リアクション
第七幕 四日間の稽古の後、染之助一座とオリュンポス一座の合同公演「美人後家仇討旅」は幕を開いた。 どこをどうしたものか――ミネルヴァとコルキアが何やら手を回したらしいが――、オリュンポス一座が借りた小屋にこの芝居はかけられることになった。 セレンフィリティとセレアナは、再び御隠支寺を訪れた。ここは参拝客が多く、場所も広いので宣伝にもってこいなのだ。 「さあさ、お立合い! 今回の芝居はあの不倶戴天の宿敵同士である一座の名優が同じ舞台で競演する!」 名優はちょっと言い過ぎじゃないかとセレアナは思った。染之助はそれなりにいい役者だが、オリュンポス一座は、ほとんど素人である。 それでもセレアナは、一座から借りた着物姿で刀を抜き、見物人の前に立った。 「何をする!」 セレアナは、架空の人物相手に斬り合いをした。頭の中で、相手の戦闘能力を自分より少し下に設定する。芝居は無理でも、一種のトレーニングだと思えば一人での殺陣はさほど難しくなかった。 「とある藩の下級藩士、舘林六郎(たてばやし・ろくろう)は、身に覚えのない言いがかりから、野田一太郎(のだ・いちたろう)を殺害してしまいます!」 セレンフィリティの解説も棒読みだったが、声はよく通る。ちなみに舘林六郎が十内で、野田一太郎が琢磨、千夏は千秋(ちあき)という名に変更されている。 「千秋さん、すまない……あなたのご主人を……ああ、そんなつもりじゃなかったんだ……」 踵を返し、セレアナはお濱(はま)の茶屋に飛び込んだ。すぐに女物の着物に着替えて出てくる。おおっ、と歓声が上がった。 「六郎様……千秋は、野田一太郎の妻として、あなたを討たねばなりません。今日を限りに、貴方様への気持ちは封印します……」 実を言えばセレアナ、レオタードになるより遥かに恥ずかしかった。大衆の面前で芝居するより、スパイとして敵地に入り込む方がまだ楽だとすら思う。 「さあさっ、染之助一座とオリュンポス一座、世紀の決戦公演! 期間はたったの五日間! 続きは小屋で!!」 言い切ったセレンフィリティは、満足げに微笑んだ。 一作目の「男装剣士仇討旅」もそうだったが、葦原の人間は――マホロバもそうだろうが――仇討ち話を好むらしい。初日は大入り満員だった。ダフ屋が余った券はないか、高く買うと客に声を掛けたが、当然誰も譲らない。 グラキエス、ゴルガイス、ベルテハイトの三人は、舞台と客席を念入りにチェックし、外にいる重安へ連絡した。 「二列に並んで、半券を渡してください」 重安は並んでいる客から目を離さない。千夏を誘拐した犯人は最終日と指定しているが、何が起きるか分からない以上、毎日こうして警戒することにしたのだ。 が、問題は別のところで起きた。 「どうして暮流が男役ですの!?」 瀬田 沙耶がぷんすか怒りながら、拳を振り回した。 和泉 暮流に女装させる気満々だった沙耶だが、生憎、今回の芝居で女役は二人しかいなかった。一人は舘林六郎の用心棒、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)――これはハデス側の強い要望で出さざるを得なかった――であり、残る一人は主人公である千秋だ。故に出番がないはず――だったのだが、野田次郎三郎(のだ・じろうさぶろう)――健吾の役どころだ――を演じる役者が急病で、降板となった。 そこで染之助は、仇の六郎を演じるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)を次郎三郎役にシフトし、六郎役を暮流に当てた。 「ずっと一緒にいるよりはましでしょう?」 「ええ、まあ……」 それでも女性と絡みがある、しかも自分は男としてとなると、アレルギーが出ないか心配だった。染之助は笑いながら、 「あたしを男だと思ってください。この背丈、この声、女とは思えないでしょう?」 「……まあ。あ、いや、あなたはとても綺麗だ! 本当だ!」 「無理をなさらないで――いえ、無理をするなら、あたしを男だと思い込む方に力を入れてください」 急遽役が変わったフレンディスには、セリフを少なめにして、且つイヤホンで教えることとなった。セリフは心配だが、フレンディスとしては、相手が暮流とアルテミスになったのはむしろ幸いだった。 何しろ、どんなに稽古をしても、染之助相手に寸止めが出来なかったのだ。まるで実戦経験を積んできたかのような動きと殺気に、フレンディスは本気にならざるを得ず、結果、染之助に何度か打ち込んでしまっていた。 「物心ついたときから、稽古三昧でしたよ」 どこかで修行を積んだのかという問いに、染之助はそう答えた。無論、芝居の、である。父親も座長で、染之助はその跡を継いだ。旅から旅の暮しで、一所に落ち着いたことはない。だが、周囲の役者から多くを学んだ。中には侍崩れもいたので、型を学んだこともある。だが、それだけだ。 「殺気を感じたというなら、あたしの芝居も捨てたもんじゃないですね」 と、染之助は嬉しそうに言った。 仇の六郎を探し、千秋と次郎三郎は旅を続けた。そして遂に六郎を見つけたとき、彼の傍らには一人の少女がいた。六郎に命を助けられたという異国の少女、アルテミスだった。 アルテミスは六郎を逃がそうと、千秋、次郎三郎に斬りかかった。 「今の内に逃げてください!」 だが、六郎は微動だにしない。 「義姉上、ここは私が!」 次郎三郎が、アルテミスの前に立ちはだかる。――フレンディスはここぞとばかりに剣を振るう。染之助からは大げさにやるのがコツですよ、と言われていた。 一方のアルテミスは、防戦一方だ。少しずつ下がっていくよう、指示されている。ところが、芝居の真っ最中にも関わらず、アルテミスは着物の肩口から糸くずが出ているのを見つけた。気になって気になって、斬られて倒れる際にちょいと引っ張った。――と、 「きゃあ!?」 どういう仕掛けか、着物がバラバラになって、アルテミスの胸が露わになってしまった。胸を隠さず倒れたのは、褒めていいだろう。 一方、舞台の中央では、千秋と六郎が切り結んでいた。元より腕に覚えのない二人のはずだが、くっついては離れ、回り、まるでダンスのようにも見えた。 実際、六郎にとって至福の時だった。千秋が遂に彼の胸に懐剣を突き刺した。倒れた六郎は死の間際、六郎は彼女に愛の告白をする。政略結婚のため、夫に愛情を抱くことのなかった千秋は、衝撃を受ける。 国に帰った後、千秋は夫と六郎の菩提を弔うのだった――。 「暮流、あなたダンスの心得などありましたの?」 幕が下りて後、沙耶が目を丸くしたが、暮流自身、驚いている。 「あたしに任せてくださいな」と言われ、染之助の目や指先の指示に従っただけなのに、あんな動きが出来るとは思わなかった。 そう答えると、 「あらあなた、やっぱり今回、女形ですのね」 「え?」 「リードするのは、普通、男性ですのよ」 「……」 絶句した。 ちなみにアルテミスのシーンは、忍野 ポチの助の【ソートグラフィー】サービスで最もリクエストが高かった。そのため以後四日、「アルテミスの胸ポロリ」はお約束となったのだった。 |
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