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リアクション
16時30分:大通り
「香菜ちゃん! 香菜ちゃんしっかり!!
香菜ちゃん!!!」
ゆっくりと開いた目に映ったのは、杜守 柚(ともり・ゆず)と杜守 三月(ともり・みつき)の姿だった。
「よかった」
そう微笑む柚の言葉に、夏來 香菜は状況を整理しようと頭をめぐらせていた。
「……ここ、何処?
私、どうしたの?」
「多分事故に遭ったんだ。
僕と柚が通りがかった時には、そこの香菜が装甲車から投げ出されてて――」
三月の説明に、香菜は言葉を遮る。
「二人は!?
私のほかにあと二人居た筈なの! それに……」
追いかけてきた時のローグ・キャストの顔を思い出して、香菜言いよどんでしまう。
「残念だけど……二人は僕達が中を見たときにはもう……」
「怨霊が出てきたから香菜ちゃんだけ連れてここまできたの」
「……また……私を助けて……?
柊 恭也も、唯依も、高円寺 海(こうえんじ・かい)も!!」
「……え……?」
勢いのまま口から飛び出した名前に、動きを止めたのは香菜のほうではなかった。
「海君が……どうかしたの?」
分からないから、質問したわけじゃない。
恐らくこの状況で、その名前が出てくるというのは、誰でも察しがつくものだ。
柚が、香菜からの説明を青ざめた顔で待っていた。
16時31分:住宅街
「何時間経った?」
「多分三時間くらい、ですね」
「分が悪過ぎる!」
五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)の言葉を受けて、高峰 雫澄(たかみね・なすみ)は少々腹立ち紛れに餓鬼の群れへ波動をぶつける。
ジゼルの家に挨拶に行こうとしてこの事件に巻き込まれてかれこれどのくらいの時間が経っただろうか。
空京の街から住宅街に進む開けた通りは元々人通りもあったせいだろうか、怨霊と魅入られた者、そして大通りから溢れる餓鬼でしっちゃかめっちゃかだった。
更に此の頃完全に体調を崩してしまった東雲は車椅子なので、ハンデもある。
「これじゃあジゼルさんの家に辿り着けそうにないですね……」
落ち込み普段より更に声の小さくなる東雲に、雫澄は慌てて笑顔を作った。
「……まっ、まずは人の心配より自分の心配……だよ?」
言いながら周囲に氷の壁を作り四方を囲んだ。
「少し休めるかな」
しかしいざ座り込んでしまうと、のしかかってくる問題。
これはどうしたものだろう。
倒しても倒しても現れる敵を相手に延々と戦う。
冗談ならやめて欲しいし、悪夢なら醒めて欲しい。
守る為に戦うというのは、信念にするには辛い課題だった。
出そうになるため息を飲み込んで、手の中で波動を生み出す。
(あと一踏ん張り、頑張ろう!)
勢いを付けて立ち上がろうと、跳ねながら上を見た瞬間。
「な〜す〜みぃいいいしののめえええ」
叫び声のように自分たちを呼びながら落ちてくるレースに縁取られた爽やかなスカイブルーの――
「ごめん、踏んだ」
自分を潰しながら降って来た声に、雫澄は素直に安心していいのか分からない。
これは多分、いや多分じゃなくて自分たちが探していた少女、ジゼル・パルテノペーだろう。
「ジゼルさん、シャレにならないよ!」
「えへへごめーん。二人が見えてそっちの屋根から飛び移ったら、氷だったから足すべっちゃって」
「でもよかった、無事だったんだね……」
「うん、げんき!
……東雲は?」
一生懸命に作った笑顔でこちらを向かれて、東雲は頷きながら思っていた。
身体の衰弱が進み、彼女に会えない間に自分の状態が彼女に伝わってしまっていた事を。
(心配させてしまったんだろうし、もしかしたらきっと悲しい事を、思い出させてしまったかもしれないな。
それから……
……ううん。ジゼルさんが元気でいてくれたら、それでいいかな)
「会えてよかった」
つかの間の温かい空気を、上からの声が止める。
「ジゼル、そろそろいいか」
アレクサンダル・ミロシェヴィッチが、屋根の上からジゼル達を見おろしていた。
「うん。行こう。
行こうアレク、もうすぐ、多分、全部終わる」
何故だか分からない確信に立ち上がるジゼルに、東雲と雫澄は怪訝な顔で上を見上げていた。
「彼は?」
「イルミンスールのアレク。ここまで私の事、一杯助けてくれたの」
そう言われても雫澄には覚えがあった。先日のアルバイトの時にぼんやり見かけた彼を。泣いていたジゼルを。
(いやいや、なんか事情があったんだよな)
雑念を払う為に頭を振り、アレクを見上げる。
真っ直ぐな瞳は少なくとも嘘をつく人間には見えなかった。
「……分かった、君を信じるよ。
力を合わせて”守りきろう”ね」
「一人で十分だ」
声が聞こえたと思った瞬間、雫澄が作り出した氷壁が爆音と共に消えていた。
「”単純な炎で破れる程度”の力と手を組む必要はない」
雫澄にとって好意を無下にされると言う事は余り無い事だったから、動揺で固まっていると、
少々困った顔で東雲に「行こうか」と促された。
車椅子で進む彼の細い肩を見て、雫澄は思い起こす。
自分には信念があったのだ、と。
(事情はよくわからないけど……でもする事は変わらない。
皆を守ってみせる。
何があっても……絶対に……!)
16時42分:大通り
九条・ジェライザ・ローズは戦い続けている。
彼女が所構わず巻いた油で、地面からは炎が放置した雑草のように燃え盛っていた。
傷や火傷で体は既に限界だったが、まるで痛みを知らぬかのように彼女は何かに突き動かされて動き続ける。
餓鬼の頭に向かって植木鉢を振り回し当てると、そのまま向かいの道路へ走って行く。
手負いの餓鬼は追いかけてくるが、そこはローズが張り巡らせたワイヤーだらけだった。
罠に倒れた餓鬼の背中へ、ローズは25mmのレンチを突き立てる。
「ピギャ!!」
豚のような悲鳴に気を良くして、ローズは両手をかけそのまま力任せに背中を裂いて行った。
溢れてくる臓物は、数秒もしないうちに無償する。
手応えの無さを詰まらなさそうに舌打ちすると、望み通りの第二派がやってきた。
伸びてきた爪を跳ね飛んで避け、そのまま降り立った位置の餓鬼の脳髄にドリルを打ち込む。
ギュイイイイイイインという快音が餓鬼の悲鳴に混ざって耳を劈くようだ。
「あははは! あはははははは!!」
悲鳴のような笑い声を上げながら餓鬼の脳漿と血を浴び続けるローズのふと目に飛び込んできたのは、有名なチョコレート菓子の看板だった。
「チョコか……」
ぽかんと口を開けまたまま、ローズはそこを見続けていた。
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