな一抹の不安だけを残して、事件は幕を閉じた。