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琥珀に奪われた生命 後編

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琥珀に奪われた生命 後編

リアクション


6/とりもどすべき、もの


「そうか、あの小娘がこちらに来るか」
 香菜が、遺跡内部へと突入した。フォローが、必要だ。
 連絡を受けた樹の表情は、しかし面倒事を押し付けられたという風には歪められてはいなかった。
 
 むしろ、逆だ。
 
「おい」
「──ああ、わかっている」
 樹の目配せに、ダリルが頷く。言われるまでもなく彼の手は、キーボード上を駆け巡っていた。
「しかし、お前が危惧したとおりになったな」
「……まあ、ね。でも危惧っていうのはちょっと違うかな?」
 ダリルの操作によって隔壁があるいは降り、またあるいは開き、少女の辿るべき最短のルートを構築していく。遺跡内で戦う皆へと、それを一斉転送。どうこうしろと、言うわけではない。ただ、送りつける。
 
「こうなるだろうな、っていう予感っていうか。そんな風に感じただけなの」
 瞬間移動。背後から急所を狙い、ルカルカはかなりの数を減らした男たちの生き残りをまたひとり、昏倒させる。章たちも、この近辺の制圧は時間の問題といったところか。
 樹と視線を合わせ、頷きあう。そして樹の、号令ひとつ。
「よし! ここを維持するための最低限の守備を残し我々も目標に向かい進攻を開始する!! あとから来る世話の焼ける小娘に、路を拓くぞ!!」
 

 
 香菜が、遺跡の中にいる。そして、最深部を目指している──その情報を耳にして。そして、ダリルからのルート見取り図が送られてきたとあれば、どうすべきかなど一目瞭然だった。
「よっしゃ!! もっと暴れるぞ!!」
 陽一が、拳を握る。
 ルート上から、敵を引きつけ。そして、排除する。少しでも、一直線に彼女が進んでいけるよう。
 派手に暴れて、邪魔者たちの邪魔をしてやるのだ。
「ええ!! けっしてここから先には、近付けさせません!!」
 少女の進む道を、守るために。
 朱鷺と、フレンディスと。ベルクとともに、陽一は出現する敵の前に、立ちはだかる。
 
 
 だれかのために戦っているのは、彼らだけじゃあない。
 
 
 香菜を行かせた者たちもまた、戻ってくる場所を守り、支え続けている。
 
「フルーネっ!!」
「ミスティさん、よろしくっ!!」
 ローグの、レティシアの攪乱がパートナーたちの射撃を呼び込み、そして香菜に代わりサポートについたベアトリーチェに支えられ、美羽のロケットランチャーが火を噴く。
「どうっ!?」
「やっぱりまだ……っ! でも、見てください!!」
 
 直撃を浴びてなお、二体の生物兵器たちは倒れない。しかし、徐々に変化の兆しを見せ始めていた。
 身体の、表面が。その色が濁って──徐々に乾き始めている。
 
「あとひと息なのか!?」
「だと、いいけどっ!!」
 煉が、セルファが怪物たちの変化に注視する。そして駆ける。
 零の太刀。そして乱撃する、ソニックブレード。渾身の技をそれぞれの目標に叩き込み、一撃離脱。
 やはりダメージは与えられていない──いや!
 
「涼司くん」
「……ああ」
 
 加夜が涼司に寄り添い、彼の指さす方向を見つめていた。
 生物兵器の外皮が、その攻撃を受けた部分だけほんの僅か、乾ききった砂糖菓子のようにぽろぽろと、崩れ始めている。
 
 ──今なら!!
 
「う、おりゃあああっ!!」
 シリウスの炎が、牙持つ個体をなお、焦がしていく。
「だ、ああああぁっ!!」
 姫月の刃が、異形の翼を一枚、斬り落とす。
「今度こそ……!! もう一発、行きますよっ!!」
 真人の充電も、もうたっぷりだった。
 あとはそう、それを撃ち放つだけ。
 

 
 香菜は、走る。指示されたルートをひたすらに、その見取り図のナビゲートに従って。
 この先を、右。そうしたら、更に突き当たりを左に曲がって。
 頭の中で何度も反芻する。託された、コアトルを手に。石の床を踏み鳴らし、息を切らせて。
「香菜ちゃん、気をつけてください。まだ敵が潜んでいるかもしれませんから」
 あとに続く、柚の言葉に頷く。彼女の言うことを裏付けるかのようにところどころ、縛り上げられ、あるいは気を失い倒れ伏す黒服の男たちが通路の隅に転がっている。
 
「!?」
 
 曲がり角にさしかかったとき、こちらに向けてぐらりとひとつの影が傾いてくる。
 それもまた、意識を失った黒服。その身体を縛り上げるようにワイヤーが絡み付き、香菜に向かって倒れそうだった四肢を通路の先に引っ張り退かす。
「悪い!! だが行け、この先だ!!」
 降り立った唯斗──彼だったのか、と思いはしても、振り返りはしない。
 唯斗やフレンディスたちが戦う中を、走り抜ける。皆が切り開いてくれた道を、行く。
 その最後尾、三月のちらと向けた視線を感じ、唯斗は同じ方角を見遣る。
 
「……いい加減、出てきたらどうだ?」
 
 敵じゃあ、ないんだろう。誰に気兼ねしているのか、義理立てしているのか知らないが。
 虚空に向かい、言う。
 
 ──応答は、なかった。
 果たしてどこの誰なのかは、わからないけれど。
 暗闇の中、どこかにいる相手に背中を預け、唯斗は香菜たちの背後を守るため、再び戦闘の中に戻っていくのだった。
 

 
「みんなっ!!」
 そうして、彼女は辿り着いた。
 破壊すべき、演算装置のもとに。
 ルシアが、某が。セレアナが、ロザリアーネが──そして、アルテッツァが集中砲火を浴びせ続ける、その只中へ。
「──遅いわよ、ほんとうに」
 振り向きもせず、ルシアが応じる。その額には脂汗が滲んでいて。
 
「来たのなら、呼吸を合わせろ。我々の最大火力を結集して、一点にぶつける」
「ちょうどいいもの、持ってるじゃないですか。それで、ダメージを与えた一点を貫いてください」
 
 某がぶっきらぼうに、アルテッツァが明確に指示を出す。
 顔を上げて、香菜は爆風の煙残る中に浮かび上がる宝石じみた演算装置──『魂の牢獄』を見据える。
「柚。僕たちも」
「ええ」
 柚と三月が進み出て、各々掌を翳す。
 サンダークラップに、光術。電撃の火花が、瞬く光が、ふたりの手に生まれる。
「しっかり、タイミングを合わせて」
「母様たちを、取り返しましょう」
 セレアナとロザリアーネの言葉に、香菜はまた、頷いた。
 そうだ、とり戻すんだ。皆の、生命を。
「行くぞっ!!」
 某の一声とともに、轟音が部屋中を埋め尽くしていく。
 アルテッツァの氷が演算装置を凍結させ、そこに圧倒的な熱量を以って某が、フェニックスアヴァターラ・ブレイドを、そして電撃を放つ。
 電撃を撃ち込むのは、柚もそう。三月と手と手を繋ぎ合って、力の限りに自身の全力を放出する。
 フューチャー・アーティファクトを乱れ撃つロザリアーネの肩越しに、セレアナは静かに狙いを定める。
 ダメージはあちらにも着実に蓄積しているはず──その場所を、けっして読み違えないよう。自ら手にした銃の照準を、引き絞っていく。
 
「──ここ!!」
 
 そしてそれまでの破壊の噴流たちからすれば一見、ささやか極まりないようにしか見えないような射撃が一発、演算装置の外殻に吸い込まれていく。
 まだだ、まだ。これは単なる布石に過ぎない。
 銃を投げ捨てる。かわりにその手に、フロンティアソードを抜き放つ。
「──あそこを狙えってことだね?」
 駆け出すセレアナ。そこに不意に現れ、併走する同じく刃握った男──それは、章だった。
 後詰めで、ルカルカや樹たち一行がここに、間に合ったのだ。
 両者、同時に跳んで。同じ位置へと互いの刃を振りおろし、突き立てる。
 最外装は、これで。これで、貫けたはず。
「よくやった!! 待ってろ、小娘!! あとはこいつで、最後の装甲を……!!」
 樹が、こじ開けられたそこを狙い撃つ。寸分の狂いもありはしない。
 完全に狙いを絞った、的確この上ない狙撃。ばちばちと火花を散らして、内部の機械がその個所に露出する。
 
「香菜っ!!」
 
 ルシアの叫びに、弾かれるように香菜は動き出す。
 槍を手に、少しずつ、その歩みは疾走へと変わり、やがて最高速に到達するとともに跳躍へと繋がっていく。
 脳裏には、友の笑顔があった。とり戻すべき、生命の持ち主の姿がたしかに、あった。
 
 ──助けるよ、絶対。
 
 言葉は声にならなかった。ただ目標に向かい、ずっとまっすぐコアトルの槍を突き立てる、そのことだけが動作として香菜の肉体を支配していた。
 確かな手応えが、あった。
 
 演算装置がもはや機械としての体をなさなくなったことは、それで間違いがなかった。
 これできっと、みんな目覚める。そう、実感できた。