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リアクション
【第九圏の二・コキュートス カイーナ】
「今日もまたアリスちゃんが迷子になったの!
……今日はどこに行っちゃったのかなぁ……」
及川 翠(おいかわ・みどり)の声に集まったパートナーミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)とスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)。
三人はアリスを探してスイーツバイキングレストランの扉の前に辿り着いていた。
「えぇと……どうしてこんなとこにアリスが居るわけ?
と言うか、ここって今、合コン……をしているのよね?
……何故かしら、嫌な予感がするのは……」
ミリアの予感は的中し、中へ入った途端血と銃弾飛び交う惨状に、彼女達は恐れおののいた。
「この店はレストランじゃないの?
一体何がどうしてこんな……」
「ふぇー。
ハンドコンピューターの反応はぁ、ここのバックヤードの中ですねぇー……。
本当にぃー、どうしてこんなとこに居るんでしょうねぇ……?」
スノゥののらりくらりとした口調に癒されながら、ミリアは奥へと進んで行く。
「ここだよ! 絶対にアリスちゃんがいるの!」
契約者の翠によると、確実にアリスはここにいるらしいのだ。もう進むしかない。
こうして、勇気を持って裏通路の入り口を開けて、ミリアは目の前に現れたやけに屈強なウェイターにこう聞いた。
「うちの迷子、知りませんか?」
「ああ、隊長のところの。
アリス・ウィリスさんの保護者の方ですね。どうぞこちらへ」
体格は威圧感はあったが、暖かい笑顔で出迎えられて、三人は少々面食らいながらバックルームへ通されたのだ。
*
「やっときたか」
出迎えたのはいつぞやのお兄ちゃんだった。
その後ろからひょっこり顔を出したアリスは、
得に何もないどころか元気いっぱいの様子で彼女達をマイホーム状態のバックルームへと引き込んでいく。
「一緒にケーキさんとか食べようよ!」
「け、ケーキ?」ミリアは席に座りながら何なのかと辺りを見回している。
「お茶は何がいいですか?」加夜に笑顔を向けられて、スノゥは「お茶ですかぁー?」と復唱した。
テーブルの向こう側では託と壮太が二人で空いたモニターで映画でも見ているらしい。
「こういう店だからな。デザートなら大体あるぞ。
何が良い? 持って来させる」遅れて席に着いたアレクがモニターを見ているのに、翠は興味津々だ。
「お兄ちゃんは何してるの?」
「ん? 合コンに参加した俺の特別な妹に手を出す奴を粛正しようとかと思って店を買い取った」
「……それって重度のシスコン、よねぇ?」
「……ですねぇー。間違いないですねぇー」
ミリアとスノゥの冷ややかな目をちっとも気にせずに、アレクは続ける。
「と、思っていたんだがな――、
どうも余り出番が無いというか……暇だ。
という訳で可愛い妹達プラス馬鹿な弟よ、ケーキでも何でも好きなもん食え。
欲しいものがあったら言え。
お前等が遊んでるのを暖かく見守るくらいしか今の俺の仕事は無い」
「頭数入れられた」
「ですねぇー……。さりげなく妹に含まれてましたねぇー」
スノゥののんびりとした声を聞きながら、アレクはもううたた寝でも始めそうな勢いで椅子に凭れていた。
本当に暇だった。
***
「どんな場所でも、こうして愛しい弟達と過ごせるのは幸せな事だ」
落ちてきた長い髪を背中にやって、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)は優雅にグラスを傾けた。
略式パーティーに参加するような貴族の洋装をしたこの男は、合コンというやや猥雑な響きからは程遠い上流の空気を纏っている。
怜悧な美貌、芸術を愛する男。だがその中身たるや、一言で表すに『ブラコン』であった。
しかも近頃は、シスコンも併発しつつあった。
そのベルテハイトの隣に座るのは彼の弟で、彼から一身に愛情を注がれる対象、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)である。
グラキエスが聞いていた合コンとは『割と気楽なパーティー』だったから、まさかこのようなものだとは想像だにしなかった。
それでも彼は「(『こういうもの』なのかもしれない)」と納得していた。
要するにグラキエスは、ちょっとボケているというかズレている男だった。
「ところでお前。我が妹、フレンディスの友だというジゼル嬢とは――」
「フレンディスと同じ綺麗な乳白金の髪の人だろう? 目も綺麗な色だった。一度見かけただけだが覚えている」
「ああ、丁度フレンディスと話しているようだな。
さあグラキエス、一緒にジゼル嬢に挨拶しに行こう。フレンディスと仲良くしてくれているお礼を言いたい」
*
先日の事である。
「マスター! ジゼルさんと雅羅さんが『ごーこん』なる催しに参加するとの事でして私もご一緒致したく――」
満面の笑顔で何を言うのかと思ったらこれである。
恋人フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の天然ボケボケぶりには慣れていたしもう十二分に思い知らされてもいるのだが、こう不意打ちをかけられてはベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の身が持っていられるのも時間の問題かも知れない。
疲労のため息の後、ベルクは言った。
「フレイお前合コンって何だか――分かって無ぇだろうな」
「はい! ごーこんが如何なる催しか存じませぬが、皆様方のお話を伺うに楽しそうでしたので!!
マスターとポチもご一緒致しますよね? ああ、ではせっかくですのでベルテ兄様とグラキエスさんもお誘い致しましょう。
それからもしアレックスさんもいらっしゃるのでしたら、先のお礼とご挨拶もせねばなりませぬ。
マスター、着物はどのようなものを選べば良いのでしょうか。ぱーてぃーと言うからには矢張り――」
そんな風に楽しそうにするフレンディスに、ベルクはもう何も言えなかった。
*
「合コンなんて下等生物の集会にご主人様が参加なさるとは!
エロ吸血鬼が余計な真似をしないよう僕がしっかりしないといけませんね!」
今朝はそう言いながらふんふん鼻をならしていたはずの忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は今、テーブルに用意された高級ドッグフードに(走り書きでモフ助へ、とメモがあった)夢中でこちらの事なんてもう忘れているに違いない。
完全な戦力外に諦めて、ベルクはグラキエスとベルテハイトと楽しそうに会話するフレンディスに言った。
「フレイもジゼルも合コンの意味も解らずにほいほい参加しやがって。
いや意味を知らないままの方がいいかもしれねぇが。
しかもベルテにグラキエスまで呼んでるとはな。
全く。大体ジゼルが居る時点で絶対アレクの奴がどっかで堂々と殺る気満々に潜んでるだろうし、なんかもーすげー嫌な予感しかしねぇんだよ。
――あれだよなお前ら俺の話一切聞いてねぇだろ?
すげー楽しそうだなおい」
「ベルク、何か言った?」
振り返ったジゼルと、隣のフレンディスが「?」を浮かべながら笑顔を向けてくるので、
ベルクは「…………別に何も」と投げやりな気分になってきた。
ボケ×ボケ×ボケ×ボケ。
更に此処にもし先日胃が痛くなる程ツッコミを入れなければならなった相手――アレクが現れたらどうなってしまうだろう。
極力はフレンディスのやりたいようにさせてやりたい。
そう思いながらも、ただ一人の突っ込み役として、ベルクの胃はキリキリと緊張で痛むのだ。
最早常備薬となった胃薬を片手に、ロンリーツッコミとして若干のアウェーというか疎外感を感じながらも、
ベルクは一人(バックルームのモニターで見ている託に「大変そうだねぇ」とニヤニヤ笑われているとも知らずに)頑張り続けていた。
*
「綺麗な髪だ。フレンディスと同じ色の――」
「ありがとう。嬉しいな、お兄ちゃんも何時も褒めてくれるの」
ベルテハイトが先ほどプレゼントしたばかりの小さなコサージュに視線をやりながら赤くなるジゼルに、
グラキエスは「ジゼルにも兄弟がいるのか?」と質問する。
答えたのはフレンディスだ。
「アレクサンダルさんという名の兄様がいらっしゃるのです。
皆様はアレクさんと、私はアレクサンでは少々呼びにくいのでアレックスさんとお呼びしているのですが――
大変お強く立派な殿方故に、ジゼルさんが兄様と慕い契約したのも頷けます。
時折何をおっしゃってるのか解りませぬが、きっとどれも素晴らしい内容に違いありませぬ」
「素晴らしく無えよ、あれはただの変態発言か危険思想だ」
「ほう、それはそれで一度お会いしてみたいものだ」
「では今度ジゼルさんとアレックスさんとご一緒する時にベルテ兄様も是非!
アレックスさんは本当にお強い方なのです。
私もベルテ兄様とグラキエスさんという大変素敵な兄様と弟がおりますが、戦闘修行にも御付き合い頂ける兄様も居れば心強く……
あ、私よい考えが浮かびました!
皆様全員仲良くご兄妹弟は如何でしょうか?」
「待てフレイ! 今何て言ったッ!?」ベルクが超反応をするのも無理は無い。
唯でさえ今もベルテハイト・フレンディス・グラキエスの3ボケが残念三兄妹弟を構築していると言うのに、
これ以上駄目兄妹を増やされてはツッコミが追いつかないではないか。
しかもフレンディスとベルクは恋人同士だというのに、
今のままでは――大変直接的な表現で言うところの――エロ関係の進展に多大な障害が出てしまう。
野生の本能的危機感から必死にフレンディスを止めるベルクと、空気を『読む気が無い』ベルテハイトの半ばからかいのようなやり取りの中、
一人コサージュを指先で弄ったまま黙っているジゼルに、グラキエスは気づいた。
「ジゼル」
「なぁにグラキエス?」
「――何だか寂しそうに見えた」
上から見つめてくるグラキエスの琥珀色の瞳に、ジゼルは兄の目の色を重ねてため息をついた。
「――うん。
……あのね……実は今朝――お兄ちゃんと喧嘩しちゃったの。
合コンなんてダメだって言われて、私こういう内容のイベントだって知らなくて、凄く酷い言い方でお兄ちゃんに怒っちゃった。
悪かったのは私だったわ。
お兄ちゃんきっと、私に呆れて怒ってる――」
話しながらジゼルは、何時からかフレンディスに抱きついていた。
「ジゼルさん、アレックスさんはきっと怒ってはいないと私は思います」
「そうじゃないのフレイ。私アレクに本当に酷い事言っちゃった。
アレクの事『知ってる』私が言っちゃいけないような事言っちゃった。
嫌われちゃう。――――どうしよう……」
唇を噛み締めているジゼルの背中へ、ベルテハイトは静かに手を置いた。
「兄というものは常に弟妹の事を思い行動するものだ。
それはお前達弟妹にとって、時に納得のいかぬ理不尽な要求に思えるかもしれない。
だが、その裏に深い愛情があるということを分かってくれるのなら、私達はそれで満足するものなのだよ」
ベルテハイトの情深い眼差しに、ジゼルは頷く。
「私、お兄ちゃんに謝るわ」
***
合コンが終わるまであと50分。
陣の元へ走って行こうとしたティエンを持ち上げて、アレクは宙を歩く彼女を客席から死角になっている自分の横に置いた。
「クッキー、今日は陣お兄ちゃんじゃなくてアレクお兄ちゃんと帰ろうか」
首を傾げるティエンに、アレクは人差し指を口元に持って行って、それからその指を陣と――陣の前に立つユピリアに向かって差した。
「分かるよな」
アレクの問いかけに、ティエンははっとして首を縦に振っている。
「良い子だ」
ふいに微笑まれて、ティエンは満面の笑みで応える。
お兄ちゃんとお姉ちゃんが幸せになってくれたら、妹はもっと幸せなのだ。
*
「んで、俺よりいい男は見つかったのか?」
「見つかるわけないじゃない!
これは陣の気をひくた……あ」
目を反らしたユピリアの手を強引に掴んで、陣は大股に歩き出した。
「さっさと帰るぞ。腹減っちまった」
「……うん!」
そんな微笑ましい二人を窓から覗いて、アレクとティエンはバックルームへ戻って行った。
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