|
|
リアクション
5.
ツァンダ家の敷地内に入り、正面玄関に向かわずに石畳の道を歩く。{SNL9998933#セイニィ・アルギエバ}とティセラがツァンダ滞在中に暮らす別棟は、そこから少し進んだ先にあった。シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)はセイニィの自宅で料理を作ろうと、彼女と2人並んで家の前まで到着した。
「さ、入って。今日は誰もいないから」
食材の詰まった買い物袋を片手に持って鍵を開けると、セイニィはシャーロットを自宅に招き入れた。先に入って廊下を歩き、シャーロットが後に続く音を聞きながらはた、と気付いて勢い良く振り返る。
「べ、別に変な意味とかじゃないわよ! 今日はティセラがデートだって言ってたから、単純に誰もいなくて変に気を回したりしなくていいって、そういう意味で……」
「わかってますよ、セイニィ。そんなに慌てなくても」
徐々にしどろもどろになっていくセイニィにシャーロットは微笑を返す。すると、彼女は我に返ったようにぴた、と止まった。
「あ、そ、そう……?」
「こう見えても、探偵ですから」
シャーロットが今日着ているのはメイド服だった。料理を作るということで一流奉仕人認定証も持参して、準備万端でキッチンに立つ心積もりだ。
「あ……そ、そうよね! 探偵だもんねシャーロットは」
どこかカクカクとした動きで、セイニィは奥に入っていく。ソファの上に無造作に鞄を置くとキッチンの方へと姿を消し、買い物袋を開くがさがさとした音が聞こえる。うー……? と、困ったような声も聞こえる。シャーロットがキッチンを覗くと、セイニィは買ってきた野菜や魚、調味料を手に取っては難問を前にしたかのように首を傾げていた。何をどうするのかわからないという、そんな表情。
「セイニィ」
隣に立つと、セイニィはあっ、と笑顔を向けてきた。シャーロットの持つもう1つの袋も覗き込んで、本当にいいのか、というようにシャーロットに言う。
「あたしは何も手伝わなくていいのよね?」
「はい。セイニィは料理ができるまでのんびりと待っていてください。手料理っぽいものを食べたい……ということでしたので、家庭料理にしてみますね」
「うん。……ねえ、これでどんな料理ができるの?」
慣れないことをするなら気合も入れなきゃいけないけれど、その心配が無くなって力を抜いたようだ。手伝わなくていいと聞いて、セイニィは興味津々、という目で尋ねてくる。
「それは、できてからのお楽しみです」
シャーロットは軽く片目を瞑った。
「そっかー……ま、それもそうね」
セイニィは納得したように軽く笑うと、キッチン全体をさっと見回す。
「道具とかも、どこにしまってあるのかよくわかんないんだけど……わかる?」
「大体はわかると思います。一通り確認してから始めますね」
「そう。……じゃあ、楽しみにしてるわね」
明るく言ってキッチンから出て行くと、セイニィはそのまま座らずにどこかへと消えた。洗濯機の回るモーター音がやがて静かに聞こえ出し、戻ってきた彼女は、ソファに座ると籠に入っていた裁縫セットを取り出した。途中になっていたらしいアップリケの縫い合わせを始める。
その彼女の背中を微笑ましく眺めてから、シャーロットも料理を開始した。お茶を淹れる時くらいしか使わないのか、シンクもその周辺も乾いていて綺麗だった。
この別棟には、以前はセイニィとティセラの他にパッフェル・シャウラも暮らしていた。その頃は、料理が得意なパッフェルが食事を担当していて――
『そういえば、パッフェルが百合園で寮生活をするようになってから食事の支度とかどうしてるんですか?』
今、こうしてシャーロットが料理を作っているのは、こう訊ねた時にほぼ出来合いのもので済ませていると知ったからだ。
『食事? ほとんど外食かデリバリーね』
けろりとした口調は、それが日常であることを物語っていた。
『あたし達じゃ作るに作れないし。まあ、そうなっちゃうわよね』
苦笑しながら付け加えるあたり、全く問題を感じていないわけでもないらしく。
料理が苦手なセイニィの為に自分ができることは何だろう――そう考えて、彼女に手料理を作ることにしたのだ。
『それなら、今日は私が手料理をごちそうしますね』
そう言ったら、セイニィは本当!? と嬉しそうに目を輝かせて、2人で一緒に食材を選んだ。デリバリーはカロリーが高かったり味が濃かったりするし、たまには家庭料理っぽいのもいいかもね、と彼女は言っていた。
野菜たっぷりの煮込みスープや、シンプルな味付けをした魚料理などを作ってテーブルに運ぶ。調理の間に、セイニィは洗濯物をきれいに干して、アップリケも2枚目に取り掛かっていた。裁縫セットを片付け、2人で食卓を囲む。
料理の匂いは出来上がる前からキッチンから香っていただろうし、セイニィがうずうずしているのが、表情でわかる。
「……じゃあ、いただきます」
「いただきます」
丁寧な動作で食器を持つと、待ってましたとばかりに一口食べる。
「んー……」
「どうですか?」
神妙な顔でもぐもぐと口を動かしていた彼女は、シャーロットを見返して感想を言う。
「美味し、い……悪くないわね。自信持っていいと思うわよ」
「……ありがとうございます」
微笑を返すと、セイニィは少し恥ずかしそうにして手を動かす速度を上げた。シャーロットもゆっくりと食事を始める。
他愛ない会話を交わす中で、気持ちいいくらいに料理はその量を減らしていった。