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「なんだありゃあ、宝石……なわけないよな。ちぇえっ」
 樹木の上から洋館の敷地を見下ろした緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は、魔法少女3人によってもたらされた星屑のひとつぶひとつぶを肉眼で見極めていた。
「既に終了ってワケでもないみたいだし。そうなるとターゲットは部屋の中か。大きな洋館だし、面白そうじゃん」
 輝夜はこれまでに、幾多の戦場をくぐり抜けてきた。
 その中で鍛え抜いた肉体にものを言わせて、幾何学庭園へと駆け込んでいった。
 入口から洋館のポーチまでの最短距離は、ディメンションサイトで正確に把握している。
 突き当たった垣根を脅威の跳躍力でことごとく跳び越えていった。いくつめかの垣根を高々と跳び越えたとき、眼下にアイリの存在を確認した。
 こちらの気配を察して振り仰いだアイリの頭上を飛び超えて、彼女の肩の上に降りて倒立した。そのまま勢いを殺さないように肘の屈伸運動だけで弾みを付けて、洋館の方へと大きく飛翔する。
 そのままポーチに滑り込んだ輝夜は、両開きの大戸めがけて肩口から体当たりを喰らわせた。その勢いで扉を強引に押し開き、グランド・エントランスに突入する。
 彼女はそこで、耳をそばだてた。
「歌姫(ディーバ)の声が聞こえる、2階かっ」
 息の上がった様子を少しも見せない輝夜は、真っ黒なお下げをなびかせて、エントランスの奥に位置する螺旋スロープという珍しい施設を駆け上がっていった。グランド・エントランスを見渡せるようになっていて、壁面には各地の風景画が掛けられているようだ。
「禁書で火遊びしてる吸血鬼、さっさと出てこーいっ」
 輝夜には、悠長に構えていられないワケがある。

 ――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)という男がある。
 魔族との戦いにおいてその身を焼かれ、現在も異形の者と変わり果てて、この地のどこかを彷徨っているのだという。しかしその容姿ゆえに、一目でそれがエッツェルであると認知できる者は、ほんの僅かばかりであろう。彼が、緋王 輝夜の義父にあたる。
 彼女とエッツェルは、契約関係にある。それはつまり、彼の死こそが彼女の万死に値するということだ。
 契約者の死を乗り越えるためには、人並み外れた心身の強さが要求される。
 エッツェル・アザトースの暴走を食い止めることは、ひいては輝夜の安息を保障するものだ。彼をこの世につなぎ止めておくことができるのも、唯一の義子つながりである輝夜を置いて他にないのである。
 自らの鍛錬を生業と両立させて生きていかなければならない。
 それが、彼女に課された命題だ。
 運命の枷からエッツェルが解放されるその時まで、輝夜が止るわけにはいかないのである――

 洋館2階の大舞踏場で、当の卿はパラ実の女子と対峙していた。壁に設えた燭台のロウソクだけでは、少々薄暗い空間だ。しかし、輝夜にとってはどれも機微な要件だ。
「アンタがアルバート、ローゼンクローネかあっ! あたいが相手だああああっ!」
 身の丈おおよそ30センチの差をものともせず、輝夜はローゼンに躍りかかる。舞踏場の床は堆積した真っ白なホコリのようなもので覆われており、脚で踏みしめる度に白煙が立ち上った。
「――無茶だよアンタっ、待ちなってっ!」
 ローゼンと対峙していたパラ実の女子、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)が輝夜に叫んだ。
 身を包んでいた黒衣を背後に払ったローゼンは、紫紅の瞳を見開いた。
「相手になってやる」
 フラワシによる真空刃をまとった輝夜の利き腕が、ローゼンの胸元めがけて炸裂する。
 ローゼンは一歩退いて拳をかわし、あらためて後退を始める。それに追従して彼女は連撃を繰り出した。うねりをみせる風圧によって巻き上がった白煙が、辺りの視界が真っ白に染めあげていく。輝夜の視線はローゼンを常に捉えており、そしていつしか、お気に入りの詩を口ずさんでいた。
 大きく間合いを取ったローゼンが片腕を水平に振り払うと、辺り一面を埋め尽くしていた白いホコリから無数のジャイアントバッドが沸き立って、輝夜とセシルへと襲いかかった。
「はあああああああっ!」
 多重残像で織りなされる連撃によって、ローゼンが蘇生させたアンデッドのコウモリ達が次々と白塵へ還されていった。しかし応戦一辺倒の輝夜の身体には、かぎ爪による裂傷が広がっていく。
「はあっ、はあっ……」
 連撃に次ぐ連撃で息の上がってきた輝夜からは、鮮血が滴り落ちていた。新たな灰燼からジャイアントバッドが蘇生することはないだろうが、それでも生み出されるジャイアントバッドのアンデッドは数を増すばかりだった。
「ちょっと退いてなよ、傷だらけだわ」
「くっ、気をつけな、アンタ」
「心配しないで。物事にはね、向き不向きっていうのがあるの」
 セシルは再びローゼンと向き合った。
「それで、どこまで話したっけ? ああそう、大人しく捕まったらどう? 安心して、後生大切にしているあなたの禁書なら、私がコレクションしてあげるから」
「そう容易く屈するような覚悟で臨んだわけではないからな。無理な相談だ」
 ローゼンの両目が禍々しい緋色に輝いた。高位のエンドレス・ナイトメアの前に、しかしセシルは全く怯まない。
「何の子供だまし? あなたそれでも闇を知る者の端くれ? 私ってその道で脱線しちゃったから、よく分からないんだけど」
 クセった横髪を梳くセシルの足下から、絶対暗黒領域の黒い燻りが滲み出ていた。
「今日のコンセプトは、闇を刈る者。ほら早く、漆黒の虜にしてごらんなさいよ」
「なかなかに興味深い……だが既に禁書の封は解いた。事は間もなく成し遂げられる。それを邪魔する者は、命に替えてもねじ伏せよう」
「ふぅん」
 ローゼン卿が指をスナップすると、灰の海から幾頭ものワーウルフが立ち上がって涎を滴らせた。セシルが足を強く踏みならすと、エンドレス・ナイトメアの効力によってワーウルフ達の腐った頭脳に混乱を来し、大半の亡者がローゼンめがけて襲いかかっていく。
「ふん」
 アンデッドのコントロールを解かれたワーウルフ達は、一瞬にして実体を失った。
「つまらない男」
 短刀を抜いたセシルは、ローゼンへ挑みかかった。相手はとっさのことで思わず及び腰になったのかと思われたが、そうではなかった。
 激しい火花を散らして、短刀とフルーレの切羽が詰まる。先ほどの怯みは、黒い外套の下に忍ばせた得物に手を伸ばしていたのであろう。彼女は何度か切り結ぼうとするも、ことごとくフルーレで受け流されてしまう。
「くっ……あなた、魔法使いよりも、剣の方が明るいんじゃない?」
「元来、こっちが主流だったものでな。お生憎様だっ」
 短刀を大きく振り払われたセシルは、腹部に蹴りを受けてしたたかに吹き飛んだ。痛みは少ないけど、剣戯で競り負けたのはちょっと悔しいとみえる。
 壁面に追い込まれたセシルの鳩尾に、フルーレの先端が突きつけられた。上衣を締め付けるベルトの上からとはいえ、並の実力者程度であれば圧し貫かれて終りであることは言うまでもない。
「どういうつもり?」
 押し当てられている剣先を、彼女は堂々と胸を張って、押し返した。
「少しだけ痒いけど、ちっとも痛くないわ」
「余程できている(スキル:痛みを知らぬ我が躯)な。見くびっていた」
 胸の膨らみをなぞらえてノド元に剣先を移動させたローゼンは、そのまま2歩、3歩と視線を交錯させたまま間合いを開くと、外套をひるがえして脱兎の如く逃げ出した。
 足留めとばかりに、スケルトンとマミーがぞろりと召還される。
「にっ、逃がすかあっ!」
 うごめく雑兵を蹴散らして舞踏場の奥へと踏み込んでいくと、その先からは灯りの乏しい長回廊が始まっていた。
「――えっと、えと」
 セシルは背中に、冷たいものが流れ落ちていくのを感じた。
「この先……真っ暗、じゃない? あは、はっ・・・・・・」
 背後に迫るアンデッド達に戦りつを覚えたのは、これが初めてのようである。
 月光の石の存在を思い出すためには、もう少し冷静さを取り戻す必要があった。

▼△▼△▼△▼


 一方、輝夜の手当を済ませたクリスティー・モーガンとクリストファー・モーガンは、真っ白になっているセシルをなだめて回廊へと踏み込んでいった。