校長室
今日はガチで雪合戦!
リアクション公開中!
<part3 天翔るモノ> 百合園軍の陣地、戦線の遙か後方には、回復エリアが設営されていた。 コタツが何台も置かれて発電機に繋がれ、焚き火の上には鍋がかけられている。 ぐつぐつ煮える鍋で生姜湯を作っているのは、桜月 ミィナ(さくらづき・みぃな)。仲間たちに防寒具を着せて戦争に送り出した後、仲間の一人に教わった特製の生姜湯を用意しているのだ。 ショウガと蜂蜜をたっぷり使った、体の温まる最終兵器。 「うん、美味し♪」 ミィナは生姜湯を一口試すと、にっこり笑った。 コタツには上園 エリスが子猫のように丸くなって入っている。 「ねーねー、ミィナちゃーん。まだー?」 「はぁい、今できたよっ」 ミィナはエリスに生姜湯のなみなみと注がれたカップを与えた。 エリスは生姜湯を飲むと、ぷはーっと満足げに息を吐く。 そこへ、洋たちの部隊もやって来た。どやどやとコタツに潜り込む。 「ふー、生き返るぜ」 「命のコタツですわね」 「死ぬところだった」 「……体温上昇。以上」 洋たちは防寒対策をしていなかったため、体が冷え切っていたのだ。 「生姜湯はたーくさんあるからね! 召し上がれ!」 ミィナは笑顔でカップに生姜湯を注いで配った。 セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)は白狼の毛皮の外套で身を覆い、雪の大地にじっと伏せていた。真っ白な外套のお陰で彼女の姿はすっかり雪原に溶け込み、一見して見分けがつかなくなっている。 やにわにセフィーが駆け出した。手に提げているのは大振りの氷柱で作った長剣だ。身を低くして足音もなく走り、雪隊長の背後に切迫する。 「――ッ!」 セフィーが長剣で雪隊長の首を薙いだ。受け身を取るという考えが脳裏に浮かぶ間もなく、雪隊長は頭部を切り離されて倒れ込む。 セフィーはすぐさま離脱し、再び雪に身を隠した。雪兵たちはリーダーが誰にやられたのか分からず、いや、いつやられたのかさえ見当もつかずに慌てふためいている。 雪に潜み一撃必殺のヒットアンドアウェイを実行するセフィーとは反対に。 オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)は華々しくも豪壮な戦い振りを披露していた。彼女の使っているのは、大振りの氷柱でこしらえた大剣。 「こんの野盗どもがあッ!」 オルフィナは大剣を振り、その重みにより斬撃というよりは打撃を、雪兵の体に叩き込む。ドカッと鈍器の沈む音。二体の雪兵が一度の攻撃で宙に舞った。 「パンツどころか大事なもんまで奪われたくなかったら、とっとと諦めて帰りやがれ!」 オルフィナは大剣に振り回されることなく、軽い木っ端の棒でも扱うかのように持って怒鳴った。 凛々しくも軍服の似合う女性――リブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)は、淀みなく仲間たちに指揮をしていた。 「レノア、貴様は最大の火力を持って面を制圧しろ。アルビダは空から陸部隊の援護。エーリカはポイントA-1に絨毯爆撃だ」 指示を送ってから、仲間の状況を観察する。仲間たちの動きは鈍くなっている。そろそろ回復が必要なようだ。そう判断し、リブロは後方のミィナに無線連絡を入れる。 「温かなスープと即席麺の準備を頼む。それと、氷弾薬の量産を」 『はいはーい! 準備して待ってるよ〜♪』 明るいミィナの声は、戦場にすさんだリブロの心をわずかに慰めてくれた。 だが、気を抜いてはいられない。雪将軍といえば、ナポレオンがロシア遠征で敗北を喫した強敵。自分こそがあの冬将軍を討ち取ってみせるのだと、リブロは心に誓って今日の戦場に臨んでいるのだった。 リブロはオルフィナやレノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)と共に雪将軍に向かって着実に進軍していく。 レノアは雪合戦用に改造した8.8cm FlaKを装甲車に積載し、ゆっくりと進んでいた。 前方には雪兵たちがこれでもかこれでもかと沸き上がっては押し寄せてくる。まるで降り続く雪から無尽蔵に生まれているかのようだ。ひょっとしたら、実際にそうなのかもしれない。 「たとえ数で圧倒されようとも! 我らは屈せぬ! 退かぬ! 射ッ――!」 レノアは8.8cm FlaKから氷弾を連射した。無骨な原動機のような爆裂音。銃弾は前方の雪兵軍団に食い込み、無数の弾痕を穿ち、薙ぎ払っていく。 雪将軍の周りを旋回していた雪竜の一体が、持ち場を離れて頭から先に飛翔してきた。大顎を開け、雪玉の嵐を吐き出す。 「くそ!」 レノアはFlaKの射角を上向きに修正し、雪玉の嵐に氷弾をぶつけて相殺を図った。とはいえ、すべては打ち消せない。 雪竜が至近まで切迫し、長い胴体を回転させてレノアたちに叩きつけてきた。致命的な質量。まさかそのような攻撃パターンがあるとは想定していなかったレノアたちは、とっさの対応が遅れる。 アルビダ・シルフィング(あるびだ・しるふぃんぐ)があいだに飛び出した。巨大な氷の戦斧で雪竜のテイルクラッシュを受ける。衝撃。重量によって背後に押され、アルビダのかかとが雪面に軌跡を削る。 「くっ……! 早くどけっ!」 アルビダは頑健な腕を痙攣させて持ちこたえ、その隙にレノアたちは緊急回避した。アルビダが飛び退き、雪竜の胴が弧を描いて宙に跳ね戻る。 「あれを処理しないと敵将にはたどり着けないようだな……」 リブロが顎をひねった。無線機を取り出し、仲間たちに連絡を入れる。 「エーリカ、囮になって雪竜Bの注意を惹きつけろ。その機に乗じてセフィーとアルビダが攻撃だ」 了解、と仲間たちが応答した。 航空戦闘飛行脚【Bf109G】で地上への爆撃に携わっていたエーリカ・ブラウンシュヴァイク(えーりか・ぶらうんしゅう゛ぁいく)が、こちらに全速で飛んでくる。 セフィーは後方に停めておいた小型飛空艇で浮上。 アルビダも航空戦闘飛行脚【F4Uコルセア】で飛び立つ。 「行っくよ〜っ!」 エーリカは爆弾代わりの氷塊を抱えて雪竜に斜め上方から特攻した。 「もらったーっ!」 氷塊をリリース。氷塊が頭部に激突し、雪竜がエーリカをターゲットとして捕捉する。 エーリカはホバリングして機関銃で氷弾を雪竜にお見舞いした。雪竜が雪玉の嵐を噴き出す。エーリカは戦闘飛行脚で宙を舞った。 「ほーらほらほら、こっちだよー! 当たんない当たんない♪」 側転、あるいは曲芸を演じるかのごとき軽業で、襲い来る雪玉を避けては、間隙を縫って機関銃で氷弾を連射する。 それはまるで、戦艦を翻弄する高速艇。雪竜の意識は完全にエーリカに縫い止められていた。 セフィーが小型飛空艇で死角から雪竜に接近し、雪竜の頭に飛び移る。 アルビダが氷の戦斧を振りかざし戦闘飛行脚で雪竜に突進。雪竜が気付いてアルビダに雪玉の吹雪を放つ。 「そんな物があたしに効くかっ!」 アルビダは吹雪を物ともせず急迫し、戦斧を雪竜の右目に叩き込んだ。 絶叫し暴れ回る雪竜。 「はあああっ!」 雪竜の頭に乗ったセフィーが、竜の首に長剣を突き立てる。 雪竜は全身を痙攣させ、力を失い、雪煙を上げて地面に墜落した。 「――討ち取ったわよ!」 セフィーは雪竜の巨大な頭を両腕で高々と掲げる。 雪兵の軍団が気を呑まれて後じさった。 「羽純おねーちゃん、雪合戦て楽しいね!」 ルルゥ・メルクリウス(るるぅ・めるくりうす)は比較的戦いの穏やかなエリアにしゃがみ込んで、こねこねと雪玉を作っていた。 「うむ。寒いのはちと辛いが、なかなか良い遊びじゃな」 うなずく草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)も雪玉の作成中。 「しかし、この雪合戦という文化は面白いものであるな。まだまだ我の知らぬ心躍る文化が数多に存在するのだろうか」 スワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)はそう問いながら五十センチの雪玉をこしらえる。蜘蛛型のギフトであるスワファルは人間のような手は所有していないので、一番前の脚で雪玉を転がして大きくしていっている。 「そんくらいでいいぜ。攻撃用に氷玉に変えてくれるか?」 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が言った。 「うんっ♪」 「任せておくのじゃ」 ルルゥと羽純は立ち上がり、雪玉の一部にブリザードをかけた。地面に並んだ数百の雪玉を核として吹雪がくっついていき、硬い氷玉ができあがる。残りの雪玉は防衛に使うため、あえて氷に変えずにおいた。 「さぁぁて! 一丁やるか!」 甚五郎は氷玉を一つ拾ってしっかりと握った。彼の眼に捉えられているのは、二十メートルほど東を歩いている雪隊長。甚五郎は片足を高く振り上げ、接地の勢いと共に氷玉をぶん投げた。 氷玉が雪隊長の胸元にクリーンヒットし、雪隊長は後ろざまに転倒する。 「ふむ、たいしたコントロールであるな」 スワファルが感心した。 雪隊長は起き上がって怒り狂ったように腕を振り回すと、雪兵の大軍を伴ってこちらに向かってきた。甚五郎は氷玉を拾っては投げつけ、次々と雪兵を屠っていく。 それを指をくわえて眺めているルルゥ。 「んー、ルルゥでも小っちゃいのになら投げたら当たるかなぁ?」 「やってみればいいじゃろ。何事も鍛錬じゃ」 羽純に勧められ、ルルゥは氷玉を雪兵たちの方へ投げてみた。 「えーい!」 ぽて。 三メートルくらいしか飛んでいないし、方向が逆。 「えーい!」 ぽて。また方向違い。そもそも投げるときに思いきり目をつむってしまっている。 「うー、やっぱり無理かなぁ」 「諦めるな! 気合いが足りないんだ! もうこれ以上込められないというぐらい、気合いを入れてみろ!」 甚五郎がアドバイスともつかぬアドバイスをした。 ルルゥは素直に受け入れる。 「分かった! えええええええええいっ!」 今度は飛んだ。高く、高く、浮上して、雪竜のヒゲにこつんと当たる。 雪竜が咆哮して襲いかかってきた。大顎を全開にし、雪玉の吹雪を浴びせかけてくる。 びっくり仰天するルルゥ。 「ふにゃあーっ!?」 「むむっ!?」 スワファルが地面の雪玉をサイコキネシスで持ち上げ、雪竜の吹雪とぶつけて打ち消した。 甚五郎が手近の雪隊長をユグドラシルの蔦で捕らえ、全身を使ってハンマー投げの要領で振り回す。そして、最大の力でもって投擲。 「気合いだああああああああああ!」 雪隊長が雪竜の顔面を強打し、頭部を丸ごと叩き潰した。頭を失った雪竜がぼろぼろと崩れ落ちながら地面に墜落する。 甚五郎が胸を張った。 「どうだ、気合いさえあればなんでもできるだろ?」 「ふえええええ。気合いって凄いんだよ!」 ルルゥはキラキラお目々で甚五郎を見上げた。 雪竜も二頭とも撃滅。いまだ健在な強敵は雪将軍だけとなった。