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リアクション
ベッドの中で桐生理知(きりゅう・りち)はため息をついた。
目の覚めた時から熱があり、なくなく学校を休んだのだが、彼女にはそれが辛かった。というのも、好きな人に会えないからだ。
そのため、少しでも早く治そうと、今日は一日ゆっくり寝ているつもりだった。
しかし、部屋に一人で寝ていると寂しさが募ってくる。
「……うーん」
昨日、微熱があったにもかかわらず、デートへ行ってしまったのが原因だろうか。恋人を心配させまいとしたのが、逆にあだとなったようだ。
部屋の天井をぼーっと眺めながら、理知は無意識に再びため息をついた。昨日会ったばかりだと分かっていても、会いたい気持ちが増していた。
いつの間にか眠りに落ちた理知は、ふいに誰かの気配を感じた。
「悪い、起こしちまったか?」
「翔くん……?」
辻永翔(つじなが・しょう)だった。
理知はあわてて上半身を起こした。
「まさか、来てくれるなんて……会いたいって思ったからかな?」
「何言ってるんだ? 寝ぼけてるんじゃないのか」
と、翔は笑ったが、すぐに理知の様子に気づいて視線をそらした。
理知のパジャマは着崩れており、下着を着けていない素肌がちらりと垣間見えていた。ただでさえ熱にうなされているため、いつもよりも色っぽく見えた。
「でも、嬉しいな……」
と、理知は弱々しく微笑んだ。
そして翔の袖をきゅっとつかむ。
「会いたかったの。もっと、そばに来て……」
翔は理知にされるがまま、ぎゅっと抱きしめられる。
いつも違って弱々しい彼女を、翔は優しく抱きしめ返した。お互いの体温が伝わって、心臓がドキドキと安堵の鼓動を打ち始める。
「……あれ? 夢じゃ、ない?」
「ああ、夢じゃねぇよ。目、覚めたか?」
はっとして、理知は翔から離れる。
「あ、あれ? だけど翔くん、学校は……」
と、時刻を確認して理知は驚く。すでに放課後の時間になっていた。
状況を理解した理知を見て、翔は彼女の肩へ手を置いた。
「ほら、病人は大人しく寝てろ。明日も学校休むつもりじゃないだろ」
「あ、うん……そうだよね、ちゃんと治さなくちゃ」
と、理知は彼にうながされて布団へ潜る。翔に心配されていることが、何故だか嬉しくてたまらなかった。
「今日は、ごめんね。ありがとう……」
と、理知は彼へ言った。とても幸せそうに微笑みながら。
翔もまた口元を緩めつつ、大切な恋人へ返す。
「気にするな。こっちこそ、思ったよりも元気そうで安心したからな」
風邪をひいていることを忘れてしまうくらい、理知の胸は喜びに満ちあふれていた。
* * *
「アーデルさん、お加減はいかがですか?」
と、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は尋ねた。
アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は、風邪をひいてすっかり身体が弱っていた。
「ああ、すまんのう……少しは良くなったようじゃが」
と、くしゃみをするアーデルハイト。
ザカコは少し苦笑すると、乱れた毛布をかけ直してやった。
「全くもう……。冬はもう少し、暖かい格好をしなければいけませんよ」
「うむ……」
「部屋もあまり暖かくないみたいですし……」
ザカコは室内を見回すと、すぐに暖房器具のスイッチを入れた。部屋の中が暖まっていくのを確認して、アーデルハイトの元へと戻る。
「ちゃんとベッドで休んでいて下さいね。必要な事があれば自分がやりますから」
「うーむ、それなら何か食べさせてはもらえぬか?」
「食欲はあるんですか?」
「いや……しかし、栄養を取らなくては風邪も治りにくいじゃろうて」
「そうですね。では、ちょっと待っていて下さい。リンゴを持ってきたので、すぐにすりおろします」
と、ザカコは台所へ立つ。
すりおろしたリンゴとともに、ハチミツを入れたホットミルクも用意する。
「アーデルさん、出来ましたよ」
すっかり暖まった部屋の中で、アーデルハイトは上半身を起こした。
「アーデルさん、あまり無理はしないでください」
「大丈夫じゃ、これくらい……っくしゅん」
ザカコはベッドのそばへ寄ると、すりおろしたリンゴをスプーンですくった。
「じゃあ、少しずつ食べて下さいね。はい、どうぞ」
と、アーデルハイトの口元へ運ぶ。やや戸惑いを覚えつつも、アーデルハイトはリンゴを口にした。
「どうですか? お口に合えば良いのですが」
「うむ、これならどうにか食べられそうじゃ」
「それなら良かったです。あ、身体が冷えてはいけないので、ホットミルクもどうぞ」
と、カップを手渡すザカコ。
ホットミルクを一口飲み、アーデルハイトはつぶやいた。
「……わしも年かのう」
いつになく弱気な声だった。
「まさか、風邪をひくなんて……」
弘法にも筆の誤り、まさしく油断した結果だった。
「アーデルさん……大丈夫です、すぐに治りますよ」
と、ザカコは優しく彼女をなぐさめる。
「ちゃんと栄養を取って、しっかり休んで下さい」
「うむ……そうじゃな。これも年のせいかのう、つい弱気になってしまったようじゃ」
と、アーデルハイトは返した。
「やれやれ、年はとりたくないのう」
ザカコを心配させまいとして笑うアーデルハイト。ザカコもにこっと微笑むと、二口目のリンゴをすくってやった。
* * *
「すみません……」
と、布団の中でクナイ・アヤシ(くない・あやし)は謝った。
パートナーを守る立場にあるはずなのに、彼は体調を崩して風邪をひいていた。
「ううん、謝ることないよ。というか、謝るのは僕の方だから」
と、清泉北都(いずみ・ほくと)はクナイの額に濡らしたタオルを置いた。
北都は珍しく一緒に寝ようと、クナイのベッドに入ったのだが、そのせいでクナイはうまく眠れず寝不足に、そして体調を崩してしまったのだった。
「いえ、北都は何も悪くありません」
「……そうかな?」
「ええ」
北都は腑に落ちない顔をしていたが、原因を突き止めたところで何にもならないことに気づく。
「クナイはゆっくり休んでて。僕、おかゆを作ってくるよ」
と、部屋を出て行く。
静かになった室内で、クナイは両目を閉じた。熱があるせいか、頭がぼーっとしていた。
台所に立った北都は、さっそくおかゆ作りを始めていた。
具には梅干しを、と思ったが、クナイはあまり梅干しに馴染みがなさそうだ。それなら、食べやすい卵にしようと考える。
そうして出来上がったおかゆを皿に移し、クナイの寝ている部屋へ向かった。
「クナイ、おかゆが出来たよ。食べられる?」
眠りから覚めたクナイは、咳をしながらも身体を起こした。北都は彼の背に枕を置いて、身体を起こしやすくしてやる。
「まだ出来たてで熱いから、ちょっと待って」
と、北都はスプーンですくったおかゆに、ふーふーと息を吹きかける。
「はい、口開けて」
「あーん、ってやつですね」
「……別に、ふたりきりなんだし、いいじゃない。僕は恥ずかしくないよ」
と、北都は言いながらもほんのりと頬を赤く染めた。
クナイはくすりと笑い、口を開ける。北都はすぐに、彼の口元へスプーンを運んでやった。
「うん、美味しいです」
「本当に?」
「もちろん。北都に『あーん』してもらってる、というだけでも美味しく感じられますよ」
北都は不機嫌そうに口をとがらせたが、文句を言うことはなかった。クナイが風邪をひいた今日くらいは、きちんと看病してやりたかったからだ。
食事を終えたところで、クナイは再びベッドへ横になった。
北都は皿を台所へ片付けに行き、再び部屋へ戻る。少しずれた毛布をかけ直してやりながら、北都はふとひらめいた。
夢へ向かう途中、うとうととまどろんでいるクナイ。あと少しで眠れそうなところで、唐突に唇の重なる感触を覚えた。
「……」
ぱちりと目を開けてしまったクナイの目が、すぐ近くにいる北都と合う。
「……は、早く治るようにおまじないだよ」
と、北都は言った。
クナイはにっこりと微笑んだ。北都の方からキスをしてくれるなんて、滅多にないことだ。こんなことが起きるのなら、風邪をひくのも悪くはない。
クナイは再び両目を閉じ、北都は彼が眠りにつくまでそばで見守った。――明日には元気になりますように。
その翌日、風邪をひいた北都が無理やり学校へ行くのを、クナイが止めたとか止めなかったとか。
* * *
杜守柚(ともり・ゆず)は朝から熱っぽかった。どうやら、風邪をひいてしまったらしい。
仕方なく学校を休むことにして、パートナーの出て行くのを見送った。
部屋に一人きり、ベッドの中へ入って息をつく。
「……」
あまりにも周囲は静かで、柚はいつの間にか眠りへ落ちていた。
――暗闇の中だった。何も見えない、真っ暗なところに柚はいた。なぜ何も見えないのか、柚はすぐに気がつく。
目を閉じていたからだ。
何も見たくなくて、自ら目をぎゅっと閉じていた。頭の中に渦巻くのは不安と恐怖。
機械が動く音と、人の話し声が耳に届き、薬品の匂いまでしてきた。
「いや、怖い。誰か助けて……」
苦しみにあえぐ。頬を涙が伝う感触で、はっと柚は目を覚ました。
「……ゆ、め?」
嫌な夢を見てしまった。風邪で心身ともに弱っているせいだろうか。
ふいに扉の開く音がして、柚はそちらへ顔を向ける。
「あ、おかえりなさ……って、海くん?」
部屋へ入ってきたのはパートナーではなく、高円寺海(こうえんじ・かい)だった。
「欠席していたから様子を見に来たが……顔色が悪いな。そんなにひどい風邪なのか?」
と、海は柚の元へ歩み寄ってくる。
「あ、ううん……風邪は、そんなにひどくないんですけど……」
と、柚は先ほどの悪夢を思い出して視線をそらす。
「少し、怖い夢を見ちゃって」
「……そうだったのか。体調はどうなんだ?」
「眠る前よりは、楽になった気がします……」
返事を返しながら、柚はまだ自分の身体が震えていることに気づく。
「じゃあ、早く治すためにもしっかり休まないとな」
「は、はい……」
柚は思い切って、海の顔を見た。
「あの……海くん、少し手をつないでくれますか?」
と、弱々しい笑顔を浮かべながら、柚はまだ震えている手を伸ばす。
「また、怖い夢を見ないように……」
海はうなずくと、そっと手を出して、彼女の小さな手を取った。安心させるように、ぎゅっと握る。
「ありが、とう……」
と、柚は再び涙した。好きな人に触れているだけで震えは止まり、心を支配していた不安と恐怖が溶け出していく。
笑顔のまま、嬉しくて泣きだした彼女を、海は優しい目で見守った。
* * *
「大丈夫か? セイニィ」
と、武神牙竜(たけがみ・がりゅう)はぬるま湯を入れた桶とタオルを持ってきた。
セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)はそちらに目をやりつつ、返事を返す。
「まぁ、少しはね」
「そうか。汗、かいただろ? きちんと汗を拭いて着替えた方が良いぜ。その間に俺はちょっと台所借りて、何か作るからさ」
と、牙竜は桶とタオルをセイニィのそばへ置く。
「ん……そうね、ありがとう」
もぞりとセイニィは起き出し、牙竜はそそくさと台所へ消える。
雪の降る日、セイニィもまた風邪をひいて寝込んでいる一人だった。
牙竜はてきぱきとおかゆを作った。味付けには好みがあるし、セイニィの体調にもよるため、おかゆとは別の皿に卵、薬味用に細かく刻んだネギ、すりおろした生姜、鰹節に醤油を混ぜたものを用意した。
それらをお盆に載せてセイニィの部屋まで運ぶ。
「セイニィ、食欲はあるか?」
と、声をかけながら歩み寄る。
セイニィはベッドに座り込んでぼーっとしていた。それまでずっと眠っていたため、起きていたい気分なのだ。
「ええ、着替えたらすっきりしたし、食べられそうだわ」
「それは良かった。おかゆを作ったんだ」
と、牙竜はベッド脇の椅子へ腰を下ろす。
「いくつか種類を用意したから、好きなように食べてくれ」
「ふぅん……ありがとう、牙竜」
と、セイニィはお盆を受け取って膝の上へ置いた。
彼女が食事を始めたところで、牙竜は一度わかせて冷ました白湯と、すりおろしたリンゴを台所から持ってきた。
「甘いものが食べたければ、リンゴも用意してあるからな」
「……ずいぶんと世話をかけちゃったわね」
「気にするな。セイニィはいつも頑張りすぎてるんだ、これくらいは当然だろ」
牙竜の気持ちは素直に嬉しく、セイニィは胸がほっこりと温かくなった。
「でも、早く治さなくちゃいけないわね」
「……別に風邪をひくくらい、悪いことじゃないだろ。俺がそばにいてフォローするから、ゆっくり休んでいろよ」
と、牙竜は優しい口調で言った。
「ええ……、ありがとう」
と、セイニィは牙竜の思いが詰まったおかゆを口にした。
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