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リアクション
終章1 されど彼女は闇を走る
ゆる族のワークショップを利用したコクビャクの地球への“密入国”計画は露見し、潰えた。
コクビャクは、地球で契約詐欺を働くため、従来あったような他の契約詐欺集団を幾つか買収、合併し、彼らが持つノウハウや(パラミタの住人で契約を希望する者たちの)リストをそっくりそのまま手に入れていた。そのリストに名を連ねていた契約希望者のほとんどは、コクビャクに加入させられたのか、現在音信不通になっている。
そうやって手に入れたリストの中に過去の実績(契約成功者)のリストがあり、コクビャクの内通者であったツガは、それを見てキャンディスの名を知っていたのだ。それを知らないキャンディスは、ツガが(自分は面識ないが)かつて自身の登録していた契約紹介サイトの関係者だと勘違いしたのである。
分科会の『ゆる族にも優しいエクササイズを覚えよう』は、疑似ゆる族魔鎧を身に着けたコクビャクの戦士エング(この会場でのコクビャクのいわば用心棒的な役割)を講師とした、“偽装ゆる族”たちの本拠地的なものだった。警察にマークされた時、ゆる族と偽物を見分ける手段として、本物とは微妙に違う動き、被り物ゆえの慣れない視界による不自然な仕草から看破される危惧を抱いたことから、ゆる族が日常しないような動きをしていてもおかしいと思われにくい場所を、無理やり作ったのである。もちろん、本物のゆる族が参加しにきても、何食わぬ顔で受け入れて一緒にエクササイズをしていた。そこから時折、用ができると大講堂に行って、関係者と連絡を取っていた。
人材派遣会社のカダとツガは、派遣先の会社からの派遣報酬をピン撥ねしているのをどういう経緯でかコクビャクのメンバーに嗅ぎつけられ、その接近を許してしまったのである。しかし脅迫されたのではなく、取引を持ちかけられたという。派遣に登録している人材の中でも、特に身寄りが少なかったり一人暮らしで人付き合いが乏しそうだったりと、何か異変があっても周りがそれをすぐに知ることがなさそうな環境で生活している人間を選んでコクビャクに紹介してもらい、その相手に例の“契約詐欺”を持ちかけていた。契約の影響でその人間も頑強に、優秀になり、派遣社員としてもランクアップできるので良い仕事ができるようになるだろうから、逆にこちらにとっても悪くない話だと思ったと、2人は話している。
このようなモデルケースは他にも考えられるとして、空京警察はただちに日本の警察に連絡を取り、各派遣会社を捜査するよう提言した。
駐車場で空京警察の車両に乗せられる魔鎧の男を、刀姫カーリアは、フォーラムの中庭からじっと見つめていた。
あのよく分からない被り物を脱ぎ捨て、いつものハーフパンツにパーカーという軽装に戻っている。
(あいつに似てたけど、あいつじゃない……
あの子かと思ったけど、あの子じゃなかった……)
紛い物がありすぎた。カーリアは首を振る。
(あぁ、面倒だ……どうやら、あたしは)
――知りたいのはただ、あの人の行方だというだけなのに。
(それを知るためだけに、膨大な数のピースを集めてパズルを完成させなきゃいけないのかもしれない)
見るのはその大きな絵の一部分だけでよいのだけど。
「さっきのお洋服、脱いだのでふか」
声がした。振り返ると、宵一とヨルディアがそこに立っていた。ヨルディアの腕の中にはリイムがいる。
何かこんな幕切れ、以前もあったっけ、とカーリアは、気付かれない程度に唇で苦笑した。
「戻ってこないから、どうしちゃったのかと思ったわ」
「……放ったらかして悪かったわ。結局、スカシェンには逃げられちゃった。というか……あいつを連れ去った奴に」
カーリアはどこか上の空で言って、風を受けるように顔を仰のかせた。
偽りの衣から解放され、顔で、髪で感じる風の涼しさが心地よかった。
そんなカーリアに向かって、宵一は、【誓いのイヤリング】を手の上に取り出して、見せた。
「……それは」
「前に聞いたがヒエロの作品はひねくれてて、重いそうだが。そんな事は関係ないさ。
是非とも、俺の相棒になってくれないか?」
カーリアは、ちょっと息を飲んだようだった。
「カーリアちゃん。この宵一はちょっとダメな所があるけれども、それでも良い人なのよ。それに、この可愛いリイムも毎日もふもふできるのよ!」
特技【説得】でカーリアを説得する宵一に、ヨルディアもリイムを掲げて加勢する。話を振られたと感じたのか、
「うんとね、リーダーはいい人でふよ。……えとえと、僕をもふもふされまふか?」
話が分からないなりに、リイムもそんな風に言葉を添える。
カーリアは不思議な気持ちだった。
ヒエロとも千年瑠璃とも別れてさすらってきた長い年月、彼女にとって人との付き合いは、戦うべき相手か否か、という二択でしかないようなものだった。
心が揺れた――それは否定できない。
けれど。
「無理ね。……少なくとも今は」
そう言って、宵一の目をひたと見た。
「あたしは、ヒエロを捜しだすため、いろんなことの真相を知らなくてはならない」
カーリアはいつしか、凛と背を正していた。
「その真相は、闇の中に隠されているの。それは分かっている。
それを知ろうとして闇に光を当てたら、闇は後退しながら、後ろのますます深い闇色の中に、真相を隠し込んでしまう。
闇の中にあるものを焙り出して表沙汰にするには、闇の中から動かないとダメなのよ。
だからあたしはまだ……ひとりで闇を走る必要がある」
カーリアの目が揺れる。そこに、契約者たちの姿が映っている。
絆を作り、協力し合う契約者たちの関係は、カーリアには「光」と映るのだ。
「今日はありがとう。感謝するわ。……それじゃあ」
そう言うと、くるりと踵を返し、カーリアは駆け出した。
今はまだ、誰とであれ、光と繋がるわけにはいかない。
闇の中から、ヒエロの居場所という、目指す真実を拾い上げるまでは――
呪いで出来たこの大剣だけが、自分の相棒だ。
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